『あかりのすきなもの』
 





 土曜日は授業は半チャンだ。
 現在では完全に休みかも知れないが、TH世界の土曜日はまだそうだった。
 PSでどうなってるのかはわからないが。


 HRも終わり、騒がしくなった教室であかりが浩之と一緒に帰るべくやってくる。
 今日はそれだけが理由ではないのだが、取り敢えずそのつもりであかりが浩之の元
に行こうとすると、


「おい、あかり」
「何、浩之ちゃん?」


 何か用事があるように手招きしている。
 珍しい。


「今日、お前の誕生日だろ?」
「えっ!? えっ!? 何っ!?」
「それでな……プレゼントのことなんだが」
「そ、そんな、あ……その……」


 てっきり忘れているのではないかと、思っていただけに浩之から会話を振られたあ
かりは動転した顔をする。


「でだ……」

 ニヤリと笑う浩之。
 悪人顔だと人は言い、あかりも思わなくはないが黙っている顔を浩之はしていた。
 あかりは、嫌な予感がしたが、それはすぐに違うものにとってかわる。


「ここに、くまの縫いぐるみがある。結構、大きいだろ」
「わぁぁぁぁぁぁぁぁ…………くまぁぁぁぁぁぁぁ…………」


 浩之がそう言って横に置いてあった紙袋から、熊の縫いぐるみを取り出す。
 あかりは目がハートマークになっている。
 効果覿面。



「くまぁぁぁぁぁぁ……くまくまぁぁぁぁぁぁぁ……」


 あかりは何かに酔ってしまったような法悦とした表情を浮かべている。
 口の端から涎が垂れそうになっている。


 魅入られたようにあかりはフラフラと浩之が片手で持ち上げるようにして持ってい
るくまの縫いぐるみに近寄り、手を伸ばそうとする。


「くまぁぁぁぁぁぁ……」
「おっと!」


 縫いぐるみに伸びたあかりの手をかわすように、浩之は縫いぐるみを持ち上げる。


「……あぅうぅ……?」


 緩慢な動きだったので、あっさりと手を空振りさせ、そうしてから困った様な浩之
を見るあかり。


「いいか、あかり。ここからが問題だ」
「……まぁ?」
 何か日本語を忘れているような雰囲気のあかりに気付かず、浩之は意地悪そうな笑
みを浮かべる。


「この熊をオレはオメーに誕生日プレゼントでやろーかと考えたが……」
「……くぅまぁ……」
 頭の悪そうな甘ったるいのんびりしたトーンのアニメ声(かなり細かい指定だな)で
あかりは顔を上げた姿勢で浩之の持ち上げている縫いぐるみを見つめる。
「しかーし……それじゃあ、面白くねぇ」
「まぁん?」


「そこでだ、オレはもーひとつプレゼントを考えたっ!!」


 だが、あかりは聞いていなかったのか、のろのろとした動作で縫いぐるみに手を伸
ばそうとする。


  パシッ!


「うじゅぅ〜ぅ〜んっ……」

 浩之にはたかれた手を押さえつつ、しかし視線は縫いぐるみに注がれたまま、あか
りが困ったような鳴き声を発する。

「いいか、あかり。よく、聞け……もぅひとつのプレゼントは……」


  ビシッ!!


 そこで、浩之は親指で自分を指差す。


「この、オレだっ!!」


「……はにゃぁ〜?」
 ぼやけ、濁った目で浩之を見るあかり。相当なんか、気にならないでもない筈だが
、自信たっぷりな浩之は気付かない。


「フッフッフ……でだっ!! このオレと熊の縫いぐるみ……どっちかひとつだけ、
今日、お前にやるっ!! と、言ってもオレは一日お前の物になるだけだがな。だけ
ど、一日中、お前の望む通りにしてやる。どーだ、魅力的な提案だろ?」
 悦に入って含み笑いを浮かべる浩之。



 事の発端は数日前のバレンタインに遡る。
 日曜日にも関わらず、かなりのチョコレートを獲得した浩之だったが、その中の一
人に長岡志保という女がいた。


「感謝しなさいよー」
「へっ、お返しは出さねーからな」
「何ですってぇぇぇぇ」

 そんな憎まれ口を叩きながらも、会話が弾む。

「ねぇ、あかりの誕生日のプレゼント……あんた、用意してるの?」
「あかりの……? あっそーか。そういう時期か、もう……」
「薄情ねー、今年もあかりからチョコ貰ったんでしょう?」
「いや、今年は後でケーキ焼いて持ってきてくれるって言ってたからな」
「健気ねぇ……じゃあ生半可なお返しじゃきかないわよー」
「ばーか。いいんだよ。別に頼んで貰ってるワケじゃねーし。オメーみたいに見返り
を期待してるわけでもねーだろーしな」
「あ、ひっどーい。ヒロ、そーゆー傲岸な態度とってると、今に強烈なしっぺ返し貰
うわよ」
「ケッ、大きなお世話だ」
「ふふん……その思い上がりがね、アンタの未熟さよ。どーせ、あかりに対しても「
オレさえ側にいればアイツは満足」とか何とか考えてるんでしょ?」
「その通りじゃねーか」
「ふーん。本当にそう思ってるワケ?」
「あったりめーだ、ばーか。あかりはそーゆーヤツなんだよ」
「じゃあ、賭ける?」
「何をだよ?」
「あかりが、ヒロより選びそうなもの……」
「ケッ……馬鹿馬鹿しい」




 そんな口論がかわされ、志保の用意したこの縫いぐるみと浩之自身を競わせる事に
なっていた。
 馬鹿馬鹿しい限りだが、これに勝てば一週間昼のカフェオレ代を志保がもつことに
なっている。
 成り行き上、縫いぐるみは強引に買わされたが(志保は別に用意するらしい)、持っ
ていても仕方がないので、浩之はどっちにしろ来月のホワイトデーに渡してもいいし
、別に後でやっても構わないと考えていた。

 浩之はそう思いながら、十二分の勝算を胸に止めの科白をはいた。


「さぁ、選べあかりっ!! オレを取るか……熊を取るかっ!!」
「うっきゅー……」
 さっきと同じ様に縫いぐるみに手を伸ばそうとするあかり。


  ペシッ


「はぅきゃぅ……」
「話、聞いてたか、あかり?」
 流石に、あかりの様子に不信を抱いたか、怪訝な表情を浮かべる。
「いーか。あかり、だから、このオレか、縫いぐるみかどちらかをだな……」
「……くぅぅぅぅぅまぁぁぁぁぁん」
「おーい、あかりさーん……」



「なぁ、藤田くん……」
 二人のやり取りを最初から聞いていたのだろう、隣の席にいた委員長が呆れたよう
な声を掛ける。
 鞄を持ったままでいるところを見ると、帰ろうとして帰れなくなったクチだろう。


「神岸さん……その熊見てから……もう何も聞こえてないみたいよ」
「ははっ……委員長、そりゃねーよ。いくらあかりが熊好きだって……!?」
「くぅぅぅぅぅぅまぁぁぁぁぁぁ……」


 呆れたような声で浩之に告げる智子に答えていた浩之だったが、背後から押し寄せ
た殺気に身を竦ませる。


 振り向くと、あかりは何か発作でも起きたように身体を震わせていた。
 目は血走っていた。


「あ……かり……さん?」
 恐る恐る声を掛けると、


「がぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ――――――――っ!!!!!!!!!!!」
「のわたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――――――――っ!!!!!!!!!!!」


 牙をむいて、襲いかかってきた。


「んぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――――――――っ!!!!!!!!!!!」


 咄嗟に避ける浩之。
 あかりの位置から浩之の背後にいる形になった智子を机ごと、押し倒す。


  ガターンッ!!


「くぅぅぅぅぅまぁぁぁぁぁぁ……」
「あ、あかりっ!! 落ち着けっ!! どーしたんだよ、一体っ!?」


 四つん這いになって正確に智子の喉笛を銜え込んでいたあかりは、口を開いて咆吼
して浩之を見る。
 その瞬間、智子の身体は床に落ちるが、失神したのかピクリとも動かない。


「がぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ――――――――っ!!!!!!!!!!!」
「のわたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――――――――っ!!!!!!!!!!!」


 縫いぐるみを離せばいいのに、後生大事に抱きかかえた浩之は、四つ足で追いかけ
てくるあかりから逃げ回り逃げ回り、その日を終えたとさ。


  めでたし、めでたし。


・
・
・


「な、ワケねーだろっ!!」
「どーしたのっ!? 浩之ちゃん。その怪我っ!?」
「あっち行けっ!!」
「ど、どーして!? はっ!?……わ、私、どうして縫いぐるみなんて持ってるの
!? ねぇ、浩之ちゃんっ!!……痛いっ!! どーした叩くの、浩之ちゃん!?
 痛いっ!! 痛いってば浩之ちゃんっ!!」



 夕日が射し込む屋上で、全身包帯まみれの浩之に寄り添うようにしていたあかり。
 その胸に抱えられるようにして熊の縫いぐるみがあった。


「ところで浩之ちゃん。私、今年も誕生日迎えられなかったね」
「そーだな」
「いつまでも、この年でいるのかな?」
「さーな」
「ところでさ、浩之ちゃん」
「ん?」
「浩之ちゃんの誕生日って……いつ? 痛いっ!! ど、どうして叩くのっ!? 痛
いっ!! 痛いってば、浩之ちゃん!! これあげるから許してぇ!!」
「いるかっ!! 押しつけるなっ!!」
「がぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ――――――――っ!!!!!!!!!!!」
「のわたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――――――――っ!!!!!!!!!!!」





                          <おしまい>