『弥生のお見舞い』


1999/10/02



 ピンポーーーン。

 あ、誰か来た…。
 …今、何時頃かな…。

 と、
 あれ?
 寝た時間よりも戻ってる。

 え…
 眠ってる間に時間旅行を…。

 ピンポーーーン。

「あ、はい…」
 なわけないか。
 あ、でも、
 ってことは、俺、ほとんど一日中寝てたってこと…?
 …よく栄養失調にならなかったな。

「はい…」

 ガチャ…。

「お休みのところ失礼いたします」
「弥生さん…」
 どうして弥生さんがいきなり…?

「由綺さんにお話を伺いました。過労でお倒れになったとか」
「は、はい」
 つい正直に返事をしてしまう。

 由綺、弥生さんにそんな話しなくたって…。

「すぐに帰ります。中、よろしいでしょうか?」
「え? あ、はい。どうぞ」
「お邪魔いたします」
 静かに弥生さんは部屋の中に入ってくる。
 来客用のスリッパなんてないから、弥生さんはそのまま床を歩く。
 ストッキングとフローリングがこすれて微妙な音を立てる。
「お疲れでしょうから、ベッドの上ででも結構ですわ。私、すぐに帰りますので」
「はあ…」

 それじゃそうさせてもらうことにしよう…。
 正直言って、足がふらふらしてるんだ。

「それで、何かご用ですか…?」
「お見舞いです」
「え…?」
 俺は思わず声を上げる。

 弥生さんが、お見舞い…?
 俺を…?

「由綺さんが非常にご心配しておりまして」
 あ、そうか。
 由綺の代理か…。

「藤井さんのことを非常に気に懸けておられまして。ですから、私が様子を見に上が
ったのです」
「はい…」
「ご容体は?」
「ご容体…ですか?」

 ご容体…。

「ご容体は…。あ、いや、ちょっとつらいですけど、でも、そんなに心配するほどの
ことじゃないって由綺に言っておいて下さい。ベッドから出て弥生さんと話してたっ
て、そんな感じに…」
「かしこまりました」
 俺のことで由綺に心配を懸けたくない、
 そんな部分で俺と意見が一致したらしい。
 弥生さんはかすかに微笑んだ。
「それをお聞きすればご安心なさると思いますわ」
「そうですね…」
 この訪問だって弥生さんの工作の一部かも知れないのに、何故だか俺は少しだけ安
心してた。
 弥生さんと一緒の部屋にいるっていうのに、それほども怖くなかった。
「それでは、私はこれで」
「え? もう帰るんですか?」
「まだ仕事が残っておりますので」
 弥生さん、相変わらずだ。
 俺を見舞う仕事が終わったら、次の仕事へ…。

「自主管理はしっかり願います」

「え…? えっ? なんですか?」
 弥生さんって時々、急に話し始めるから聞き逃したりするんだよな。
「これを」
 そう言って弥生さんは、枕元に紙袋をそっと置いた。
「これは…?」
 彼女は何も答えない。
 自分で中を見ろってことか…。

 …中には、トラック等に詰まれている大型バッテリーや、家電などについている小
型の充電器、後は何故かノートパソコンに来栖川重工の研究所主任の名刺なんかが入
ってた。偶然かもしれないが名刺の名前はエコーズのマスターと同じ名字だった。

 …あ、新手の嫌がらせか?

「お見舞いです」
「は、はあ…」
 だが、弥生さんは至って真面目だ。
「どんなに忙しい場合でも、充電を怠らないよう願います」
「…………へ?」

 き、気づいてない。
 自分の言動に気づいてない。

「あの、弥生さん…?」
「…………」
 俺が何をどう言おうか躊躇しならがらも口を開きかけると、弥生さんが言った。

「由綺さんの…指示です…」
「由綺の…?」
「由綺さんは、早くよくなって欲しいと…」
「そ、そう…」
 と、とにかく、その言葉だけはほんとだろう。

「判った。じゃあ、由綺に言っておいて」
「はい」
「あ、ありがとうって」
「…かしこまりました」
「それでは私は失礼いたします。夜分にお邪魔いたしました。ゆっくりとお休み下さ
い」
「判ってますよ」

 …やっぱり、弥生さんって………。


 俺は弥生さんがココロを持っていると確信した。
 その日から。

「か、可愛いかも………」




                          <おしまい>


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