My Sister
「アぁ〜ニキぃ〜ッ!!」 「‥‥‥‥」  妹の明日香が大きく手を振って、こっちにやってくる。  俯いて歩いていたわけではないが、歩き馴れた道の景色に目を凝らしていた訳では ないので、声を掛けられるまで気付かなかった。  明日香は小柄な身体を弾ませるようにして、駆け寄って来ると、僕の右腕を両腕で 抱え込むようにして掴んでくる。 「お‥‥‥っと」  その飛び込んできた勢いと片腕を掴まれたせいで、バランスをやや崩す。 「へへ〜〜、アニキも今、帰り?」 「ああ‥‥‥」  一回、右に引かれてよろけてからそのまま立て直すと、腕を組んだままニヤニヤ笑 う明日香の顔が目の前に飛び込んでくる。  ニコニコでもクスクスでもない。  捕まえたぞと言わんばかりに。  禽獣の眼。  精神的に圧倒的優位に立ち、相手を畏れることのない顔。 「それじゃあさ、一緒に帰ろうッ!」 「別に‥‥‥」  僕はいつも通り、無愛想に返事をする。  だが、明日香は気にした素振りも見せずに、 「あはは‥‥行こッ」  そう言って、組んだ腕をグイと引っ張る。  僕が返事を返す度に、明日香は笑う。  本当に楽しげに。  僕と明日香の関係はいつもこんな感じだ。  何事にも積極的な明日香と、受け身の僕。  あれこれと構ってくるのも彼女だし、肉体関係を求めてくるの彼女からだ。  そしていつも同じ様な笑みを浮かべる。  つり目がちな目元を細ませ、口元から八重歯を覗かせて。  こちらの心を見透かしているのか、単に滑稽に見えるのか。 「‥‥‥‥」 「ンッ? どうしたの?」 「あれ以来、真結美‥‥‥遊びに来ないな」  即座に、考えていた事と別の事を聞く。  ちょっと失敗したと思う。  真結美に未練があるように思われるのは癪な気がした。  だが‥‥‥  僕のことは兎も角、  真結美が明日香に会いに家に来ないのも不思議だ。  あれだけ来ていたのに。 「アニキ、乙女心をわかってないなァ‥‥」  明日香は憐れむようにではなく、からかうようにそう言う。  目が笑っている。  嘲っている訳ではないし、見下している訳でもないが、少し気に障る。  わかるわけがない。  わかろうともしていないが。 「別に‥‥‥」 「きゃははははははは」 「‥‥‥‥」  耳障りな笑い声。  お上品な学校に通って普段は猫を被っているくせに、僕の前ではいつもわざと下品 を演じる。  どっちも僕の記憶にある明日香ではない。  腕を組むというより自分の身体に腕を埋めるように抱え込んでいる。  決して豊かでない胸の感触が制服の袖越しに感じる。  明日香の胸なんて見たことどころか、  掴んで揉みほぐし、舐めたり吸ったり、と弄くり回して全て知っている筈なのに、  妙に意識をする。 「〜♪ 〜♪」  明日香は機嫌が良いのか鼻歌を歌いながら僕の横を歩く。  膨らみの乏しさはかなり自覚していて、自分ではスレンダーだと周囲にまで言い聞 かせている。  実際、運動神経もそう悪いほうじゃないのでその言い訳という名の取り繕いは漠然 とながら他人には通用しているらしい。  僕個人の趣向としては、胸は大きい方が好きだ。  大きい女性の胸に顔を埋めていると懐かしい匂いがするような気分になる。  遠い記憶の片隅に残された、欠けてしまった思い出の残り香がそこにある気がして 好きだった。  気分の悪い過去の記憶しか憶えていない自分にとって、その匂いはどこか満たされ るようで、安心する。  ただ、明日香にそれを求めたいとは一度も思ったことはない。  明日香に対してはそんな代わりのきくようなものはない。  ずっと、昔から‥‥‥「明日香」を認識していたから。  だから、明日香の胸の大きさは、他の女に対する程、気にならない。  無論、他だって胸の大きさで女を選んだことはなかったが。  明日香が僕にとって特別と言うよりも、根本的に彼女からは違うものを僕は感じる のだ。  それがどういうものなのかはわからない。  むしろ、明日香の方が何か感じているようでもある。  男と女、兄と妹、そういうものとは違う何かを。  明日香は本当のところ、僕をどう思っているのだろう。  いつも誰か自分の友達や知り合いを僕にあてがい、抱かせるようにし向ける。  自分はそれを見て、自慰を行う。  それがただの性癖だとしたら、時折でも僕に抱かれることを望むのも不思議な気が する。  明日香の言葉は突拍子もないくせに、目に見え無い強制力によって、僕を逆らえな い気分にさせる。  不愉快になることもなくはないが、僕自身もそれに殆ど気にも止めないできている ‥‥‥それがいいことなのか、悪いことなのか。  今までは、考えたことすらない。  だから、僕が明日香のことを考えないように、明日香も僕のことを考えていないと 結論づける。  だが、こうして考えている今としては、どうなのか気にならないではなかった。  昔は、こんなじゃなかった筈だ。  初めて僕と明日香がした時、明日香からしてきた訳だが、今のような気持ちだった 訳ではない‥‥‥と思う。  ただ、当時の僕は明日香の気持ちなど、考える余裕もゆとりもなかったし、第一、 未熟な子供だった。  いつの間に、こうなったんだろう‥‥‥。  僕が昔の記憶をとぎれとぎれ無くしたのと同時期に、僕の心も一部分欠け、明日香 も今の明日香のようになっていた。  「そう兄ちゃん」が、「アニキ」になった。  ただ、普通の兄妹でも、その辺の変換期など気付かないかも知れないから、断言は できない。 「ただいまァ〜って、やっぱりちょっと変だね」  家に帰り、鍵を開けて玄関に二人で入ると明日香はそう言って、僕を見る。  そう、いつも僕を見る。  僕に喋りかける。  僕に笑いかける。  いつだって、そうだ。  昔から、かわらない。  いや、昔より‥‥‥遙かに積極的に。 ・ ・ ・  二人きりの夕食を取り、いつものように自室のベッドの上で横になる。  結局、殆ど無言で過ごした。  別に今日に限ったことではない。  だから、明日香も恐らく特に気にもしていないだろう。  考えるのが億劫になった時が、考えるのを止める時だ。  元々何事にも興味が薄く、探究心などというものには縁が無い。  考えるのを止めると同時に、その考えたことを忘れる。  いつしか、微睡んでいたらしい。  ノックの音で目が覚める。 「‥‥‥‥」  特に返事を返す必要もない。  向こうもこの態度を知っているから、明日香はドアを開ける。  そして、用件も大体、決まっている。 「ねえねえ、アニキ寝てた?」  ドアノブを掴んだ手に体重を預けるようにして首を伸ばす仕草。  体重が軽いからこそできる芸当だ。 「少しな」  そう言いながら眠る前に考えていたことを思い出していた。  今日は割りきりができていない。  いや、今日に限ったことではない。  どこか、いつも通りの自分がいない気がした。 「そっかそれじゃさ‥‥‥」  明日香はそう言って舌を少し出して唇を舐める。  舌なめずり。  赤い舌を通った唇は、唾液で微かに光っていた。 「ん?」 「Hしよッ!」 「‥‥‥別に」 「きゃはは、じゃあ、シよ」  そう言って、明日香は部屋に入ってきてドアを閉めた。  彼女の目は少し潤んでいるが、それでも気さくな妹を演じる延長線上の姿。  ざっくばらん、あっけらかん‥‥‥。  無邪気な所は変わらない‥‥‥いや、  ‥‥本当のところ、何処が変わったんだ? 明日香は。 「くあああああァァッ!!」  舌を伸ばし、襞を抉じ開け、中に押し込む。 「‥‥んッ! んぁッ!! やあァ、ああァァァ!!」  明日香から滴る液を啜りながら、舌先を壁に擦り付ける様に動かす。  舌が攣りそうになりながらも、愛撫を続ける。 「ふはァァァ! イ、イッちゃ‥‥‥ふあァァッ!!」  一気に零れだすものを口に含む。  そして舌を抜くと、荒い息で酸素を求めている明日香の頭の脇に手を突いて身体を 起こす。 「ア、アニキぃ‥‥‥」  焦点の合わない目で呟く明日香に答えず、求められるままに唇を押し付けて、舌を 今度は彼女の口の中に押し込んだ。 「んンッ‥‥‥んはぁァ、ン、ンン‥‥‥ぅン‥‥‥ぁンッ!!」  自分の唾液に混ざった彼女自身の液体を流し込むと、今度は明日香の方から僕の口 の中に舌先を這わせてくる。  柔らかく、唾液を滴らせた彼女の舌が僕の口の中を蹂躙する。 「あ、アひぃ‥‥‥キぃ‥‥‥きィッ!!」  明日香の左腕が僕の背中にまわされる。  右手は下に滑るように動いて僕のモノを探り当てる。  そして根元を掴むと、先端を自分のとろとろになってるとこにあてがう。 「ンンッ‥‥‥ゥゥッ!」  反りかえったそれは腰を落すだけで、簡単に明日香の膣の中に沈む。  明日香の呻きが僕の口の中で漏れる。 「ンんん‥‥‥ひあァァッ!!」  暫く舌同士を絡め続けていたが、腰を動かすと明日香の方がら離れた。 「あ、あアァッ! イイ! スゴ、スゴい‥‥‥あン! あぁ、あン!」  脇で抱えられるぐらいに華奢な明日香の身体が、僕の体の下で揺れる。  小さな背中に両手を差し込むと、彼女の身体を起こす。 「ンんん‥‥‥ひあァァッ!!」  両手を回したまま、肌同士を押し付けあうように密着させ突き上げる。 「くあああァァァァァァァァんッ!!」  思うように動けず、彼女の膝の裏に腕を回して大きく肢を開かせる。 「はぁッ、く‥‥‥はぁ、ああァァ‥‥‥」  再び倒れこみそうになる明日香の身体を何とか支えると、一度持ち上げてから落 とす。  無理な姿勢を続けているので、明日香の太腿が震えてる。 「イイ、イイよ‥‥‥、アニキ、アニキぃ〜!!」  それでも背後からから貫き、持ち上げることを続ける。  最後が近づくと、膝の裏を持っていた手を離し、明日香の身体を前に突き倒す。  腕で支えられないのか、明日香の顔がシーツに埋もれる。 「ぅあッ、ぅあッ‥‥‥ぅあァァァァァァァッ!!」  明日香の声よりも、下腹同士がぶつかる音が遠く耳に響く。 「くはッ、くはああアァァッ!! うあぁぁぁぁァァァッ!!」  もう何も考えずにめちゃめちゃに突き続ける。  垂れているというには心細い乳房の上を掴み、指で乳首を押し潰すように弄る。 「イ‥‥‥ッちャ‥‥‥」  身体のあちこちが自分の意識とは別のところで動いている。  こうすることを義務付けられているからこそしている、そんな感覚。  忘れようとして、捨て去ろうとして、拭いきれない気持ちが心の奥底にこびりつい ている。  それを忘れようと、行為に没頭しようとする。  白い背中。  明日香の、顔が見えない。  ――視点が、違う。  嫌な感覚を押し込める。  気がつくと、明日香を仰向けにしていた。 「ア、アニキ。い、一緒に‥‥‥イ、イこ‥‥‥ィああああァァァァァッ!!」  下から肩をがっちり押さえられ、恍惚の表情を浮かべた明日香の顔を見ながら全て を放った。  歓び合って、睦み合って、愛し合って、感じ合って、咽び合って‥‥  いつもの性行為。  兄と妹の性行為。 「ン‥‥‥あァ、アニキ‥‥‥んはァ、アニキぃ‥‥‥」  明日香の中に精を放ち終え身体を解放すると、彼女は僕の横でしばらく荒い息をし て僕を見つめていた。  余韻を感じるはずの時間なのに、いつも僕はここで醒める。  いつだって、誰に対しても。  明日香に対しても変わらない。 「アニキぃ‥‥‥」 「ん‥‥‥?」  いつもなら、気にならないはずだが、今日は少し、気になった。  濡れた瞳をこちらに向けて、挑発するようで、そうでない雰囲気の目をしていた。  何か溜め込んでいたものを吐き出そうとしている。  それがわかった。 「‥‥‥アニキ、あのね‥‥‥」 「‥‥‥‥」  黙っているのは特に口を挟むつもりがなかったからだ。  明日香はそれを知っているので、続ける。 「全部、言っちゃったんだ」 「‥‥‥‥」 「真結美にね、アニキに抱かせているのはアタシがオナニーする為だって」 「‥‥‥‥怒っただろ」 「殴られた」  そう溜めて言うと、きゃははと腹を抱えるようにして笑う。  まぁ、納得できる。  僕も何かする度に叩かれた。  手が早いのだ、意外に。 「ははは‥‥‥変な顔」 「‥‥‥別に」  いつも通り、関心はない。  だから、僕は変わりない筈だが、明日香はそう見なかったらしい。  それとも明日香がいつになく高ぶっているからかも知れない。 「でねでね、「嘘っ!!」って言うんだよ。泣きながら」 「‥‥‥‥」  何でこんな話をするのだろう  どうして、明日香はこんな話をしなくちゃいけないのだろう。 「アニキ‥‥‥?」 「‥‥‥ん?」  思考が途切れ、消える。  いつも、僕の考えは途中で消える。  長く考えるのが苦痛というより、考えることができない。  集中力がないわけではないのだろうが、特に理由がわからない。  そのことについて悩むほど考えたこともないから。 「残念?」 「‥‥‥別に」  だから、いつだってこう答える。 「だったら、言ってこようか。アニキが会いたいって」 「‥‥‥‥」  明日香が何を求めているのかはおぼろげながらわかった。  勘はあまり良くない方だが、まあ間違いないだろう。  そして今は多分、それだけで充分だろう。 「あたしは兎も角、アニキは‥‥‥あっ」  僕は無言で明日香を引き寄せる。  明日香は次々と僕に女を抱かせるようにし向けるくせに、関係が上手く行かなくな ることを喜んでいた。  初めは、嗤っているように感じないこともなかったが、今は素直に喜んでいるのだ と思うぐらいの観察眼は持てている。  明日香は、僕以外の男に抱かれたことがあるのだろうか。  他の誰かと寝たことがあるのだろうか。  束縛するしない以前に、気にかけたこともそれほどなかったので、はっきりとは言 えないが、明日香の生活は常に自分と共にあったような気がする。  子供の頃の明日香の夢を時たま見ることがある。  覚えていない悪夢の狭間ながら時折。  それ以外にも覚えている限りの明日香は‥‥‥  ――本当に、明日香は変わったのか。  昔、僕が変わったみたいに。 「もう一回、ヤる?」  その後、やはり「きゃははは‥‥‥」と笑うが、 「いや‥‥‥いい」  そう言うと、大人しくなる。 「そう」 「‥‥‥ああ」  明日香は僕に何か言いたげな表情を一瞬だけ見せると、 「じゃあ、シャワー浴びてくるね」  そう言って、ベッドを這い出る。  僕はその小さく華奢な背中をぼんやりと見ながら、ため息をついた。  それは安堵のものなのか、不安を感じてのものなのかはわからなかった。                            <完>