「……調子に乗ったわね」
「乗りましたね」
数分後、その後手鞠の指示を無視して勢いづく会長が、ここからならわかるからついてきなさいと胸を張って進んだ最短コースと称する道を進んでいたら、待っていたのは会長の頭上を襲って落ちてきた防火壁だった。
「参ったわね……」
間一髪、迫りくる壁の向こう側へと会長を押しやって窮地を逃れたが、会長の背中を押した俺が取り残されてしまった。手を引っ込めるのが遅れたり、下手にタックルしていたら下敷きになっていたのは俺だったので戦慄を覚えるも、案外この手の安全設計は十分になされていた筈なので、大丈夫だったかも知れない。どっちにしろ咄嗟の事だから考える余裕などなかったが。背後を見ると少し離れた場所でも同様の扉が下りていて、完全に閉じ込められてしまった。
「全く、この階は大丈夫だと思ってたのに……」
壁の向こう側から会長の声がする。階が変わったからか、ムーバブルロックシステムと言うよりも単純な防犯システムが働いているだけのようだった。防火壁が閉じただけで他に異変は感じなかった。
「会長、怪我は無いですか?」
「大丈夫だけど……鷲塚くんが一人で閉じ込められちゃ駄目でしょ!」
コンコンと拳で扉を叩く会長。一度タッチリードを試してみたがロックを解除することができず、扉を開放する為にはトライオンしか方法はなさそうだった。
「二人で閉じ込められれば二人でトライオンで脱出できるし、逆に私一人が閉じ込められても鷲塚くんが誰かとトライオンすれば解除できるけど、鷲塚くんを誰が助けるのよ」
「あー、つい咄嗟に……」
「まあ、助けてくれたのは嬉しいし、うん、ありがとう」
言い争っても仕方が無い。
「でも……どうしましょう」
「壁越しで何とかならないですかね」
「そうね、試してみましょう」
当然のことながら、首輪のスイッチを何度押そうとも何も起きなかった。
「やっぱり駄目みたいね」
「最低、触れ合わないと駄目なんでしょうね」
「うーん」
かなりの厚みがあるだろう扉は、声は通れど温もりまでは伝わらない。以前の夏海の時よりは全然マシだが、にっちもさっちも行かない点では変わりは無かった。
「取り合えず会長は先に戻ってください。俺はここで助けを待ちます」
それしかなさそうだった。扉か脇の壁を物理的に破壊するか、窓からロープでも垂らして貰うとかしか手段が思いつかない。
「うーん、そうね。じゃあここで立ってても仕方が無いから先に行くわ。できるだけすぐ助けを呼んでくるから待っててね」
「はい。あ、間違ってももう仕掛けに引っ掛からないで下さいね」
「ええ、あと少しだから大丈夫よ」
そのあと少しでこう見事に引っ掛かったわけだから、苦笑するしかなかった。
「あ、そうそう。鷲塚くん」
「なんですか」
「さっき芹菜が鷲塚くんをの利用云々言ってたけど」
数歩歩いたからか、声が小さめだからか、聞き取りにくい。自然こちらの声が大きくなる。
「あ、すみません。言い方が悪くて……」
「そうよー、それにあの娘、好意を持たない相手に心を委ねるほど甘くないわよ」
「あ……は、はい!」
そう思われているのなら、とても嬉しい。
「じゃ、行って来るわね。大人しくお留守番、宜しく!」
靴音が遠ざかることで会長が駆けて行くのがわかる。そして今一人きりになったことを改めて感じると、自分の中の熱が醒めることで次第にさっきまでの自分の言動を思い出し、気恥ずかしさが沸いてきた。
「うわー、うっわーっ」
今日の自分は正直、どうかしていたと思うぐらいにムキになっていた。それはきっと本当のところは会長の為なんかじゃない。会長を思う人の気持ちを、勝手に代弁したつもりになっているだけだ。そして最後にはそれを見透かされていたのではなかろうか。大丈夫と励まされたのではなかろうか。
「客観視できてるとか、そんなんじゃないよな」
たかが自分はトライオン有資格者なだけだ。他に代わりがいないから会長以下他のメンバーのパートナーになっているだけで、特別に何かがあるわけではない。勘違い野郎にならないようにという自制はしてきたつもりだったが、今日の自分は少したがが外れていたように思う。
幸い、会長も不快感を示さずにいてくれたし、結局は良い方向の流れで落ち着いたからこそ万事目出度しとなったが、全くの後悔なしという気持ちにはなれなかった。
「これと言うのも……」
言うのも、なんだ。と自問する。
「やっぱり、あれか」
あれか、あれが原因なのか。一人そう勝手に納得すると、他にすることもないこともあって少し前のことを思い出していた。
「鷲塚くんは芹菜ちゃんとどこまで進んでるの?」
なずな先生に呼び出され、お茶を勧められ、最初がいきなりそれで思わず噴いていた。
「あらあらお約束の反応過ぎて先生つまんないわ」
気管に入って咳込む生徒を前にしてため息ですか。
「ゲホッ、ゲホホッ。す、進んでるって……俺たちは別に……」
「そんなの認めませーん」
認めないってそんな無茶苦茶な。
渡されたティッシュで噴き出したお茶を拭う。
「芹菜ちゃんのこと、嫌い?」
「そんな極論で聞かれても困ります!」
「うんうん、わかるわかる」
何かわかってなさそうな笑顔な気がする。
「シャイな鷲塚くんと奥手の芹菜ちゃんじゃまだ清い男女交際の枠を越えられないのね。青春よね、うんうん」
「いや、ですから」
重ねて否定しようとしたところで軽く手の平で顔を抑えられる。俺の唇だけが先生の手の平に軽く触れる。
「……っ」
思わず、顔を引く俺になずな先生がわざとらしいため息をついた。
「はぁ……やっぱり何もないのね」
「わかってたなら、からかわないでくださいよっ!」
照れ隠しも兼ねて大きな声を出したが、なずな先生には堪えていないようだった。
「ねえ、鷲塚くん」
「なんですか」
警戒しながら応じると、
「いつまでもハーレムって、良くないと思うの」
「してませんよっ!」
相変わらずトンデモないことを言ってくる。からかわれているとわかっていても反応せざるを得ない。
「そりゃあ、一乃ちゃんに織原さん、鈴姫ちゃんに手鞠ちゃんとあんなに可愛い子が一杯いるんだもの。誰か一人に決め難いって気持ちもわからないでもないわ。でもね、同時複数交際は後になればなるほど爆弾処理が大変よ」
「ですから、してませんっ」
「じゃあ獅子ヶ崎トライオンの中で誰が一番好き?」
「ぐっ……ひ、引っかかりませんよ。そんな誘導尋問には」
「あらあら誘導って、鷲塚くんの脳裏にはどの娘が浮かんだのかしら〜」
「あ、う……」
答えられなかった。
「ふふ、だったらここはおねえさんにお任せですよ」
ポンと自分の胸を叩く仕草をする先生。しかし人の母親という年齢でおねえさんはないような。
「あれからそのまま有耶無耶になったけど……大丈夫だよな」
からかいの冗談としてその場限りの話のつもりでいたけれど、先走って変なことされていないだろうか。
「た、確かに芹菜さんとの距離はずっと縮まっただろうけどそんなことは考えていないわけで……」
一人きりで考え込むと、どうしても前向きとはいかなくなる。なるようになれと大胆な気持ちになるには少し入り込み過ぎてしまった。
「でもまあ、トライオンでの関係でしかないわけだしな」
だから一人で慌ててみなくたって大丈夫なんだという、自分を安心させる筈の言葉が酷く物悲しいような寂しげに思える。
「……寂しいのか」
こうして一人きりになって呟いてみると、本当に寂しくなってきた。どんなに繋がっていたように思えても、トライオンを離れれば何も無い。だから寂しいと簡単に断ずるのは自分でも変だと思う。芹菜さん一人じゃない。会長だって夏海だって、他のメンバーとだってトライオンをしたし、それを通して差異はあれど互いの心を重ね、触れ合った。その一連の流れに寂しさなど存在しなかった。だとすれば、何故なのか。
「あ、そうか」
簡単にわかった。
「俺は芹菜さんに惹かれていたんだ」
ようやく気が付いた。
トライオンがあったからこそ深く知り合えたし、心にも触れ合えた。彼女と近づくきっかけ以上のものをトライオンという行為で得た。けれども、トライオンだからこそその結果生じた気持ちを鵜呑みに信じることができず、気が付かないようにしていたんだ。
「俺は……好きなんだ」
もう一度声に出してみる。きっかけが何にしろ、そういう事だったんだ。
単純だ。だからこそ認めたくなかったのか。違った形で気づきたかったのか。
トライオンはとても強力だ。簡単に互いが触れ合い過ぎてしまう。
そこで育まれた気持ちが、本当に純粋に生じた感情なのかどうか、もし違ったらと思うと怖かったのだ。だから、違うと思い続けることで気づけなくしていた。
「あ……」
馬鹿だ。何と言う遠回りだ。ただ、それと言うのも、
「芹菜さん、だからだろうなぁ……」
おいそれとは近づけない、何とも言えない雰囲気を漂わせていた彼女に対して急に近づけてしまった自分がズルをしているかのような気になってしまったのだ。そんな負い目が、これ以上図々しい感情を持たないようにとどこか自制していたに違いない。
「馬鹿だなぁ……好きだってわかっていれば……」
自覚すると無性に芹菜さんに会いたくなってきた。告白するとかしないとかより、まずは会いたい。
「……よね。ねえ、鷲塚くん! そこにいるのっ!?」
彼女の声を聞きたい。
「……えてる? 扉に手を当ててトライオンしてみてくれる? 一乃とやった時のように」
彼女の息遣いを感じたい。
「……じゃあ、いくわよ。トライ―――
彼女の心を―――
>PITA System... Boot OK□
>Link Pint... Clear□
>Condition... All Green□
>Access... Start□
>Try On!▽
「(芹菜さん、俺っ……)」
奔流のように感情が全て流れ出していく。
全てを伝えられるのなら、全てを伝えたい。
今、ここにある俺の全てを―――
「(はい、トライオン終了♪)」
「―――え?」
彼女の声と共に、トライオンが解除される。
プシュウと空気の噴出す音と共に、開かれる鋼鉄製の扉。
その向こうに覗いた芹菜さんのいつもの平然とした笑顔が傾いて、
「あうちっ」
流れるように倒れた。
「あらあら」
顔を上げると、笑顔のまま見下ろされていた。
咄嗟のことで事態が掴めず、無様なぐらいに動揺してしまった。扉に手を当てたままだったので、自分が開閉の動きに手を取られた格好になって転んだのだとようやく理解する。
「って、えっ!?」
倒れた理由がわかっても、どうしてそうなったのかがまだ理解できていない。
「え? え? トライオンをして、あれ? どうして出来たんだ? いや、それよりどうして芹菜さんが……」
「落ち着きなさいよ、鷲塚くん」
倒れたまま起き上がらないでいた俺を不憫に思ったのか、芹菜さんは手を差し出すだけでなく起き上がるのに力を貸してくれた。
「あ、すみません……」
素直に肩を借りて起き上がると、芹菜さんだけではなく他のメンバーの皆も揃っていた。どうやら少し距離を置いて見ていたらしい。
「ちょっとー、それで終わりなの!」
「随分と期待を外してくれますね。正直拍子抜けと言わざるを得ません」
「そうだよねー。もうちょっと甘酸っぱい展開とか欲しいよね」
口々に勝手なことを言いながらも、そこにいる会長に夏海、手鞠の三人は俺の無事を喜んでいてくれるみたいだったので皆にお礼を言う。
「ご迷惑をかけてすみませんでした」
「いいのよ、元はと言えば一乃が悪いんだから」
「いえでも、緊急時に連絡取れなくなるようなことした責任はあるわけですし……そう言えば竜巻はどうなりましたっ!?」
すっかり忘れていたが、緊急避難警報が発動されていた筈だった。
「竜巻ですが、幸いにして上陸する前に洋上で自然消滅しました」
「避難警報も解除されて、もう皆それぞれ戻っている頃じゃないかな」
「鈴姫ちゃん達、学警が誘導に当たっているわ。いつもの手順どおりだから任せておいて問題は無い筈よ」
「それは良かった……」
結果オーライではあるが、足を引っ張らなかったのはホッとする。
「全くよ。大騒ぎしておいて何も無かったなんて拍子抜けよね。これだったら……」
「これだったら、何です?」
「な、なんでもありません……」
芹菜さんの修羅面に、会長が全身で竦んで見せる。芹菜さんでなくても、当事者の俺たちが言う言葉ではない。
「いやでも、本当にすみませんでした」
だから何度でも謝るしかできない。
「あ、それでどうやって扉開けたんですか?」
「覚えていないの?」
「いえ、その……」
トライオンした記憶はあるが、どうしてできたのかが良く分からない。
「扉越しに互いに手を触れたままトライオンしたのよ」
「え、でもそれは一度試してみて……」
「それは会長だったからです。今のは芹菜さんだからできたのだと思います」
「え? え?」
手鞠の言葉に、何故か皆がニヤニヤとこっちを見ていた。
「で、勝手に動いた挙句……慎一郎君が閉じ込められたと」
「あはは、面目ない」
少し前、慎一郎が閉じ込められた後に生徒会室に一人戻った一乃は、その場に居た皆に事情説明を済ましたが、当然ながら糾弾されていた。
「うふふ、このクソ忙しい時に随分と愉快な報告をありがとうございます、生徒会長」
「せ、芹菜……怒ってる、よね」
「あら、怒られないとでも思っているんですか?」
「け、軽率だったのは認めるわ。で、でも第一校舎に流れている電源さえ断ち切れば!」
「だからってあなた、ねぇ!」
今更言えなかった目的の一部を告白するが、そんな状況ではなくなっていた。
「まあ言い争うのは後にして、今は現状について話を進めるべきではないですか」
「そ、そうよ手鞠ちゃん」
「……そうですね、叱責は二人そろってからにしましょう。会長は改めて商店街ブロックに避難している生徒達と、現場でそれを誘導している鈴姫ちゃん達への陣頭指揮をお願いします。手鞠ちゃんは引き続き台風の観測を、私は防災用具の確認と、各所への連絡を」
「ちょっと待って、慎一郎君は」
「悪いけど、現状第一校舎に構っている余裕は無いわ。怪我している訳でもないみたいだし、後で考えましょう」
「それって冷たいんじゃない。慎一郎君だってウチの大事な生徒よ。何か意識してて含むところでもあるんじゃないの」
「何言ってるのよ、この非常時に!」
「だって―――
「一つだけ、可能性があります」
「「手鞠ちゃん」」
言い争いかけた二人に、落ち着いた手鞠の声が割って入る。
「可能性って?」
「今現在、先日のトライオン以来、レベル4級に認識されている副会長の権限なら、第一校舎の封鎖を解いて慎一郎さんを救出することができるかも知れません」
「でも……芹菜は、慎一郎君みたいなID変動するようなことはできないんでしょう」
レベル4と言っても、慎一郎の首輪に該当するようなものは当然芹菜にはない。
「いえ、副会長が誰かとトライオンするということではなく、副会長なら現在閉じ込められている慎一郎さんとトライオンできるのではと考えています」
「いや、それは私達と変わらないじゃない。直接触れ合えない以上はどうしようも……」
「ああ、もしかして」
一乃の言葉の途中で、芹菜が先にわかったようで手鞠に頷いた。
「はい。以前から続いているお二人の症状が今回は役に立つのではないかと」
「どういうこと?」
一人事情が掴めずに居る一乃が、手鞠に尋ねる。
「本来手と手、もしくは体の一部を触れ合うことで可能としてきたトライオンですが、今のお二人なら実際に触れ合わずとも触れ合っているような錯覚を意図的に起こすことで、慎一郎さんの首輪を作動させることが可能ではないかと」
「ごめん、まだよくわかんないんだけど」
一乃は慎一郎達の事情を把握しているわけじゃないので、首を傾げたままだ。
「とにかく、鷲塚くんのことは私が試してみます。そういうことでいいでしょう、会長?」
「時間がありません。いえ、こうして無駄にする時間は勿体無いです」
「……」
事情が分からないままの一乃は、二人に対して一瞬だけ不満そうな顔を浮かべたが、すぐに顔を伏せて思考に耽る。そしてすぐに顔を上げると、
「ちぇっ、まさか芹菜を鷲塚くんに譲ることになるとは……」
「この場合、逆じゃないんですか?」
「合ってるのよ、ちくしょー!」
手鞠の突っ込みに地団太を踏む姿勢をしてから、羽織った白学ランを大きくはためかせた。
「獅子ヶ崎学園会長として命令するわ。一刻も早く学園生徒全員の安全を確保する為にも、副会長は第一校舎に急行して。私は現場で指揮を取るから、手鞠はここで連絡網の確保と情報伝達をお願い。後、他のメンバーには引き続き、現状の活動を継続するように伝えて」
「わかりました」
「了解です」
「獅子ヶ崎学園生徒会、ミッション開始!」
「「はい!」」
「そんな威勢のいい啖呵をきった直後に竜巻の消失が確認されたのよ」
「はあ」
それは見たかった。じゃなかった、格好悪かった。じゃなかった。
「良かったです」
「あら遠慮しなくても、みっともないですねぐらい言ってもいいのよ」
「芹菜っ!」
茶化した口調の芹菜に会長が突っかかる。その後ろでは
「ねえねえ、てまりんてまりん。でもさあ、芹菜さんも割と必死だったよね」
「あしらう余裕がなかったのは確かです。非常時でなければ助け舟を出さずにもう少し聞いてみたかったところでした」
「……」
聞こえていることを前提としているのかいないのかわからないが、夏海と手鞠のひそひそ話は少し声が大きかった。助け起こしたままの格好だったので、芹菜さんの身体がピクリと動くのがわかる。
会長と芹菜さん、そして手鞠や夏海、あと鷹子さんや鈴姫がいてわいわいと繰り広げられる日々。この空気は心地がいい。
けれども、俺の思いはそこから一つ踏み出したいと思っている。
だからこそその思いを、ずっと自分でも気づかないまま先送りし続けていたとさっき気づいたからこそ、言わないといけないものだった。
「あ、あのっ……」
振り絞るように発した声。だがそれをまるで待っていたかのように、それぞれ話していた会長と芹菜さん、手鞠と夏海が喋るのを止めて揃って俺を見る。皆の視線に一瞬怯むが、これ以上躊躇う気持ちがなかった俺は必死の勇気を出して口に出す。
「実は俺っ、芹菜さんが好きなんですっ!」
「知ってるわよ」
間髪入れず芹菜さんが、笑顔で答えた。
「え」
あまりにあっさり言い返されたので、固まってしまう。
「私も知ってるわよ」
「多分、そんなことだろうと思っていました」
「と言うか、慎一郎まだ自分で気づいてなかったの」
外野の面々からも、あっさりと言われてしまう。
「あ……ぐっ……」
機先を制されたというか、意表を突かれたというか、こういう流され方は想定の範囲外だったので、続いての言葉が出せない。固まってしまった。
「で、とうとう言われたわけだけど、芹菜の返事はどうなの?」
「あ」
それを見かねたのか会長がそう水を芹菜さんに向けてくれたお陰で、若干気を取り直して顔を上げる。側にいる夏海達も興味津々な顔を向ける。
「そうねえ」
もったいぶる様に笑顔でゆっくりと呟く。いや違う。その笑顔は……。
「急に冷たくされたり、いきなり手を握られたり振り回されたわよね」
「ぐふっ」
「その付き合いだって、断れない状況からの内心は渋々だったかもしれないし」
「ぐへっ」
「そもそもトライオンによる急接近による錯覚かも知れないものねー」
「ぐはっ」
一言一言が突き刺さるってレベルじゃない。肺腑を抉られる。それは全て俺の抱えていた葛藤だった。口に出して言った部分もあるが思っていただけの部分もある。
「せ、芹菜さん……もしかして……」
「あら。トライオンのたびにそんな類の感情を読まされ続けていたなんてことはないわよ」
満面の笑み。
「ぐぼぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ」
轟沈。
こっちが芹菜さんの過去の想いを覗いている間、彼女はずっと益のない葛藤を見せられ続けたのか。しかも彼女自身についての。
「ねえ、鷲塚くん。自分への言い訳はもう大丈夫なの?」
「あぅ、あぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ」
これ以上は耐え切れない。思わず跪きそうになるが、芹菜さんの指先が俺の制服の裾を摘んでいることに気づいた。確りと握られていたわけではないので、体を動かせば簡単に振りほどけるほどの小さな抵抗。それでも、俺には十分だった。
「俺、芹菜さんが好きです!」
もう逃げない。その思いがもう一度、今度は彼女の手を取らせ、その目を見つめて言い切ることができた。
「え? 鷲塚、くん……」
散々苛めたのは、俺を逃げさせるためだったのか、俺の切り返し方に面食らった様子を見せる。
「だから、返事をいただけませんか」
迷わない。
「そ、それは……コホン。そんな事言って、トライオンで誰に触られてもそうなっちゃったんじゃない?」
一瞬、顔が揺らぐが会長たちの視線に気づいてすぐに立て直す。しまった。この場合、ギャラリーは邪魔だった。
「そ、そうかも知れませんが、誰よりも嬉しいのは芹菜さんです!」
それでも最後まで一気に畳み掛けた。
「そ、そう……」
「今の俺は貴女しか、抱きしめたくないです」
「っ!!」
言い切った。
後悔は、もうなかった。
「……」
長い、本当に長い沈黙。
永遠とも思えるぐらいの時間をかけた後、小さな嘆息が漏れるのを聞いた。
失望でも諦めでもない。腹を括ったような、決意の籠った吐息だった。
「もう、仕方がないわねぇ……鷲塚くんは」
おおおっと沸く皆の声を背に、本当に心の底から困ったような声。
それでも、彼女の笑顔は恥ずかしがっているような、
そして贔屓目に見させてもらえば、少し嬉しがっているような、
そんなものが彼女の声色の中に滲んでいた。
「よろしく、お願いします」
そう言って頭を下げると、
「男の子が無闇に頭を下げるものじゃないわ。顔を上げないさい」
「あ、すみませんっ」
「もう、すぐに謝るのも一緒じゃない」
慌てて顔を上げるが、また怒られる。
「全く、もう……」
そんな呟きと共に、膨れっ面の彼女の顔が俺の顔に近づいたかと思うと―――
ここは冬を知らない南国の学園。
季節は夏から春へと、変わろうとしていた。
Fin
拙作をどんな気持ちであれ、最後まで読んでいただき本当に有難うございました。
完成まで超難産でした。夏海以下登場人物達がらしくないと思われましたら、大変申し訳ありません。
感想は やメールなどで下さると感激します。
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