『カレー食べたし』


1999/03/29




 長瀬祐介君がいきなりウチに来た。



 聞けばカレーを食べたいという。
 偶然にもカレーを作っていた私は、味見代わりと言う訳でもないが、出来立てのカ
レーを食べさせることにした。



「旨いっ!! 旨いよ、太田さん!! 太田さんはカレー作りの天才だっ!!」


 長瀬君は、スプーンでガツガツとカレーを喉の奥にかっ込みながら涙を流し絶叫し
ていた。


「そんな……大袈裟な、ただのカレーじゃない」


 実際、市販のカレールーを使っただけのごく有り触れたポークカレーだ。
 入っているものは人の好みがあるし、ルーにはその人その人の拘りがあるかも知れ
ないが、そんなに大差がある物でもない。

 旨さに喜び咽び泣く程のものではない。


 私が、そう言うと長瀬君は大きく首を横に振った。


 彼が言うのはここ数日、辛いカレーを食べていないのだと言う。


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 始まりは一昨々日、新城さんの家で食べたカレーだったそうだ。


「沙織ちゃん。このカレー、甘いよ。甘すぎるよ」
「そんなことないよ。だって……普通のカレーだよ」
「だからって……そんな……あっ!? どーして苺が!?」
「苺のヨーグルト使ったからかな?」
「なんでっ!?」
「だって、インドカリーにはヨーグルトを入れるって……」
「そんな「カリー」なんて言葉使っても……香辛料とか何も使ってないじゃん」
「でも、砂糖と塩は使ったよ」
「あのね……んっ!? なっ……蜂蜜がモロに!? げほっ!! げほほっ!!
 気管に……ゴホゴホっ!!」
「コマーシャルで確かあったじゃない」
「だがらっで、わざわざべづに入れなぐでも……しがも容器一本分も……」
「林檎がなかったから二倍入れた方がいいかなって……」
「あ〜の〜な〜」
「で、祐くん。美味しい?」


「んな訳あるかぁ〜っ!!」



 そして一昨日。
 今度は瑞穂の家でカレーを御馳走になったのだそうだ。


「藍原さん……これ、カレー……だよね?」
「はいっ!! お口に合うといいんですけど……」
「この黒い固まり……が……かぁ……まぁ……んげっ!?」
「ど、どうしました!?」
「に、苦いっ!! これ、やっぱり見た通りの炭じゃんっ!!」
「え!? そんな……ただ一晩煮込むといいって本に書いてあったから……」
「強火で煮込んだんかいっ!! これは既に別のもんになっとるがなっ!!」
「どらい……かれー……ってありましたよね」
「違うぞっ!! 断じてこれじゃねぇっ!!」
「それでその……美味しいですか?」


「アホンダラァ!! 出直して来い!!」



 で、昨日。
 月島瑠璃子さんに招かれて、やっぱりカレーでもてなされたのだと言う。


「長瀬ちゃん。食べて」
「うわぁ、美味しそうな匂い……嗚呼、なんかやっと「カレー」と呼べそうな食べ物
を見たよ」
「?」
「いや、実は昨日、一昨日とカレーもどきな物体を食べさせられてね……」
「ふぅん……」
「あ、いただきまーす………ん…………んー……………………」
「どう、長瀬ちゃん?」
「あ……その……えっと……」
「瑠璃子、カレーだって?」
「あ、お兄ちゃん。お帰りなさい」
「ん、長瀬祐介か。何故、ここに……」
「あ、その……」
「私が呼んだから……あ、手洗った?」
「ああ、勿論。いっただっきまーす」
「…………」
「…………」
「旨いっ!! 流石は瑠璃子!!      な味が最高だよっ!!」
「ありがとう、やっぱりカレーなら     な味でないと……」
「えっと……あの……」
「僕の大好物んだからなぁ……」
「長瀬ちゃん。美味しい?」



「これが     な味だとして……どう表現したらいいのかわからないよ」


・
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 そんな挫折と苦難の繰り返しで、無性にカレーを食べたくなったそうだ。
 私の家に来たのは換気扇からの匂いにつられて来たらしい。



「ふぅん……」
「やっぱり、カレーは辛くないと……んぱぁっ!! 御馳走様でした!!」


 皿まで舐めて、スプーンを置く長瀬君は心から満足したような笑みを浮かべた。
 よっぽど、カレーに餓えていたみたいだ。

「お粗末様……」
 だから私は苦笑するしかない。
「ねぇ、太田さん」
「何?」
「お願いがあるんだけど……」
 長瀬君は目をキラキラさせている。
「?」
「また、今度、カレー食べに来てもいいかな。太田さんのカレー、食べたいんだ」
 まるで小学生みたいに純粋な物言いだ。
「……え……まぁ……別に、いいけど……」
「やったぁっ!! ありがとう、太田さん。じゃあ、また今度食べに来るね」


 長瀬君はそう言って、私の家を出た。
 本当にカレーだけが目当てだったようだ。


「カレーかぁ……」


 長瀬君が去った後、私は一人でカレーを食べながら知らず呟いていた。



・
・
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  ピンポーン


「はい……」
「あ、太田さん!!」


 あれから数日後、何処で嗅ぎつけてくるのか、私がカレーを作り終わった頃、丁度
また長瀬君がやってきた。


「カレー、食べたいんだけど……」
「いいわよ」
「ありがとうっ! 太田さん」

 本当に嬉しそうだ。
 カレーがよっぽど好きなのだろうか。


「はい。どうぞ」
「あ、いっただっきまーすっ!!」


 皿を置くと同時に、長瀬君はカレーをスプーンですくう。
 意地汚い気もするが、私は黙って彼を見守る。



「……ん……………んー…………………………………」
「どう?」
「太田さん………これ……?」




「うん。     な味にしてみたの。月島先輩が好きだって言うから」




 この日以来、二度と長瀬君はうちに来なくなった。




                        <おしまい>


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