『人として……』
 





 今日から日本は一夫多妻制になった。

 何でも高齢化、少子化に対応するために、政府のお偉いさん達が「最後の手段」と
して決めたらしい。
 中国の「一人っ子政策」とは正反対の「人類皆兄弟化計画」と呼ぶことにしたらし
い。補完する暇があったら子作りに励めとでも言う気だろうか。
 政治家の考えることは判らないが、オレにとってはどうでもいいことだった。



「あ、浩之ちゃん、おはよう」
「よう、あかり」
 いつものように、オレはあかりと登校する。


「なぁ、いよいよ……今日からだな」
 オレは散々TVや新聞で騒ぎ立てているにも関わらず、あかりに白々しく話し掛け
る。
「う……うん……」
 あかりは真っ赤な顔をして、オレの方をチラチラと覗き込むようにしてオレの反応
を窺っているようだった。
「どうだ、あかり?」
「え?」
「オレと一緒に……」
「ひ、ひろゆきちゃん……」
 現存の法律も改正され、一五歳以上ならいつでも誰でも手軽に結婚できるようにな
っていた。
 あかりは真っ赤な顔をさらに赤くして、驚いたように両手を口元に当てる。
「第一夫人に迎えたいんだ……」
「ひ、ひろゆきちゃん……嬉しい」
 順列は関係ないとはいえ、やはり意の一番はあかりと決めていたオレは昨日、役所
から貰ってきた婚姻届をあかりに差し出す。やはり付き合いの長さを大事にした結果
だった。
 登校途中とはムードもへったくれもない気がするが、これからの事を考えると早い
こと済ませて置いた方がいいと思い、ここで婚姻届の書類を婚約指輪の代わりにあか
りに手渡した。勿論、昨日の内にオレの書く方は全て書いてあり、あかりの名前と判
子を押すだけで、OKなようにしてあった。


「あ、浩之さーん。あかりさーん」
 校門をくぐると、掃除をしていたマルチが大きく手を振ってくる。
「よぅ、マルチ」
「あれ……あかりさん……どうかしたんですか?」
 まるでマルチの存在に気付かず、涙を流したまま夢の中を彷徨っているようなあか
りに、マルチは不思議そうに顔を乗り出す。
「え、ああ……実はさっき、あかりの奴にプロポーズしたんだ」
「ええっ!? そうなんですかっ!? お、おめでとうございますぅっ!!」
「マルチもオレん家に来いよ。待ってるからな」
「え? え?……そ、その……」
「気にするなって。オレはいつでも大歓迎だからな」
 ロボットにまで婚姻届は通用しないような気がしたので、
「マルチ、愛してるぜ」
 と、直球で止めを刺す。



「ふ、藤田先輩……」
「浩之さん……」
 オーバーヒートで倒れたマルチと、婚姻届を胸に抱きしめたまま涙を浮かべて立ち
尽くした感激に震えるあかりを両手で引きずるようにして、校舎に入ったオレ達を葵
ちゃんと、琴音ちゃんが下駄箱の前で待ちかまえていた。
「やぁ、葵ちゃん。琴音ちゃん。お早う」
「お早う……ございます」
「そ、その、先輩……」
 挨拶なんてどうでもいいって雰囲気の彼女達に、オレは、
「オレ、二人とも……大事に思っているよ」
 と、これまた用意してあった、婚姻届けを差し出した。



 そこで不意に学ランを掴まれる。
「ん……?」
 マルチは倒れたまま、あかりは向こうで感激に震えたまま、共に動けないでいるの
を確認していたので、不思議に思って振り返ると、来栖川先輩が真っ赤な顔をして、
俯きながらオレの真後ろに立っていた。
「先輩……え、そんな……でも、いいの? 「家のことは構いません」……そっか、
嬉しいよ、オレ」
 そう言って、オレが、鞄から婚姻届を出すと、先輩はオレだけがわかる歓喜の表情
をして、オレの渡した婚姻届を受け取ると、そのままオレを強く抱きしめる。
「う、嬉しいです……藤田先輩っ!!」
「愛してます、浩之さんっ!!」
 同じく喜びに震えていた葵ちゃんと琴音ちゃんもオレの後ろから抱きしめてくる。


 …くぅぅ……男冥利に尽きるってもんだぜ。


 この時、オレは初めて政治家達に心から感謝した。
 きっとコーイチさんも隆山で感謝しているに違いない。
 いや、感謝しているのは四姉妹の方か? 


「あ、浩之……」
「あ、綾香!?」
 取り敢えずマルチは後輩二人に任せ、涙で前が見えない状態のあかりを引きずるよ
うにして、校舎にはいると、寺女の制服姿の綾香とセリオが職員室の近くで待ちかま
えていた。

「お前達……学校はどーしたんだ?」
「そんなの……関係ないわよ」
 思わせぶりに頬を染めて、あらぬ方向を向く綾香。隣のセリオは無表情にそんなオ
レ達を見つめている。
「ねぇ……浩之……一枚、貰っても……いい?」
「お、おい……でも、家はどうなる!? 先輩とお前しか……」
「そんなの関係ないわよ。私は……浩之の事、好きになった。姉さんもそう。だから
関係ないわよ……」
 オレに抱きついてみせて、頭を胸に埋めるようにして綾香が囁く。
「で、でも……」
 来栖川財閥から刺客が来たらどうしよう。
「――私が……お護りします」
 オレの心を見透かしたように、セリオが口を開いた。気付くと、オレの背中に顔を
埋めるようにしていた。
「ちょっと……私も守るからぁ……」
 そう拗ねたような、甘えたような口調で綾香が言うのを制し、オレはセリオに確認
をする。
「セリオ……も?」
 コクリと頭を押しつけたまま首を縦に振るセリオ。


 …う〜ん、何だか可愛らしいぞ。


「よっしゃぁ、いくらでも面倒をみてやるぜっ!!」

 5人以上と結婚した人間には政府から多額の援助金が出るのを知っていたオレはこ
の申し出にも快諾を与え、婚姻届を渡した。


 その後、廊下で転んでいた理緒ちゃんと、それを弓で射ようとしていたレミィにも
それぞれ婚姻届を渡し、あかり搬送を手伝わせる。
 何か、価値が思い切り安くなってきたぞ。


「ふうぅ〜、おはよ……」
「おはよう、浩之」
 あかりを取り敢えず、彼女の席まで引きずってから自分の席に付いた浩之に、雅史
が声を掛けてくる。
「よ、雅史」
「あかりちゃんと何かあったようだね」
 そう言って、雅史はニッコリと笑って見せてきた。見透かされているようだった。

「お、お前こそ……色々あったんじゃねーのか?」
「ははは……朝から追われて大変だったけど、姉さんに比べれば」
 そう言って爽やかに笑う雅史に、
「え、どうかしたのか?」
 と、訊ねる。
「実は姉さん、昨日離婚しちゃって……」


 …なにぃ〜!? 


「何でも前から好きな人がいたんだけど、その人が結婚してたから諦めていたらしい
んだけど……ほら、今度の法律で……」
「ああ」
「で、改めてその人にアタックするって言って……」
「そりゃぁ、大変だったな」
「うん。浩之も気を付けた方がいいよ。刺されたりしたら大変だよ」
「あ、ああ……」

 正直、男の嫉妬に燃える視線が怖い。
 あ、矢島がこっちを睨んでる。
 今後、出歩くときはなるべく綾香か葵ちゃんかセリオに護衛としてついて貰おう。

「で……浩之」
「何だよ?」
「護衛も兼ねて……」
「ああ」
「僕とくら……」


 その後、雅史はゴミ箱の中に移転した。


「何しとるんや?」
 雅史を搬送し終えたオレに、委員長が話し掛けてきた。
「いや……ちょっとな……」
「まぁ、ええけど……さっきから矢島君が藤田君の事、睨んどるのと関係ありそうや
な」
「え、いや……」
「今度の法律の事やないの?」
「あ、ま……まあ……そうなんだ。なぁ、委員長。オレと……」
「……私はええよ」
 軽く肩をすくめるようにして、そう軽く断る。
「え……」
「べつに私……藤田君の事、嫌いやないんよ」
「委員長……」
「でもな……」
 委員長が多少、顔を赤くして何か言おうとした時、


「大変だよ、浩之ちゃんっ!!」


 と、さっきまでは放心したままだった筈のあかりが飛び込んでくる。

「おわっ!? な、何だよっ!!」
「殆どの皆が浩之ちゃんと結婚するってっ!!」
「ああ、そーだけど」
 あっさり言ってのけるオレ。
「ええっ!?」
「用はそれだけか?」
「やっぱり……浩之ちゃんって……でも、いーんだ、わかってたし……え!? う、
ううんっ!! ち……違うのっ!!」
 さっきまでとは違う涙があかりの目尻から零れていたが、構わずにオレは聞く。
「だったらそれを言え。オレは今、ちょっぴり真面目モードになりかけてたんだから
なっ」
 よく解らない理由であかりを叱るオレ。
「急に浩之ちゃんの家から連絡があって……」
「オレの家から? どーしてお前が?」
「だって浩之ちゃん。雅史ちゃんと遊んでたでしょ? だから妻として私が代わりに
って……その……迷惑……だったかな……」
「ああ、いいって。だから先を……」
 落ち込んでいきそうなあかりを面倒に思ったオレはいい加減にあしらって、先を促
す。
「兎に角、浩之ちゃんのお父さんから……「もうこの家に帰ってこなくていい」って
……」


 …なにぃ〜!? 


「親父……まだ、向こうに住んでいたんじゃないのか!? って言うか朝出た時まで
は何にも無かったくせにっ!!」
「そ、そんな事、私に言われても……」
「勘当されたみたいやな」
「か……ど、どうして!?」
 動揺するオレに、
「やっぱり……その節操無しな所が……」
 と、あかりがおずおずと意見を言うのでその頭をはたきながら反論する。
「馬鹿言えっ!! オレはたったさっきから婚姻届を渡したんだぞ!? 親父が知っ
てる訳、ねーだろーがっ!!」
「痛い……でもこれが家庭内暴力……健気な妻へのやくざな夫の暴力……幸せ……幸
せだよ、浩之ちゃん……痛っ!!」
 一度殴ったあかりを更に叩くオレ。
「兎に角、帰ってみたらどうや? 向こうさんも言うこと、あるやろうし……」
「そうだな……あかりっ!!」
「うんっ!!」
 オレの呼びかけに、強く頷くあかり。妻としての自覚が芽生えていたらしい。
「ノート……頼むっ!!」
「え……?」
 そう言うと、オレはあかりを置いて、一年の教室に向かって疾走していた。



 そして、オレは護衛として葵ちゃんを連れて、自分の家へと走り出していた。


「でも……いざとなったら私の家に……」
「いや、その辺は後で考えるとして……」
 何せ、大所帯になるのは間違いない。先輩の家が駄目なら、他に入れる家はなさそ
うな気がする。


「待てぃっ!! この不貞の輩がぁっ!!」

 案の定、オレ達の行く手を阻む者が現れた。

「この数え切れないほどのまたをかけるとは言語道断っ!! しかもその中にお嬢様
を加えようとは……許さぬっ!!」

 セバスチャンだった。

「藤田先輩の適当で広過ぎて収拾がつかない愛は……私が護りますっ!!」

 葵ちゃんが、オレを庇うようにセバスチャンと対峙する。

「藤田先輩……この隙にっ!」

「ああ、頼んだぜ、ハニー!!」
「はいっ!!」
「待てぇ、逃がさぬっ!!」
「私がお相手しますっ!!」

 頬を赤らめる葵に老人の相手を任せ、オレは自宅へと急いだ。



「藤田ぁぁぁぁぁ――――――――――――――――っ!!!!!!!!!!!!」

 ずっと後を追ってきていたらしい、矢島が襲いかかってきた。
 チャンスを見計らっていたらしい。

「ぬおっ!?」

 だが、矢島はオレに近寄る前にいきなり転んだ。

「ありがとう……琴音ちゃんっ!!」

 姿を見せない将来の妻の一人に感謝しつつ、オレは自宅へと急ぐ。



「ちょっとぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!! 誰か忘れてないぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」

 再び、後ろの方から聞き覚えのある女の声が近付いてきた。
 意識的に接触を避けてきた女だ。
 オレは走るペースを上げる。

「大体ねぇ……ヒロ……アンタは……うがぁっ!?」


 そこでようやく振り返ると、背中に矢が刺さって倒れている志保の姿があった。

「サンキュウッ!! レミィ!!」

 やっぱり将来のワイフになるんだろうクラスメイトに感謝して、三度道を急ぐ。




 公園を抜け、見馴れた自分の家へと駆け戻る。
 朝、ここを出たっきり、変わらないように見えるこの家に、本当に親父はいるのだ
ろうか。


「親父ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ――――――――――――――っ!!!!!!!!!」


 ドアを開けると、

「あ……浩之さん……」
「……レ、レミィの……」
「ええ。シンディです。久しぶり……」
 シンディさんがお盆にポットとティーカップの載せ、廊下を歩いている所に出くわ
す。

「あら、ヒロちゃんじゃない……」
 次に顔を覗かせたのは隣の春木さんの奥さんだ。何故。


 家の中は女性の臭いで充満していた。
 居間に行くと、沢山の女性がいた。
 泉南女子に通う注目の芸能人、広瀬ゆかりがいた。
 同級生もいる。志保のクラスメートの小林芳美にピッチ友達の良子。
 あの三人は確か、岡田、吉井、松本……そう言えば、学校にいなかったような。
 確か迷子のお母さんだった筈の幸子さんもいる。
 塩沢先生……年、いくつだよ。


「あ、浩之ちゃんじゃない……」
 ゲッ……千絵美さんだ。
 そのキャミソールは間違いなく表で着る類の物ではない。
 肩紐がわざとらしくずれているし。


「あ……き……貴様はっ!?」
 狼狽した声をあげているのは坂下の奴だ。
 スカート、似合わないぞ。


 その中心に、親父がいた。
 まるで、中東の石油王みたいにソファーの中心に座っていた。



「浩之……こーゆー訳で、お前の住むスペースはない。何処にでも行け」



 そんなお父様にオレはこう言うしかなかった。



「ギャフン」






                        <おしまい>