『終わらない悪夢』

written by 久々野 彰 
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「…ヨ…ヨーク」
 初音ちゃんが呟いた。
「…ほ…星々を渡る鬼たちの箱船」
 俺が呟いた。
「…ダリエリの声が届いたんだ。…真なるレザムからの迎えが来たんだ…」
 初音ちゃんは光が消えていった、向こうの山の方を見つめながら呟いた。


 涼やかな秋の夜空が、草場を鳴らして吹き抜けた。
 川の水音に混じり、虫の音が響く。
 真円を描く月が、柔らかな光を照らしている。
 そんな中、俺のポケットの中にあった親父のお守りが、再び青白い輝きを放ち始め
た。
 それは、俺たち…鬼のちからを受け継ぐ者の、戦いの幕開けを意味していたのだ。


・
・
・


 耕一は初音を先に帰し、ヨークが落ちた先を見に駆け寄っていた。
 そして草陰に隠れながら耕一はゆっくりと着地した箱船を見つめていた。
 いや、箱船と呼ぶには適さない。
 それはリネットが操舵手となり、皇族を含めた大勢のエルクゥを運んでいたヨーク
――まるで洞窟の一部のような広さを感じたものとは違い、本当に一人分しかなさそ
うな球体の乗り物でしかなかったからだ。
 偵察隊だろうか。


 ――1人乗りか? これならいけるかも知れない。


 相手が大勢ならば相手は戦闘民族、血で血を争う戦いが繰り広げるしかないのだろ
うが、これなら何とかなるかもしれないと耕一は計算する。
 話の通じる相手なら何とか説得するのもいい。初音が呼びに行っている千鶴に頼む
のも手だった。


 ――通じない相手ならこの手で。


 皆の笑顔を護る為。
 人間の生存を守る為。
 耕一は鬼の波動を放つ己の拳を握り締めた。
 急速に自分に力が沸いてくるのが実感出来る。
 全身の感覚が研ぎ澄まされたように敏感になってきている。
 さっきまでの亡霊達の気に触れたせいで自分の血の中に眠る鬼の力が覚醒しかかっ
ているのだ。
 赤く光る瞳で耕一が見守っていると、ヨークの方に変化があった。


  ウィィィィィィィィィィィィィィン


 それ自体が球体の一部になっていた扉が開くと共に、中から煙――いや、蒸気のよ
うなものが溢れ、空気中に溶ける。
 異世界の空気と、地球の空気が交じり合った瞬間だ。
 そしてゆっくりとその空気の世界を最初に味わった、一体のシルエットが縁に手を
かけ、ヨークから降りようとしていた。
 体型はそれ程筋肉質な感じでもなく小柄で、女性の気がした。
 彼女も皇族の一員だったりするのだろうか。
 耕一は緊張の余りゴクリと思わず唾を飲み干す。
 エルクゥは軽快な動きで、扉が開け放たれた出入り口から飛び降りると、地球の土
の上に着地した。
 そして右手を高々と上げ、口を開いた。



「ンチャー☆」



  スガシッ!



 思わず、隠れていた場所から転げ出る耕一。
 半ば鬼化していたせいか、地面が震えたような音を立てる。
 そんな耕一のオーバーリアクションをエルクゥが見逃す筈もなかった。
「ア、オなかまダ☆ キィィィィィン…」
 横倒しになってヒクヒクしている耕一を発見したその女エルクゥは、両手を水平に
広げて、声を出しながら駆け寄ってくる。
「あ…」
「ンチャ☆」


  ゲシッ!!


 その強烈な体当たりで耕一の身体は木々を破り、草花を散らせ、逃げ去っていた生
き物たちの棲家を消失させる程後方に飛ばされた。
 勿論、耕一が人間だとしたら即死な勢いだ。
 その体当たりは一介の偽外人女子高生の比ではない。
 まるで拳で地球を割ってしまうことが出来そうなほどの、強靭な肉体より生み出さ
れたエルクゥパワーなのだから。


「アレ? いきてル? ねェ、ツンツン☆」


 プスプスと煙をあげながら全身に擦り傷を負って痙攣して倒れている耕一の元に再
び駆け寄ると、しゃがんで折れていた木の枝を握り締めて耕一の身体を突ついていた。
「お、お、お前は一体なんなんだっ!!」
 ガバと起き上がると耕一は思わずそのエルクゥに抗議する。
「ア、おきタ。アハ☆」
「「アハ☆」じゃない!」
 服をボロボロにして全身が煤けている耕一の怒号にもそのエルクゥはニコニコと笑
いながら、
「ア、ごめン。エーと、オハこんバンちわ」
「何処の言葉だ!!」
 そこで、耕一はハタと気付く。
 自分達がかなりに行き違いがあるにせよ、日本語で会話していることに。
「アレ、ちたまノコトばッテ… シリョウをサンコウにベンキョウシたのニ…」
「資料?」
 耕一の脳裏にとある人気コミックスが浮かぶ。
 かなり嫌な予感がした。
 地球を「ちたま」と発音した時点で。


 ――放尿?


 それは「ぢ」だった。
 耕一は三択でHな雑誌を買っていたらしい。
「ま、問題はそれじゃないからいいとして…… あれ? でもどうして君は俺たちの
言葉が?」
 自分の想像に誤魔化そうとしたのか、幾分落ち着いた耕一は改めてそう彼女に尋ね
る。
「オレたちッテ…、キミ、おナカマでしょ?」
 エルクゥの戦闘服だか民族衣装だか私服だか外出着だか判らない独特の衣装を着た
その女エルクゥは、ややあどけなさの残る顔立ちで不思議そうな表情を浮かべながら
首を傾げる。
「仲間じゃない。血は、引いているがな」


 仲間ではない。
 この一点を耕一は強調する。
 それは今後話の中でぶつかるであろう、エルクゥの基本行動である狩猟活動を強く
否定する為には、大事なところだった。
 だが、何故か今は違うもっと根本的なところで否定したい気持ちが耕一にはあった。
 こんなのと一緒にされたくないような、そんな感じで。
 人として。
 いくら祖先は一緒といわれても猿と同一視されたくないのと同じ感覚で。


「ダカラ、ダよ」
「だから?」
 たどたどしく喋るその女エルクゥの言葉をじっくりと聞く耕一。
ワタシはスベてフツーニしゃベッテるよ コノほシノコとばモベンきょーシたんダ
ケド… いっパイあッテムズカしくテ…… それデ、オボエルのヤメチャッタ☆」
「うーん」
 確かに異星人にとってはこれだけ世界中に言語があると、どれを覚えていいのか困
るだろうと耕一は納得する。
 だからと言って英語を「地球語」などと認める気はさらさらなかったが。
 英語の成績はそれほどでもないが、中学の時に出会ったネイティブティーチャーの
態度が気に食わずそれ以来、反英語至上主義らしい。
 因みに耕一の言葉も明確に判るのは、言語を正確に理解している訳ではなく同族の
血を引いた者の思考から言葉の意味を読み取っているから、らしい。
トリアエず、いちバンミテいてオモシロかっタしリョウをサンコうニ、このホシノ
こトをいッパイイっぱイ、オぼえテキタんダヨ…」
「そうかー、苦労したんだろうなー」
 苦学生ではないお気楽大学生な耕一だが、その彼女の言葉が如何に大変だったかく
らいは理解していた。
 彼女が参考にしたものが幾分、いやかなり間違っているような気もしていたが黙っ
ておいた。
 それよりも異星にそんなものがある方が吃驚だ。
 やっぱり海賊版だったりするのだろうかとか、有らぬことも考える。
 二人で地べたに座りながらこうして談笑しているのを思うと、最初の頃の緊張が嘘
のようだった。
 これならば平和的に解決出来そうだと耕一は内心で安堵する。
 取り敢えず会話が成立しているのがいい。

 ――これが欧米人――それもドイ○やフ○ンスの連中ときたら、一方的に自分の思
  う事だけを喋るだけで人の話を……。

 どうも耕一は外国人との出会いに恵まれていないらしい。
 フツフツと思い出し怒りの波動を感じて、この星に着くまで読んでいた参考文献と
いう名の漫画の話をしていたエルクゥは小首を傾げた。
「あ、いやこっちの話だ」
「?」
「でだ、アンタはもしかしなくてもダリエリの救難信号を聞きつけてやってきたんだ
ろ?」
「ソウッ!」
 耕一がダリエリの名前を出すと弾けたように頷いた。
 やっぱり長は偉いらしい。

アノ「ツヨがリ」デ「いコジ」なダリッチがタスケをよブナンテ、こリャモうたダ
ゴとジャナイヨって、ミンナでおオサワぎ。シュクハいのヒトツデモあゲタカッたん
ダケド、リズエルさまタチモイたシ、ミンナでオオアワテでカケツケようトシタノ」
「ダリッチ?」
 向こうの発音を忠実に訳すとそうなるのだろうか。
「ダリエリのアイショうナノ。ホンにンハスごくイヤガッてタケド」
「………」
 名付け親はリネットだそうで、彼女は別に悪意はなかったのだそうだが、それを聞
いたリズエルを初め、他の皆が面白がって呼ぶうちに定着したのだそうだ。
 地球でも日本でもこうした話は良くある話で、本人には気の毒な話である。


 ――ダリエリ、実は皆の嫌われ者?
 ――鼻つまみ?


 だからこそ彼は次郎衛門と判り合いたかったのかも知れない。
 孤独だったのかも。
 次郎衛門の意識が心の奥底からやや流れ出し、耕一は亡くなった強敵(とも)に同情
を寄せた。


 ――食い詰め浪人と一族の嫌われ者……はぐれ者同士だったんだな。


オオガたのヨークハヨンセキ。ゆうシガツドッてのリコンダの。ケレドモとチュウ
、うちゅュウノじばニブツカッテおおアラシにマキコまれ、ニセキがタイハ、イッセ
キはトオクほかノウチュウヘとナガサレテしまッタ。ノコッたイッセキもウンコウが
ふかノウナほどコワレテシマッたノ」
 因みに助かった一隻には本星でも著名な盲目のエルクゥの祈祷師が乗り込んでいた
そうで、彼の祈りが通じたのだろうと付け足した。
 聞き覚えがあるような気がするのは、どこでも良くある話なのか。
ソシてオノオノあきラメテカエるナカ、ワタシだけガアキラメきれナクテコノだっ
シュツポット「ゲマヨーク」ニのッテようヤクタドリつイタノ…」
「そうか……君だけが同族のことを……」
ウウン。セッカくオオテヲふッテチタマにカんこウニイケルちゃんすダッタかラ、
ソレヲのガシタくナクテ……」
「……」
「耕一さんっ!!」
 耕一が呆然としていると、初音ちゃんが呼びに行っていた千鶴さん達が緊迫した表
情で山を駆け上ってきた。


・
・
・


 脱力感を感じた耕一に代わって千鶴さんが代表で資料を見て憧れ、はるばる地球ま
でやってきたその女エルクゥを質問攻めにする。


シュりョウしゃ? カリ? アあ、モウそんナジダイおくレナコと、ミンナしテナ
イヨ」
「ええっ!?」
 千鶴さんが驚きの声をあげる。
 狩りは時代遅れらしい。
 余所の星からやってきた異星人の手によって、農耕文化が始まったのだそうだ。
「イマハふつーニノウこうトさんギョウ、ソシテぼうエキデセイかつシテル」
「ぼーえき……」
 梓も呆然としている。
ダイタイ、むかシカラのカリだトカ…、ウチュうでイチバんエルクゥがエライだト
カってヨボヨボノちょウろうタチやダリッチ、あトソノしんパグラいでミンナチョッ
と、アキアキシテタカラ」
 話し振りからするとダリエリのような意見を言っていたのは過激派と懐古派のみら
しい。
「………」
 楓ちゃんも無言のまま動けないようだった。
 時代は宇宙の向こうでも流れていたらしい。
イセイじんトノコミにゅケーションを、コロスかコロサれるカデしかハカレなイノ
ッてヤバンだっテ、いマノリーダーがトイテイらイ、はイゼツシてるヨ」
「そっか…」
 安心してきたのかホッとした顔の初音ちゃんの笑顔が眩しい。
「でもそんな皆、乗り気じゃなかったならどうしてリズエル達は……」
「カノじょタチモかりサンドウはダッタカラ」
「何ですと!?」
 今、知らされる衝撃の新事実。
「アズえルナンテそりャアモウ、まいニチせんトウニナッテ…」
「梓っ! あなたって娘は… 姉さんは恥ずかしいわっ!!」
「あ、あたしは知らないよっ!?」
「リズエルもエディフェルもソレゾれストレスのハケクチニ…」
「何だよ、千鶴姉だって!!」
「黙らっしゃい。会長職はストレスがたまるのよっ!!」
「姉さん…、今の話じゃないと思う…」
モトモト、かりズキナメンめんガのりコンダノがアノフネだッタカら…、ハンたイ
しテイタノってリネットぐらイジャナかッタカナぁ…」
 だからこそ、ダリエリ達が遠征に出ていなくなって、皆ホッとしていたのだと付け
加える。
 どうも星々と渡り巡って地球に来たのは反主流派の亡命政権だったらしい。


 ――そうか、そうだったのか。


 ずっと本星の頃から肩身の狭い思いをしていた中、仲間だと思っていた意見を同じ
にしていたエディフェル達面々が、今までの事を忘れたように掌を返して人との共存
共栄を訴えかければ、そりゃ腹も立つわな。


 ――ダリエリ、成仏しろよ……


 耕一はますますダリエリに深い同情を寄せる。
 しかしこれで話し合いは一気に楽になったとも言える。
 話の通じる相手になっていたし、しかも向こうはダリエリ達の敵討ちをしそうな気
配も無い。
 その思いは千鶴さん達も同じだったようで一様に安堵の表情を浮かべていた。


「こんなことならあの人を呼ばなくても良かったわね」
「あの人?」
 楓ちゃんが首を傾げると、千鶴さんは間髪入れずに答える。
「叔父さん」
「叔父ぃ〜 何言ってるんだ千鶴姉。叔父さんはとっくの昔に…」
「賢治叔父さんじゃなくて、ほら…」
 千鶴が言い終わる前に、その人は現われた、


 疾風のように黒い影と共に。


「敵は何処だ!? 獲物は誰だ!? 俺の中の血が騒ぐ!! 正義の為に戦えと!!
 己の欲望のままに生きよとっ!! そしてその身が滅びようとも破壊しまくれっと
俺の中の鬼が叫んでるっ!! 行け行け祐也! 21世紀の勇者伝説の幕開けだ!!」


「………」
「………」
「………」
「………」
「あらあら、興奮しちゃって……」
「それで済む問題か?」
 全員の冷たい視線をものともせずに、微笑む千鶴さんに梓がツッコミを入れる。


「はて? 敵は一体どいつだ? 柏木千鶴!!」
「ええとですね柳川さん……」
 説明しかける千鶴さんの言葉の途中で、それまで呆気に取られていたような顔をし
ていた女エルクゥが弾けたような声を出した。


「ウワぁ……!! コノひト、カッコい〜!!」
 そう言って柳川の身体に飛び込むようにして抱き着いてきた。
 耕一の時の体当たりとはエラい違いだ。
「な、何だ。お前は!?」
 当然のように戸惑う柳川に、その女エルクゥは喜色を浮かべて叫ぶ。
「コのヒトコそ、シりょウドオりのヒトにチガイナイワ!!」
 一体どんな資料だろう。
 矢張り女性向けなのだろうか。
「どーぞどーぞ。お土産に持ってって構いませんよ」
 これ幸いとばかりに千鶴が笑顔でそう言う。
「ホンとウニ!? ウそッ!? らッキぃ!!」
「オイッ! 貴様、何勝手な事を……」
「えい☆」



 グシャッ



 こうして地球の、人類の平和は守られた。
 だがそれはある一人の青年の尊い犠牲の上にあったことを、人類並びに耕一たちは
忘れてはならない。




 ありがとう、柳川祐也。
 そしてさようなら。




「オイッ!!」





 最後は大自然に笑顔でキメッ☆




・
・
・



「地球よ! 俺は還ってきた!! ……フフフ、復讐の時は来た。今こそ、地球の柏
木千鶴に目に物見せてくれるわっ!!」
「パぱー」
「トウチャ〜ん」
「ええぃっ! オマエラはあっち行って遊んでろっ!!」
 知略を尽くしてエルクゥ本星を制圧した柳川が大軍隊と共に地球に向かって押し寄
せて、その後銀河を賭けた大戦争が起きるのはまた別の話である。




「敵は鶴来屋にありっ!!」




 悪夢はまだ、終わらない……。




                          <おしまい>


 エルクゥ語訳(嘘爆)
私は全てフツーに喋ってるよ この星の言葉も勉強したんだけど… 一杯あって難 しくて…… それで、覚えるのやめちゃった☆」

取り敢えず、一番見ていて面白かった資料を参考に、この星のことを一杯一杯、覚 えてきたんだよ…」

あの「強がり」で「意固地」なダリッチが助けを呼ぶなんて、こりゃもうただ事じ ゃないよって、皆で大騒ぎ。祝杯の一つでもあげたかったんだけど、リズエル様たち もいたし、皆で大慌てで駆けつけようとしたの」

大型のヨークは四隻。勇志が集って乗り込んだの。けれども途中、宇宙の磁場にぶ つかって大嵐に巻き込まれ、二隻が大破、一隻は遠く他の宇宙へと流されてしまった 。残った一隻も運航が不可能なほど壊れてしまったの」

そして各々諦めて帰る中、私だけが諦めきれなくてこの脱出ポット「ゲマヨーク」 に乗ってようやく辿り着いたの…」

ううん。折角大手を振って地球に観光に行けるチャンスだったから、それを逃した くなくて……」

狩猟者? 狩り? ああ、もうそんな時代遅れなこと、皆してないよ」

大体、昔からの狩りだとか…、宇宙で一番エルクゥが偉いだとかってヨボヨボの長 老達やダリっち、あとそのシンパぐらいで皆ちょっと、飽き飽きしてたから」

異星人とのコミニュケーションを、殺すか殺されるかでしか計れないのって野蛮だ って、今のリーダーが説いて以来、廃絶してるよ」

元々、狩り好きな面々が乗り込んだのがあの船だったから…、反対していたのって リネットぐらいじゃなかったかなぁ…」

  ……やっぱり読み辛いですか(汗)。

























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