『河原末莉と高屋敷家の人々』


2002/02/24



○高屋敷青葉編「踏み込んでくるモノ」


「……末莉は、踏み込んでくるのよ」
「は?」
「私の心にまで、踏み込んで来ようとしているの」
 言葉に出して意を強くしたようにこちらを睨む。
「それも嫌なの」
「……そっちが気を払っていればいい」
 そう言ってタバコをふかす。
「隙を見せないでいれば、いつか諦めるさ」
「本当に?」
「ああ」

 人間の結束なんて、血縁であっても脆いものだ。
 末莉だって例外じゃない。
 そして学ぶ。
 適度な距離。
 相手を尊重するということ。
 すなわち、距離を取るということだ。
 自分の人生に責任取れるのは、自分だけなんだから。

「……私には、そうは思えない」
「ん?」
「恐いのよ、末莉が」
「青葉……」
 恐いだって?
 青葉が?


 驚く俺の前に青葉は数冊の本を取り出して見せた。
 いつの間に持っていたのだろうか。

「……」
 その中の1冊を手にとって見る。
 見覚えのある本。
 男と男が濃厚に絡み合っているイラスト。
「……」
 冷や汗が出てきた。
 見るまでもなく、他の本も似たような本だろう。
「こ、これは……」
「何故か私の部屋に毎晩積んであるのよ」
「……」
「毎晩毎晩。1冊づつ増えていくの」
「……」


 寒気がした。


「はねのけないと、どこまでも踏み込んできそうで」
 演技掛った素振りで首を振る青葉に、俺はやっとの思いで言葉を返す。
「そ、そしたら……拒絶するしかない」
「もちろんそう……でも、こんな生活を続けていたら……」
「ば、馬鹿な、あんたに限って……」
「そうね、自分でもそう思うわ」
 俺の震える声に、青葉は大きく頷いて見せた。
「でも末莉は恐い子よ」


 確かに恐いかもしれない。
 いや、恐いって。かなり。


「……私は隙を見せるつもりはない」
 青葉はそうきっぱりと言いきって部屋を出ていこうとする。
 そんな彼女に頼もしさを感じつつも、聞き忘れていたことを思い出して訊ねる。
「謝ってきたら、どうするんだ」
 そう声をかけると、そこで青葉は立ち止まった。
「取り敢えず………」


 そこでゆっくりと間を空けてから答えた。



「この本の続きを要求するわ」



 青葉、既に取りこまれたっぽい。




○高屋敷真純編「伝わるモノ」


「みんな司くんのこと、気にしてるのね」
「え”、なんだそれ」
「気づいてないの?」
「さっぱりわからん」
「わたしも最近気づいたんだけどね……」
 髪をかきあげながら真純さんが喋りかける。
「わたしたちって、司くんで連結されてるグループなのよ」
「……」
 俺で……連結?
「はあ?」
 思わず目が点になる。
「あ、やだ、かわいい顔……」
 俺は顔を猛烈に振って、シリアス顔に戻した。
「萌え……」
「やめんかっ!」
「あ〜ん」
「どこで覚えたんだそんな○Xな言葉」
「末莉ちゃんの同人誌読んでいればいくらでも」
「……あんたもか!」
 どいつもこいつも末莉の趣味に当てられやがって。
「細分化された価値観における突出した単語が現代社会にフィードバックしている現
象って言ってたけど……」
「やめよう……その話は……」
「そおね」
 真純は頷き、
「じゃあ話を戻して」
 改めて俺を見て言った。



「みんな司くんが受けなのよね」



「そんな話だったかおい!?」
「あら……違ったかしら?」
「違うわっ!!」
「問題は攻を寛さんにするか劉さんにするかで……」
「だからやめろって!!」
「司くんはまだ自覚していないかも知れないけど、あなたの心はちゃんと伝わりかけ
てる……そんな気がするのね、わたし」
「勝手に人の心を捏造するなっ!! というか、誰の心だ、それはっ!!」
「えーと、末莉ちゃん」
「おい待てや、あんたっ!!」


『自然に気持ちが伝わる。
 そんなことが、あるんだろうか?
 これは小説でもドラマでもマンガでもない。
 物語のようなことが、本当にあるのだろうか?
 とても信じられない。
 世界は、偽りと裏切りで満ちているじゃないか。
 けど。
 真純は、伝わりかけていると言った。
 過程にあることを示唆するその言葉は、ひどく現実味を持っているように思えた―
――』


「……『俺は、寛と劉さんのどちらを心から愛しているのだろうか、と』」
「末莉、何をしている?」
「あ……あははは、あはっ、げ、原稿を――って、ああっ!?」
「人の心、改竄して伝えてるんじゃねぇっ!!」




○高屋敷末莉編「大切なモノ」


家族会議8/4(土) 午前8:30

「では、各自の対策案を聞きたい」
「はい」
「うむ、真純くん」
「みんなで手分けして捜してみるというのは?」
「ううーむ、手がかりもないのでは難しいのではないかね?」
「……しゅん……」
「他には?」
「……あの」
「うむ、準くん」
「……末莉がお世話になっていた親戚の家は……」
「うーむ、電話番号がわからん。他は?」
「はい」
「春花くん」
「屋根から呼ぶ」
「はい消えたあ! さあ、お次はジャンピング・チャンス! 司くんどうぞ!」


「……あの本、焼いちまえば―――」




「駄目――――――――――っ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」




8月4日(土)


 末莉が家出をしなかった。





○高屋敷春花編「とんでもないモノ」


 家に帰ると、とんでもないものがあった。
 隠した筈のカバンが畳の上に寛の手によって無造作に置かれていた。
 キ印らしい理由の無い理由によって。

「隠していたはずだ……」
「隠してあったので、興味を引かれたのだな、うん」
「……この……馬鹿野郎」
 カバンをひろった。
「春花、つきあえ」
「いいよ」
 春花と二人で、カバンを庭に埋めることにした。
「……」
 無言で穴を掘る二人。
「……」
 普段はあれだけおしゃべりな春花も、静かだった。

 ザクザク

 二人で小さなシャベルを使い、土をかけていく。
 人の常識さえも溶かしてしまう代物。
 だが、これの素性なんかどうでもいい。
 お茶の間に、家族の空間に、こんなものがあったらいけない。
 埋めていく。
 三十分ほどもかけて、なんとか最後の土をかける。
 足で踏み固める。
「ふう」
「ふい〜」
 同時に息をついた。
「これで、もう二度と間違いが起こることもないだろう」
「まちがい?」
 春花が俺の言葉を聞きとがめて、淋しそうな顔をする。
「まちがい、かな」
「え……」
 春花が感情のない瞳を向けてくる。
「いや」
 返答に窮する。
 だって、あれは間違いだ。


「ああ――――っ!? カバンに入れておいたわたしの本がない――――っ!!」



 遠くで末莉の声がした。




○高屋敷準編「うらぎりモノ」


「出ていくのか?」
「……すごいね、司は」
「どうして」
「もう行かないと……それに」
 準は一瞬口篭もり、そしてやっと口を開いた。
「わたし、ここにいる資格ない」
「それを言ったら俺だってないよ」
「そういうのじゃ、なくて」
 背中越しに仄かな暖かみを感じる。
 準の体温。
「……わたし、うらぎりものだ……」
「は?」
 穏当ならざる言葉が出た。
「誰が、誰を裏切ったて?」
「…………わたしが、末莉を」
 末莉を?
「意味わかんねって」
「……でも、話して謝れる状況じゃなくて……」
 嘆く口調で準は言葉を続ける。
「だから、わたし、まだ裏切り続けるんだ……」
 準が末莉とどういう接点があるのだろう。
「いられないよ、ここに」
「おい……」
「どうしてもお金が必要になって」
 お金?
 末莉とお金がどう結びつくのだろう。
 一番結びつきが薄そうな組み合わせなのに。
「急いで集めたけど、そんな急には……」
 立ち上がっていた準を座ったまま見上げる。
 哀しい顔をしている。
「わたし、せこい転売屋だし……大金なんて」

 そう準は転ばい……え? 転売屋?

「でも、大金が必要になって……」
 俺の疑問を無視して準は語り続ける。
「末莉の同人誌を」
「そ、そうだったのか」
 どっと汗が沸いてくる。
「……末莉の宝物だったやつ、プレミアなんだろうな」
「……」
 いたたまれない顔で、準が灰色の吐息をついた。
「それとね」
「ん?」
 まだあるのか。
「それと―――」
 語尾が震える。
「いいよ」
「え?」
「言わなくていい」
「もうこの話しは聞きたくな――もとい、おまえが何したって、いいんだ」
「でもっ」
「俺だって末莉の本捨てようとした」
 バレちまったがな。
「気付かれないように、ヤバそうな本を」
 春花のせいにしたがな。
「……お互い様だ。な?」
「司……」
「金が必要って……」
「後ろ……」
「へ?」

 指差す先には涙目で末莉が立っていたりして。
 華奢な肩が痙攣するように震えていた。
 それだけで、わかってしまった。
 準は、ここを去る。


 多分、俺も。



「おにいさん達のぶわぁかぁ――――――――――――っ!!!!!!!!!」



 末莉の渾身のキックで二人揃って。



                        <おしまい>



 D.O.のショートストーリーBBsに投稿した作品です。  SS投稿掲示板に投稿したというのは久々でちょっと新鮮でした。  殆どゲーム本文の引用で、尚且つSS以前の即興小ネタ集です。
BACK