『駄目人間だもの』


2000/03/06



 もうすぐ七瀬彰の誕生日である。

「なぁ、由綺」
「何、冬弥君?」
 久しぶりに大学に来た由綺と共に帰りながら、俺は話し掛ける。
「確かもうすぐ、彰の誕生日だよな」
「あ、うん。そうだね」
 由綺はちょっと迷ったような考えたような顔をするが、すぐに笑顔を返してきた。
「それでだけど、美咲さん誘って四人で何処かに遊びに行かないか?」
「え、四人で?」
「ああ」
 驚いたような顔をする由綺に、俺は頷いてみせる。
「はるかちゃんは?」
「それなんだけど……四人ってのは口実で、俺達がこっそり姿消して美咲さんと二人
きりにしてあげるってのはどうだろう?」

 彰がこの世で一番好きなのは恐らく、美咲さんだ。
「良いアイディアだと思うんだけどな」
 はるかが一緒だとややこしくなる恐れがある。それに2人ずつだとダブルデートっ
ぽい雰囲気が出て嫌でも意識するだろう。
「でも、それだと……」
 由綺は熟考して答える。
「彰君と美咲さんの性格からして、落着かなくて上手くいかないんじゃないかな……」
「ああ、成る程」
 確かに。
 彰は思い切り奥手だし、美咲さんも引込み思案でかなり照れ屋だ。
「じゃあ、どうするかな……」
「…………」
「…………」
「…………」
「そうだ、確か彰君って理奈ちゃんのファンだよね」
 暫くお互いに黙りながら歩いていたが、由綺の方から話し掛けてきた。
 何か思い付いたらしい。
「え、あ、あー……」
 そう言えば昔、理奈ちゃんの特集が組まれているというだけでわざわざ普段買わな
い雑誌を買っていた事を思い出す。
 結構、ミーハーな男だ。
 考えてみれば美咲さんが周りから慕われるような存在になりはじめた頃、彰の奴も
好きになったとか抜かしていた様な気がする。
 結構、駄目な奴かもしれない。

「だったら理奈ちゃんに会わせるっていうのはどうかな」
「え……、でもそれって難しいんじゃないか」
 理奈ちゃんは何か口に出すのも恥ずかしいが「超売れっ子アイドル」だ。
 それをわざわざ簡単に「会わせる」と言われても。
 まさか、俺の代わりにADとしてTV局にでも入れるつもりだろうか。
 俺がそう聞くと、由綺は首を横に振る。
 そして普通に会わせるとまで言った。
「大丈夫だよ。きっと」
 そう言い切れる理由があるのか、やけに自信たっぷりに言う由綺。
 そう言えば、由綺も一応売れているアイドルの筈だ。
 一緒にいるととてもじゃないがそうは見えないし、思えない。
 どこにでもいるタイプだ。
 ちょっと都会を離れた田舎の都市あたりにごろごろしていそうだ。
 東京を夢見るスター志望の朴訥女子高生。同級生や幼なじみに御免なさいしつつ、
家には雑誌の付録のアイドルのポスターだらけ。
 そして遂に自分で吹き込んだ歌のテープを持って家出して、駅前でウロウロしてい
るところを怪しいおっちゃんに騙されてソープ嬢。何時の間にか借金をこしらえられ
されつつ売れっ子に。で、摘発されて初めて真実を知り泣き崩れる。
 うーん、そこまで末路が見てしまう。
 こうして俺の目の前に存在しているというのに。

 聞く所によればその日、2人揃ってのオフだと言う事だった。
 そして一緒に遊びに行かないかと誘われているのだという。
 勿論、俺も一緒にどうだということでだ。
 俺はこう見えても、理奈ちゃんのお気に入りらしい。
 英二さんにも気に入られているから、嫌われているのは弥生さんだけだ。

「でも、それって由綺」
「何?」
「彰の誕生日、忘れてたってことじゃ……」
 既に約束を取りつけてあるというなら、そういう事になる。
「あはは」
 困ったような微笑み。
 追求してくれるなと言いたげだ。
「まぁ、いいけど」
「うん、いいよね」
 所詮、特に好きでもない異性の友人の誕生日の扱いなんてこんなものだ。
 一応、彰は由綺のファンだと言うのに。
 きっと俺より「歌手森川由綺」のグッズは持っているぞ。将来的に鑑定団に出した
ら高値がつくようなものは俺の方が持ち合わせているが。
 でも、もしかしたら只のアイドルオタクなだけかも知れない。
 そう考えるとあいつの無節操ぶりが伺えるエピソードは事欠かない。
「……今更、皆で集まって誕生日会という歳でもないしな」
「それでね、理奈ちゃんって男の友達ってあんまりいないんだ」
 歩くほんわか娘こと由綺は構わずに話を続ける。
「だから、彰君を紹介してあげたらきっと理奈ちゃんも喜ぶんじゃないかな」
「由綺。本気でそう思ってるか?」
「何となく」
「何となく……って」
「でも、どうかな?」
 押し被せるように言う由綺。
 由綺がどう思って、何を考えているのかは判らない。
 けれど、俺は深く考えるのを止めた。
「まぁ、由綺がそう言うのなら……」
 おお、我ながら理想的恋人な発言。
 由綺の中の俺ポイントUP間違い無し。
 何かこれでイベントフラグのひとつでも立ちそうな感じだ。
「じゃあ、理奈ちゃんには私から話しておくね」
「ああ。けど、本当に大丈夫か?」
「え? 何が?」
 俺の危惧に由綺は全く気付いていないようでキョトンとした顔を返してくる。
「いや、だから……」
 ちょっと流石に言いよどむ。
 が、肝心の所なので敢えて聞く。

 あの緒方理奈がわざわざ彰なんぞに会ってくれるかと言う事だ。

「大丈夫だよ」
 何故か由綺は自信たっぷりだ。
「そうか?」
「うん。冬弥君の友達だって紹介すればきっと大丈夫だよ」
「んー」
 それ以前に「由綺、お前だって友達だろ」と言いたかったが、言い淀んだり、あま
つさえやんわりと否定されたりしたらあまりに気の毒なので止めておいた。
「じゃあ俺の方は彰を誘うから」
「うん。じゃあ理奈ちゃんの方は任せておいて」
「OK。あ……そうだ」
「何?」
「理奈ちゃんの事は彰には伏せておくから。びっくりさせてやろうぜ」
「……うん。わかった」
 こうして話はまとまった。
 あの七瀬彰如きの誕生日のゲストが緒方理奈。
 彰、感謝しろよ。
 この友達思いの藤井冬弥様に。

・
・
・

 当日。
 俺は彰と共に伊吹町駅前に辿り着く。
 彰の家の近くの駅ではなくて、俺の方の最寄り駅なのは由綺が迷わないようにだ。
「折角の由綺のオフなら二人でゆっくりすれば良いのに……」
 まだ言ってやがる、この男。
 彰はこういう所がいい所でもあり、鬱陶しい所でもある。
「だから由綺も彰の誕生日祝いたいって言ってたんだから、お前も素直に好意に甘え
ろよ……」
 嘘だけどな。
 真実を言えば傷つくのは彰だ。
「まぁ、姉さん達から助けてくれたのは嬉しいけど……」
 彰には近所でも評判の美人三姉妹がいる。
 決して結婚サギやスリなんかしていないごく普通の姉妹だが、全員の弟である彰は
とても苛められているらしい。あくまで、本人談だが。
 俺なんかには優しく接してくれるし、評判的にも悪い話は聞かないのだがそれを言
うと本気で彰は怒る。
 俺としては特に彰が苛めたくなるタイプだからそうなんじゃないかと思うが、勿論
口には出さない。
「さてと、由綺達はまだ来ていないみたいだな」
 俺は大袈裟に周囲を見回して見る。
「でも由綺、疲れちゃってたりしてない?」
「お前も、くどいな」
 俺がこいつの彼女だったら鉄拳制裁だ。

 …マナちゃんとは絶対に気が合わないな。

 万が一、付き合ったらこいつの脛はいつも青紫に染まっている事だろう。
 そんな事を考えていると、
「あ、冬弥君ー」
 と、間抜けそうな……もとい、愛する由綺の声が聞こえてきた。
「おー、由綺。こっちこっち」
「と、冬弥っ!!」
 何故か脇腹を慌てたような顔をした彰に突付かれる。
「な、何だよ」
「そんな大声でっ!」
 そんなに大声を出した憶えはない。
 それに、由綺の方が大胆と言うか普段通りにしている以上、今更言った所でしょう
がない。
 由綺はやっぱり今日も帽子をかぶるでもなく眼鏡をかけるでもなく、普段着で手を
振ってやってきた。
「御免ね。ちょっと遅れちゃって……」
「このくらい、遅れたうちに入らないよ」
 俺は実に撫でやすい形をしている由綺の頭を撫でながら笑う。由綺は由綺で照れな
がら「てへへー」と呟いている。
 まさしく正しい恋人達のあるべき姿だ。
 が、無粋な邪魔が入った。
「御免ね、由綺。冬弥、気が回らないから……」
「え?」
「はぁ?」
 動きを止める俺達。
「ほら、運良く誰も気づかなかったからいいものの、ファンとかに囲まれちゃったり
したら……」
 どうしても俺を悪者にしたいのか、この男は。
「大丈夫だよ。彰君」
 由綺はのんきな顔をして答える。ただ、上目遣いなのは俺に対して撫でる作業を催
促しているようにも思えた。
「私、そういうのあったことないから。今までも全然普通に街歩いてたって誰も何も
言わないし」
「そう、それならいいんだけど……」
 そして女の子相手だと、あっさり引くところも憎たらしい。

 …どうして俺、こいつの親友やってやってんだろ。

 根本的な疑問が湧いてしまった。
 今日、こいつの誕生日だと言うのに。
 祝ってやろうとしているのに。

「あ、そうそう……彰君。お誕生日おめでとう」
「え、あ……うん。ありがとう」
「これ、今渡すのは早いかなとか思ったけど、プレゼント」
「え、本当に!? あ、ありがとう……」
 由綺が手にしていた紙袋を感動している彰に手渡す。
 横目で見るが、明らかに去年の冬のコンサートで来場者全員に配っていたものと同
じだった。バイトのスタッフとして手伝っていた俺達には用意した数を間違えたとか
で二袋ずつ配られたものだった。
「冬弥は何もくれなかったから、特に何か貰えるなんて思わなかったよ。本当にあり
がとう!!」
 感激で言葉を詰まらせそうになりながら、由綺に幾度も頭を下げて感謝の言葉を述
べる彰。
 一言多いんだよ、てめえ。
「そんなことないよ、彰君。冬弥君は今日……ね」
「あ、ああ」
 何だか、急に気が乗らなくなってきた。
 が、もう既に準備してしまった以上、止むを得まい。
「え? 何?」
「で、由綺……どうなってるんだ?」
「そこの角に……」
「藤井君っ!」
 既に彼女は俺達の目の前にいた。
 あまり待たされたくなかったらしい。
「「あ、御免。理奈ちゃん」」
 俺と由綺の声が見事にハモる。
「…………」
 沈黙する理奈ちゃん。
 小刻みに肩が震え出す。
「も、もう……二人ったら本当にお似合いなんだから……」
 笑っている。
「あの……誰?」
 彰の声。
 理奈ちゃんはあのいつもの変装用の妙なキャップと変な形の眼鏡をつけていた。
 当然ながら、彰はまだ気付いていない。
「今日のスペシャルゲストだよ」
 俺が悪戯っぽく笑うと、由綺がうんうんとニコニコしながら頷いた。
 理奈ちゃんは詳しく話を聞かされていないのか、俺達の様子にやや怪訝な顔をして
いるようだった。
「何と……」
「あの、僕さ……」
 理奈ちゃんを胡散臭げに見て、眉を顰めた彰が俺の言葉を遮る。
 そして決定的な科白を吐いた。


「あんまり変な人とは僕、知り合いになりたくないんだけど……」


「……」
「……」
「……」



 もー、知らん。





                          <おしまい>


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