My Junior
「よォ、くおん‥‥HRは終わったのか?」  放課後、くおんを見かける。  偶然とは言い難いかも知れない。  心の何処かで待ちかまえていたから。  会えて不思議のない場所に立っていたから。 「なァ、くおん‥‥」 「何です、真琴さん」 「何か、悩みでもあるんじゃないのか?」 「‥‥別に」 「そっか‥‥でも、何かあったら、何でも言ってくれよ」 「‥‥‥‥」  くおんはボクを軽く一瞥するだけ。  相変わらず、つれない。 「ははは‥‥まァ、いいや。それじゃあ、先に行ってるからサボらずに来いよ」  廊下を小走りに急いで、その場を離れる。  くおんはそんなボクを黙って見送るだけ。  悩みがあるとしても、決してボクに言ってくれることはないだろう。  かなり寂しいけど、それでも言わずにはいられない  お節介。 「‥‥くおん、すぐ来いよ。今日も頑張ろうぜ」  走りながら、口の中でだけ、そう言う。  聞こえない距離になってから。  独り言でさえ、それだけしか今のボクには言えない。  暫くしてくおんが部活に現れる。  一通りの女子部員達の洗礼を無視するように簡単にあしらって、柔軟体操。  今日は晶の稽古相手をしてくれるらしい。  晶の顔が嬉しそうだ。  あれだけの笑顔はボクにもなかなか見せたことはない。  女子部員を初めとして、ミーハーなファンも多いけど、   くおんは間違いなく、ルックス以外で人を惹き付けるものを持っている。  でも、くおんは‥‥いつも暗い顔をして、無表情を崩さない。  …なあ、くおん‥‥。  キミはどうしていつもそんな目をしているんだ。  ボク、キミのその目が怖い。  正反対の場所に立っているようで、  気になって仕方がない。  意識している。  決して、笑うことのないキミ。  うち解けてくれないキミ。  心を見せない‥‥キミ。  キミはボクの方へ来てくれないのかな。  ボクがキミの方へ行くしかないのかな。  でも、どうやって。  ボクが剣道部に誘った時、正直少し駄目かなとも思ってた。  駄目で元々の気分だった。  でも、榊原先生も強く推してくれたら、簡単に入ってくれた。  正直、男の剣道部員は今まで、ロクな連中がいなくって、先生が顧問になってから は私以外、男女共に誰もいなくなった。  だから、かなり嬉しかった。  ボクがキミをくおんって呼ぶのは、特別にしたかったからだよ。  親しくなりたかったからだよ。  きっと。  遠い存在のように感じるキミ。  どこか、ここにいないように時折感じられるキミを繋ぎ止めておきたかったんだ。  ボクのなかで。  ボクの側で。  キミは結構、いいヤツだと思ってる。  別に部活に入ってくれたからとかじゃない。  練習に付き合ってくれるからじゃない。  わかるんだ。  ボクには。  無愛想で、素っ気なくて、どこか怖さを感じるキミだけど、  どことなく、わかるんだ。  思い込みかも知れないけど。  でも、キミの中には間違いなくボクの知らないキミが潜んでいる。  ボクがキミを怖くなるのはその部分。  後輩達は「そこがいいんだ」と浮かれているけど、  正直、ボクはそこが怖い。  影があるキミを。  キミの中に潜んでいるその怖さ‥‥。  ボクは見ることになるんだろうか  そして、その時、ボクはどうなるんだろうか。  ボクはキミがいなくなることを恐れている。  何となく、恐れている。  キミが汚い、いやらしい人間だとは思ってないけれど、もし、それに近いモノを持 っていたとして、ボクはどうするのだろうか。  離れるのだろうか、離れられるのだろうか。 「はぁっ!!」  雑念が混じると、刀の動きが大きくぶれる。  振り方が悪いからだ。  部活の時間が終わって、並んで黙祷をする。  ボクは群がってくる後輩の女子部員達に囲まれているくおんを呼び止める。 「おィ、くおん」 「何です、真琴さん」 「もう少し、相手をしてくれないか」 「‥‥別に」 「よォ〜し、行くぞォ〜」  ボクはキミを知りたい。  けど、  同時に知ることも恐れている。  ボクは今のボクが本当の自分だと思っているけど、  キミは今のキミが本当のキミなのかな。  だと良いけれど、それはボクの都合の良い思い込みでしかないのかな。 「ははは‥‥くおんもまだまだだな‥‥」 「ハァ‥‥ハァ‥‥ハァ‥‥」  切れそうになる息を押し殺して、床の上に座り込むくおんに笑いかける。  息が荒い。  手加減しないで、打ち込んだからだ。  剣道だけはまだまだ、ボクの方に分がある。  でも、くおんんとこうしていると、練習とは言え真剣勝負であるのと同時にチャン バラごっこをしているような気分になる。  ‥‥楽しい。  そして、  ‥‥気持ちがいい。  この時だけは精一杯のキミが見られるから。 「そろそろ道場の時間があるから‥‥じゃあくおん、また明日も来いよ」  返事はない。  まだ息が整わないらしく、軽く目で頷くような仕草をする。  曖昧に。  キミは悪いヤツじゃない。  そう思うけど、やっぱりどこか踏み出せないでいる。  だから言えないんだ、きっと。  キミが好きだと。 ・ ・ ・  ここ最近、ボクはいつもくおんと一緒にいる。  くおんに抱かれている。  くおんに犯されている。  ほぼ、毎日。  その関係は恋人じゃない。  対等じゃない。  きっかけは些細なことだった。  今から考えれば。  ボクは、あの日、くおんに言われるがまま、晶を捜しに男子更衣室に行った。  そこで性器を露出させ、全てを晒け出すように机の上に座っている晶を見た。  驚いた。  唖然となった。  そして、くおんが来た。  くおんの仕業らしかった。  そしてそのくおんに晶は従っていた。  脅されたわけでなく、素直に。  晶は、くおんが好きだったから。  その全てを察した時、  ボクは、純粋な怒りを覚えた。  くおんに裏切られたと思った。  でも、気付いた。  悔しかったんだと。  晶に嫉妬していたのだと。  ボクは自分でもどうしていいかわからない腹立ちをくおんにぶつけるつもりで、勝 負を挑んだ。  負けるはずのない剣道で、くおんを叩きのめし、晶と別れさせるつもりだった。  そして全て、くおんのことを忘れるつもりだった。  今までの感情すべてと一緒に。  でも、負けた。  今まで一度も負けたことがなかったのに、負けた。  理由は判らない。  もしかしたら「ボクを好きにして」欲しかったのかも知れない。  今は、そう思うがでも、わからない。  ただ、負けたということは間違いなかった。 「面なんか入れたら、真琴さんの顔に傷が付くでしょ」  ボクの完敗だった。  ボクはくおんに負けた。  全て、負けた。  心の何処かで望んでいたとおりに。  ボクはくおんが好きだったから。  くおんによって胴着を脱がされ、あそこに竹刀を入れられた時、ボクは‥‥泣いた。  ボクのヴァージンを竹刀で失った事だけじゃなくて、ボクの初めてをくおんにあげ られなかったことに。  予測の付かない不安の隅っこにあった、もしかしたらくおんにシテ貰えるのでは、 と思っていたボクの浅はかな欲望はその時に消えていた。  くおんが軽く笑って、「冗談ですよ」とボクに言って、何もせずに解放してくれる のでは思うのと同じくらいの欲望が。  ボクと違う世界をそこに感じた。  くおんが見ていて、ボクが見ることのなかった世界がそこにあった。  そして興奮していた。  高まっていた。  こんなことをしているのが誰でもない、くおんだということに。  晶の青ざめた顔が目の隅に入った。  その時だけとても、憎らしかった。  いつの間にかボクの手からはなれていた弟に。  そして、イッてしまった。  恥ずかしい程に。 「はぁ‥‥あは‥‥はぁ‥‥」  ボクはくおんを睨み付けながら、そしてこれで全てが終わると思っていた。  ボクとくおんの永遠に別れることだと思った。  僅かに残る寂しさと同時に、当然だと、当たり前だと心の何処かが言っていた。  けど、くおんがボクを呼び止めた。 「《約束》でしょ?」  正直、この時はまだ、否定的な考えが主流にあった。  くおんを憎らしく感じた。  ボクの気持ちを踏みにじった「くおん」として。 「ボクは‥‥絶対に屈しないからな」  そう言った。  宣言のつもりだったが、自分に言い聞かせただけだったようだ。  溺れそうな頼りない自分に向かって。  あの行為に、感じ、イッてしまった自分に。  世界の住人としてのくおんに間違いなく惹かれている自分に。  ボクがムキになれば成る程、くおんは小馬鹿にするように切り返した。  きっと、この時既に見抜かれていたに違いない。  ボクがくおんの世界に入ろうとしているのを。  元々、そっちの人間だったことを。  だからいくら憎んで見せても駄目だと、すぐに気付かされた。  その事が、それに対するくおんの行為を求めていることに、既にくおんが気付いて いたから。  ボクも、それをどこかで気付いていたから。 「はぁっ‥‥はぁっ‥‥くおんっ!‥‥くおんっ!‥‥っ!!」  今、ボクはくおん無しではいられない。  ボクの身体はいつだってくおんを求めている。  くおんはボクに優しい言葉何か、かけてくれない。  甘い雰囲気になんか一度だってならない。  ボクは奴隷だから。  くおんの奴隷になっていたから。  狭くて、暗くて、じめじめした場所でしか抱いて貰えない。  でも、ボクはくおんの側にいたい。  くおんに抱いて貰いたい。  くおんにSEXして貰いたい。  この場所でしか、くおんにシて貰えないなら、ここだっていい。  ううん、どこだっていい。  くおんに抱いて貰えるなら。  くおんと一緒にいられるなら。  剣道も身に入らない。  身体がいつも疼く。  くおんの入っている感触がいつだって頭の中にある。  くおんはボクを雌豚と呼ぶ。  間違ってない。  くおんを最低だとかつてボクは言った。  違う。  ボクこそ、最低だった。  こんなボクこそ、最低だったんだ。  ボクがくおんに呼び出されて二日目、何もされなかったことがすごく‥‥  くおんが言うとおり、一番堪えた。  そう、ボクはマゾだったんだ。  くおんはそれに気付いていたんだ。  きっと。  反抗的にするのはより、自分への格好つけと、くおんにより苛めて貰う為。  内心から滲み出る歓びを押さえつける、理性の枷。  ボクはもう、くおんに全てを見透かされている。  くおんが好き。  くおんを愛している。  よりも、  くおんのが欲しい。  くおんとシたい。  その方が気持ちは上回っている。  そしてその気持ちにくおんは気付いてしまっている。  ボクは最低だ。  ボクこそ、最低だ。  そんな最低なボクに、くおんは構ってくれている。  それがボクはとても、嬉しい。  今まで、ずっとボクはくおんに構って貰いたくて色々してきた。  しきりに声をかけてみたし、なるべく会う機会を増やせるようにした。  部活に誘ったのも一緒にいる時間を増やすため。  稽古をするのも、二人きりでいられるから。  みんんあ子供染みた真似ばかりだったけど。  そのボクが今、くおんに構って貰っている。  だから、嬉しい。  罵りの言葉  侮蔑の言葉  蔑みの言葉  辱めの言葉  陵辱の言葉  嗜虐の言葉  優しい言葉なんて一度もない。  でも、幸せ。  凄く、嬉しい。  くおんといられること。  くおんにシて貰えること。  くおんになら、何をされても感じることが出来る。  どんな事をされても、歓びになる。  ボクは精一杯甘えた声を出してくおんを求める。  赤ん坊が母親のミルクを求めるよりも、ずっと。  少しでも、くおんと離れていたくない。  心も、身体も。  くおんと一つになりたい。  いつまでもひとつでいたい‥‥。                            <完>