『僕たち、一緒にいないほうがいい』


1999/06/25





 …ここのところ、新城さんと上手くいっていない。



 でも、それも仕方ないことだと思う。
 僕は、彼女を好きになった記憶がない。



 彼女も、本当の意味で僕を好きになったのかどうか怪しいと僕は疑っている。
 だからこそ、上手くいく方がおかしいのかなとも思う。


 災害時、イベント中の恋愛は、大概上手くいかないものだ。
 極度の興奮状態から生まれた恋だけに、落ち着いてしまった時には、その時に見え
なかったものがようやく見えてくる。
 それに、元々、そんな状態の時に恋など期待しない方がいい。


 災害ではないが、僕達が結ばれたのも尋常な状況ではなかった。
 あの時、僕達は生徒会室の異常なサバトを見、月島先輩の力に怯え、先輩の意のま
まに操られた女の子達に追われていた。
 そして、彼女はその異常な状況で縋る対象として僕を見、僕を捉えたのだ。
 それ以前に、きっかけは全くなかったとは言わないが、それ以上のものがあったと
は思えない。



 元々、新城さんは僕の好きなタイプではない。

 彼女の好みはわからないが、こんないじいじした後ろ向きの考えで、妄想癖で、全
ての物事をこんな風にしか考えられない性格の人間が好きと言う人はそういないと思
う。
 彼女はあの状況で、僕の得体の知れない部分に惹かれたのではないかと思う。
 日常の中で、非日常を羨んでいた彼女が、それを僕の中に見つけた気がして。


 そして恐らく、彼女が僕のことを好きになったと言うには語弊がある。
 幻想視し過ぎて、僕という虚像が彼女の中で出来上がってしまっただけ。
 僕の知る、長瀬祐介と言う人間ではない、長瀬祐介を彼女は思い込んでしまった。
 そう僕は分析している。


 そうだからこそ、全てが落ち着いて見ると、僕はそれほどの男ではない事に気付い
ていっているのではないだろうか。
 僕はあれこれ思うだけで、それこそ月島さんみたいな力もなければ、行動力もない。
 ただ、世の中を恨み、拗ね、いじけ、羨望するしかない矮小な人間でしかない。
 そう、うじうじしてるだけ。


 そんな僕に新城さんはいつも文句を言う。
 それはある意味、当然のことだ。

 こんな僕に皆閉口して、対応としては関わらないで無視、嘲笑するか、いちいち指
摘して改めさせようとするかどっちかだろう。


 新城さんみたいな性格では、黙っているわけにはいくまい。



 僕は女の子を好きになったことはない。
 別に斜に構えている訳でもないし、無関心だった訳でもない。
 石部金吉を決め込んでいた訳でない。



 他の人間の接触自体、苦手だったし、
 女の子自体、苦手だった。



 瑠璃子さんは美しいと思う。
 でも、それは恋じゃない。
 新城さんは可愛いと思う。
 これも、恋とは違う。


 藍原さんは弱々しくて、苛立たしくなると同時に護ってあげたい気持ちにもなる。
 太田さんはさっぱりしていて、見ていてとても羨ましい気持ちになる。
 これらは恋とは縁遠い。


 肉欲や性欲は持ち合わせていても、恋愛感情とは直結しない。
 これが、僕だ。


 こういう部分は僕だけではないのかも知れない。
 僕だけが持ち合わせていることではないのかも知れない。


 誰もが通る道なのかも知れない。
 誰もがブチ当たる壁なのかも知れない。

 でも、今の僕は越える術を知らない。
 うち破るものを持っていない。



 今はただ、それを自覚しているだけ。
 恋でないと、認めてしまっているだけ。



 僕は、新城さんに恋をしていない。
 そう、感じているだけ。


 新城さんと会って、
 話して、
 色々な事を、同じ時間に共有する。



 それがとても、苦痛で、辛くて、寂しくて……



 どうしても、僕は新城さんを騙しているような気がして、たまらない。
 僕が新城さんを好きでない以上、このままでは駄目だと思う。
 新城さん自身、僕に抱いていた非常時と言う幻想の靄から晴れた長瀬祐介に、苛立
ちと、幻滅が表に現れ始めている。



 口喧嘩。
 何も言わない、何も言えない僕に更に新城さんは逆上する。



 …どうしてこんな目に遭わなくてはいけないのだろう。


 そうも思うし、


 …申し訳ないな。


 そうも思う。



 すれ違い。
 僕は、僕のままでいたいし、妥協したくない。
 今、僕は僕の住んでいる檻の中でひっそりと暮らしたいし、その檻の中で外の世界
を羨んだり妬んだりと、あの頃と本質は変わらない、僕のままの僕でいたい。


 そんな僕の檻に新城さんは相応しいとも思えないし、いて欲しくない。
 彼女も、僕の檻なんかに入る気もない。ただ、腕を引いて外へ連れ出したいだけ。
 自分と一緒に。



 僕と新城さんは、本来、相容れるはずがない。
 非常時で、新城さんが自分を曝け出したことで、本当の人間はそうは変わらないと
僕が親近感を抱いたことで、始まった付き合い。
 でも、それはあくまで新城さんの一部でしかなくて、そういう新城さんもいるだけ
のことで、それが全ての僕と違って、新城さんの中ではごく一部分でしかない。新城
さん自身、どこまで気が付いているかはわからないが。
 だから、それは恋ではなかったと今では思う。
 そう、信じている。



 …このままでは、いけない。



 僕は全てを口にすることにした。
 正直に言うことにした。
 新城さんに。
 それが一番、僕にも彼女にもいいと思って。




「僕たち、一緒にいないほうがいい」



 言った直後の新城さんの顔は僕は見ることが出来なかった。
 僕の頭が一瞬ぶれ、僕が視覚出来たのは直後の新城さんだけだった。


 新城さんは僕をじっと見ていた。
 睨んでいるようにも見えた。


 彼女の細くて、それでいて力強いレシーブを打てる手が、
 僕の頬を叩いた手が、そのまま止まっている。
 その手は、細かく震えていた。



「馬鹿ぁっ!! 私はね……祐くんが好きなんだから……長瀬祐介が好きなんだから
……私はっ!!」


 新城さんは大きな目にいっぱいの涙を溜めていた。
 手に提げていたハンドバックの紐をぎゅっと握っていた。
 そして、震えていた。
 全身で怒っていた。
 今まで以上に。



「御免……」



 僕は、頭を下げた。
 それしか、出来なかった。



「馬鹿ぁっ!! 祐くんの……祐くんの……馬鹿ぁ!!!」


 新城さんは大声で言った。
 溜めていた涙が、頬を伝って糸のようだった。
 そして、僕がもう一度、



「御免」



 と言うと、新城さんは唇を噛み締めているように黙って僕に背中を向けた。
 そのまま、全速力で、走っていった。



 今頃、僕の頬が叩かれたことに気付いたように、痛み出した。
 腫れていくのが、実感できる痛覚が僕の脳に届いた。





 そして、去りゆく新城さんの背中を見て、僕は……






 恋をしたいと思った。





                          <完>


BACK