『お父さんと私』


2001/02/21



 ざざざ…………。
 ざざざ…………。

 太陽が傾き、大きくなっていく。
 大きく見えるのは目の錯覚らしいが、それでもやっぱり大きく見える。
「グエンディーナのこと」
 それまでずっと海を眺めていた筈のなつみちゃんが突然口を開く。
「あ」
「聞きたいって言ってなかった」
 俺の間抜な驚く顔を見て、彼女は微笑んでいた。
「あ、ああ、そうそう」
 忘れてた。
 今日来た一番の目的がそれだったはずなのに、言われるまで忘れてるなんて。
「でも『グエンディーナ』の何がそんなに気になるの? なにか深い意味でもあるの
?」
「いや、その、えっと……」
 まさか正直に話す訳にもいかず、かと言って咄嗟に取り繕える嘘も思いつかずしど
ろもどろになる。
「そういえば、店長さん。前に『訳あり』だ、とか言ってたね」
 う、鋭い。
「そ、そうだっけ? べつにそんな大したことじゃないけどな」
 我ながらこれで誤魔化せるとは思い難い。
 が、動揺している俺を見て、なつみちゃんはくすっと笑った。
「変なの。あんなの、ただの作り話なのに」
「え?」
「そうでしょ? 違うの?」
 なに? 作り話だって?
 なつみちゃんの言っているグエンディーナって、いったい……。
「もしかして。おたがい全然違う『グエンディーナ』のことを言ってる?」
 なつみちゃんは口元に微笑みを残しながら、可愛く首を傾げて見せた。
 俺もなんとなくそんな気がしてきた。
 少なくても、こっち側のグエンディーナは作り話じゃない。
「私のはね、絵本」
 一拍だけおいてから彼女が話し出す。
「絵本?」
「うん。小さい頃に読んだ絵本。それに出てくる魔法の国の名前」
「それが、グエンディーナ?」
「そう」
 俺の表情から反応を窺うようにしながら彼女は頷いた。
「その本のタイトルは?」
「そのまんま。『グエンディーナの魔女』っていうの」
 グエンディーナの魔女――確かにそのものズバリだ。
「内容は? どんなのか、覚えてる?」
 俺がそう聞くと、なつみちゃんは表情から悪戯っぽい微笑みを一瞬消して、静かに
語り出した。

「ある日、小学4年生の女の子が父親の書庫にあった不思議な本を開けてクロ○・カ
ードを守る守護者であり、新たな所有者を選ぶ「選定者」であるケルベ○スと出会っ
た時から話が始まるの」
「へ?」
 あれ?
「いろんな人に出会い、いろんな体験をして、やがて立派な○ードキャプターへと成
長していく。そういうお話」
 えーと。
「ラストは、知り合った男の子との別れ。ちょっと悲しいけれど、あったかい終わり
方。その男の子は去っていくけど、彼が残した小さな幸せはいつまでも彼女の心に残
っていた。そして月日が経ち………おしまい」
「………………」
 そんな絵本があるなんて。
 ただの偶然か、それともなにかグエンディーナと関係があるんだろうか。
 いや、それ絵本ちゃう。
「コホン」
 俺は軽く咳払いしてから、ツッコミを入れる。
「それカードキャ○ターさくら」
「あれ?」
 知ってたんだ――そんな顔に見えた。
「ひょっとして店長さん、ロリコン?」
「違うっ!」
 俺はもう一度絵本のことを尋ねた。

「科学の国ウマナリィーズから、試験運用のため、試作型のメイドロボットがやって
くるの」
 試作型のメイドロボット。
 試験運用のため、
 スフィーやリアン、そのもの……じゃない。
「いろんな人に出会い、いろんな体験をして、やがて立派なメイドロボットへと成長
していく。そういうお話」
 待て。
「ラストは、知り合った男の子との別れ。ちょっと悲しいけれど、あったかい終わり
方」
 常に覚えていることを軽く諳んじているように見えた。
「メイドロボットは去っていくけど、彼女が残した小さな幸せはいつまでも彼の心に
残っていた。そして数年後……おしまい」
「………………」
 あ、ちょっとオチが気になるかも。
 でも、その事が今は問われている訳ではない。
「コホン」
 俺は軽く咳払いしてから、ツッコミを入れる。
「それT○Heart」
「あれ?」
 知ってたんだ――そんな顔に見えた。
「ひょっとして店長さん、ヲタク?」
「違うっ! と言うより正直に答えたくないのか?」
「説明しているのに」
「してない!」
 俺はもう一度だけ絵本のことを尋ねた。

「魔法の国グエンディーナから、修行のため、見習いの魔法使いがやってくるの」
 見習いの魔法使い。
 修行のため、
 スフィーやリアン、そのものだ。
 ちょっと今回こそ正解っぽい雰囲気。
「いろんな人に出会い、いろんな体験をして、やがて立派な強欲じじいへと成長して
いく。そういうお話」
 じ…?
 じじ…?
 へ?
「ラストは、自分の能力を使っての金もうけ。ちょっと荒稼ぎだけど、懐があったか
い終わり方」
 常に覚えていることを軽く諳んじているように見えた。
「国には帰らないけど、彼の建てた小さな店はいつまでも人々の出入りが絶える事の
ない有名店になったのでした。おしまい」
「………………」
「長瀬源之助自伝『神の手の謎』。月光印刷より自費出版」
 そんな絵ほ――同人誌があるなんて。
 ただの偶然か、それともなにかグエンディーナと関係があるんだろうか。
 謎に近づいたような遠のいたような。
「そ、その本、どこで読んだんだ?」
「家にあったの。お父さんがくれた」
 どういうお父さんだ。というかお父さん何者だ。
「……その本、いまも持っているかな?」
「ううん。もうない。売っちゃった。私、その本、嫌いだったから」
「うん」
 思わず反射的に同意してしまった。
「なんかね、大人の汚さを肌で感じて、うっとうしかったの」
 そりゃごもっとも。
「自伝だからって、いろいろ自分の都合のいいだけの設定が鼻について。作者のエゴ
しか感じなくなって」
 その通りだろうなぁ、きっと。
「だから売ったの。公園のフリーマーケットのお兄さんに」
「………………」
 そうか、売ってしまったのか。
 というよりそんなもん買うなよ、お兄さん。
 いずれウチの店に来た時に売ってくれるのだろうか。
 取り敢えず今度会った時に、あのじじい締め上げて真相を聞き出すほかはないな。

「なつみちゃんは、魔法使いとかそういうの、否定派なんだな」
「そういうわけじゃないよ。ただ、不可能を「魔法」という奇跡の言葉一つで解決し
てしまうそのノリが嫌い。鍵ゲーとか」
 嫌い――の部分が力強かった。強い思いを感じる。
 きっと彼女は女医の妹とか嫌いなんだろう。
 憎むほど、印象強くないのに。
 というよりそんなこと知ってる君こそヲタクでは?
「でもね、こんな私でも、小っちゃかった頃はそれなりに信じていたよ。魔法使いの
こと」
「へえ」
「ううん。信じていたというより、騙されていたってほうが正しいんだけど」
「騙されてた?」
「死んじゃったお父さんにね」
「………………」
「お父さん、夢見がちな人だったから。日頃から虚実を交えて話す悪い癖があって。
昔の変身物美少女アニメのDVDを見せながら、よく話をしてくれた。魔法使いがさ
も実在するかのような話を」
「………………」
 えっと……。
「まだ小さかったし良識なんてないから、私もころっと騙されて。お父さん、それを
楽しんでいたと思うの」
 彼女のお父さん――か。

 駄目じゃん。

「でも皮肉。そんな魔法がどうとか言ってたお父さんが、いち早く病気っていう現実
に負けちゃった。黄色い救急車で運ばれて。
 妄想は、結局、妄想のまま。魔法なんてロマンチックかもしれないけど、それを信
じてても幸せになんかなれない」
「………………」
 複雑な気持ちだった。
 さっきからスフィーの顔がチラついていた。
 俺は、魔法使いが実在することを知っている。魔法が時には人を生き返らせるほど
の奇跡すらやってのけることも知っている。
 でも、それをなつみちゃんに話したところで、どうなるものでもない。
 なつみちゃんの過去は変わらない。

「ところで、実はお父さん健在とか?」
「私に父親なんていないわ」
「………………」
 どうやら、本当は鍵ゲー嫌いじゃなさそう。
 かなり父娘揃って駄目模様。
「お父さん……」


「魔法少女とか好きだから!!」


 目指せ、社会復帰。





                         <おしまい>


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