『今までからこれからへ』
 





 蜃気楼が揺れ蠢いている。
 そういうものが蜃気楼だと言うのに、蜃気楼という現象そのものが歪みくねってい
るような錯覚を憶える。
 遠く霞むこともなく、都会の建造物たるビルディングが所狭しと並び立っている。


 見上げるのを止めて、地面を見る。
 テラテラと溶けているアスファルト。
 太陽からの直射日光の照り返し。


 全く、厄介な季節だと思う。
 晴れているのはいい。
 暑いのも構わない。
 嫌いじゃない。
 けど、


 …どーしてこう湿っぽいのかしらね。



 日本の夏は女々しい。
 男らしいとか、女らしいとか、そういうニュアンスの言葉は嫌いだが、日本語で日
本の夏を表現すると、この言葉しか思い付かない。
 少し悔しいが、仕方がない。


 極力、この季節は冷房の効いた場所にしか身を置かないことにしているが、たまに
は今日ぐらいは外に出てみてもいいだろうと思っていた。
 特に今日という日が特別なわけではなくて、いつでも涼める事が普通ではないとい
う事ぐらいは認識しておいた方がいいと、思いつきで思ったからだ。


 これもただの、きまぐれ。


 そう、私はいつでも気まぐれだ。
 そのくせ、気まぐれな人間独特の飽きっぽさは何故かあまり持ち合わせていない。
 あれこれと手を出して、それぞれに熱中する。
 そして特に自分で興味を持ったものは、いつまでも熱中する。


 そして、楽しみ尽くすまで、遊ぼうとする。


 私にとって、全てが遊びだ。
 私がやることは、全て。
 勉強も、習い事も、人生そのもの全て。


 そう考えて、生きてみていた。
 そう考えて、生き続けていた。
 そうでなければ、この世の退屈で押しつぶされてしまう。


 馬鹿みたいだが、そんな風に思っていたように思える。
 そして、自分で馬鹿みたいだと自覚していたからこそ、


 口には出さないように、
 外には見せないように、


 そこそこに、
 適度に、



 上手に生きているように見せてきた。



 …あっつい……。



 実際の温度よりも湿度混じりの体感温度が、私を憂鬱にする。
 この天気に比例しない、晴れない気分にさせる。



「かなり参ってるみたいだな」



 …あ……


 聞き慣れた声が、聞こえてきた。
 心落ち着く、私を安心させる声だ。


「よっ、綾香。久しぶりだな」
「あら、浩之」
 私の目の前に浩之がいた。
 笑っているように見えるのは、私が暑さに参っている顔を自分では気付かずに出し
て歩いていたせいだろうか。
 今更だとは思ったけれど、慌てて顔を引き締める。
「どーしたたんだ、こんなところで」
 どうやら笑顔の訳は、単に向こうから正面に歩いてきて、手を挙げたか何かして呼
びかけたものの、私が気付かないでいたことらしかった。
「別に。私が商店街を散策してたらおかしい?」
「いや、ただ一人でいるなんて珍しいかなと思っただけだ」
「そうかしら?」
「いや、オレにとってはたまたまと言うことかも知れねーけど」
 高校時代から、私の学校と浩之達の学校が近くて、通学路も似通っていたことから
この商店街で私と浩之が会うこともたまにあった。
 車で送り迎えのある私がここに来る時は大概、友達と寄り道をしていたりする時だ
から、浩之がそんな反応をするのも当然だった。
 一人で買い物をすることは珍しくないが、この商店街ではなかったような気がした。


「ジュースでも奢ってやろうか?」
「いいの?」
「あー、普通のジュースでいいなら。何が良い?」
「任せるわ。あ、浩之のと一緒で良いわ」
「そうか。じゃ、あそこの公園の日蔭にでも涼んでろ。直ぐ買って来るから」
「うん。ありがと」


 薦められるがままに、商店街側の公園に踏み入るが、公園とは名ばかりの遊具の一
つも無い、ただの災害時用の避難場所だった。
 それでも周囲は植えられた木々があり、ベンチも幾つか拵えてそれなりの体裁は整
えてある。
 私は日差しの方向から、この時間一番木陰が続きそうな場所を選んで腰を下ろす。
「悪い、待たせたか?」
 暫くしてやってきた浩之は、商店街の飲食店か何処かで買ってきたらしい冷えた缶
ジュースを座っている私に渡すと、そのまま横に座る。
「ありがと」
「うえー、ちょっと動いただけで汗びっしょりだな」
 そう言ってシャツを指で摘まんで肌に張り付いていることを見せながら、浩之は座
り直す。
 心なしか少し、私から離れて。
「それよりもっとこっち寄りなさいよ。暑いでしょ?」
 浩之が座っている場所だと、肩半分がちょうど後ろの木の形のせいで、日差しに熱
せられる。
「いや、いいよここで。ベタベタくっつくと暑いし」
「別に寄り添えとは一言も言ってないけど」
「冗談だって、冗談」
 私がわざとらしく指を鳴らす仕種をすると、浩之はすぐに笑って手を振った。
 浩之とは互いにいつも、こんなことを気楽に言い合える。
 同性じゃなくて、異性の友達ではそうそういない。


「そう言えば前、葵ちゃんに会った時に聞いたんだけど、もうそろそろエクストリー
ムの予選大会があるんだって?」
 最近の事とか、互いの大学生活の話を一通り話した後、浩之は自分の飲んでいるジ
ュースのプルトップを指で弄くりながら、そう訊ねてきた。
「ええ。参加人数が増えて規模も大きくなったからね。この時期に予選をして、そし
て改めてコンディションを整えて秋に本戦があるの」
「そうなんだってな」
 そう言いながら浩之がゴクゴクと缶ジュースを飲み干す横で、私は軽く一口二口と
口を付けると、
「でも私、エクストリームはもう止めることにしたの」
 浩之が驚くようにわざとのんびりとした口調でそういった。
「へぇー……って、ええっ!? マジかよ!」
「ええ。マジ」
 驚いた顔をする浩之を見て、私はニヤリと笑いながら頷く。
 思いのほか、効果があったようだ。
「そりゃまた急だな」
「別に急じゃないわ。昔っから考えていた事だし、特に予定が早まったとか言う訳で
もないし……」
 驚いたままの浩之を横に、私は焦らすようにゆっくりと缶を傾けて飲み干した。


 エクストリームは高校卒業まで。


 前は漠然とした目安ぐらいにしか思っていなかったことだったが、今でははっきり
とそう考えて決断できるようになった。
 それだけ、心残りな部分がなくなっていたのだろう。
 そう、私には心残りなところがなかった。

「オレはてっきり将来はエクストリーム専用の道場を開くとか、大会の主催者側に加
わるとか、生涯関わっていくのかと思ったけどな」
 格闘技系雑誌にもそんな記事が書かれたことがあったらしい。
 それを浩之は見ていて、聞いたのだろうか。
 それとも、私の素振りでそう思っていたのだろうか。
 そんな事も聞いてみたいような誘惑もあったが、今は説明が先だった。


「エクストリームは好きよ。あの興奮、あの熱気。凄く気持ち良かったし、今だって
凄く好き」


 いつでも思い出すことができる。
 初めて、エクストリームという立ち技総合系格闘技大会に参加した時のことを。
 あの時感じた、興奮。
 空手道場で自らを律する稽古とは全然違った、圧倒的な開放感。
 スリルとサスペンスと言ったら変だけれども、普段の生活ではなかなか味わえるこ
とのない極度の緊張感。
 自分が何者だからということがない、自分の磨き上げた実力を発揮することで注が
れる眼差し。
 今までの自分には無縁の、そして最高に興奮できるものが、そこにはあった。
 夢中になれた。
 なれるだけものが、そこにあったから。
 他に代われるものなど存在しなかったから。


「……」
 私が黙っていた間、ずっと浩之は私を見たままだった。
 私が思い出しているものを、浩之は感じてくれたのだろうか。
 何となく、ぐらいのものは感じてくれていると思う。
「私がエクストリームに人生全てをぶつけているとでも思った?」
 だから、こっちから話し掛ける。
 ちょっと意地悪っぽく。
「は? い、いや……そんな急に聞かれてもな」
「いいから」
 促すように微笑んで見せた。
 浩之はちょっとだけ迷った顔をして、そして考えるように頭を指で掻いた。
「うーん……そうだな。凄くやってて楽しそうだということはわかってたけどな」


 そう、楽しかった。
 最高に楽しかった。
 今までで、一番ぐらいに。


「ええ。楽しかったわよ。でもね……」
 っ私はそこで一旦言葉を切る。
「あくまで私の楽しみの一つ。所詮は私という女を成長させるステップのひとつなん
だから。人生までそれに捧げるつもりはないわ」
「はぁー」
 浩之はポカンとした顔をしている。
 感心しきっているというより、単に圧倒されているようだった。


 …嘘なんだけどな。


「ここ、ツッコむとこよ」
 仕方がないから、そう言ってやる。
「へ? あ、ああ。何か言葉に違和感が無かったから気付かなかった」
「やーねー、でもまるっきり嘘でもないし、別に信じてもいいけどね」
「ふぅん」
 曖昧に誤魔化した私に、曖昧に頷く浩之。
 この変は説明できるものでもないし、ことでもない。
「でも勘違いしないで。別に格闘技自体を止めるとか、二度と関わらないとかそうい
うことじゃないから」
「じゃあ、何でだ?」
「もう、ある程度満足したから、かな」
「へ?」
「エクストリームで得られた楽しみに、満足できたから」
「……?」
「勝ち上がっていく楽しみ、頂点に登る楽しみ、自分で磨いた実力だけを評価される
楽しみ……色々な楽しみを得たわ。勝つか負けるか、ぎりぎりのところに立つ勝負の
世界っていうの? そういう空気を味わえたのは楽しかったし、嬉しかった」
 本当に快感だった。
「だけど、もう、いいの。満足したし……他の楽しみも得たいしね」
「いつまでも、一つのことに捕らわれないってことか?」
「もっともっと……色々と楽しみたいの。私が出来る事。私が楽しめることを」
 あの喜びは忘れないし、失せるものではない。
「格闘技自体はいつまでも好きだし、身体を動かす事は一生止めないと思う」
「……」
「ただ、エクストリームという舞台だけ、引退しようって思ったの」


 夢中になるのもいい。
 熱中するのもいい。
 今までずっと没頭し続けていた。
 格闘技に。
 エクストリームに。


 けど、
 私はそれだけで終わるのだろうか。
 それだけやっていれば満足なんだろうか。
 私がエクストリームを発見したような、喜びや楽しみはまだまだあるのではないだ
ろうか。


「もっと私は色々なものを知りたいし、楽しみたいから」


 十分に楽しんだと思う。
 満足できるくらいに。
 そう思ったら、


 …もう、いいかな。


 そう思えた。
 ごく自然に。



「大したヤツだよ、お前は……」
「何で? 変わってる?」
「いや、普通は一つの事で頂点を極めるまで登れるようになったらその方向からなか
なか離れようとはしないものだぜ。例え実際に戦うのを止めたとしても……それに
いつまでも関わろうと……あ」
「ん?」
「もしかして、何か将来的に……」
 今更、私の家の事に頭がいったらしい。
 鈍いと思うよりは、普段からそういう事に気付かないで接してくれているという方
を喜びたい。
「ううん。関係ないわよ、そーゆーのとは。そういう理由ではないわ」
「そっか。考え過ぎか」
 それは、事実だ。
 第一、本気で止めさせようと親から思われていれば、とっくの昔に止めさせられて
いる。
 祖父母は渋い顔をして、あれこれと口煩く言ってくるが、両親からは特に何か言わ
れたことはあまりなかった。
「そーよ。まぁ、色々とせっつかれていないと言えば嘘になるけど……そんな事で
決めたわけじゃないわ」
「そうだな。悪い」
 私がしつこく説明したのを、怒ったと勘違いされたらしい。
 ちょっと殊勝な顔をしていた。
 浩之にしては、珍しい。
「別に謝る事じゃないってば」
 だから、改めて否定の意を込めて手をパタパタと振って上げた。
 私の顔を見て、気付いてくれたようだった。
 いつもの浩之の顔に戻っていた。
 にやにやと笑いながら。



 そして暫くまた、大した事の無い雑談をして、日差しの照り付けが弱まったところ
で腰を上げた。
 それ程長く喋ったつもりじゃなかったのに、中央の時計台の時計は結構な時間を指
していた。
 ずっと握り締めたままだった空缶を屑篭に捨て、商店街へ戻る道を2人並んで歩き
出す。
 浩之は普段通りの格好で、私は白のシャツに薄い褐色系のキャミソールに膝までの
ズボン。
 人から見て、デートに見えただろうか。
 そんなことを考えて、可笑しくなる。


「ん? どうかしたか?」
「ううん。なんでもない」
「?」


 そんな会話も、そう考えると意味深で面白い。
 けれども浩之は、私の態度を見てちょっと軽く溜め息を吐いてから、


「お前を見てると……ホント、自由奔放って言うか、凄いよな」


 そう言ってきた。


「……」
「?」
 絶句まではしていないが、眉ぐらいは顰めてしまったかも知れない。
 浩之が相手でなければ、表情一つ変えることはなかっただろうに。
 慣れていた、筈だった。
 きっとそう、見えている。
 皆からも、
 そして浩之からもそう。


 判っていることだし、自分でもそう見せている。
 そう自分で思って行動しているから、当然のことだ。
 そう思われる事を求めていたし、
 無理して努めてまで、そう見せようととしていた訳でもない。


 けれども、少し寂しい気がちょっとする。
 ちょっとだけ。


「そーお?」
 だからすぐに澄ました顔をして、場を繋いだ。
「汲々と生きている奴等とは縁の無い世界に生きているように見えちまう」
 大袈裟に肩を竦める仕種が少しだけ憎らしい。
「誰が汲々としてるのよ。もぅ、これでも色々と実際は大変なのよ」
「いや、そう見せないところが流石だよ」
 すぐにいつものやりとりに戻っている。
 いつも通りの。
「浩之はどうなの?」
「オレか? オレも人からはよくそう言われるけど……」
「実際は?」
「その通りかもな」
 苦笑するでもなく、あっさりと肯定した。
 浩之らしい、そう思った。
「うふふ」
「ははは」
「やれやれ、浩之はいいわね。本当に気楽で」
「お前だって……いや、でもホント、そーゆーのってやっぱりお前らしいよ。何に
対しても堂々としてるって言うのか?、全然物怖じしないところなんかさ」
「そーね。私……らしいのかな?」


 やっぱり、か。
 らしい、ものね。


「そうそう。いつも快活で、そうやって何事にも前向きに生きられる奴ってなかなか
いないと思うし、オレは凄いと思うぜ」
「うーん……浩之の方が、そういう所あると思うけど」


 …物怖じしないで
 …積極性で
 …頼り甲斐があって
 …気さくで些細な事に拘らないで


 人からよく言われる言葉。
 自分の性格を現しているのだと思う。
 それが生まれつきな性分だとも思う。
 けれども、


「いつまでもクヨクヨと悩んでないで、忘れられるってタイプじゃねーか?」
「うーん」


 その通りだとは思う。
 間違ってはいないと思う。
 けれども、


「……」
「ん?」
「……ふぅ……」


 そうでもない。
 人並みの疲れくらい、私も憶える。
 弱音を吐く気は全くないけれど、
 特に見せたいわけでもないけれど、



 黙って気付いて欲しいと思うのは図々しいのだろうか。



「どうかしたのか?」
「ううん。何でもない」


 それを求めても仕方がない。
 クヨクヨと考えることは私らしくない。
 そう「私」らしくないのだ。


「ところで話は変わるけど、神岸さんと最近上手くやってる?」
 この話はこれでおしまいとばかりに、私は話題を変えた。
 浩之の、一番弱そうな話だ。
「なっ、い、いきなり何を……」
「こないだ葵が遊びに来てね、ちょっとその話が出たものだから……」
「い、いや……それは……」
 案の上、言葉に詰まる。
「うんうん」
「そんな顔で頷くなよっ!」
「あは、まーその様子じゃ、悪くはないようね」
「何だよ、その「悪くは」ってのは……」
「じゃ、かなり良好なんだ」
「うっ……」
 話は色々と聞いていたし、予想はしていたものの、こうもはっきりと肯定の態度を
取っているのを見ると、悔しい気分になる。
 だから一層意地悪く笑って見せた。
「うふふ、語るに落ちたわね」
「猫口で笑うのはやめろ、その口は」
「何よ、これくらいからかわれたって、浩之は文句は言えないんだから」
「どーしてだよ」
「本当に判らないの?」
「そうだよ。俺、お前に何かしたか?」
「……何もしなかったと思うの?」
「え……な、何かしたっけ?」
「胸に手を当てて考えてみないさいよ」
「え? う、うーん……なあ、本当に何か、したか?」


 何もしていない。
 そう、何一つ。


「もー、いーわよ。もう」
 だから私に出来るのは仕方がない顔で、溜め息を吐くぐらいだ。
「いや、本当に何かしてたって言うなら……」
 そう慌てて言いかける浩之の口に、指を当てて押し留める。
「いいってば。悔しくなっただけだってば」
「悔しく?」
「葵のこととか、姉さんのこととかさ」


 2人のことも、だが。


「二人がどうかしたのか?」
「ニブイわねー、そこまで私に言わせる気?」
「いや、そう言われてもなぁ……」
「ったくもー、どーして貴方みたいな奴がモテる訳? 訳わかんないわ」
「はぁ? おい、もしかして雅史とか間違えてないか?」
「さあ、どうかしらね」


 朴念仁と言うか、
 とことん狡い性格と言うか、


 都合の良い性格だと思う。
 それで泣きを見た女性は数知れずだと言うことを、この男は知っているのだろうか。
 どんなに最低でも一名は。


 今までで一番気が合った。
 今までで一番話してて楽しかった。
 今までで一番楽しかった。


 そんな事を考えているうちに、商店街の中央付近にまで戻っていた。
「それじゃ、私はそろそろ帰るから。今日はありがとね」
「あ、ああ」
「また、暇な時に遊びましょ。葵とかも誘って」
 にこやかに言うと、浩之もにこやかに
「ああ。そうだな」
 と、答えた。



 そして私は浩之と手を振って別れる。
 浩之は雑踏の中に消えてゆき、私もそのまま足を止めずに歩き出す。



 前を見て。
 前だけを見て。



 商店街の出入り口付近で、それぞれ手にアイスを持った寺女の制服を着た生徒達の
一団が、わいわいと喋りながら歩いて来るのが見えた。
 部活の帰りだろう。
 彼女達はそのまま、私の横を自然に通り過ぎていった。
 私もまた、横を見ることもせず、商店街を出た。
 それぞれ、当たり前のように。



 …私はもう、振り返ることはない。



 今年の夏も湿っぽく、そしてかなり暑い。
 身体にまとわりつくような空気を無視して、風切って私は歩く。
 少し動きを早めれば、それだけ風を感じることが出来る。
 立ち止まった時の事を考えなければ、それほど悪い気分じゃない。
 少なくても、今の気分は悪くなかった。





                           <完>