『詠美様とわたし』


1999/09/10



 PART 1 「詠美様との出会い」


「待っていたわ」
 彼女は腕組をして待っていた。
「遅いから、てーっきり逃げちゃったかと思っていたわよ。逃げちゃっても、よかっ
たのにねえ」
「……」
「じゃあ、もう一度、勝負のルールを確認しましょ」
 彼女は生き生きとした表情で語り出す。
「勝負は、今日のために用意した新刊の実売部数トータルの多い方が勝ち」
「時間は10時にはじまって、終了時間の午後4時まで」
「スペースは合体でとっているから隣り同士。場所的な有利不利は、ないはずよ」
 そう言ってから、こちらを見る。
「いい? それで文句なかったわね」
「………は、はい」
「それじゃ、さっさと準備しなさい」
「……」

 どうして、こうなったんだろう。
 どうしてこうなってしまったのだろう。

 きっかけは些細なことだった。
 先月、トイレに行った帰りに地面に落ちていた同人誌を見つけて、そのサークルの
所に届けに行っただけだったのに。
 それだけの筈なのに。

「勝負よ、長谷部彩っ!!」
「……」
 本がまるで山のよう。
 何千冊用意したんだろう。
 聞けば、向こうは新刊を10種類用意したらしい。

 こちらは……コピー本が一種類。
 しかも30部しか刷ってない。

 …どおしよう……。


 PART 2 「詠美様とのふれあい」


『本日のこみっくパーティーは終了しました。みなさま、お疲れさまでした。みなさ
まの次回の参加をお待ちしております』

 終わった。
 今月のわたしのこみっくパーティーも終わりました。

 隣はたくさん、たくさん、本が売れたみたいです。
 わたしは、「何故、こんなのが壁に?」と言う顔を皆にされました。
 でも、いつもなら必ず売れ残るのに、30部全部売れました。
 壁ってやっぱりすばらしい。

 それなのに。

「しょ、勝負はあたしの勝ちだったんだからあ!」
 何故、彼女は泣きそうなんだろう。

「あの……詠美……さん?」
「なんなのよ、そのあんたの余裕は!」

 余裕と言われましても……。

「負けたくせに、すがすがしい顔しちゃって! 負けたら泣きなさいよ! わめきな
さいよ!」
「……」

 いえ、わたしは本が売れただけで満足ですから。
 人がいっぱい、いっぱい来て読んでくれましたし。

「あ、あたしが勝ったんだから! あたしのほうがたくさん売ったんだからあ!」

 隣で見てました。
 凄かったですね。


「なのになのに、あんたは、いったいなんなのよお! なんで喜んではしゃいでるの
よお!」

 喜んでいる?
 わたしが?

 そう言われれば、そうかも知れません。
 これで来月も無事に参加できます。
 ありがとうございます、詠美さん。

「……ちょおムカぁ!!」
「詠美さん?」
 詠美さんは逃げ出すように行ってしまいました。

 …何故なんでしょう。


 PART 3 「詠美様との別れ」


 あれから、一ヶ月後のこみっくパーティー。
 今回は奮発して50部もコピー機で刷ってしまいました。
 こんな贅沢が出来るのも全ては詠美さんのお陰です。

「挨拶……しなくっちゃ……」

 お礼をしたくて、彼女の所に行きます。
 すると……

「……」

 詠美さんはいましたけれど……。
 詠美さんのとこに誰も並んでません。机の上に本が山積みになったままです。
 先月は、あんなにあんなに人が並んでいたのに……。

 そういえば、売り子さんの姿も見えません。詠美さん一人なのでしょうか?

 …あ。

「ねえねえ、見てよ……ほら……あの……」
「ホント、サイテーよねえ」
「あ〜あ、イヤだな。あ〜んなのは……ゲンメツものだぜ」
「まったく、ああゆうのがいると、ウチの即売会の品格がさ……」
「あんなことして、まだ本を……。神経ないのか?」
「あはは……」

 どうして詠美さんがあんなことを言われているのでしょう。

「ひっく……」
「詠美さん……」
「あ……彩」
「あの、詠美さん……」
「あんたね! あんたのせえねっ!」
「え?」
「いつもだったら……いつもだったら、いっぱい、いっぱいお客が、来てるのにぃっ!」
「……」
「なんで、誰も来ないのぉ! なんでぇ、どうしてぇっ!」
「……」



「…さぁ?」




                        <おしまい>


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