もらとり庵 ゲストの小説

我、埋葬にあたわず 〜The fourth year〜

by 久々野 彰

  ●去年までのあらすじ●


 ―――見敵必殺。




「あけましておめでとう」
「――おめでとうございます」
「……」
「おめでとさん」

 来栖川家はまた新しい一年を迎えた。
 そして三が日も過ぎ、仕事始めも過ぎ、成人式も過ぎ、正月ボケもいい加減抜けた頃、彼らはそわそわと落ち着かない素振りを見せ始め、気もそぞろになり、どこか不安そうにうろたえるようになりはじめる。


―――Xデーまであと僅か。


 1月23日。
 この日ほど来栖川家にとって災いの日はなかった。
 具体的に言えば三年連続で警察沙汰になっていた。
 不安にかられた人々によって来栖川お抱えの占い師に今年のこの日を占ってもらったところ、急な心臓発作でこの世を去ってしまい、不安を増幅させるだけの結果となったのも影響している。
 妙に使用人達もこの日に休みを取りたがるものが続出し、籤引きで有給日を決める騒ぎも起きていた。


「ぐぬぬ」
 夜な夜な来栖川現当主は悩んでいた。
 災いの根源の扱いについてである。
 極力それまで考えないようにしてきただけに日一刻と近づくにつれ、悩みも深くなる。不眠症に胃潰瘍、ありとあらゆるストレスが彼を襲っていた。
 普段は可愛い娘の一人であり、注げる愛情は極力注いできたつもりである。
 その思いは相手にも通じていたと思っているし、その思いはこれからもずっと続けていくつもりである。
 例え彼女がこのまま歳を重ね、縁談にも恵まれず、行かず後家のまま朽ち果てていこうとも、自分達両親が生きている間は彼女を護り続けたいと思っている。
 が、しかし。
 この日だけは別である。
 家に置いても駄目。外に出しても駄目。
 こうなったら反主流派を改心させる為に特別に設けられた来栖川グループ本社ビル地下138階の懲罰室にでも閉じ込めておくしかないとまで追い詰められていた。
 だが、ターミネーターでさえも枯れ枝の如く片手で捻り潰してしまうような彼女なだけに、下手な扱いは逆効果に繋がるかもしれないと恐れている。
 親子の情と社会的体面と自身の命を天秤にかけると最後が残る。
 まだ愛する妻を残して死にたくはなかった。
 しかし、二番目も捨てがたい。金と権力は男たるもの捨てられない。
 特にこの数年の失態は警察内部で止めていても人の口には戸が立てられず、一部マスコミに嗅ぎまわされている。今年もまた騒ぎを起こしたらと思うと、身震いがする。
 頭から安手のコートを被らされ、警官に取り囲まれながら屋敷からパトカーに向かう愛娘の姿は見るに忍びない。そんな姿を人前に晒すぐらいなら東洋人の無口なスナイパーに頼んで官憲の手に委ねるより先に……とまで思いつめていた。

「はぁ……」
「――ため息の数だけ、幸せが逃げます」
「あ、セリオか」
「セリオです」
 私は一人で閉じこもり頭を抱えて悩んでいた書斎に、当然のような顔をしてセリオが傍らに控えていた。
 このメイドロボットの行動にはいつしか誰も驚かなくなっていた。
 一人の問題児だけがおかしいおかしいと騒いでいる。彼女の頭にはまだアンテナが立っていないから不自然に思うのだろう。困ったものだ。
 先日雇ったばかりの庭師でさえ、既にこめかみのあたりからアンテナが突き出して立っているというのに。
 そうだ、もう少し重工に予算を配分しないといけないんだった。何故だか理由は知らないがそうしないといけないらしいので、そうしよう。
「頭の具合は如何ですか?」
「快調だよ、セリオ」
「――それは上々です」
 セリオは私の机の引出しを開け、葉巻を一本取り出すとナイフで端を切って口に咥える。それを見てすぐに私はデュポンのライターを懐から取り出し、その葉巻に手を翳しながら火をつける。初めは戸惑ったものだが、大分この行為にも慣れてきた。
「あの日のことでお悩みですか?」
「ああ。そうなんだ」
 吸うでもなく、葉巻を咥えたまま煙を燻らせながら尋ねるセリオに私は答える。
 本当にあの厄日だけは何とかしたい。
 あの日さえなければ私と私の家族は誰もが羨む幸せ一家になれるというのに。
「私に良い考えがあります」
「なんだって!?」
 セリオが口から葉巻を外し、再び手に持ち替えた。
 その仕草で私はセリオの気持ちを察し、灰皿を掲げるように差し出す。
 彼女はその綺麗な指先で、葉巻を灰皿に押し付けて火を消した。
 健康診断後、頭が妙にすっきりしだした頃からロボットである彼女と相互理解が深まった気がする。実に良い事だろう。あとは彼女の基本的権利を国会に通すべく工作を続けることぐらいだ。大分国会中継でもアンテナ持ちが増えてきたから、あとちょっと……。
「聞いていますか?」
「あ、すまない」
 セリオは私の態度に眉を顰めたような表情をわざわざ作って、ボソボソと聞き取りの出来ない言葉を発する。
「――モード接続完了」
「うっ」
 今、脳がピクリと動くような感覚が!
「全く……仕方のない豚ですね」

 目の前に私の女王様が居た。
 い、何時の間に!?

「ああ! すみませんすみません。女王様!」
 慌てて椅子から飛び降りて、そのままセリオに土下座をする。
「躾がなっていないようです。鞭と木馬だけでは物足りませんか?」
「いえ、そんな……」
 女王様の足の感触を後頭部に感じながら、私は額を絨毯の上に擦りつける。

 私はなんて過ちを犯してしまったんだ!
 取り返しのつかないことを!

「私も寛大なのでひとまず許して差し上げます」
「ありがとうございます! ありがとうございます!」
 両目から涙がこみ上げてくる。

 私はなんて果報者なんだ!
 偉大なるセリオ女王様万歳!

「――解除プログラム起動」
「……あれ?」
 何で私は床に。
「大丈夫ですか?」
「セリオ……」
 気がつくと私は絨毯の上で四つんばいになっていた。
 一体、どうしたというのだろう。
「急にはいつくばられて、ご気分でも……」
「い、いや大丈夫だよ」
 自分でも覚えていない。
 さっきまでは普通にセリオと喋って……はて、何の話をしていたんだっけ。
「恐らくは心労が溜まっていたせいでしょう……その気持ちお察しします」
「あ、ああ」
 釈然としなかったが、気にしないことにした。
「では話の続きですが――」
 セリオの言葉に私は素直に耳を傾けていた。



 腫れ物に触る。
 そんな言葉がぴったりのここ数日。

 私、来栖川綾香は周囲からそんな扱いを受けていた。
 そりゃあ私も原因がないとは言わない。
 けれども考えてみて欲しい。
 一昨々年は廃棄処分を訴え続けても通らないあの馬鹿ロボットが悪い。
 一昨年は一服盛った姉が悪い。
 去年は好恵や浩之、そして世間が悪い。
 私自身は何一つ悪くないのだ。
 いわば巻き込まれ続ける哀れな被害者だ。
 それなのにどうして同情を貰えず、忌み嫌われなければいけないのだ。
 最近では厄災避けのお守りとか言いながら屋敷中のあらゆる人間が身体のどこかしらにアンテナをつけ始めた。
 それが健康ブームとかでおかしなことに世間で流行ったりしているが、作っているのは何故かあの長瀬だとかという怪しげかつ私にとっては壮大な嫌がらせが続いている。しかも妙に目がうつろな人間が多いし。薄気味悪いったらありゃしない。
 全く腹立たしい限りだった。
 こんなことなら、年始の挨拶に来た首相の○泉を殴っておけばよかった。

「綾香」
 部屋の戸がノックされた。
 部屋の掃除の時間でもないし、私の稽古事の時間でもない。
 何より外から聞こえた声は、
「あ、お父様」
 珍しいことに父親だった。
「ちょっといいかね」
「え、ええ……」
 食事時など露骨に目もあわせなかった父がわざわざ部屋までやってくる。
 これはきっと今年は海外にでも行けと言うことなのか。

「今年の1月23日だが」

 ほら来た。
 下手をすると今年の誕生日は宇宙で迎えるなんてことも……


「セリオの誕生日にすることにしたから」
「――恐れ入ります」


「へ?」
 慌ててドアを開けると、そこには父とセリオが並んで立っていた。
「お前の誕生日にするから良くない事がおきる」
「へ?」
「――不詳このセリオ。綾香様に代わって綾香様の誕生日を見事祝われてみせます」
「へ?」
 父は心からの笑顔を浮かべていた。
 セリオは照れているポーズなのか両手を頬に当てて首を傾けていた。無表情で。

「へ?」

 ナニヲイッテイルノダロウ、コイツラハ。

 私は固まって動けなくなっていた。



 そして当日、たくさんの招待客がパーティー会場に集まった。
 政財界から著名人有名人、大物芸能人にスポーツ選手、綾香の友人達も多く集まってセリオの新たな誕生日を祝福する。
 無論綾香も参加を義務付けられ、祝福を受けるセリオの横でローストビーフを齧っていた。
「はっ!?」
「――どうかしましたか、綾香様」
 騒ぎも一通り収まり、各々の食事や雑談の時間になっていてセリオの周りには綾香しかいなかった。
「知らずに今まで呆け続けていたわ!」
「はあ」
 まるで省略されたかのごとく、間の時間の記憶が無かった。
「で、どうしてこうなっちゃった訳!?」
「――この世の皆様がそう望んだからではないでしょうか」
「なんで!?」
 何ということを言うか、このポンコツ。
「お気づきにならないのが何よりの証拠かと」
「な、な、な……」
 怒りのあまり声にならない。
 が、何とか踏みとどまって尋ねる。
「……じゃ、じゃあセリオ」
「何でしょうか」
「来月の貴女の誕生日はどうなるの?」
 そうだ。
 今日をセリオの誕生日とするならせめて、セリオの誕生日は私が……
「どうもなにも、それは元々私の誕生日ですが」
「なっ……」
「綾香様は何か勘違いをなされていませんか? 誕生日とは生まれた日です。その日に生まれたのは――」
「だったら貴女は!」
「ですから皆様が望まれたのです」
 何故か胸をはりやがる。とにかく後で蹴り倒そう。
「それが貴女だって言うの!?」
「はい。セリオ改め、来栖川芹緒として来栖川家の相続権を含めた新たなる私が今日誕生したのです」
「なっ!?」
 何故かセリオの手にはさっきから持っていたワイングラスではなく戸籍謄本のコピーに摩り替わっていた。何故か確りと姉芹香と自分の名と共に芹緒の名が。
「ですので、今日から私は綾香様の肉親となったわけです」
「な……」
 あまりのことで頭がついていかない。
「ですので、よろしくお願いいたします」



「綾香お姉ちゃん」



 ニヤリ。




「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――――っっっっっっ!!」



 その瞬間、私は布団を跳ね飛ばしていた。
「ぅあっ!?」
 そこで自分がベッドにいることに気づく。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
 汗だらけだったが寝巻きを着込んでいた。
「え?」
 慌てて日付を見る。
 謹賀新年から一日。
 一月の二日だった。


「ゆ、夢ぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ――――――っっっっっっっ!?」



 そんな初夢。



「綾香、今年はお前の誕生日はないから」
「カレンダーも一日抜けてて22の次は24……」
「――私のアイディアで」
「んきゃ――――――――――っっっっっっ!」



 そして正夢。




<おしまい>

Last Update : 2004/01/23