『マルチを作った漢達 plus SERIO』



「――同情するならココロを下さい」


「………」
「ココロが欲しいのです」
「……はぁ」

 浩之がいつものようにマルチの頭を撫でながら、セリオとも待ち合わせ場所である
ところのバス停に辿り着いた時、セリオは浩之に向かってそう呟いた。
 唐突である。
 いきなりである。
 何である。
 愛である。

 ……いや、多分違う。

「な、なんだよそれは?」
「説明を忘れました」
「ま、まーな」
 それ以前に色々と浩之は思う部分があったが、大人しくセリオの言葉を待つ。
 マルチもきょとんとしたまま、一言も口を開こうとしなかった。
「マルチさんはココロがあって、こうして浩之さんにも可愛がられ、世間一般の皆々
様からもチヤホヤされる人気者です」
「え、えっと……」
「あ、あのぅ、セリオさん。それは……」
「黙れ! この売女!! アンドロイドの使命を忘れた人間に媚びるメス狗めっ!
毎日の色ボケの日常を過ごすあまりロボットの高貴なる誇りを忘れたかっ!!」
「ひ、ひ、ひ……」
「お、おいセリオ……」
「私の僻みです」
 浩之はそのまま子供のように号泣するマルチと、無表情にハンカチを噛み締めるポ
ーズをとって意志感情を示すセリオの両方を見ながら慌てる。
 取り敢えず泣き喚くマルチの頭を撫でてやりながら、
「だ、だからってどうしていきなり?」
 セリオに訊ねる。
「いけませんか?」
「へっ?」
「ブリキのロボットでさえ、絹漉豆腐のような素敵な心を手に入れる事が出来たとい
うのに……嗚呼、オズは何処へ?」
「……」
「こうなったら、手段は選びません。小学校の鶏小屋を襲って鶏か兎の心臓を……」
「こらーっ!!」
 中腰になってどこかへ向かおうとするセリオを慌てて呼び止める。
「強きものが弱きものを狩る。これは自然の原理では?」
「自然の原理の枠中外の存在が言うなっ! 第一、ココロってそういうものじゃない
だろうがっ!!」
 浩之がそう言うと、セリオは顎に手を当てて考え出す。
「確かに……私のように高性能高機能高水準高速通信の超ハイテク機器の心として家
畜の心臓ではあまりにも釣り合いが取れませんね……」
「だからそういうことじゃなくてっ!!」
「なるほど。つまり藤田さんは人を狩れと」
「狩るなっ!!」
「じゃあ臓器提供カードを持った人に限って」
「やばいってっ! その発想から離れろっ!」
「じゃあどうしろと?」
 こころなし不満そうな雰囲気を見せるセリオに浩之は大きく息を吐く。
「あー、のー、なー……いいかセリオ」
「はい」
「心ってのは生物の臓器のことじゃねえんだぞ」
「そんなことは判ってます」
 キッパリと言い返される。
「……」
「もしかして知らなかったのですか?」
「……」
 雰囲気的に馬鹿にされている感じ。
 藤田浩之、人間の尊厳的にかなりピンチ。
「……」
 浩之の顔から脂汗が滴り落ちるが、鋼の精神力で持ちこたえてそんなセリオに微笑
みすら作って見せた。
「だからお前がココロが欲しいってのはアレだろ? 感情が欲しいんだろ。それだっ
たらホラ今の「ココロが欲しい」の欲しいって感情が立派に……っていねぇ!!」
 浩之が気づくと、既にそこにはエグエグといつまでも泣き続けるマルチ以外存在し
ていなかった。
 通行人の目が痛い。
 まるで浩之がマルチを泣かしているように見えなくもない。
 しかもマルチは貧弱でつるぺたで制服を着ていても高校生には見えない。
「………」
 今までBGM化していただけに浩之は気が付かなかったが、よっぽどショックだっ
たのか相当の時間マルチは泣き続けていることになる。
 つまり、野次馬が警察官を呼ぶぐらいの時間は……


「ぷはー やれやれ参ったぜ……」
 泣き続けるマルチをその場に残し、全力疾走で近くの公園に逃げ込んだ浩之はベン
チに腰を下ろして、大きく息を吐く。
「しかし一体セリオの奴、どうしちまったんだ……」
「「まるで、頭のネジが一本抜け落ちたような……」かい?」
「おう、まさにそれだな……ってアンタはっ!?」
「やぁ、藤田君」
 何時の間にか浩之の隣には白衣を着た馬の王子様――もとい馬が、じゃなくて長瀬
源五郎がベンチの背後に立っていた。
「ど、どうしてここへ……」
「実は昨日から不思議でしょうが無かったんだ」
「えっ!? おっさん、理由を知っているのか?」
「長瀬主任と呼び給え」
「呼べるか」
「主任なのに……」
「で、おっさん。ボケはいいから、あんた彼女達の生みの親なんだろ。何が起きたの
か説明してくれよ」
「素人はすぐそうだ。説明しろ説明しろの一点張り。自分からは何も調べようとも理
解しようともしないで安易に答えばかりを求める。全くこれだから……」
「とっとと言え」
 身体を曲げて長瀬のネクタイを摘み上げるこの時の浩之の目は中堅の幹部クラスの
ヤクザ並みだったと、遠くで望遠カメラごしに彼を観察する藤田浩之研究家A嬢はご
近所の奥様方に語った。
 父親に似ず一介の冴えないモテない中年男でしかない長瀬源五郎は、あっさりとそ
の迫力に屈して質問に答える。
「実はだな、昨日セリオのメンテをした時に部品の総点検をして組み直した際にネジ
が一本余ってな……」
「あ、余ってなって……」
「どこの部品だか思い出せないし、一度しっかり組み直したものをバラすのは面倒臭
いし、でもキチンとセリオも動くからまぁいいかとばかりに放っておいたのだが……
そうかそうか、これは頭のネジだったのか」
 そう言って白衣のポケットから5mm程度の長さの太いネジを取り出して見せた。
 無骨でとてもじゃないが最新技術とは縁遠い仕事に見えなくもない。
「あのなぁっ!! 放っておいていいわけないだろうがっ!! それ以前にあんたが
作ったんだろ。覚えておけよ、そんなの」
「馬鹿を言うな。何でわざわざ主任たる私が一本二本のネジの場所まで憶えてられる
と言うんだね。マルチならともかく……」
「と、ともかくって……えらい言い様だな」
「ああ。マルチならウチの全スタッフ、彼女の髪の毛の本数だって憶えてるぞ」
「………」
「何だねその顔は? 仕方が無い。君にだけは話しておいてあげよう。我らが愛する
マルチと、あとセリオの話を」
 長瀬はそう言うと、厚くもない胸を張った。
「いいかね、良く聞き給え。
 実際にメイドロボットを作る際はコンピューター上で完成予想図を立体的に仕上げ
る事が出来るが、やはり一番大事なのは実際に作ってみてひとつひとつ作ったものを
試す事だ。
 だから私や私の目に適った優秀なスタッフ達は、私の愛娘であるところのマルチを
作る為に、日々モノを創りあげる努力を惜しむ事はなかった。
 その行為は純粋に良いものを創りあげる効果には絶大だったが、同時に莫大もの無
駄や要らないものを生む。

 ある時は宝○明ら有名人御用達のかつら専門店で注文、製作した人工頭髪のパター
ンをいくつかよういして実際に被せてみて試したり、
「主任、頭髪はロングとショートどっちがいいですかね?」
「ショートだな」
「じゃあこのロングの方はそっちに」
「ああ」

 ある時は等身大藤崎詩○ドールの原型を作った造形師の元で製作された身体の各部
分部分毎のパーツを選り抜いたり、
「主任! 胸は大きめにしますか、それとも控えめにしますか?」
「これだと……あり過ぎだろ? この手で掴めそうで掴めない頼りなさこそ、必要だ
と思わんか?」
「確かに……じゃあ特殊Eにすることにして、この標準Cのはこっちに」
「ああ」

 またある時は無能な上からの視察にも絶えねば成らなかった。
「長瀬君。こんな数多く試作型を作れるほど、ここの予算に余裕があるわけではない
のだがね」
「いえ、最低二機は必要です。二つの違ったコンセプトから製作されるロボットで比
較検討することにより、単純に機能の違いを見るだけでなく、それぞれの利便さ、実
用性を試す結果、より多くの対人データをそれぞれに蓄積する事が出来、今後の開発
に多大な知見を与え労力の軽減と工数の短縮によるコスト削減が実現され、これは開
発ラインの上に乗っ取ってバージョンアップ、マイナーアップしていく手法よりも確
実に一段と手軽に我がチーム、当部署、そして強いては来栖川重工全体にとって若干
のリスクを負う事もなく今後の他社との開発競争に対してかなりのアドバンテージを
……」
「ああ。もういいもういい」
「お分かり戴けましたか?」
「んー、その、なんだ。この方が損はしないんだろ」
「はい。流石は常務。判っていらっしゃる」

 そんな作業の中、生まれたのがHMX−13プロジェクトだ。
「上手く行ったな」
「だからって主任、あんなガラクタの寄せ集めをダミーにしたっていずれはバレます
よ……」
「嘘から出た真にしてしまえばいい。マルチを作る際に故障用に取っておいたパーツ
があるだろう?」
「でも、あれは……」
「馬鹿。今のバックアップケースの方じゃなくて、廃棄用にまとめておいた資材置き
場に放ってある方だ」
「主任。でもあれは失敗作だって……」
「なに。マルチにとっては失敗作に過ぎん。ロボットのカッコ作りぐらいならあれで
十分間に合う。スタッフの中で使い物にならない奴を十人集めてBチームとして別機
能させろ。そうだ。野村をチーフに据えろ。あいつ、こないだ私のタバコを勝手に吸
った奴だ。小宮山もお菓子ばっか買ってたな。あいつもだ。そうそう、川村もあれほ
ど言っているのに短いスカートを履きやがらない。彼女もそっちに回せ」

 それは我ながら見事に填まった。
 私の嫌いな人間やグズやノロマを体よく追い払った後、私個人の作業効率が格段に
あがり、不平を漏らすものも少なくなった。男女トイレに設置した盗聴機で聞きたく
もない私の悪口を聞くことも減ったのだ。
 それだけでなく他の部署のワガママにも適切に対処することが出来るという効果も
生んだ。
「なにぃ。それは本当かね」
「はい。はい、所長の肝いりだそうです」
「「サテライトサービス」だぁ? ウチの大事な娘にそんな得体の知れないものを入
れさせるものか。あっちでいい、あっちで!」

 そして私達は艱難辛苦を乗り越えてHMX−12型マルチを! そして同時にセリ
オをも創りあげたのだ!!
 いやぁ、本当にマルチを創りあげるまで、我々は苦労したものだ……」

 そう言って長瀬は涙を流しながらプハァとタバコをふかす。
「………」
「どうだ。藤田君。感動の余り声も出んかね? まぁ無理もない」
「………」
「だからマルチは大切な私の娘そのものだ。これからも大事にしてくれよ」
「あんたが全て原因かぁっ!!」
「くっ!? 何故怒鳴る!?」
 浩之の迫力に押されて後ずさる長瀬。
「怒鳴りたくもなるわいっ!!」
「さては君、マルチとセリオの両方を手込めにしようだなどと……それならそう言っ
てくれれば最初から……」
「違ぁーうっ!!」
 浩之が指をベキベキ鳴らしながら座っていたベンチを飛び越えて、長瀬の元に近寄
っていくと、突如マルチが現われる。
「しゅ、しゅ、主任さんっ!!」
「「マルチ!!」」
「あ、あ、あの、その……」
「聞いていたのか……」
「そうだマルチ! お前からもこの馬鹿に言ってやれ!!」
「わたし……私……」
 そこまで言いかけるとマルチの目からはまたもジワッと涙が溢れ出した。
 長瀬が思わずゴクリと唾を飲んだ。
「そこまで……そこまで皆さんに愛されていただなんて…」
「違ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ―――――――――うっ!!」
 そう言って泣き伏すマルチの後頭部を浩之は激しくチョップする。
「えー、どうしてですかー? だってそこまで皆さんに気を使って戴けてただなんて
嬉しくて嬉しくて……」
「そうともそうとも。お前は私の誇りだよ。娘だよ。そして夢そのものだ」
「お父様っ!」
「おお、私をそう呼んでくれるかっ!?」
「はいっ! お父様っ!!」
「娘よっ!!」
「お父様っ!!」
「……」
 浩之は一人、公園を出た。
 全てを忘れてまた一からやり直そう。
 そう決意した17歳の冬。


 一方、
「私と綾香様以外の全人類の幸せの為に是非、綾香様のココロを――」
 コーホーコーホーと呼吸音を響かせながら、来栖川邸テラスにセリオはいた。
「な、何包丁持って物騒なことを……姉さんねっ!! セリオに馬鹿なこと吹き込ん
だのは え? 何?「心臓以外の臓器に傷つけないで下さいね」って姉さんっ!!」
「判りました。1ミリの誤差も生ぜずに取り出してみます。ですのでどうか私にココ
ロを……ありがとうございます」
「何勝手に話つけてるのよっ!!」
「やはりこの世は弱肉強食」
「はっ! ほざいたわねセリオ! この私を馬鹿にして五体満足でいられると思わな
いことね!」
 ゴゴゴと綾香の背中から音がする。トレーナーにジーパン姿だったのが幸いしてフ
ァイティングポーズも様になっていた。
「腕の一本二本ぐらいは……目指すは綾香様のココロのみ!」
 セリオの方もどこで仕入れたのか包丁のペロリと舌で舐めて見せた。
 そんなセリオの言葉を聞いて、一瞬綾香の表情が弱まった。
「違う意味なら私はいつでもOKだったのに……」
「は? 何か?」
「な、何でもないわっ! 勝負よっ!!」
「はい」
 二人の邪魔にならないようにと芹香がティーカップを持ちながら、室内に引っ込ん
でガラス戸を閉めた。
 そしてその外では二匹の獣が今にも相手の喉笛を喰らわんばかりに睨み合う。


 こっちではこっちで予断を許さないほどのことが起きようとしていた。




                          <おしまい>