『花火』
1998/08/03 




 今日、耕一さんと一緒に花火を見に行きました。


 昔は家族皆で見に行ったのに、今日は耕一さんと二人きり。
 遊びに来てくれた耕一さんが私を誘ってくれました。
 姉さん達や初音も一緒だと思っていたけど、二人きりでした。

 すごく嬉しいのと、恥ずかしいのと、申し訳ないような、そんな気持ちを抱えた私
の手を引いてくれた耕一さん。

 大きくて、暖かい。
 そして逞しくて、頼もしい掌。
 何よりも、優しい温もりがとても感じられました。


 二人で会場のある土手の方へ出かけました。
「楓ちゃん、浴衣姿……可愛いね」
 耕一さんがそう言ってくれました。
 私はそれに対して、真っ赤になったのを自覚するだけで、何も言うことが出来ませ
んでした。
 耕一さんはそんな私の照れた顔を見て、嬉しそうに、楽しそうに微笑んでくれまし
た。
「こ、耕一さんこそ……」
 やっとそれだけのことを返す私に、
「男らしく見える?」
 浴衣の両袖をそれぞれ掴んで見せながら、耕一さんはそんな風に冗談っぽく聞き返
してきました。
 でも、私は必死になって、

 コクコクコク

 首を縦に何度か振って頷きました。

「ありがとう……」
 耕一さんはまた少し笑って、耳まで真っ赤にした私の頭を撫でてくれました。
 必要以上に子供に見られているのかも知れないけど、そんな仕草がとても嬉しく感
じます。


 花火が始まるまでの間、二人で夜店の屋台を回りました。
 金魚すくいや、ヨーヨー釣り、射撃などには目もくれず、二人で食べ歩きました。

 その為に、お夕飯を抜いてきたのだから……。

 喋りながら、歩きながら二人で食べ回りました。

 …林檎飴ってもう丸ごとじゃないんですね。
 …丸ごとの頃に一度買っておけばよかったなぁ……。
 …でも、値段は変わらないんですね……。
 …こういうの買うのが妙に恥ずかしい時期、あったなぁ……。
 …そうなんですか?
 …自治体の夏祭り何かじゃ、下級生が綿菓子とか任されててさぁ……。
 …あ、杏飴……。
 …あれの缶詰蜜柑タイプって誰が買うんだろうって思わなかった?

 大半は耕一さんばかり喋っていましたが、私も日頃よりは饒舌だったような気がし
ます。
 焼き唐土を豪快に囓る耕一さん。
 でも、食べ後が綺麗になっているのを見ると、キチンと歯を当てて食べているのが
わかって面白かったり、たこ焼きにマヨネーズがないかどうか訊ねる私に驚いていた
り……。

 …あ……。

 耕一さんのほっぺたにコーンが……。

 …あ……。

 私が指摘する前に、気付いて手で取ってしまって残念だったり……。

 些細なことでも、とても幸せで、とても楽しく感じられる時間。
 いつまでも続いて欲しいと感じてしまいます。

 …いつまでも……。

 そうしてお互いが腹八分目になった頃、始まりの合図の爆竹の音と共に花火が始ま
りました。

 打ち上がる音がして、花火があがります。
 そして次に聞こえるのが、胸の奥まで響く花火の音。

 夜空に咲く大輪の華。
 光の魔術。
 炎の魔法。
 薬品の結晶。

 日本の文化。
 日本の夏。

 花火の音。

 擬音で表現の出来ない、胸に、身体全体に、心の奥底までに響きわたる音。

 花火の光。

 人工的で、それでいて何よりも強く自然を感じる、不可思議な輝き。


 花火が綺麗でした。
 こればかりはいつまでも変わらずに残っていて欲しい文化の一つ。
 でも、昔に比べて色も増えましたし、形も多彩です。
 昔よりも技術も手法も確実に進んでいます。
 ピンクはもう当たり前になり、青や緑もちょっと濃淡が違うヴァージョンがあった
りします。
 高さが低いものはその辺の色の調整が出来るようです。
 中でもパチパチと光るものが色は黄色で単色なのに、いつまでもそこに留まってい
てくれるような気がして、私は好き……です。

 ふと横を向くと、耕一さんの横顔が花火の色と共に彩られて照らされて見えます。
 そして私の視線に気付いて、そっと微笑みを返してくれます。
 慌てて、再び上を見上げる私は、臆病者なのでしょうか。
 胸が、痛く感じます。

 嬉しくて、恥ずかしくて。

 大きい花火が打ち上がります。
 あれは何尺玉なのでしょう。

 大きい
 大きい
 そして流れて消えていく……

 そして綺麗。

 た〜まや〜
 か〜ぎや〜

 遠くから微かに聞こえてくる子供の声。
 そんな掛け声が珍しくなったのは何時の頃からでしょう。

 また花火が上がります。

 心地よい音と共に。

 今のはさっきの花火の煙に半分、隠れてしまいました。

 変わらない文化。
 いえ、花火でさえ刻々と時代の波に押された話を聞きます。
 どんなものでも変わらないものはない。

 でも、変わらなく感じる花火。
 そして花火を見て感じるこの気持ち。

「……?」
 気がつくと私は、耕一さんの手を強く握っていました。
 でも、耕一さんは何も言わず、目だけで「どうしたの?」って聞いてくれます。

 それがとても自然で……とても、嬉しい。

 だから近付いて、そっと頭を耕一さんの胸に預けます。
 花火を見ながら、音を聞きながら……。

 花火が上がります。

 余韻が残る音と共に。
 目の奥に残る光の軌跡と共に。


 いつまでも、変わらないことを願って……。


                            <完>


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