俺の死と世界の生と情報爆発
 出展:2008,04,24 長門有希「…ここで殺されるか、お前が涼宮ハルヒを殺すと約束するか」スレ


「…ここで殺されるか、あなたが涼宮ハルヒを殺すと約束するか」

 いきなりのことで皆様には驚きのことと思うが、今目の前では長門が右手を俺に向けたまま立ちはだかっていた。その手に刃物などは無いが、そんなものはいつでも出せるし、コイツには必要ですらない。
 なんでとか、どうしてとかは無論あるのだが、何よりも驚かされるのがその口から紡ぎだされた内容だ。

「それは出来ない。喩えどんなにハルヒにウザかったって殺す理由にはならんだろうが」
 喉の奥が急速に乾いていくのを自覚しながら、辛うじて答えを返す。
「"朝比奈みくる"のこの世界からの消失を確認した」
「なにっ、本当か」
「勿論、未来に帰ったからではない。帰る未来そのものがなくなったから」
「なくなったって……」
 姿を消していた未来人の消息を伝えられる。それも最悪な形で。
「今、閉鎖空間では古泉一樹ら機関の超能力集団が必死に神人の破壊活動を食い止めようとしている。けれど、それも時間の問題」
「……」
「凡そ二時間後、確実にこの世界は終焉を迎える」

 ここは笑うところか。
 そうだと言ってくれ長門。

「ハ、ハルヒが不満を抱えているのはいつものことだろ。それを俺やお前らが何とかしてきたじゃないか」
「もうそんな段階ではない。涼宮ハルヒを観察対象から排除対象へと移行することが決定した。パーソナルネーム長門有希の情報を凍結、支配。涼宮ハルヒを直接的殺害、若しくは間接的崩壊へと導く為に今の私はいる」
「い、意味がわからない。わかりたくもないが」
 今目の前にいる長門は俺たちの仲間である長門ではなく、俺に決断を迫る為の長門有希という存在だと言いたいのか。
「涼宮ハルヒが最も思考外のあなたの手による殺害で世界を守ることが一番望ましい。私や他の者では、目的を果たせない可能性が少なくない」
「一瞬で殺せば誰がやろうと関係ないだろ。勿論、そうしろって言ってるわけじゃねえぞ」
「人間の死そのものが未解明。不要なリスクは避けるべき」
「……」
「最善の策がその選択。そして次善の策としては涼宮ハルヒにあなたの死を見せる」
 乾いた喉に無理矢理唾を送り込む。
 独特の濁った音は目の前の長門の耳に届いただろうか。

 世界の崩壊を告げられている現在に至るまでに、ハルヒ率いるSOS団にどのような事態が訪れていたかといえば、思い返せば返すほどに実に何もなかった。いや、俺はないと思っていた。いつも以上にハルヒが不機嫌だなとは思ったが、古泉と違ってそれほどあいつの顔色を窺うような生活はしていなかったし、したくもなかった。
 だが突然として、朝比奈さんは消えたようにいなくなり、古泉は顔色を変えて閉鎖空間に向っていき、ハルヒは不機嫌のまま部室を去って、俺は残された長門に殺されかかっていた。

「そういや俺を殺せば、情報爆発とやらが起こるって朝倉は言ってたな」
 以前、朝倉涼子というこの長門のお仲間に殺されかかったことがある。俺を殺すことでハルヒの劇的な心情変化を起こす為だけにとかで。あの時も随分と悪い冗談を聞いた気がしたが、その時に助けてくれた長門から同じような状況で殺されかかっている。長門が言うように本当に朝比奈さんと古泉がそれぞれ出払っているのなら、他に助けてくれそうな存在はいない。
「あれから情報統合思念体で解析した結果、涼宮ハルヒはあなたの死を拒絶、世界の再構成を図ると予測した」
「つまり、今起きていることを全てをなかったことにするってことか」
 崩壊まっしぐらに至る以前に巻戻すようにする。以前、夏休みを延々と繰り返したようにハルヒは時をも操れるから可能な話だ。無論、無自覚の行為だが。
「そう。だから、選んで。涼宮ハルヒのいない世界を選ぶか、自分の死によるリセットを選ぶか」
 そしてストレートにハルヒという原因を殺せば、世界を崩壊させようとする現象そのものがなくなり世界は救われる。失われた未来も取り戻せ、朝比奈さんも無事となる。無論、そうなったら多分この世界に彼女は現れなくなるだろうが。
「何か割に合うような合わないような選択だな。俺が殺された方がいい気がするぞ」
「そちらは賭け。涼宮ハルヒは貴方の存在そのものをなかったことにするかも知れない。その場合、再構成された世界に貴方はいないことになる」
「殺され損になるってことだな。あと、世界の再構成そのものも賭けだろうし」
 確実性のある話ではない。
「そう。だから貴方と貴方のいる世界を保障するには、涼宮ハルヒの排除が適切」
「死にたくは無い。けど、俺は人殺しなんて……」
「無論、全てが終わったらその記憶は抹消する。迷惑はかけない」
 覚えている、覚えてないの問題ではないのだが、言っても意味は無いだろう。それに俺が記憶は残して欲しいと望んでも、この長門は記憶を消す気がする。何故、そう思ったかは……ああ、わかった。
「時間が無い。選んで」
「……なあ、長門。聞いていいか?」
 残り時間の割には妙に急かす長門を前にして、俺は逆に落ち着いてきた。
「涼宮ハルヒの殺害については彼女が苦しまない方法も保障する」
「いや、そんなことじゃなくてだな……ああ、気を悪くさせるかもしんねーが、お前、長門だろ」
 わかったことを口にする。する必要こそないのかも知れないが、黙っていられないのが俺の性というものだった。
「言葉の意味が理解できない。私は長門有希であることに間違いは無い」
「さっきまるで別人格がどーとか言ってたけど、いつもの長門だろ」
「私は変わってはいない。変わっているのはこの状況」
「誤魔化さなくていい。誤魔化せてもないし。買い被りかもしんないが、普段どおりの接し方をしないのは俺を凹ませない為じゃないのか」
 普段、長門は俺の指示に基本的に従う。だからこそ俺が辛い選択をしたら、それは俺が決めたこととして強く残る。けれども、長門ではない強い意志で俺が迫られただけならば、俺は選んだだけで責は迫った側に残る。
「私はあなたに決断を迫る為にここに存在している」
「纏ってる空気、途中から素に戻ってるの気付いてるか? 時々無理に変えてるが」
「この方があなたが理解しやすいと判断したまで。他意は無い」
 それなんてツンデレとか戯言が浮かんだが、流石にそれを言うのは憚られた。何より目の前の長門が必死に思えたから。そしてその理由も原因もわかっている。そして俺は間違いなく、今から長門を悲しませる。
「……ま、それならそれでいい。で、長門ならわかるだろ。俺の選択なんて」
「言語手段に頼らない意思疎通を私は――
「喩え、ハルヒの奴が俺を忘れても……お前は忘れないんだろ」
 彼女の言葉を遮る。
 元々、選択など必要としていない。二つの道が提示された時点で、俺の採るべき方向は決まっていた。
「その可能性は――所詮可能性でしかない。希望的観測に縋るのは危険。推奨できない」
「やっぱりさ、俺は思うんだ。ハルヒに、朝比奈さんに、古泉。そしてお前に、俺。五人揃ってこそのSOS団だ。大丈夫、ちょっと寝て起きればきっと元に戻るだろうよ」
 痛くはしないだろ、お前は。朝倉の奴は痛くさせようとしたり、怖がらせようとしたりしやがったが。
「涼宮ハルヒがSOS団の活動に疑念を抱いている確率――
「あいつは楽しかったって言ってたじゃないか。思惑や事情はあれど、皆一緒で楽しんだ。俺もそうだ。お前もそうだろ?」
 結果、こんなことが起きてしまったが、起きる直前までは上手く行っていたはずだ。一つ前のセーブポイントに戻るだけのこと。多分ルートはそう間違っていない。
「答え、られない」
「そうか? ああ、すまん。確かに言い辛いかもしれないな。けど俺が楽しかったんだから、これでいいだろ」
「……」
 大丈夫。だからそんな顔をするな。


「ああ。長門、悪いが俺を殺してくれ」


「また、貴方はそちらを選んだ」
 長門から憑いていたものが落ちたような、そんな空気が部室に流れた。既に気配が変わっている。
「ああ、悪いな……これで、何度目だ」
「知らない方がいい。貴方の記憶の隅に残る可能性がある」
 また、か。これも繰り返されたBADENDか。
「そうか。まあ、そうだな」
「貴方は、また涼宮ハルヒを選んだ」
 そして再びの、また。しかし選ばざるを得ん。俺はハルヒをウザく思っても排除してまで自分が幸せになりたいとは思えんしな。
「そう言うなよ。ハルヒでなくたって、俺は人を殺せない」
「私は、ころs
「やめろ長門!」
 それを言っては駄目だ。俺も決して聞きたくない。
「わかっている。私も人は殺せない。貴方以外の全ての人間を殺すことが出来ない。貴方が厭うから」
 寂しげに笑う。きっと彼女の中身はそんな感じだろう。彼女の喜怒哀楽を読み取れるのは今のところ、俺だけだろうと思うから。
「うっ……いつも我侭ばかりすまんな」
「問題ない。あなたの言葉を聞くかどうかは私の判断。あなたの責ではない」
 いつも長門は俺を尊重してくれている。悪いな、こんな俺の為に。
「いや、だったらその前の言い方はないだ……うん。ごめんなさい」
 素直になれない俺はそう軽口を叩こうとするが、それは失敗したみたいだ。怒らせてしまう。無論、本気では無いだろうが。
「そろそろ涼宮ハルヒと接触する時間が迫っている。一つ、私からの我侭も聞いて欲しい」
「一つでいいのか? 一体なんだ」
 何でも聞いてやろう。
 そう思って彼女の口が開くのを待つ。


「また、私を選んで欲しい」


「また、か。いや俺がお前を選んだから、この事態は起こったんじゃいのか」
 三度目のまた。そしてそれがこのルートに突入した恐らくは主原因。
「一つぐらい、我侭をあなたは聞くべき」
「目覚めたとしても覚えて無いぞ、きっと」
 今度は回避するかもしれない。
「これまでも変わらなかった。だからあなたの返事は変わらない」
「で、それを繰り返しているからこそ、またこうして世界崩壊の危機を繰り返して……」
「あなたが今度こそ、二度私を選べば問題はない」
 それはきっとこのルートからの一度目の、また。これがまたでなくなれば確かに、長門は報われる。繰り返すことも無い。しかしそれは、
「いや、多分俺は何度繰り返してもハルヒを殺すという選択は――」
 急に眩しくなった。そして眠くなり、長門の声が遠のいていく。
「何百回目でも問題ない。いつか、きっと


 わたしは、あなたと、


 添い遂げ――



 キョン……
 キョン…

「ん、んあ……」
「ちょっとキョン! 何、居眠りなんかしてるのよ!」
 強くはたかれて、目を覚ます。
「ハル、ヒ? あれ……俺は」
 顔を上げる。どうやら机に俯っ伏して寝ていたようだった。
「全く寝惚けてないでシャキっとしなさいよ! 最近活動がないからって弛んでるわよ」
「あー、すまん」
 何で寝ていたのかも覚えていないし、ハルヒの言い分も受け入れ難い気がしたが面倒なので謝っておいた。
「うふふ、キョンくん。良かったら目覚めのお茶、いかがですか」
「あ、これはこれはどうもありがとうございます」
 そんな寝惚け頭に囁かれる天使の声。朝比奈さん、ありがとうございます。
「みくるちゃんも甘やかさない。こんな奴、水道水で十分よ!」
「お前が用意したわけでもないのに偉そうな……ん、長門どうした?」
 朝比奈さんからのお茶を受け取った時、視線を感じてその先を見た。

「あなたに大切な話がある、聞いて欲しい」

 いつも俯いて本を読んでいるだけの長門が何故か、俺を凝視していた。その視線に俺だけでなく、一緒に居たハルヒと朝比奈さんも一瞬気圧される。
「大切な話?」
「なによ、それ」
「え、え、長門さん。一体n……」
 急に消える朝比奈さんの声。
「え? 朝比奈さん? あれ? 消えた?」
 声だけでなく姿も消えた。
「キョン、何一人でキョロキョロしてるのよ。有希が話しかけてるんだからちゃんと向き合いなさいよ」
「いや、朝比奈さんが」
「は?」
 ドアも開閉せずに消失した朝比奈さんに疑問も抱かないような素振りのハルヒに、驚きながらどう言おうかと思った時が、遮られる。長門の、声。

「聞いて欲しい」


 そう
 いつか、きっと……



                  


あとがき
 今回も落ち寸前のトコでこそこそ書いたものを書き起こしてみました。エロパロ板でとのコメもありましたが基本的に駄スレを見つけて、そのタイトルに繋がる内容をその場ででっち上げて即興するのが狙いなので本格的に書く予定はありません。あと転載系blogなどに載ってしまったものなどは、改めて出す予定はありません。今のところ数度しか経験ないのでありますが。基本名無しスタンスだからというよりも修正とか読み比べられたら恥ずかしくて困るという理由で。しかしスレだとタイトル考えなくてもいいのは非常に助かると気付いた今日の日の事。今度もお付き合い有難う御座いました。



戻る