『天罰』



「もうすぐ、春ね……」


 目にみえる全てのものを白く覆い尽くす様な雪も溶け、全身に暖かな日差しを感受
する季節になろうとしていた。

 学校の授業も終わり、香里は昇降口から校舎の外へ出た。
 グラウンドの所々、まだ日蔭の部分には白い雪が小山のようになって残っている。
 それを下校していく生徒達の横で立ち止まりながら、じっと眺めていた。


 頑なだった自分の心と、目の前の雪を重ねてみてしまう。


 これで良かったのだろうか。
 本当に、良かったのだろうか。


 ――馬鹿馬鹿しい…。


 考えるまでもない、ことだ。


 けれど今、今この胸を締め付けるような痛みは――


「栞ちゃん、良くなるといいね」
「名雪……」
 いつのまにか香里の隣には名雪が立っていた。
 鞄を両手に持って彼女はやや俯き加減ながら、香里の方をじっと見つめていた。
「……」
「……そうね」
 そんな名雪の気持ちを察したように、ゆっくりと香里は笑って見せた。
 半分は名雪に対する気遣いからだったが、残りの半分は自分もそう思おうと考えた
からだ。


「今日部活は?」
「お休み。あなたの方こそ、大丈夫なの」
「うん。お休み」
「そう」
「……」
「……」
「……」
「そうだ、香里。この山の奥に社があるんだよ、行ってみない?」
「え?」
 名雪が指差す先は学校のすぐ側の山だった。
 時折、餌を求めて山犬が学校まで降りてくる山だった。
「いいわ、別に」
「でも、何か何でもお願いをきいてくれるんだって。試しにさ、行ってみようよ。行
って損はないと思うよ」
 香里はそんな名雪の気遣いに、それ以上強く拒絶する気が失せていた。
「……そうね」
「うん!」
 そんな名雪の見せる笑顔が、香里には嬉しく、少し寂しかった。



 そして名雪の言う山の上にある社へと向かっていた。
 陸上部で鍛え上げられているせいか、名雪の方が先に辿り着いた。
 ちっぽけな社の前で二人並んで手を合わせて、祈った。


 ――妹が、栞が良くなりますように。


「妹の病気が、治りますように」
 香里は遂、口に出して祈っていた。


「香里…」
 名雪の言葉に目を開け、香里は少し照れたような顔をして笑って見せる。
 すると二人の目の前で突如、何かが現われた。


「きゃっ!?」
「なっ!?」
「フハハハハ、吾輩は悪魔であるぞ!!」


 山羊のようなねじくれた角。
 目張りを入れたような濃い藍色の瞳。
 口からはみ出た長く鋭い牙。
 筋肉隆々とした体型。
 そしてデー○ン小暮のような口調の自称悪魔は、全身黒タイツのような身体をして
いた。


「え…?」
「あ、悪魔?」
「そうだ!」
「嘘くさい」
「ははは。種も仕掛けもないぞ」
「でも〜」
 そんな名雪の言葉を無視して、香里の方を指差す。
「吾輩に出来ない事はない。人間よ、何でも望みを叶えてやろう」
 その言葉にビクンと香里の身体は反応した。


「ただし、その者の魂と引き換えにだがな」


 そこでこのコミカルな格好の相手が初めてシリアスな顔をした。
 冗談を言っている雰囲気ではない。
 香里は直感で感じた。


「その魂って……」
 恐る恐る訊ねる名雪に、一言で答える。
「勿論、地獄行き!」
「……」
 名雪は自分の頭にかつて絵本で見たことのある地獄を思い浮かべてみる。



 針の山。
 痛そう。
 血の池。
 べとべとしそう。
 鬼さん達。
 怖そう。
 それにみんな薄着だし、冬なんか寒いんじゃないかな。



「イチゴサンデーとじゃ、割に合わないよね」
「………吾輩が言うのも何だが、止めておいた方が良いと思うぞ」
「うん。じゃあ止めておくね」
「……あなたね」
 香里は頭を抱えていた。
 悪魔も肩を落として疲れているようだった。
「さっき神様にお願いしたのにな…」
 そんな事をポツリと呟く名雪。
 どうやら栞の事は願わなかったらしい。
「祐一取られたし…」
 あ、本音。


「まぁ、いい。貴様になぞ期待しておらん」
 名雪の呟きをジト目な香里と共に全て訊いていた悪魔はそう言い捨てた。
「あ、ひどい」
 そんな名雪の言葉を無視して自称悪魔は香里を指差した。


「お前、さっき妹がどうとか言ってたな」
「……!?」
「その願い、お前が望むなら叶えてやろう。病気ぐらい簡単に治してやる。どうだ?」
「……」
「か、香里っ!!」


 悪魔の誘惑とはまさにこのことだろう。
 そのものだし。


 香里は考える。
 別に魂と言ってもこの場ですぐ殺されるわけではない。
 普通に生きて死んだ後、魂が天国に行かずに地獄に行くだけの事だ。
 が、香里は天国や地獄などという存在を一度も信じたことはなく、それは今も変わ
らない。
 しかし目の前に悪魔だという、人間と言い張るにはあまりにも奇怪な存在が目の前
にいる以上、その信念もかなり揺らいだ。
 万が一ということを考える。
 もし、未来永劫苦しみ続けて転生を許されない地獄に魂を落とされたりしたら。
 瞼の奥に病床に伏す妹の顔が浮かぶ。




「あたしに妹なんていないわ」




「「ええっ!?」」
 何故かハモる悪魔と名雪。
 はっぴーあいすくりーむ。


「じゃ、帰りましょうか。名雪」
「え、そ、その……」
 名雪の手を取って社を後にしようとする香里。 
「ま、待て! じゃあ三つまで! 三つまで願いを叶えてやる!!」
 そんな香里の前に慌てて回り込むと、何故かいきなり値下げに走る悪魔。
「本当?」
「いや、お前に言ってないし」
 その言葉に反応しな名雪だが、悪魔はニベもない返事をする。
「ズルイ」
「ずるいって……お前な」


 どっちもどっちだ。


 が、そんな名雪を無視して香里は悪魔に詰め寄った。
「その話、本当なの?」
「ああ、悪魔嘘つかない」
「怪しいよ」
「お前は黙れ」
 悪魔が名雪を小突く。
「痛い。何か祐一に似てる……」
 その呟きは悪魔と香里は無視した。


「本当に3つ、願いを叶えてくれるのね」
「ああ」


「じゃあ、一つ目の願いは」
「か、香里っ!!」
「何でも言え」




「Kanonのメインヒロインをあたしにして!! 2とかにしてもいーから」




「……」
「……」
「……」
「ま、まあ。その、判った」
 呆気に取られた顔をする名雪より先に、硬直が解けた悪魔は軽く頷いた。
 そして懐から手帳を取り出すと、香里の希望をスラスラと鉛筆で書きつける。
 その額に汗がダラダラと流れていたが。



「主人公を相沢君じゃなくてもっと格好良く……そうね、ジャ○ーズJrの滝○君み
たいなタイプにして!」



「は、はぁ……」
 その旨を続けて手帳に書き込む悪魔。
「そしてあと一つは……」
 その香里の言葉に、ハッと正気にかえった名雪は香里の方を見て呼びかける。
「か、香里!! ちょっと待って!! し、栞ちゃ……」
 が、遅かった。




「3つ目はそれをプレステ2で販売して!!」




「ああ、がってんだ」
 かなり投げ遣りな返事を返す悪魔。
「んじゃ、早速その通りに各方面に連絡してくるから待ってな」
 そう言うと現われた時と同じ様に瞬時に姿を消した。


 残されたのは香里と名雪。
 香里、何故か胸を張って鼻息が荒い。
 かなり興奮しているようだった。
 彼女の額からもかなりの汗が流れていた。
 しかしその表情は、充実感に満ち満ちていた。


「香里ぃ〜」
 泣きそうな顔をしてそんな香里の元に駆け寄る名雪。
「そんなので……そんなので本当にいいの!? 魂だよ、魂取られちゃうんだよ」
 そして必死になって叫ぶが、香里は顔を背けて言う。
「名雪。あなたにはあたしの苦悩なんか判らないわ」
「で、でも栞ちゃん!! 栞ちゃんはどうなるの!!」
 自分の事は棚に上げて涙を浮かべる名雪。
「名雪」



 そして香里は生涯で一番妖艶で、慈愛に満ちた眼差しで名雪を見た。
 そして言う。







「あたしに妹なんていないわ」








 君達に最新情報を公開しよう。


 「Kanon2 〜海でKanon〜」


 オーサリ○グヘブンとネクスト○とK○Dの夢の競演が今、君の元で!
 熊柳高校建築部のご一行が、部長の美坂香里ことサカさんの案により、夏休みに部
の旅行で海へ行くことになった。
 出発当日、仮入部に来ていた主人公の青年は拉致されて一緒に旅行へいくことに…。
 海水浴客賑わう浜辺を舞台にした、マッシヴストーリーの番外編がここに実現。

 マッシヴコメディアドベンチャーの真髄を君に!
 主人公滝川祐一君のはぁとを奪うのは誰だ!?
 サカさん役に中年女性役を演じさせたら天下一品のくじ○さんなどフルボイス使用!!



「そういうことで、プレステ2にて無事、好評発売したぞ!!」
「死ね――――――――――――っ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
「香里……」






                       <おしまい>