『The summer』


1999/08/27(金)





「あははーっ」

 と、笑う少女がいる。



 ――まぁ、それはいーのだが………。



「………」

 殆ど全く笑わない少女もいる。



 ――これもまた、然りだ。




 …見事に正反対だよなぁ………出来過ぎな位。そう思いません、みんな?



 何故か、心で訴える俺。



「あの………どうしました?」

 佐祐理さんの方が、俺を心配そうに見つめる。

「………」

 舞の方も一応、俺を見ている。
 が、すぐに視線の先は箸の先、弁当箱のおかずの方に移っている。
 そしてそっちの欲求が優先され、箸が動く。



 ――だぁぁぁぁぁ!!



 頭を抱えそうになる、俺。
 なんだよ、これは。
 なんだよ、おい。
 この絶妙な対比は!?



 会話もろくに成立しないし、コミニュケーションは不可解極まりない方法でしか取
りようがない。
 面白いといえば面白いが、疲れることもまた然り。



 そんな事を、時たま思う昼休みのランチタイム。
 屋上の扉の前の踊り場での三人だけのお昼ご飯だった。




 …始めの頃は、こんなだったな。




 俺は柄にもなく、そんな昔のことを思い出していた。
 まぁ、大概はあんまり考えないで、おちゃらかす程度で楽しかったんだけども。
 早い話、前から楽しんでいたんだ。
 そんなアンバランスな二人を相手にして。


・
・
・


 それがどうしてどうして、今では三人で同居までしている。
 未来は誰にもわからない。



「まぁ、これも運命ってことで………」



 俺って相当なヤツだよな。
 積もり積もったもののせいかも知れないけど。



「祐一さーん」
「………」


 そんな事を考えていると、その二人がやってくる。
 ただ、更衣室で水着に着替えるだけでもこんなに時間のかかり具合が違うものなの
だろうか。
 因みに俺は5分もかからない。
 別に特に早いわけでもないから、自慢になるわけでもない。



 そういう事で、俺達は海に来ていた。
 アルバイト等をしている三人の休日が一致した時、こうして何処かに遊びに行くの
が通例になっていた。
 そして今回は、俺の提案で海に行くことになった。


「ごめんなさい、遅れてしまって………」
「………」
「いや、いいよ………そんなに長く待っていた訳でもないし」



 まぁ、普通の男としての模範解答的な言葉を口にしておく。
 そして、改めて目の前に立つ二人の同居人の女性を見つめる。
 水着姿を眺めるとも言う。



 倉田佐祐理。
 人懐っこい性格で、何時何処で誰とでも友達になれるような感じの女性だ。
 ただ、全く無防備過ぎるのと、人が良いにも程がある位のお人好しでもある。
 育てられた環境が良かったのだろうと想像できる穏やかさと大らかさを併せ持つ人
である。実のところではそうではなかったりするのだが、一応、そう思っておく。深
く考えると困るのは俺であり、ネタバレに悩む筆者でもある。


 そして、川澄舞。
 どこか取っ付きにくそうで、不器用そうな感じのヤツだ。
 最初に会った時は状況が状況だったせいか、威圧感と神秘的なものを感じた。
 そして近寄りがたいような雰囲気を身に纏わせていた。こうなると俺みたいな図々
しい奴か、余程鈍感な奴でないと、話し掛けることすらあまり出来ないだろう。
 が、普段は佐祐理同様マイペースな性格だが、コイツの場合は周りが迷惑する方が
多いタイプのマイペースだった。場の流れを全く考えない、ゴーイングマイウェイ。
 そして強情でもある。愚直と言ってもいいが、無謀ではない。
 必要以上あまり喋らないこともあり、見様によってはどうとでも悪印象にとれる感
じだが、実際のところ、世の流れに無関心でいることが多いだけだった。
 そうなった理由はあったのだが一応伏せておく。読者には判るだろうし、長くなる
からだ。



「………」
「ひてて」
「ま、舞ー…」


 舞が数歩近づいてきて、俺の頬を抓る。
 どうも、眺められているのが恥ずかしかったらしい。


「………」
「ひてて」
「舞ー…」


 訂正。
 舞には俺の視線が佐祐理さんの方を見ていると思ったらしい。
 相変わらず、佐祐理さんは困ったような戸惑ったようなそれでいて、とてもとても
楽しそうな顔をして見守っている。


「………」
「ひてててて、ひゃめれ………みゃい」
「それ以上抓ると、跡がついちゃうよー」



 もう一度訂正。
 確かに見ていた。
 だがそれは色合いやデザイン的に佐祐理さんの方が目を引く水着だったからで、別
に………



「ひてててててててててて」
「………………」
「わぁった。わぁったから、ひゃめれって」


 最後に訂正。
 胸元もちょっとばかし。
 佐祐理さん、見てないで止めて。



「いたたたたた………」
「………」
「あははーっ。祐一さんのほっぺ、真っ赤になってますよー」
 貴女が止めて下さらないからです。
「………エッチ」
「って、なぁ………舞」



 …お前はどうして俺の心が読めるんだ。



 取りあえず言っておくと、舞と俺とは恋人同士と言うところである。
 本人は恥ずかしがって否定しているが、まぁ、そう言っておかしくないだろう。
 俺と佐祐理さんは同居人であり、友達である。
 舞と佐祐理さんは元から親友だが。
 別に、今のところは三角関係は考えていない。



「いてっ!」



 いつもの舞のツッコミチョップが入る。
 だが、今回のは力が入っている。



 …だから、どうして心が読めるんだ、舞。



 それから、すっかりご機嫌な佐祐理さんとすっかりご機嫌斜めの舞と三人で泳いで
いたが、あんまり普段と変わらない関係でもあったので、特に気にはならなかった。





「先に戻ってて下さいー。佐祐理もすぐに戻りますからー」


 一度、海から上がった俺達は席を外した佐祐理さんを自分たちの場所で待つべく、
砂浜を横断していた。
 人の量も意外にそれほど多くないので、すいすいと進める。


「………」
「なぁ、舞」
「………」
「………」


 スタスタと前を行く舞に遅れじと後を追う俺だったが、舞はこの足場でもかなりの
早足だった。
 機嫌はまだ直っていないらしい。
 さっき、水遊びしている際に、佐祐理さんについて二人で攻撃したことを根に持っ
ているのだろうか。
 それとも競争した時に、足を攣った振りをして油断した隙に逆転した事を怒ってい
るのだろうか。
 もしかして、クラゲを背中に張り付かせたことを………。


「………」


 気のせいか、舞の足取りが速くなった気がした。


「おーい、舞ぃー」
「………」
「舞ちゃーん」
「………」
「舞様ぁん」
「………」


 いくら呼びかけても足取りは変わらなかったのに、突然、ピタと立ち止まる舞。
 その横は屋台が並んでいる。


 …はは〜ん。


 俺は心の中で準備をする。
 並んだ屋台からは色々ないい匂いが漂ってくる。
 どっちにしろ一度は戻らないと財布はないのだが。


「…剣を捨てた私は本当に弱いから」


 屋台群を眺めながら、舞はぽつりと言い出した。


「な、何をいきなり………?」
「祐一に迷惑をかける」


 見ると、舞は真顔だ。


「一緒にいてくれるという祐一に迷惑をかける」


 きっぱりと言う舞にしては、やや語尾に躊躇いが感じられる。


「それでも祐一は構わないの」


 舞の瞳が弱々しく揺れている。


「………あ、ああ………」


 …何を言いたいんだ?


「構うものか。それが女の子じゃないか」


 そういいながら、俺はこの台詞が初めてでないような気がした。


 …ひょっとしてデジャヴ?


 すると、舞は言った。


「焼きそばを食べたくなって泣いてしまうかもしれない…」





「………………………………………………………………………………」





「イカ焼きが欲しくなって、不意に泣き出してしまうかもしれない」
「………」
「焼きとうもろこしが恋しくなって、泣いてしまうかもしれない…」
「………………」
「網焼き帆立てが愛しくなって、ひとり泣いてしまうかもしれない…」
「………………………」
「たこ焼きが………」





「だぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――――――――――――っ!!!!!!!!!」




 俺は頭をかきむしり、舞を見据える。




「食べたいなら、食べたいと言えっ!!」
「………食べたい」



 まぁ、そうは言ってもこの後で、佐祐理さんの「傷みやすい物は避けましたー」と
言う特製重箱が待っているのだから、全部と言うわけにはいかなかったが。
 二人して適当に食べ歩きながら、ビニールシートの敷いてある場所に再び戻るうち
に何時の間にか打ち解けていた。
 食べ物の効果は偉大だ。


「あー、二人共、何、こそこそしてるんですかー。佐祐理にも教えて下さいー」


 食べた後の始末は大変だ。





 特製弁当の昼食を三人で食べた後、俺はこの海水浴行きが決まった時点から考えて
いた事を実行するべく席を外した。
 ついでに屋台で買って食べた食べかすのゴミ捨ても忘れない。
 いい亭主になれそうだな、俺。


「お待たせー」

 俺が二人を待たせて、特大のスイカを持って帰ってくると、二人は目を輝かしてそ
のスイカを見た。


「わぁー、スイカですねー」
「ああ」
「でも、丸ごとだなんて、佐祐理は食べられませんよー」



 …当たり前だい。



「折角だから、西瓜割りをしようと思って」
「わぁー、スイカ割りですかー」
 そう言って腕で胸を押し付けるような格好をする佐祐理さんだが、本当に分かって
いるのだろうか。
「すいか………割り?」
 こっちは素直に怪訝な顔をする。
 正直者め。



「何だ、舞。知らないのか、西瓜割り」
「………」


 こくん


 ゆっくりと肯く舞。



「な………なんだって………」
「?」
「………」

 大仰に驚きを見せたじろぐ俺に、佐祐理さんも舞も不思議そうに見つめる。



「う………う………海に来てスイカ割りをしないなんて――――っ!!」



 勝○に改蔵君のように叫んで見せる俺。
 オーバーアクションならお手の物だ。


「海に海水浴に来たら必ずスイカ割りをしなくちゃいけないんだぞ!!」
「………」
「ええーっ、本当ですかー」
「………知らなかった」



 …この人達、何を言っても信じるのだろうか。



 俺は内心で彼女達には決して怪しげな宗教に関わらせないようにしないとと、心に
誓う。
 舞は不思議な力を持っているし、佐祐理さんは実家がお金と権力を抱えている。
 そして共に無防備すぎる。
 放っておいたら危険だ。



「これは古来からずっと伝わっている日本の風習で………」
「へぇ〜」
「………」
「………ま、まあ………最近は結構、廃れてしまったのかやらない奴も増えてきてし
まっているんだけどな………嘆かわしい話だよ」



 いつまで経ってもツッコミは来そうもない。
 っつーか、二人とも信じているようではどうしようもない。
 訂正するきっかけを失い、俺は嘘を押し通すことにする。
 純粋に俺を見つめるよっつの瞳。
 やや、自己嫌悪。



「ま、まぁ………それはさておき、兎に角スイカ割りだ!!」
 それが単に、以前舞が刀でバナナを斬ろうとしていた姿を思い出してやらせてみた
くなっただけとは、今更言えるような雰囲気ではなくなっていた。
「………で、どうやってやるんですかー?」
 簡単に乗ってくる佐祐理さんだが、やっぱり知らなかったらしい。
「実に簡単だ。まず、砂浜の邪魔が入らない場所にスイカを置く」


 そう言って俺は、二人から10mも離れていない場所にスイカを置いた。


「………で、ここから目隠してを………」
「あっ! 思い出しましたー!!」
 いきなり、佐祐理さんが叫ぶ。
「回転椅子に乗ってぐるぐる回るんですよねー。正月にTVで見ましたー」
「いや、それはBIG3ゴルフの話では………」
「あ………そうでした」


 ちょっと話を聞いてみると、海外でも放送しているらしい。
 当然のように正月を海外で過ごす家族の話が少しだけうらやましい。
 因みにBIG3とはたけ○・さ○ま・○モリの事である。
 彼女のお父さんが好きなんだそうだ。
 閑話休題。


「………で、人にもよるけど50回ぐらいぐるぐる回って、スイカを叩きに行くって
訳だけど………」
「はい、そうでした」
「………」
「舞、判ったか?」
「………わかった」
「じゃ、やってみそ?」
「わぁ〜、舞ー! 頑張れー!」
「………」


 俺が手際よく目隠しと木刀を手渡すと、素直に舞は受け取る。
 目隠しをした舞だったが、木刀を持ったせいか背筋もピンと伸びて威厳があった。
 迫力満点だ。


「じゃあ、50回、回すからな」
「じゃあ、行きますよ〜」


 俺と佐祐理さんとで、舞の身体をぐるぐると回していく。
 舞は回す俺達に木刀を握ったまま、なすがままにされている。



「「よんじゅうはち、よんじゅうきゅう………ごじゅう!!」」



 流石と言うべきか、50回も回された割には全くふらついた様子がない。
 さっきと同じ様に、木刀を構えたまま、立っている。


「………」
「じゃ、スイカは正面だから………いつでもいいぜ」
「舞〜! 頑張れ〜!!」


 舞は一瞬、俺達の声の方を振り向いたが、すぐにすたすたと躊躇なく砂浜を木刀を
持ったまま、歩いていく。


「お〜、流石に目ぇ回したりしてないな………………って、あれ?」


 舞の足取りは順調だが、幽かに、スイカのある方向とずれている。
 そして、そのまま、海の方へと躊躇うことなく、入っていく。
 そのまま………。





「流石の舞も、目が回ると駄目だったな」
「………そんなことない」
 笑いながら、バスタオルで舞の頭を拭いてやると、舞は憮然とした顔をして反論す
る。
「スイカから、殺気を感じなかったから………」
「殺気を発するスイカなんてやだい」
「あははーっ」



 その後、幾度となくスイカ割りが行われた。
 やるのは舞一人だ。
 舞は意地っ張りなところがあるのか、それとも俺にからかわれたのが悔しかったの
か、割れるまで続けるようだった。


「右、右だよ――っ!!」
「おっと………行き過ぎ。行き過ぎだって………」


 二回目からは俺達も舞に対して普通のスイカ割りのように指示を出していた。


「舞、足元だよーっ!!」
「そこだ、行けっ!!」


 俺達の指示に忠実に従った舞は、無事にスイカの前に辿り着いた。
 剣道の面を打つように高々と腕を振り上げ、舞の木刀が唸りを上げて振り下ろす。



 ズバシャァッ――――――ッ!!!



 見事、スイカは真っ二つに………………………ならなかった。



「スイカ、粉々になっちゃいましたね」
「…祐一。砂だらけ」
「って、どーして俺をにらむっ!!」
 舞はスイカの破片を拾い上げて、恨みがましい目で俺を見ている。
「…でも」
「食べるな、食べるなっ!!」
 大き目の破片を拾い上げ、砂を払っている舞を慌てて制止する。
「…勿体無い」
「祐一さんは塩、振りますかー?」
 佐祐理さんは自分の荷物から持ってきていたらしい、食卓塩の小瓶を俺に見せる。




 俺は結局、売店で切って売られているスイカを頼むことにした。






「今日はとっても楽しかったですねー」
「ああ、そうだね。舞はどうだった?」
「………」
「楽しかったよね?」
「…楽しかった」


 ニコニコと舞の顔を覗き込む佐祐理さんに、ぼそっと答える舞。


「それとも祐一さんと二人きりの方が良かったかなー」
「………」


 顔を赤くして佐祐理さんにチョップする舞。
 純情なヤツめ。


「あのね、祐一さん」
「何?」
「舞ね、今日更衣室で………」
「………」


 更にチョップが飛ぶ。


「え? 何? 何?」
「………」


 わざとらしく興味津々な態度を取る俺にチョップ。


「あのですねー」
「………」


 佐祐理さんにチョップ。
 忙しいな、舞。



 いつの間にか、俺はそんな舞を微笑ましく見つめる癖が出来た。
 きっと佐祐理さんは前からずっとこんな感じだったのだろう。
 彼女自身が時折漏らす言葉に見え隠れする悔悟を隠した、優しい眼差し。
 それでも、彼女はいつも笑顔で。
 俺はそんな佐祐理さんも大好きで、佐祐理さんもこんな俺を大好きだと言ってくれ
る。

 そして舞は飾らずに素直に自分を俺達に出してくれる。
 きっと元々の舞はこんな感じだったと思わせるような仕種も徐々に多く見せるよう
になっていた。
 十年前、当たり前のように見せていた顔を。
 あの頃と違って恥ずかしそうに、はにかみながら。




 そして、3人は………。



 時には今日みたいに馬鹿やりながら、
 時にはちょっと真面目になりながらも、


「………」
「あははーっ、痛いよー、舞ー」


 俺達の関係はいつだってこんな感じで、



 思い出の場所を卒業した春の日も、
 今日のような暑い夏の日も、
 本格的に三人で住むようになった秋の日も、
 出会って、別れて、再会した冬の日も、



 これからいくら季節が変わっても、



 ずっと、
 ずっと、



 一緒にいられること。



 俺と、舞と、佐祐理さんがいて、
 それだけで楽しめる、満足できる日々。


「ははは………」


 笑えばいい。
 ただ、俺は笑えばいい。


「………?」
「祐一、さん?」


 笑えるのなら。
 心から、笑えるのなら。


「ははは………はははは………」
「あは、あははーっ」
「………」


 三人で、笑うことが出来れば………それだけで、幸せじゃないか。



 楽しくて、平穏で、心地よい生活。



 これが幸せじゃないというなら、この世に幸せなんてものは無いに等しい。



 …約束、したからな………。



 いきなり笑う俺と、それにつられるように笑う佐祐理さんを見て、困ったような顔
をしながらも、満更でもなさそうな顔をしている舞を見て、そう思い出す。



「舞。たまには髪型でも変えてみたらどうだ?」
「あ、それなら佐祐理がやってあげますー」
「………いい」
「何でだよ?。いつもその髪型ばっかしってのも何だろ?」
「ほら、祐一さん。違う髪型も見てみたいって言ってるよ」
「……ら、………………………?」
「え?」
「何?」
「…なら、どういうのがいいの?」
「そうだな………」




「昔みたいに、ストレートってのもいいんじゃないか?」




 俺と佐祐理さんに、幸せを寄越してくれた麦畑の少女――まいの面影を胸に。




                            <完>




 初めてタクティクス&key系列に手を出し、書いたデビューSSです。
 舞と佐祐理を描きたいという気持ちだけが先走っただけという部分が多々。
 確か本来の予定ではギャグオチだった筈なのですが……そのせいか最後はイマイチ。

何かありましたら… 『Thoughtless web』