『1kgの純真』
 





 明日からいよいよ新学期。
 私にとって以前はとても憂鬱だったこの日も、今ではとても待ち遠しいものになっ
ていた。


 疫病神と忌み嫌われ、自分でも納得してしまっていた現状を、文字通り命がけで変
えてくれるきっかけを、力の秘密を解明してくれた人がいる。


 ……藤田、浩之さん。


 私の全てを変えてくれた人。
 私のために命を投げ出してくれた人。
 私の好きな人。


 私の……はじめての人。



 藤田さんのおかげで、私は今では学校に行くのが楽しみで仕方がない。
 そこに、藤田さんがいるから。
 藤田さんに会えるから。



 学校に行けば藤田さんと一緒に、


 他愛もないお喋りをしたり出来る。
 お弁当を食べたりも出来る。


 そして……ちょっとした悪戯したりも出来る。
 たわいない恋人同士のあんなこととかこんなこととか。



 みんな、外でも出来ることばかり。


 でも、学校という閉鎖された特異な空間での時間を共有出来ること、学生時代の思
い出として刻み込むことの出来ることは、とても嬉しい。


 その事だけでも、私は学校が待ち遠しくて仕方がない。




「さぁて、藤田さんの為にも、このお肌、綺麗綺麗に磨き上げなくっちゃ!」




 ……数時間後。



「ふぅ……ちょっと熱心にやりすぎちゃったかな……でも……」

 指先を唇にあてる。



「そんな、いや……こんな所まで……」
「凄く、綺麗だぜ、琴音ちゃん」

 後ろから抱きかかえるようにして、私の下着に手を挟み込んで撫で回してくる藤田
さん。
 貸し切り状態の保健室で、二人は激しくも狂おしく燃え上がる。
 首に『Underdog』と書かれた立て札を下げ、号泣する赤髪の女の子の目な
んて気にならない。
 二人だけのオンステージ。
 ピンク色の照明が二人を照らしつけ、加○茶のナレーションが入る。

 ちょっとだけよ〜。



「ここも……綺麗だよ」
「そんな……あっ……は、恥ずかしいです」
「ん……」
「あっ……あっ……だ、駄目ぇ……」



 …嗚呼、むだ毛の手入れを怠らなくて良かった……。



「オレ、もう我慢できない」
「きて……下さい。藤田さん……」


 見つめ合い、二人の目と目。
 お互いが、黒く濡れそぼり、涙を流さんばかりに震え合う。


 そして……そのまま……



  にへぇ〜



 思わず頬が緩む。
 人には見せられない顔だ。
 でも……



  にへにへにへぇ〜〜



 嗚呼、止まらない。
 この幸せ、この満たされた気持ち。
 何物にも代え難い悦楽と歓喜の渦。


「……こ、琴音、顔が崩れているわよ」


 あ、ママ。


「わ、私……回覧板届けに行ってくるから……」


 何故かそそくさと出ていくママ。
 もう、ちょっと未来予想しただけなのに。
 って、言うか明日の予行演習。


 もぅ、藤田さんたらせっかちなんだから。
 でも……そんなところもステキです。


 その暖かく、大きな熱を帯びた手が……。


 嗚呼、止まらない……はっ!?


 いけない私の右手。


 めっ!


・
・
・


 火照った身体をバスタオルで包み、冷蔵庫から取りだした冷え冷えの午後ミルクテ
ィーを飲みながら、洗面所の鏡を見る。


 私って……綺麗……。


 ちょっと、容姿には自身ある。
 少なくても、藤田さんの後ろを終始付きまとう犬娘や、一時期校内を嗅ぎ回って藤
田さんに色目を使っていたへっぽこメカ狸娘や、食堂でこちらのことをジロジロ見て
いた大食い狐娘なんかに比べれば……比較対称にもならない程。
 苛められた理由の一つに違いない、罪な……美貌。


 …はぁ……。


 思わずため息を付く。
 こんな純真可憐な美少女に思われるんだもの……藤田さんも幸せよね。
 なんて、言ったりして。
 琴音ったらお茶目さん。
 テヘ。


 そろそろ湯冷めするといけないから服着ないと……ん?。


 ふと、洗面所の隅っこにある、物体に目がいった。


 体重計。


 旧式のものだから、デジタルでも、体脂肪率がわかったりするものでもない。
 普通の、平凡な体重計。


 ママったら……最近、体型崩れてきたのを気にしてるのね。


 何の気なしに乗ってみる。


 …………。


 午後ティーを置く。


 ………………。


 バスタオルを取る。


 …………………………。


 片足立ちしてみる。


 ……………………………………。



「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――――――――――っ!!!!」


・
・
・


「琴音ちゃん……新学期だってのに学校来てないな。どうしたんだろ?」
「え、そうなの?」
「ああ、心配だから、今日の帰り、寄ってみるわ」
「あ、じゃあ、私も行くよ」
「そうか? んじゃ、行ってみっか」
「うん」


・
・
・


「でも、どうして浩之ちゃん。姫川さんの家、知ってるの?」
「え……いや、まぁ……ちょっとな」
「?」


「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!! 私もう生きていけないっ!!」


「え!?」
「ひ、姫川さんの声?」


 お互いの顔を見合わせる浩之とあかり。


「琴音っ!! 何を言い出すのっ!!」
「ママ……このまま私を死なせてぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」



 浩之とあかりが琴音の家へと駆け寄るように近付くと、家の中から琴音と母親の叫
び声が聞こえる。


「琴音!!」
「もぉぉぉーーーー駄目ぇぇぇぇーーーーデブじゃ……デブじゃ……もぅ、藤田さん
に抱いて貰えないっ!! 裸、見せられないっ!! 捨てられるっ!! 私、捨てら
れちゃうぅ――っ!!」
「いい加減にしなさいっ!! 近所中に丸聞こえでしょう!!」
「こんな姿を見られるぐらいならいっそ……」
「何、言ってるのよ、アンタって娘は!!」



「…………」
「…………」
「帰るぞ、あかり」
「う、うん……」


 くるりときびすを返して、来た道を戻る二人。



 浩之は首筋から大量の汗を流し、
 あかりは浩之の尻を抓りながら。




「死なせてぇぇぇぇぇ――……こんな醜い私を死なせてぇぇぇぇぇぇぇ――!!」





 気をつけよう 幸せ太りと 冬太り





                         <おしまい>