『あなたにあげられるわたしのもの』


1999/06/21



 俺が呆然と修羅場を見つめ続けるなか、二人の口論は続く。

 再び理奈ちゃんの声が静かに響いた。
「どうしていつも… いつも人のものなの…? いつも、いつも…」
 キッと、上げられた彼女の瞳にも、涙が光っていた。
「私がんばった! がんばってきた! みんなに天才だって言われて、その期待を裏
切らないようにしてきた! それなのに、どうしてみんな人のものなの!?」

 パアァ……ン………。

 理奈ちゃんの手が衝動的に振り上げられ、その平手が今度は由綺を捕らえた。
「どうしてみんなあなたのものなのよ!? 初めて、ほかに何も要らないって思った
のに、それなのに、兄さんも、藤井君も…。どうして私のものじゃいけないのよ!?
」
 理奈ちゃんの整った瞳から大きな涙の粒がぼろぼろとこぼれる。
 スポットライトを反射して、その雫の一つ一つまでもが見て取れる。

「……………」
「……………」

 由綺が流れる涙を拭こうともしないで、黙って理奈ちゃんを見つめ続ける。
 理奈ちゃんも同じように由綺を見ていた。

 それもほんの一瞬のはずだった。
 だけど俺にはひどく長い長い時間が流れたように感じられた。
 流れた、というよりは、滞った、といってもいいような、そんな粘液質の時間がゆ
るりと過ぎていった。

 そして、由綺がおずおずと口を開いた。
 思い詰めた顔をして。


「…………………………………じゃあ………弥生さん………………あげる…………」
「……………………………………………………………………………………いらない」


 弥生さん、ダブルショ――――――ックッ!!



                             <おしまい>


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