『あなたへのメッセージ』


2000/01/21(金)





『名雪…』


 どれくらいの時間が経ったのだろう。
 時間の感覚を失い、またそれが特に意味を成していない状態の名雪の耳に、祐一の
声がいきなり入って来た。


「…えっ?」


 祐一はこの部屋にはいない。
 名雪は、祐一が外に出ていった事だけは憶えていた。
 だから思わず顔を上げてあたりを見回していた。


『俺には奇跡は起こせないけど…』


 更に声が聞こえて来る。
 ドアを開ける。
 見ると、祐一が置いていった目覚しからの声だった。


『でも、名雪の側にいることはできる』



「祐…いち……?」




『約束する』

『名雪が、悲しい時には、俺がなぐさめてやる』

『楽しいときには、一緒に笑ってやる』

『白い雪に覆われる冬も…』

『街中に桜が舞う春も…』

『静かな夏も…』

『目の覚めるような紅葉に囲まれた秋も…』

『そして、また、雪が降り始めても…』

『俺は、ずっとここにいる』

『もう、どこにも行かない』



「ゆ、ゆういち……」



『俺は…』


 ――祐一からのメッセージ。
 ――私にあてた、メッセージ。



『名雪のことが、本当に好きみたいだから』



 名雪は、今までとは違い、また熱い涙を流していた。







 最後に変なのを聞くまでは。





『了承』




「え?」




 録音の最後に、名雪にとって聞きなれた声が聞こえてきた気がした。



 空耳、だろうか。



『名雪…』


 名雪はもう一度、メッセージを聞き直す。
 自動的に繰り返されるタイプのものだから面倒はない。


『俺には奇跡は起こせないけど…』


 ここまでは祐一の声。
 間違い無い。
 だが、


『起きないから、奇跡って言うんですよ』



「……え?」



 初めて聞く女の子の声だ。
 だが、名雪の戸惑いを無視して、祐一のメッセージは続く。



『約束する』

『名雪が、悲しい時には、俺がなぐさめてやる』



 すると、また別の女の子の声が入ってきた。



『道ばたで泣いてしまうかもしれない…』

『ご飯食べてたら、不意に泣き出してしまうかもしれない』

『それでも慰めてくれるの…』



 今度は祐一の声。
 さっきは聞いた覚えの無い内容。
 今の問いかけの答え。



『ああ。道ばただったら、泣きやむまで隣に立って待ってやる』

『ご飯中だったら、俺も食べるのをやめて舞と話をしてやる』



 …舞って誰?



『それで泣きやんだら…冷めたご飯を一緒に食べてくれるの…』

『ああ、冷めたご飯だってなんだって食ってやる』

『夜中に起きだして、泣いてしまうかもしれない…』

『祐一の知らないところで、ひとり泣いてしまうかもしれない…』

『寝るときも、おまえのそばにいる』

『泣く声が聞こえたら、すぐに起きて、温かいものでも入れてやる』

『そして、俺の知らないところになんて、舞はいかせない』

『舞は、俺のずっとそばにいさせる』

『………』



 …あのぅ・・・何、これ?



 名雪は何か主役の座をかっさらわれた気分になった。
 その通りなのだが。



『楽しいときには、一緒に笑ってやる』



 …さっきまでの会話は無視!?



 目覚し時計は、名雪の葛藤に対して何も答えてくれなかった。



『白い雪に覆われる冬も…』

『街中に桜が舞う春も…』

『静かな夏も…』

『目の覚めるような紅葉に囲まれた秋も…』

『そして、また、雪が降り始めても…』

『俺は、ずっとここにいる』

『もう、どこにも行かない』



 …さっきまでどっか別のところに行ってなかった?



 一度目に聞いたときの涙はもう、これっぽっちも出ていなかった。



『俺は…』



 だからこれからの展開もある程度は予想できた。



 もう何も信じない。
 信じられない。



 名雪は外套を羽織ると、金属バットを手に部屋を出た。








『…俺は、今でもお前のこと好きだぞ』

『ボクもだよ、祐一君』






 ……その日、再び赤い雪を見る。





                         <おしまい>




 この時期はKEYSS掲示板の閉鎖、仮掲示板の設置など色々あった中での投稿SSでした。
 アニメ化に伴い、国府田名雪の目覚し時計とは別に婦女子向けに祐一声のは出ないのでしょうか?(爆)

何かありましたら… 『Thoughtless web』