『夏ボケなわたし』
 





「うへぇ……」

 私は今、別荘にいる。
 隆山である。
 保養地と行って差し支えない場所だ。


 だが、私は畳の似合う純和風の部屋でゴロリとだらしなく横になっていた。
 冷房病なのか、冷房が苦手なタチで専ら主力は扇風機だ。
 だが、限度を超えると扇風機はなま暖かい風を動かすだけの代物でしかない。

 故に、これは夏バテに違いない。

 因みに今、上はポロシャツに、下はショートパンツで過ごしている。
 これ以上の格好は周りが許してくれない。
 特に目付役の執事の長瀬は口うるさい。
 ここらが譲歩のしどころだろう。


 本当なら葵達と特訓三昧といく予定だったのだが、あいにく私だけ参加出来なくな
ってしまっていた。

 詳しい理由はあまり語りたくない。
 あまりに下らないのと、今でも怒りがこみ上げてくるからだ。


 右足の親指に丸々と丸められた白い包帯。
 蹴り所が悪かったらしく、見事に骨にヒビが入っていた。


「ふへぇ〜」

 仕方なく、姉についていってこの近場の保養地に来た。
 両親は海外に遊びに行っていた。
 姉は、色々と自分でも予定をこっそり作ったらしく、国内で過ごすことを選んだ。
 多分、その時は目付役の執事の長瀬を惹き付ける役目を担うことになるだろう。

 ただ、今は暇だった。

 読みかけのファッション雑誌にも飽きて欠伸をしていた。


「たまらなく、暇ね……」



 姉はどうしているのだろう。
 ふと、思う。

「姉さん……」

 姉の芹香の部屋に行く。
 扉を開ける。

「あぅ……」

 姉は自分の部屋を勝手に改造してしまったらしい。
 黒い垂れ幕が張り巡らされていて真っ暗だった。
 そして彼女の格好も言うに及ばず。

「暑く……ないの?」

 愚問とは思いつつ、私は訊ねる。


「……」

 ふるふる。

 首を横に振る。汗一つかいていない。


 …姉さん、立派な女優になれるわよ。

 蒸し暑い部屋のドアをしめて、私はそう思った。



 セリオはどうしているのだろう。
 ふと、思う。

「セリオ……」


 セリオの宛われた部屋に行く。
 扉を開ける。


「ゲッ……」


 涼しい。
 いや、寒いほどだ。
 エアコンがガンガンにかかっているらしい。

「――綾香お嬢様、如何なさいましたか?」

 …おい……。

 セリオはビーチチェアに水着で横たわり、白木の小さいテーブルに乗せた氷の入っ
た天然水の入ったグラスをストローを使って飲み干していた。何故かサングラスまで
かけていた。

「何、してるの?」
「――暑さは機械には……」
「それは分かってるわよ」
「――外に出られないので、気分だけでも味わってみようかと……」

 …あ、ミッシャ・マイスキーだ。

 真っ赤なラジカセからどうしてだか『チェロ協奏曲第一番』が流れてくる。背景の
つもりか、ベニヤ板にハワイの光景が描かれていた。
 手描きだ。誰が描いたかは知らないが。

「……邪魔、したわね」
「――いえ」


 …セリオ、日本人のいないハワイなんて存在しないわよ。

 冷房の効きすぎて身震いする部屋のドアをしめて、私はそう思った。



 さて、ここで私には二つの選択肢しか残されていない。
 マルチの部屋か、執事の長瀬の部屋のどちらかだ。


 ……私は、寝ることにした。


 夕方、出歩いてナンパでもされに行こう。
 そう決めて、藤蔓で編まれたベッドに横になる。
 普通のベッドだと暑いから、こっちにした。



 その後、夢を見た。

「この鍛え上げられた筋肉美を見て下されぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
「あうあうあうあうあうあうあうあうあうあうあうぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!」

 身体が汗とオイルで光る黒のビキニパンツ一枚の長瀬と、直射日光で完全に茹で挙
がった、身体で目玉焼きが焼けます状態のマルチの二人に襲われる夢だった。

 嫌な夢だった。



「……何、してるの?」


 目が覚めると、藤田浩之がいた。
 私の足下に差し掛かる方にしゃがみ込むようにして、じっとこっちを見ていた。
 相変わらず目つきが悪い。
 姉に、会いに来たのだろう。きっと。

「……」

 妙なゼスチャーをしてきた。

「?」

 手を叩く。
 ピースサインをする。
 お金のマークを指で作る。
 手を翳す。


「……?」

 眉を顰めた私に、浩之は私の足下を指差した。
 いや、正確には私のショートパンツの……中。

 
 ……ハイキック決定。


 グシャァッ!!


「……んぐぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ――――――――――っっっっっっ!?」



 …スタートに戻る。




                           <おしまい>