『佐祐理は普通の女の子』


2001/07/22


 俺と舞との放課後の練習が遂に佐祐理さんに見つかった。 「あー、舞ーっ、こんなところに居たんだぁっ」 「だぁっ…」  場にそぐわない、能天気な声。  佐祐理さんだった。 「あれ? ふたりで同好会でも作るんですか?」  互いの得物を構え合っている俺と舞を見比べながら、佐祐理さんがそう続けた。 「あ、いや…これは…」  …佐祐理さんファンクラブの連中とやりあうにはこれくらいはしないと。  無論、そんな事は言わない。 「………」  舞も黙っている。  その表情からは何を考えているのかは窺い知ることは出来ない。 「これだったんだ、最近ふたりでコソコソしてたのは」  佐祐理さんは俺たちを交互に見て言った。 「楽しそう。佐祐理も仲間に入れて欲しいなぁ」 「よし、入れてやろう」  そのノリに流されるまま、適当にOKでも出そうかとも思ったが、  ぽかっ。 「…勝手に決めない」  舞が後ろから俺を小突いていた。竹刀だったから、かなり痛かった。 「…遊びじゃない」  舞が佐祐理さんに目を向けて言っていた。  そうだ、コイツがいた。  怒○権 榎道  18歳。ジョーダンのわからない男。  ……コホン。  もとい、  川澄 舞  17歳。融通の利かない女。 「そう、遊びじゃないんだ、佐祐理さん」  仕方なく、俺もそう言った。  ここは適当にあしらっておいてとの俺の思惑は潰えた。  まぁ、今後の事を考えれば舞の方が正しいのかもしれない。 「佐祐理も遊ぶつもりはないですよ。真剣にやります」 「だってさ、舞」  俺は口ごもるだけで、舞に振るしかなかった。  佐祐理さんの申し出を断るなど俺にはできそうもない。 「…佐祐理には向いていない」  間違ってはいないが、この場で言ったのでは駄目そうな事を舞は口にする。 「そんなことないよ。こう見えて佐祐理、運動神経いいし」  …ほれ、見ろ。  何故か、そう思ってしまう俺。  …やっぱりここは適当に相手してあげてあしらった方が……。 「……」  舞の顔がこちらへ向いた。 「…祐一、剣を貸して」  そう言って、手を差し出してきた。 「え? どうするんだ?」 「いいから」  俺は手の木刀を舞に渡す。 「…佐祐理、今だけ貸すから」  そしてその木刀を佐祐理さんの目の前の地面に投げた。 「あっ、入れてくれるの?」  俺も一瞬、そう思った。  佐祐理さんの顔がぱっと綻んだ。  …が、 「…試験」  舞はそう呟いた。 「「え?」」  俺と佐祐理さんの声が重なった。 「戦うの」 「舞と?」 「……」  こくり。  舞が佐祐理さんの言葉に頷いた。  …そうか、そうするか。  舞は実力行使に訴えた。  不器用というか、何というか…。 「よーしっ、負けないからっ」  佐祐理さんは嬉々として剣を拾い上げた。  …知らないのだ、佐祐理さんは。  舞の剣技を。  思い出せばいいんだ。あの野犬との一戦を。  そうしたとしても、わかるわけないか…。  …佐祐理さんは普通の女の子なんだもんな。  舞の容赦無い剣技と、容赦無い言葉を見舞われ、俺は泣きべそをかくのではと思う ほどの表情をして去っていく佐祐理さんを見ながら、改めてそう思っていた。  やりきれないような複雑な思いを抱えつつ、俺たちはそこに立っていた。 「舞は…佐祐理さんのこと、好きか?」 「……」  こくり。 「自分の口で言ってみろよ」 「……私は佐祐理のことが好き…」  そして、もう一回、 「…大好き」  そう言った。 「ならいいよ。舞は正しいことをしたと思う」  万が一もの間違いを起こしたくなかったのだろう。  舞の態度は毅然としていたとも言える。  俺とは違って。 「相変わらず不器用だけどな」 「……」 「早く終わらせような。そして、思いっきり遊ぼう、三人で」  俺が「三人で」の部分を強調したのはやっぱり、「大好き」と付け加えたことへの 嫉妬なのだろうか……。  そう考えると、ちょっと複雑だった。 ・ ・ ・  そして、佐祐理さんが夜の校舎の壁に張り付いたり、それで佐祐理さんが頚椎損傷 して入院したり、舞が自虐の果てに俺に抱かれたり、剣を振り回して暴れたり、切腹 したりして舞の中の魔物たちと決着をつけたりした。  めでたし、めでたし。  後はエピローグと『風の辿り着く場所』を待つばかり。  …の筈だった。 「……佐祐理の様子がおかしいの」  全てが片付いて暫くして、舞が俺にそう言ってきた。  あれ以降、舞はちょっとは俺に頼ってくれるようになっていた。  が、今度のは今までよりちょっと深刻な気がした。  何せ、佐祐理さんの事である。  自分が病院で寝ている間に俺と舞がシタってことがわかったんじゃ。  実は幾度も自分がやられた魔物の正体が、舞と俺のせいだってことがわかったんじゃ。  どっちにしろ、普通の神経ならブンむくれそうではある。  やるなあ、俺達。  舞が言うには、佐祐理さんが最近、早く帰るようになり、しかも自分の家に戻って いるのではないとのことだった。  舞の性格では、そこまでが限界だった。  調べるどころか、直接聞く事さえ出来ないでいた。  が、舞の見立てでは佐祐理さんがそれを自分に隠している素振りがあるという。 「…もし、何かあるなら、助けてあげて欲しいの」 「あ、ああ…」  早速、その日の放課後。  舞に頼まれるまま、佐祐理さんの後をつける俺。  暫くすると、佐祐理さんは近くの道場に入っていった。 「…道場?」  暫くすると、道場で稽古が始まっていた。  幾人かの門下生に混じって佐祐理さんが居る。  一生懸命、打ち込んでいた。  ――剣道を。  それだけではなかった、この日確認しただけで佐祐理さんは空手、柔道、合気道に テコンドーと道場をはしごして回っていた。 「…や、やぁ」 「あっ、祐一さん」  すっかり日も暮れ、真っ暗になった夜、俺はムッカッチューアだか覇皇天砕流柔術 だか旧ソ連コマンドサンボだかカムイ流だかの道場の前で佐祐理さんを待ち構えてい た。 「……」 「……」  暫く、お互いに何も言わずに夜道を歩く。  先に、佐祐理さんが口を開いた。 「バレちゃいましたね」 「で、でもどーしていきなり…?」 「えへへーっ、やっぱり佐祐理も祐一さんと舞の仲間に入りたいし」  どーも、先日の放課後の事を指しているらしい。 「……」  あれ以降、当然ながら集まっていない。全て片がついたのだから。  が、入院してたりした佐祐理さんはその後の急展開を殆ど知らないのだ。 「……」  疲れているだろうに、殊更はしゃいでみせる先を行く佐祐理さんの背中を見つめる。  ほっぺには真新しい絆創膏が貼られ、肌の見える部分は痣や傷が無数にみえる。 「え、ええと……」 「待っててください。卒業前までにはきっと佐祐理も強くなって見せます!」 「その……」 「なんですか、祐一さん?」 「……頑張ってね」 「はいっ!!」  数ヶ月後。 「たぁ――――っ!!」 「むきゅう」  剣を捨てた舞は本当に弱かった。                             <おしまい>