『咎人たち』


1999/10/15



 今回も無事、午前中で完売。
 早い話、余所の知り合いのサークル関連、そして取り置き希望の顔なじみの会場ス
タッフ、そして徹夜で並んでいただろう一部の先頭集団の行列で全て俺の新刊は売り
尽くした。
 後、並んでいるのは再版の本だけ。
 見事に人気サークルらしくなった現象に俺は内心でほくそえむ。

 …遂にここまで俺も来たか……。

 一年を思い返し、正直感慨深かった。
「さてと……ちょっくら、挨拶回りにでも行きますか……」
 一瞬の戦争のような状態が終わり、一息ついた感のある売り子らに俺は声をかけて
自分のスペースを出た。
 だが、皆は「わかってますよ」とにやにやした顔を俺に向けている。
 しっかりとばれている。

 そのまま俺の足は「チーム一喝」へと向けられていた。
 ここには俺のマイハニーこと年齢不祥気味の俺の彼女がいるのだ。いなければきっ
とコスプレ会場の方にいるだろうが、まずはこっちから行くのがベターだろう。
 新刊も買っておかねばならないし。

 すると途中で早足で会場を歩いている『ファイターズブレイカー2』日下部翔のコ
スプレをした人物を見かけた。
 会おうとしていた人物、芳賀玲子ちゃんだ。
「あ、玲子ちゃん。丁度今……」
「……千堂クン」
 そう言いかけて俺は気づいた。
 玲子ちゃんは肩を怒らせていた。
「一体、どうかしたの?」
「それがね……」
 午前中、売り子をしていた玲子ちゃんは『サイキックハイスクール』のレナのコス
プレをしている人物がいると彼女の友達で仲間のまゆちゃんに聞いて、確認しに行く
のだと言うのだ。

 ――『サイキックハイスクール』のレナ

 そう、そのコスプレは彼女にとって苦い思い出のコスプレである。
 尻が見えて、胸も見せそうでたまらない衣装だ。
 あ、触覚もついていたような。
 正直、尻の部分しか俺はあまり憶えていない。
 だってCGの都合上ブツブツブツ……。
「え、何?」
「いや、何でも……あはははは」
「?」
 そして俺たちはコスプレ会場に辿り着き、該当者を探す。
「ええと……」
「あ、あれよっ!!」
 玲子ちゃんが一番人が大勢集まっている方を指差す。
 まるでそこに一流芸能人でも来ているかのように取り巻かれ、カメラのフラッシュ
が頻りに焚かれている。
「あの格好……間違いないわ!!」
「ああ。あの露出したコスプレは確かに……って瑞希っ!?」
 向こうも俺に気づいたらしい。
 瑞希はポーズを取るのを止め、一言二言周囲に断って、人の囲みをかき分けるよう
にしてこっちに来る。
「あら〜、和樹じゃない」
 そう言う瑞希の顔は明らかに「フフン♪」といった風情だ。
「み、み、瑞希……」
「どう? この大勢のカメコに傅かれるあたし〜」
 そう言ってシナを作る瑞希に、一緒にこっちに移動してきたカメコがパシャパシャ
と写真を撮る。

 何かすっかり染まってる。
 やばいぞ、瑞希。

「前回はミラクルエンジェルの『みちる』のコスだったんだけど……やっぱりレナの
方が人気あるよねー。もう、正直クタクタ。和樹が来てくれて助かったわ」
 そう瑞希が言っている側から、俺たちの周りを先ほどよりは遠慮があるのかそれと
も俺たちが視界の邪魔なのかは判らないが、遠巻きにして撮影は続いていた。
「…………」
 あ、玲子ちゃん、震えてる。
 蒼白で。
「せーん、どーう、くぅ〜〜ん」
 そして俺の方を見る。
 声が恐い。
「何、この娘知り合い?」
「知り合いも何もほら……」
 俺は玲子ちゃんに瑞希が以前、『カードマスターピーチ』のモモのコスプレを着に
来た時の事を話して聞かせる。
 あの時、玲子ちゃん自身が手伝ってくれた筈だった。
「ああ。あの時の……」
「あたし、それ以来、何かハマちゃって……」
 思い出したように呟く玲子ちゃんに、テヘヘと笑う瑞希。
「どう? このコス」
 そう言って胸を張る。
 野郎共のハートを鷲掴み状態である。
「やっぱり勝負の分かれ目は胸よねー。自慢じゃないけど、このコスしてて詰め物無
しの天然ってこの会場ではあたしぐらいじゃないかな」
 瑞希が動く度に遠くでパシャパシャとフラッシュがたかれている。
 ビデオカメラで撮っている奴まで居る。
「じゃ、じゃ、邪道よっ!!」
 辛うじて、そう言う玲子ちゃん。
 某缶コーヒーの様なセリフだが、ちょっと弱々しい。
 涙ぐんでいて早くも敗色濃厚だ。
「そ、そんな目立つ為だけのコスだなんて……」
「あ、だってあたしこのゲームやりこんでるもん。このキャラだって好きだしー」
 そう言って、ゲームの話やレナの話を語り出す瑞希。
 玲子ちゃんは知らないらしく、ツッコミすら入れることが出来ずに呆然と聞き流す
だけ。第二ラウンドも玲子ちゃんの惨敗のようだった。

 …瑞希ぃー。もう、還ってこれないんだなー、お前……。

 俺はそんな瑞希を遠い目で見つめることしか出来なかった。

「じゃ、あたし忙しいから。あたしを待つ大勢のカメコ達がまだ沢山あそこで順番待
ってるし」
「ま、待ちなさいっ!!」
 真っ白になりかけていた玲子ちゃんは辛うじて、正気を取り戻して瑞希を止める。
「そ、そんな過剰な露出をしたコスは禁止されている筈よっ!!」
「過剰?」
「そ、そーよっ!!」
 優位に立ったと思ったのか、一段と声を張り上げる玲子ちゃん。
「あ、でもほら……」
 だが、瑞希はケロっとした顔で俺たちに振り返り言った。

「例の盗撮されてた、会場でコトしてたカップルよりは常識持ってるし」

「…………」
「…………」
 絶句して何も言えない俺たち。

 御免なさい、南さん。
 もうしません。

「……あの一件であの場所からの永久追放があっさり決定したのよねー」
 俺たちの背中に、猫娘のコスプレをした美穂ちゃんがそうポツリと漏らした。
「…………」
「…………」
 大量の汗をダラダラ流してその場に固まってしまう俺たち。


 俺たちは山よりも高く、海よりも深く反省していた。
 この『こみっくカンパニー』で。




                          <おしまい>


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