『来栖川綾香は人気者』
 





「やほやほやほー、遊びに来たわよー」
「――綾香お嬢様。こんにちわ」


 日曜日、綾香はコンビニの袋を持って来栖川研究所まで遊びに来ていた。


「しかし日曜日だってのに忙しそうねー。休めばいいのに、日本人ってのは、もぅ」


 コンビニで買った菓子類を食べながら、忙しく働いている職員達を眺める。
 結構なご身分だが、誰も文句は言えない。
 資本主義の馬鹿ヤローである。


 職員はそれぞれ働いていて構ってくれないので、話し相手は専らセリオだ。
 そのセリオの机に雑誌らしきものが置いてあった。


「へぇ……セリオも漫画読むんだ……って、あれ?」
「――これはただの漫画ではありません」
「え?」


 綾香が手を伸ばして、その雑誌を手に取ると、ゴミ捨てに行かされていたセリオが
丁度戻ってくる。
 数頁、ぱらぱらと捲り、綾香はセリオを見る。


「これ…………同人誌?」
「――これは私たちが作っている作品です」
「え" ……」


 綾香は周囲を見回すが、忙しく働いている職員達は見向きもしない。


「まさか……でも、どうして……」
「――これで新たな研究資金を」
「んな訳あるかーっ!!」


 と、突っ込んで見たものの、改めて興味を持ってその同人誌の表紙を見る。
 今風のアニメ絵の女の子だ。
 猫耳でメイド服で眼鏡っ娘で幼い。


「でも、絵、上手いわね……誰が描いてるの?」
「――私です」
「へぇー……」
「――原作の方の絵を私へスキャンして、その元絵に忠実に似せた絵を描くことが出
来ます」
「そんな機能に金使ってるんじゃないでしょーね」
「――そして、他の皆様がシナリオや構成、コマ割りなどをそれぞれ分担して担当し
ます」
 そこで綾香はセリオの机の横にダンボール箱に詰まった同人誌を見つける。


「これが新刊ね……どれ……」





 「カーカカカ!!」
 「凄い……凄いよジ○ン、凄いいいよっ!!」
 「小○木、良く覚えて置けっ!! これが秋山の肉○だっ!!」
 「ワシも……ワシも入れてくれぇ〜」
 「ああ、魔法の舌が……き、気持ちいい……僕、僕もぅ……」



「…………………………………………………………」
「――如何ですか?」

 茫然とする綾香の耳元でセリオが訊ねる。

「やおいにしたって……ちょっとほら……他にねぇ……って、これ、他にはグラッ○
ラーに、Jo○oに、こ○亀……これで売れるの!?」
「――去年は三十万部、売れました。予測では今年も同じ程売れると思われます」
「ま、まじ……」
「そちらが一日目で……二日目も合わせてですが……」
「あ、これね……」



  「ね、姉さん……私……姉さんだけしか……」
  「……」
  「あ……ああっ……もっと……もっと……」
  「……」
  「いや、じらさないで……お願い……ねぇさんっ!!」



「………………………………………………………………」
「――如何ですか?」
「これ、誰と誰のつもり?」
「――非常に誰かと酷似していますが、熊野川星香、亜里香姉妹物と言うオリジナル
です。私たちの活動は基本はオリジナルですから」
「た、確かに誰かとよく似てるわね……姉は言語障害者で、妹は女子ムエタイのチャ
ンプ……へぇぇ……で、誰がシナリオ書いたの?」
「――元は長瀬主任が……」



 セリオが研究所の隅っこの自分の机で寝ている白衣の男を指さす。
 そこだけ、やけに長閑で暇そうだった。




 ……研究所内が激しく揺れた。




 研究所の隅で中年男のくぐもった悲鳴と、肉が激しく叩かれる音が交差する中、セ
リオの元に若い所員がやってくる。
「セリオ、今度の新刊なんだけど……」
「――はい。シナリオはこれですね」
 セリオは書類の束を職員から受け取り、中身を確認する。
「ああ。で、オリジナルだから名前何だけど……」
「――はい。では、ヒロインの名前は「草津川綾奈」としますが宜しいですか?」
「OKOK、セリオちゃんに任せるよ」
「――『実録 お嬢様ご乱心!? 貰って入れて乱れて飛んで』ヒロイン綾奈は名門
女子校に通う血統書付きのお嬢様。しかし裏の顔は金額次第で何でもやる皆の雌奴隷
。今日も今日とて、見知らぬおじさんに身体を差し出すのであった……」
「声だして読むな読むな……」


 奥で、骨が折れる音がした。


・
・
・

「あ、綾香お姉さまお早うございます」
「あ、おはよう」
「綾香お姉様、ご機嫌麗しゅう……」
「え、ええ……」



 来栖川綾香は学校の人気者だ。
 表でも裏でも。



「綾香ぁぁぁぁぁぁ――――――――――っ!!」
「な、何よ浩之。こんなところまで……それに血相変えて……」
「……い、いくらでいいんだ?」
「はぁ?」



「はぁはぁはぁ……この、九頭竜川愛香って可愛いよな……」
「知ってるか、この同人誌、モデルがあるって噂……」
「え……?」




 そして、余所でも人気者だ。





                          <おしまい>