『僕たち、友達だよね?』
 





「残念ですが……あと僅か一年程の命です」



 僕、佐藤雅史がそう医者に宣告されたのは一年前だった。
 直接、言われた訳じゃない。
 僕の両親に医者が言い、それを僕は厳しい顔をした父さんから聞いた。
 その時、台所で母さんがずっと泣き続けていたのを記憶している。
 この事を知った姉さんは「私に弟なんかいないわ」と周囲に話しているらしい。



 勿論、僕はそのことを友達に話す事もしなかったし、誰に相談するということも考
えなかった。
 ショックじゃないと言えば嘘になるが、実感が湧かないと言うのが正直な気持ちだ
った。
 その時の僕は、どこも身体が悪いとは思わなかったし、健康体そのもののような気
がしていたから。



 そして平穏な毎日が当たり前のように続き、僕もその中に没頭していた。




 そして二年生になっていた僕は皆と修学旅行に行くことになった。
 医者の見立てが間違っていない限り、きっとこれが僕の最後の旅行ということにな
る。
 気の所為か、最近は時々胸が詰まったような苦しさを憶えることが度々出てきた。
 死期が近付いてきたのかもしれない。
 それだけに僕はこの旅行中に前々から考えていたことを実行しようと思っていた。




「悪い奴にならなくては」




 そうすればきっと周りも僕の唐突な死に対して、悲しんだり惜しんだり嘆いたりす
ることはないだろう。
 嫌われ者の僕なんかの為に。



 皆から惜しまれつつ、皆の心に悲しみを与えたまま勝手に死んでしまうと言うこと
は避けたかった。僕と言う虚像が皆の心の中に刻まれて永遠に残り続けると言うこと
に耐えられなかった。
 しかし、今までの僕の行動にはそれはかけ離れていたのでなかなか難しかった。



 僕はお土産屋さんで万引きをしてみた。
 意外と見つからないものだった。
 気の弱い知人に付きまとってたかってみた。
 御免よ、垣本。
 旅館でこっそり女子の風呂を覗いてみた。
 通りがかった矢島君を身代わりに仕立てた。



 でも、これくらいじゃ悪人とは言えない。
 全て浩之が中学校時代に済ませていた程度のレベルだ。
 なかなか僕では悪事を働くのも一苦労だ。



 以前ラブレターをくれた女の子を夜中こっそりと繁華街に呼び出して、そのまま放
っておいた。
 翌日、彼女の友達に所在を聞かれたが僕は「知らない」で通した。
 保科さんのしおりに下品な落書きをして、by松本と署名しておいた。
 何故か三人組が二人組になっていた。
 レミィに北方領土の日本の主権を主張した。
 弓矢を持った彼女は途中で北へ姿を消した。
 雛山さんに、自販機でも使える一部を削った500ウォン韓国硬貨をあげてみた。
 翌朝の訓示で一人、生徒が帰ったことを知らされた。





 ちょっと思った。





 ……結構、楽しい。




「今日は一体、何をしようか。何をしてみようか……」
 そんなことを考えていると、どことなく旅行中、今まで距離を置いてきた浩之が僕
の元に来た。
 今は班別行動――自由行動の時間だった。



「おい、雅史……」
「ん、なんだい。浩之」
「何か、お前おかしくないか?」
「え、おかしいって?」
「何か今までのお前らしくないぜ」
「そうかな?」
「ああ」



 僕は彼にだけはこの旅行の出発前に、密かに別れを済ませていた。
 勿論、浩之は僕の病気も決意も知らないだろうから、僕のあの言葉を「変なことを
言うな」ぐらいにしか思っていないことはわかってる。
 気付かれないだろうけど、やっぱり少し寂しいのかもしれない。
 本当は浩之には予め全て打ち明けてしまいたい。
 でも、それはやっぱり卑怯だ。
 皆に嫌われて惜しまれないで死のうと決意したくせに、誰かにだけは本当のことを
知って欲しいなんてことは矛盾している。
 僕は心を鬼にする。



 藤田浩之。
 僕の大切な友達。
 一番の親友。
 彼を傷つけなければいけないと思うと暗澹としてくるが仕方が無い。
 それだけ仲が良いからこそ、よっぽどのことをしない限り嫌われることは出来ない。


 僕は浩之を汚す言葉を頭の中で模索する。


 …あれだけ露骨にくっついて来るあかりちゃんとでさえ、未だに殆ど何の進展も無
 い中途半端なチキンハーツ。
 …ただの無愛想の目つきの悪い高校生ヤクザ気味な、のべつ幕無しジゴロ。
 …自分の部屋でも風呂場でも学校でも体育倉庫でも神社でもOKな年中発情期野郎。
 …肝心な所で萎える見かけ倒しのイン●野郎。
 …実は志保が浩之の事ラブラブ愛してるって。


 駄目だ。
 心の広い浩之はそんな程度の事を言ったところで、僕を許してしまうに違いない。
 もしくは僕が病気だという事に気付いてしまうかも知れない。
 元々、自分の悪口に対しては不感症というか、底抜けに鈍いというか、都合の悪い
事は聞こえない便利な耳を持っている。
 もっと核心を付くような、肺腑を抉るような、一生トラウマで悩まされるような言
葉を浴びせて、やっと何とかといった程度だ。
 心して、言わなくては。



「お、おい……雅史? どーしたんだよ、オイ」
 心配そうな顔をする浩之。
 だが、僕はわざと乱暴に浩之の手を振り払う。
 内心の躊躇いを打ち払うように。
 そして驚いた顔をする浩之の顔を見て言った。




「僕、姫川さんと寝たよ──」




 その言葉が彼女の故郷でもあるこの北海道中をこだました。
 オーバーだが、そんな感覚があった。
 時間が暫く停止する。
 そして、



  ドカッ!!




「!?」
 僕は北の大地に背中から叩き落ちた。
 やがて、頬にじわじわと痛みが表れてきた。
 浩之が、僕を拳で殴ったのだ。
「ど、どうして…!」
 狼狽の色を露わにして、浩之は僕を問いつめる。
「どうしてだよ、雅史! 雅史、琴音ちゃんがオレ対象のヒロインの一人だと知って
たくせに、どうして…」
 僕は頬を押さえてうつむいたまま何も言わない。
「オレが… オレが琴音ちゃんも好きなこと… 琴音ちゃんもオレが愛してる一人だ
ってこと知ってたくせにどうして、どうしてそんなことしやがった…!?」
 浩之は僕が見たなかでも一番狼狽していた。
 こんな顔をしている浩之をこの十数年親友をやってきて初めて見た。
 激しい嫉妬のような感情が胸をチクリとさした。
「………。どうして…」
 だから思わず、呟いていた。
 挑発する為だけに言った筈なのに、僕の中にも熱いものが込み上げてきていた。
「どうしてみんな… みんな浩之のものなんだよ…? あかりちゃんも、レミィも…」
 志保は特にいらないけれど。
 その言葉自体は本来言おうとしていて用意してあった科白だったけれども、それを
叫ぶ僕の心は激しく揺れていた。
「僕がんばった! がんばってきた! みんなにサッカーの天才だって言われて、そ
の期待を裏切らないようにしてきた! それなのに、どうして平均点以上の美人の女
の子はみんな浩之のものなんだよ!?」


  ゲシィッ!!


 僕の脚が衝動的に振り上げられ、その蹴りが今度は浩之の顎を捕らえた。
 浩之が大きく背中から地面に倒れる。
 すぐに僕も浩之も立ち上がった。
「どうしてみんな浩之のものなんだよ!? 初めて、浩之以外な展開の話がアニメ版
で出たって思ったのに、それなのに、年上のあの娘も、同級生のあの娘も、先輩のあ
の娘も…。どうして僕のものじゃいけないんだよ!?」
  バキッ!
「お前の方がモテるじゃないかよっ!!」
  ゲシッ!
「十羽一欠けらの顔もろくに出ない連中の数なんて入らないよっ!!」
  バキッ!
「こないだ紹介されてた田沢圭子とかいう娘がいるじゃねーかっ!!」
  ゲシッ!
「あんな存在感の無い女の子のことなんて覚えてられないよっ!!」


  バキッバキッバキッ
  ゲシッゲシッゲシッ


 散々暴れまわっていたせいだろう、騒ぎを聞きつけた生徒達やら先生が周囲に集ま
ってきていた。
「ひ、浩之ちゃん! 雅史ちゃん!!」
 木林先生と共に駆けつけたあかりちゃんが僕たちを止める。
「い、一体どうしたの!?」
「ひどいよ……」
「雅史……」
 喋ると、口の中に血の味が広がった。大分殴られていた。
「雅史ちゃん……」
「お、おい、雅史……」
「僕にだって判るよ。あの娘達の顔見てたら、僕にだって……」
「ま、雅史……」
「雅史ちゃん?」
「でも、あかりちゃんの気持ちも知らないで……」
「え?」
「お、おいっ!!」





「この平成のハレム王っ!!」




  ダッ!!




「ま、雅史っ!!」
「雅史ちゃん!!」




 それが、僕と浩之の最後の別れだった。



・
・
・



 あれから数日後、僕はまだ生きていた。
 未だに僕の病状は悪化する兆しはない。
 人の運命とは本当にわからない。




「でも、まさか先に浩之の方が死ぬなんて……」




 僕は浩之の墓の前でそっと呟いていた。
 旅先での怪死。
 死因は未だ以って謎だった。






                        <おしまい>