『だいすきなひと』


1998/11/06


 まだ、お兄ちゃんは帰ってこない。
 きっと、菜織ちゃんの所にいっているんだと思う。
 お店の方は最近は落ち着いてきて、デリバリーの注文さえ気を使っていればそれ程
忙しい訳じゃないけど……。


 ……寂しいな。


 最近、身近に感じてきた感情……。
 お兄ちゃんがいないと感じたとき、ふと思った。


 わたしは、お兄ちゃんを見つめるだけなんだ……。


 お兄ちゃんはわたしの理想だった。
 わたしが好きになる人も、お兄ちゃんみたいな人がいいって思ってた。
 どんなことがあっても、いつでもわたしを気遣ってくれた。


 大切なお兄ちゃん。
 大好きなお兄ちゃん。
 そんなお兄ちゃんだから、わたしは……今の私がいる。


 挫けそうになっても、
 壊れそうになっても、
 ここまでこれた自分は、お兄ちゃんのお陰だ。


 自分のことよりも、私のことを気遣っているお兄ちゃん。
 嬉しかった。


 そんなお兄ちゃんから、私は巣立てるのか心配な程……。


 本当はお兄ちゃんを離したくない。
 はなれたくない。
 いつまでも……いつまでも一緒にいたい。


 でも、それが出来ないことも知っている。


 お兄ちゃんが好きな人がいる。
 お兄ちゃんを好きになった人がいる。


 私はそれを見つめるだけ。
 見守るだけ。


 お兄ちゃん達のこと、祝福できると思う。
 きっと出来る。
 私はお兄ちゃんを好きな人も、その人を好きになったお兄ちゃんも好きだから。
 でも……


 やっぱりちょっと、寂しい。


 変わらないでいてくれる安心が嬉しいから。
 そんな毎日が楽しいから。


 お兄ちゃんをとられるとかじゃなくて、いなくなっちゃうとかじゃなくて、


 お兄ちゃんと過ごしてきた雰囲気。


 その空気が変わっていくのが、寂しい。
 悲しいとか、怖いとか、じゃなくて……寂しい。


 朝起きて、お兄ちゃんのお弁当を作ったり、
 お兄ちゃんを起こしたり、
 二人きりでお店の番をしたり、


 当たり前のように一緒にいられた時間が無くなるのが、寂しい……。


 私のお兄ちゃん。
 私の大好きなお兄ちゃん。
 私の大切なお兄ちゃん。


 手を繋いで歩いていく二人を、私はどんな気持ちで見つめるのだろう。


 大好きな人。
 好きな人。

 大切な人。
 大事な友達。

 私の一番のお兄ちゃん。
 そんなお兄ちゃんが選んだ人。


 私は、二人をどこまで歓迎できるのだろう。
 お兄ちゃんの幸せは、とても嬉しいけど、
 私だって、二人の関係は嬉しいけど、


 やっぱり……寂しい。


 だから、きっと私は泣いてしまうだろう。
 悲しいからじゃなくて、
 悔しいからじゃなくて、
 嬉しいからじゃなくて、


 寂しさを感じて。


 お兄ちゃんのぬくもり。
 私の大切な思い出。


 そのぬくもりを胸に抱いて、私はきっと……。


 でも、私は言おう。


 …菜織ちゃん、お幸せに……。


 笑顔で、言おうと思う。
 これも素直な気持ちだから。
 心から、思っているから。


 寂しさに、負けないで。


 お兄ちゃんが、大好きだから。
 幸せに、なって欲しいから。


 私は、お兄ちゃんの妹だから。
 寂しいけれど、頑張るから。


 だから、今だけは……。
 今だけはもう少し……。



 お兄ちゃんを、一番大好きでいさせてね……



                          <完>


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