『恨みます』
1999/08/30 



 もういい加減、夏は終わったと思う。
 日本における四季という自然現象が、瓦解してしまったのは一体いつ頃からなのだ
ろうか。
 エルニーニョだかコンサドーレだかよく訳の判らない言葉で、気象予報士が解説し
ていたのを昔は良く聞いていた気がするが、今は特に説明はない。
 ただただ、「例年に比べて……」とグラフを出して比較するだけの作業で天気予
報と共にいい加減に済ませてしまう。
 また、それをどうこう問うものもいない。
 そんな年がもう、幾年か続いている。



 俺はいよいよ大学を卒業する時期が迫っていた。
 大学院にまで粘ったのは向学心などという大層なものではなく、「ただ何となく」
な俺の性格と、そんな俺を「巻き添えは多い方が」と由美子さんが誘い、不況と言う
大敵から逃避する為に選んだ結果だった。
 実はこっそり一浪を挟んでいたりもして、お蔭様で、結構中途半端な年齢になって
しまった。
 そして卒業間近の俺にとって大事な事がひとつあった。



 ――内定、未だに貰えず。



 そう、俺はまだ就職先が見つかっていなかった。
 不況は未だに猛威を振るっていた。



 そして俺は最後の手段として、故郷を訪れていた。
 表向きは親父の墓参り。
 その実、出来れば鶴来屋にお世話になれないかどうか、探ってみようと思った訳で
あった。
 図々しいのかも知れないが、皆不況が悪いのだ。
 きっと。



 そんな俺は久しぶりに隆山にやってきた。
 もうここに来るのは何年ぶりだろうか。
 親父の四十九日に足を運んで以来だから、かなりになる。





 そして懐かしの柏木家には……誰も居なかった。




 最初に連絡をしてみた千鶴さんは唐突な俺の電話に丁寧に応対をしてくれたが、と
ても忙しそうにしていた。今では観光客を引き寄せる為に、日本中を四方八方飛び回
っていて、この屋敷に戻ることは一年のうちに数えるほどしかないほどになっている
のだそうだ。
 梓はあっさりと東京の大学に受かり、初めの頃は上京して一人暮らしを始めた彼女
と連絡をたまにとったりもしていたのだが、彼女の後輩が同じ大学に受かって以来、
音信が途絶えていた。千鶴さんに聞いたところ、その後輩と同居生活になっているら
しい。
 そして初音ちゃんは高校、大学とエスカレータ式の名門女子校に一発合格をしてい
た。その学校は基本的に全寮制で帰省出来るのも年に2回ぐらいだと言う。そして先
日、その1回を済ませたばかりだったと言う。昔はよく俺に懐いてくれていた記憶が
あるが、今はどうなのだろうか。全然、会っていないので判らなかった。



 俺は誰も出迎えてくれること無い屋敷を前にして躊躇してしまった。
 そして結局、屋敷に立ち入る前に近くの寺に赴いた。
 次郎衛門の墓のある雨月寺に。
 そこで俺は再び、物思いにふけった。



 楓ちゃんの足取りは千鶴さんを初め、誰も未だに掴んでいないのだという。
 最後に彼女を見たという報告は鹿児島県警に寄せられていた。
 何でも、フェリーに乗った彼女は桜島の噴煙を眺めつつ、ため息ばかりをついてい
たらしい。
 搭乗者名簿に彼女の名前があったので間違いはない。




 俺が彼女と再会したのはその四十九日の法事の為にここに来た時だった。
 その時の彼女の態度はとても俺につれなかったようだと今も思う。
 そして俺は悪夢を見、連続猟奇殺人事件を知り、由美子さんが襲われる夢を見、前
世の記憶がなんか良く分からないが蘇り、それを知った楓ちゃんとこれまたよく判ら
ない展開で、由美子さんを助けた。そこで俺たちの叔父に当たる柳川という刑事を倒
した。これもどういうきっかけかは良く分からないが、倒せた。
 酷くいい加減で自棄っぽい説明だが、シナリオが「想像に任せる」みたいな感じだ
からやむを得ない。


 そして由美子さんを病院に運び、長瀬とかいう刑事に事情聴取を受け、心配する千
鶴さんにだけ事情を話し、梓と初音ちゃんには適当に誤魔化して、そして俺は楓ちゃ
んと二人きりになる機会を得た。
 この雨月寺の境内で。



「やっと……終わりましたね」
「ああ……」



 楓ちゃんの顔は今までと少し、違うような気がしていた。
 が、俺の頭は激動な展開に振り回され、心身ともにかなり疲れ果てていた。
 平凡な毎日がこれほど、恋しいと思ったのは生れてはじめてだっただろう。
 だから、そんないつもと違う雰囲気の楓ちゃんを気遣うようなゆとりはなく、いつ
頃、帰ろうかという事しか頭になかった。



「あの……耕一さん」
「……ん?」



 楓ちゃんは熱っぽい目で俺を見ていた。
 そして、おずおずと照れた様な、はにかんだ様な表情をして俺に語り出す。



 昔のこと。
 昔のこと。
 昔のこと。



 全部、前世のことだった。



 確かに、俺も覚醒とやらで前世の記憶は蘇っていた。
 俺に生まれ変わる前の次郎衛門と言う食い詰め侍と、楓ちゃんの生まれ変わる前の
エディフェルという鬼の一族の娘との話だ。
 それは改めて彼女に聞かれるまでもなく、思い出していたので知っていた。
 だから、ちょっと改めて言われても困り、正直に言うと多少うんざりしていた。
 平凡を恋しがっている俺には。


 だから遂、口を衝いて出てしまった言葉。
 それだけだ。
 ただ、それだけだ。
 それ以来、楓ちゃんは姿を消してしまった。
 この一言で。










「……で?」










 やっぱり俺が悪かったのだろうか?





                        <おしまい>


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