風から始まる物語

文章:久々野彰  イラスト:あどべんちゃら様 

2000/10/25


「でも、ほんとにわたしを驚かすためにあんなことしてたの?」
「ん?」
 走りながらだから、よく聞こえない。
「ほんとにわたしを驚かせるためだけに、あんなところで寝てたのっ?」
「ああ。それ以外にどんな理由であんな場所に寝るっていうんだ」
「はぁっ…」
 オレの答えに長森は呆れたような溜め息をつく。
「普段から十分驚いたりしてるから、あんなことしなくてもいいよ
 体とか痛かったんじゃないの…?」
「いやまあ、どこでも寝られる体質だからな」
「そんなことに気使うんだったら、もっと違うことに使ってくれればいいのに…」
「どんなことに」
「…えぇっ? ほらっ…いつも起こしてあげてるからっ、日頃の感謝を込めてとかっ…」
「そうだな、感謝を込めて…」

 ピュゥゥ…

 そこまでオレが言った時、悪戯な風が吹く。



「キャッ!?」
 慌ててスカートを押さえるがもう遅い。
 性格も地味なら、下着も地味に白だ。きっと人生そのものの地味なのだろう。

「見、見えた?」
 顔を赤くして長森が俯く。
 やっぱりコイツも女だったのだなぁとオレが思うのもつかの間。

「見えました」
 と、オレの代りにそんな声がした。
「「へ?」」
 二人して振り向くと、近くの空き地からこんなにも天気がいいのに傘を差した女の子がやってきた。
 見覚えはある。
 クラスメイトだ。
 いや、テキスト上ではクラスメートと呼ぶらしいがどうも馴染めない。
 彼女の名前は確か里村茜とか言った筈だ。

「…よお、何やってんだこんな所で」
 隣の長森が固まったまま動かないでいたので、仕方なくオレが声をかけた。

「誰?」

 ……うっ。

 いきなり出鼻を挫かれる。

 …って、オイッ!!

「お前から声をかけてきたんだろうがっ!」
「…あなたには話し掛けていません。彼女に話しかけたんです」
 彼女は未だに傘を差したままオレにそう言うと、ゆっくりと長森の方に近づいた。

 …さいでっか。

 長森は困ったような目でオレを見る。
 あいつもそれ程親しくしているわけではなさそうだ。

「見えました」
 落ち着いた…というより感情の起伏のない声で同じ言葉を繰り返す女の子。
「そ、そう…」
 どう答えていいのか判らず、その場で固まってしまう長森。
 いや、確かに困るよな。

「え、ええと…」
「無地の白です」
「……」
「あ、あはは…」
 長森は誤魔化して笑って見せたが、里村は全く表情を変えなかった。
 何か新手の拷問に思えなくもない。
「それではいけません」
「え、ええと…」
「高校生にもなって、三枚千円の特売下着を履くなん……」
「わー わー わーっ!!」
 バタバタと手を振って里村の言葉を遮る長森。
「清純派と言えども、目に見えない所も気を使わなくてはいけません」
「う、うん。わかったよ」
 激しくコクコクと頷いたのは、納得したからではないと思う。
 追求はしないが。
「因みに…」
 そう言うと、里村は傘を初めて畳んで鞄を持った左手に持ち替える。
 そして右手で自分のスカートを持って、持ち上げた。

「あの人の帰りを待つ私は、いつでもOKな勝負下着」
「っ!?」
 長森凝固。
 嗚呼、里村の後ろにいるオレからは見えないのが残念至極。

「それでは…」
 再び傘を開き、スタスタと優雅に学校へ向かう里村。
 その場でくずおれる長森。
 勝負あったらしい。

「お、おい…長森」
 暫くオレも動けないでいたが、慌てて長森の元に駆け寄った。
「うっ… ひっく… ぐす…」
「え、えーと…」
 長森が泣いているのを見たのは久々な気がした。
 最近では記憶が無い。
 それだけに、こいつの衝撃を考えると不憫を憶えた。
「どんなんだった?」
 が、一番聞きたいことはまた別の話だ。
「ぴ、ピンクのスケスケ…」
「そ、そっか…」
 是非見たかった。
「っく… グス…」
「………」

 どっちにしろ既にもう遅刻は確定だ。
 里村も勿論。
 だからオレは柄にもなく優しく泣き続ける長森の背中を撫でながら、話の続きに戻る。

「えっとさ、日頃の感謝を込めてオレがお前に似合った下……」
「嫌だよ」



                                   <おしまい>




 以前、あどべんちゃら様のサイトでの落書きで即興SSを書くことをやっていたのですが、掲載まで至った第一弾作品です。
 長森SSなのか茜SSなのか謎ですが、これが私の初めて書くONESSだったりしました。

 再掲載に当たってあどべんちゃら様よりイラストの転載許可を頂きました。
 絵描きにとって昔のイラストを、しかも落書きという形のものをわざわざ引っ張り出されるのは困惑でしょうが、このSSのきっかけとして我侭を言わせていただきました。
 快諾してくださったあどべんちゃら様、本当にありがとうございました。



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