『罪と罰 〜罪を憎んで鬼を憎まず〜』
1998/09/11 




「うりゃぁ〜っ!!」

 ズバァッ!!


 まさに危機一髪。

 俺は自分の中にある鬼の力を解放して、殺されかけていた千鶴さんを救った。
 ついでに言えば多分、己の中の鬼も制御したんだと思う。
 シナリオでは深く触れてなかったけど。

「千鶴さん、俺、やったよ!!」

 元の身体に戻ると俺はすぐに千鶴さんの元に駆け寄った。

 千鶴さんは喜びよりも、憂いを込めた目で俺を見ていた。
 無理もない。
 誤解で俺を殺そうとしたのだから。


 …俺、気にしてないから……。

 そう言おうとした時、



「……何故、殺したんです?」



 …Wow!?


 楓ちゃんだ。
 楓ちゃんがいつの間にか俺の背後に回り込んで耳元でそっと囁く。


「か、楓ちゃん……!?」
 そんな俺の驚きの様子を無視して楓ちゃんは、



「どうして、殺したんです?」



 と、気のせいかやや冷ややかな口調で聞いた。

「だ……だって……ほら、千鶴さんが殺されかけてたからじゃないかっ!!」
「力の差は歴然としていた筈です」


 千鶴さんまでっ!?


「どうして……」
 ホロリとする楓ちゃん。


 何故!?
 俺、悪い事なんてしてないぞっ!!


「だ……だって……あいつは例の連続猟奇殺人の犯人なんだろ!! 殺したって……」
 そんな俺の抗弁にも


「その証拠は?」
 と、楓ちゃん。

「だからって殺していい理由にはならない筈」
 と、千鶴さん。


「じゃ……じゃあ……千鶴さんは……だったら……」
「私は、身内の者がこんな不祥事を起こしたことが許せなかっただけです。第三者と
なれば話は別です」

 俺だったら殺してもいいのか?

「そ、それに証拠も何もあいつが犯人だってほぼ、間違いないじゃないかっ!! 全
てが説明つくし……」
「だからと言って耕一さんが自分の判断で殺戮をして良い理由にはなりません」
「そ、そんな……」
「殺人犯なら、誰でも殺していいなどという理屈は通用しません」
 楓ちゃんの容赦ないツッコミが入る。
「もしかしたら彼が次郎衛門だったかも知れないのに……」
 と、ポツリともらす。
 ちょっと涙ぐんでる。


 おいおい、それが本音か。
 しかも俺だって。生まれかわりは……。

 あ、でもこれ千鶴さんのシナリオだしなぁ……。


 そんな俺の不服そうな表情を読みとったらしく、千鶴さんが畳み掛ける。
「貴方は、自分の欲望のままに無闇に殺戮を行ったっ!! これはあの猟奇連続殺人
犯の行った行為と何処が違うと言うのですっ!! よしんば、さっきの鬼が犯人だと
してもその証拠がありません。尋問から始めるべきですし、それは警察の仕事ですっ
!! 耕一さんに裁く権利などありはしないのですっ!!」
「そ、そんな……」
「貴方は、ただの人殺しですっ!! いえ、鬼殺しですっ!! 殺鬼鬼っ!!」
「さ、殺鬼鬼……」
「か、彼にもう一度、会わせて欲しかった……確かめたかった……」
「か、楓ちゃん……そ、そうか……」


「俺ってやつは……俺ってやつは……」



 千鶴さんの容赦ない追求と、楓ちゃんの切ない涙の前に俺は後悔の涙を流すしかな
かった……


「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ――――――――――っ!! 俺は、俺は……何て取り返
しのつかないことを……」


「やっと理解してくれましたか、耕一さん」
「耕一さん……」
「すまん。許してくれ、千鶴さん、楓ちゃん。そして……滝壺に飲まれていった名
もなき鬼よぉぉぉぉぉ……」

 俺は、恥も外聞もなく激しく泣いていた。

「俺は……俺は……どうしたら……どうしたらいいんだっ!!」
 泣き続ける俺を千鶴さん達は見つめていた。
 ただ、先ほどまでの冷ややかな視線ではなく、二人の表情にはやや暖かみが含まれ
ている気がする。


「教えてくれ、千鶴さん。俺はどうしたら……」
 俺はそんな彼女達に取りすがるように、しがみついた。
 情けない顔をしているだろうが、そんな事は気にならなかった。



「奴隷」



 ………へ?


 今、千鶴さんの口から、単語が発せられた気がするけど……



「奴隷、です。耕一さん」



 ……はい?


 楓ちゃんのその可愛らしい唇からも似た響きの単語が……


「そうっ!! 奴隷ですっ!! 私たちの奴隷になるんですっ!!」
「やり直すんです、初めから……」


 ……はいぃ?


「奴隷になってその精神面から鍛え直すんですっ!!」
「頑張って下さい、耕一さん」



 ……ちょっとぉぉぉぉぉぉぉぉっ!! 待てぇぇぇぇぇぇっ!!



・
・
・



 数日後、俺は大学を中退して柏木家にいた。


「わん」




                        <おしまい>


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