『マルチの七時間戦争』
 





 三月十九日はマルチの誕生日なんだそうだ。


 こないだのマルチのメンテナンスに研究所まで付き合ったオレに、長瀬主任はそう
教えてくれた。


 マルチの誕生日ともなれば何かプレゼントを……。


「なぁ、マルチ」
「はい。何でしょう。浩之さん」
「今度お前の……あ、いや、なんでもねえ」
「?」

 夕食の後片づけをしていたマルチにオレはそれとなく聞こうとするが、急に思い留
まる。
 マルチは少し小首を傾げるが、そのまま再び洗い物を始める。


 ふぅ。危ない危ない。


 考えてみれば、

『マルチ、今度の誕生日、何か欲しい物ねーか?』

 なんて聞いたところで、

『ええ――っ!? そんな、悪いですぅ!!』

 とか言って遠慮して、

『私は浩之さんの側にいられるだけで……』
『はっはっは……マルチは可愛いヤツだなぁ……』
『浩之さん……(ポッ)』

 とか何とかなって、

『よぉし、じゃあ今日はいつもより特に可愛がってやる』
『あーれー(歓喜)』


 てな感じで有耶無耶になるのがオチだ。

 折角だから、何かしてやりたい。
 それは最後で良いし(結局するのか?)。


・
・
・


 オレはあれこれ悩んだ末に、マルチが必要なものにすることにした。


「マルチ!!」
「え……は、はいっ!!」
「今日はお前の誕生日だ!!」
「えっ!? そ、そうなんですか!?」
「そーだ。長瀬のおっさんもそう言ってたし、間違いないだろう」
「そうなんですか、嬉しいですぅ〜」
「でだ」

 そこでオレは大きめのダンボール箱をマルチの前に置く。
 中身は新しい掃除機だ。わざわざ包装紙には自分でくるんだ。
 馬鹿っぽく見えなくもないが、まぁいいだろう。

「ほら、誕生日プレゼントだ!」
「え……?」
 マルチは目を丸くしている。
「最近お前、言ってたよな……掃除の度に「古くて吸い込みが悪い」とか「ゴミの袋
をセットする蓋が壊れて危ない」とか」

 家電をプレゼントってのもどうかと思ったが、マルチは掃除好きだ。
 掃除が好きな奴に新しい掃除用具を買ってやることこそ、最高のプレゼントではな
いのか?
 それにガタが来ていたのも事実だし。
 まさに一石二鳥。

「そ、そんな……」
「だから買ってきたぞ。新しいの」
「………」

 マルチは全身を震わせていた。
 そーか。
 そんなに嬉しいのか。

「そ……そんな……」

 ポロポロと涙まで流して。
 たかが掃除機ぐらいで恐縮だな。



「だ、駄目ですーっ!! ミケランジェロさんを捨てるだなんて!!」


 ……はぁ?


 マルチは今まで家にあった掃除機を取り出すと、


「ミケランジェロさんは私の……私の大切な友達ですー!!」


 ……え?


「ミケランジェロさんを捨てるなら……私……私……御免なさいっ!!」
「あ、マルチっ!!」


 マルチは掃除機を抱えて、家を出ていってしまった。
 そんなに俊敏ではなかったのだが、茫然としていたオレは遂追うことを忘れて佇ん
でいた。


「何だって言うんだ……」


 ミケランジェロって……誰だよ、オイ。


・
・
・


 そんなこんなで近くの公園のジャングルジムの上にマルチは登り、『立て籠もり』
と称してそのまま降りてこなかった。
 掃除機を抱えて。



 オレがそれを知ったのは近所のお母様方からの苦情が来たからだ。
 ううむ、普通のメイドロボットじゃないとは思っていたが、ここまでとは。



「マルチーッ!! 何やってんだ。ほら、一緒に家に帰るぞ」
「来ないで下さ−い!!」



 オレが登ろうとすると、持っていた掃除機の先で牽制する。
 生意気な真似を。


「私は……私は……闘うですー!!」


 立て籠もったマルチは言う。


「大空翼さんも言っていましたー。「ボールは友達」だって。ですからミケランジェ
ロさんも私の大事な友達ですー!!」


 日頃から馬鹿だとは思っていたが、ここまで馬鹿とは。
 それにそんなんだったら、文句言うなよ。最初から。


 しかし……。
 マルチの目は本気だ。
 必死さが滲み出ていた。



 うーん。
 どうするべ。



 仕方がないので、オレは助っ人を頼むことにした。



「――ここは私にお任せ下さい」



 おお、セリオ!
 そうだ、言ってやれ。
 そのスカタンに正義を見せてやれ。



「――マルチさん。聞いて下さい」
「セリオさん……」
「――そのミケランジェロさんは捨てられるのではありません」
「え?」
「――配置転換をするだけです」


 その後のセリオ式論理はこうだ。
 ミケランジェロさんとやらはオレの家を掃除する役目を終えるだけだと。
 そしてその役目を新しい掃除機に明け渡し、また新しい役目に就くのだと。


 なかなかの詭弁だ。
 やるな、セリオ。



「嘘ですぅっ!!」



 だが、マルチもしつこい。
 何より人(しかもセリオをだ)を疑うことまで学習している。


「私、知っているんです!! ミケランジェロさんがどうなるかを!! ミケランジ
ェロさんは燃えないゴミとして夢の島に運ばれてしまうんですー!!」


 くぅぅ、なまじ知恵をつけやがって。
 どうする、セリオ。



「――その通りです。その夢の島でこそ、ミケランジェロさんの新しい仕事が待って
いるのです」
「え……ただ、ゴミになるんじゃないんですか……?」
「――違います。これからの人間社会に必要な埋め立て地の土台となるのです」
「でも……それじゃあ……」
「――銀河鉄道999では人間までもがネジになったりしたのですよ」



 何か、違うぞ。



「そ、そうだったですぅ……そうだったんですかぁ……」
「――わかってくれましたか、マルチさん」



 おいおい、納得してるぞ。




 こうして7時間のマルチのジャングルジムの籠城劇は終わりを告げた。


 ありがとう、セリオ。
 健気だったな、マルチ。



 でも、おめーら……変だぞ。
 ぜってー、変だぞ。


・
・
・


「じゃあ、お願いします」
「――さぁ、マルチさん」
「うううぅぅぅ……ミケランジェロさん……お別れですぅ……」


 オレ達は清掃局のトラックの前でミケランジェロに最後の別れを告げていた。
 セリオに背中を軽く押され、涙目のマルチが局員に今までの掃除機を手渡す。
 オレはその光景をただただ、黙ってみていた。
 欠伸が出そうになったが、噛み殺して我慢した。
 何か、してはいけない気がした。



 それから。あんな事があったのが嘘のように、マルチは新しい掃除機で掃除を楽し
んでいた。
 鼻歌混じりに。
 因みに聞いてみたら名前はエカテリーナと言うのだそうだ。



 ともあれ、昨日は散々な一日だった。
 そして、これを機会にオレはひとつ学んだ。



「ものは大切に」




                          <おしまい>