「……何だ……?」
光念兄弟に先に倒れられ、立ち尽くしたまま死を覚悟していた筈のアッシュが呆然と呟く。
彼らを襲う――否。喰らいつこうとしていた筈のレギオンが、千切れ飛んでいた。
ほぼ同時にコートを着た巨体の男の背中が彼の視界を遮る。
視界が定まらない彼は、それを一瞬自分の先輩でリザードマンであるガラ・ラ・レッドウッドだと誤解した。だが、彼の前に割って入ったのはそんな生易しいオチではなく、在り来たりのご都合主義ですらなかった。
「誰だ……!」
その存在は結果的にアッシュ達を救っていた。
―――ただ何となく。
ほぼ同時刻同時期に、それは薫の作った防壁を取り囲んでいたレギオン達を蹴散らしていた。街角でひっそりと死んでいた。人のいない商店街で飲んだくれていた。見たこともない場所で迷子になったと当り散らしていた。ぼんやりと立ち尽くして悟りを開いていた。殺されていた。殺されていた。そして殺されていた。やっぱり殺されていた。死んでいた。自ら命を絶った。死ななければならぬと思いつめ、死んでいった。死んだ。殺された。殺しあった。殺したが、殺された。生きていた。リアカーを拾って乗り回していた。空を見上げて首を傾げていた。何かを思い出し、そして死んだ。誰もいない場所で、大立ち回りを演じていた。殺そうとして、殺された。何もわからないまま、ただ死んでいた。何故か死んでいた。やっぱり死んでいた。誰にも気づかれないまま、レギオンを倒していた。レギオンがいたから、殺した。レギオンに殺された。レギオンに食われた。レギオンの走狗に成り果てた。殺そうとして、殺しきれなかった。レギオンに間違われて、殺されていた。とあるビルに向かって走ったものの、レギオンに食い千切られて殺された。トーニャとコゼットが誘導していたレギオンの群れを吹き飛ばしていた。返り血に酔って、溝に落ちていた。恐れ慄き、小便を漏らしていた。酒樽を転がして遊んでいた。歌を歌っていた。車の操作を間違えて、衝突死していた。己の運命を嘆いていた。覚えている筈の無い故郷を思い出していた。ただ殺されていた。とうとう殺されていた。ようやく殺された。死なずに苦しんでいた。食われずに逆に食っていた。誰も殺さず、誰にも殺されなかった。枯れ木に上ってレギオンをやり過ごそうとしていた。小銭を拾って悦に入っていた。死について考えていた。殺されかかって、殺しかけて、でも殺せずにいた。
そして一乃谷兄弟らを狙うレギオンの大群を一閃し、叩き潰していた。
その直前、ヴァレリアは夢を見たと語る。怪物達に立ち向かう一人の英雄の夢を。
彼女の記憶にある、親友である一人の少女の夢を。
そんな彼女の夢は、フラグでも下準備でもなかったけれど、何事か起きる為の指針としての意味を持っていた。
有り得ない筈のこと。
ただそれだけの共通項でしかないそれは突如現れ、彼女達の前で、ポツリと呟いた。
「貴様らは俺の名を――知っているか?」
全身の毛を逆立てたそれは、
「――邪魔を、しないで」
直後に飛来した誰かに拠って一閃。
ヴァレリアの夢によって斬り伏せられた。
その数日前、もしくは数百時間前。
「へぇぇぇくしょん!」
どろどろに腐ったような空の下、大きなくしゃみと共にズズズと鼻をすする男がいた。
「くそっ!」
痰交じりの唾を路上に吐き捨て、悪態をつきながら男は路地裏から這い出るように電燈の光の下に現れる。
「んー、あー、何か頭がガンガンしやがる。くそっ」
何も思い出せない。だから彼は何もわからずにいた。
「……ったく、ここはどこなんだ、ファック!」
――酔っ払って路地隅で寝てでもいたのだろうか。
藪睨みで現れた彼は、粗暴であり単純であり、愚鈍でもあるその生き様そのままに、人気のない路地を意味も目的もなく歩いていた。
「俺は、誰だ。そしてここは、どこだ?」
獰猛で精悍な顔つき。野性味溢れるその姿はまさに歩く禽獣。
一応色々と、多少は覚えている。なのに、今どうして自分がここにいるのかも、ここがどこなのかもわからなかった。
「うぅん?」
昨日のこともよく思い出せない。
「ま、いつものことか」
その一言で、全てを断ち切る。宵越しの記憶は持たないという言葉はないが、彼にとってそれは特に変わったことではない。都合の悪いことは忘れる、もしくは改竄して都合の良い記憶に変換する能力を備え持った彼だったので、それは別段特別なことではなかった。だからこそ、彼はこれまでずっと正常でいられたのだ。
「ちっ」
だが機嫌が良くない。面白くない。不愉快だ。
そしてそれをぶつけるものがない。
人がいない。気配もない。
「糞がっ……ファック、ファック、ファック!」
己の姿が写ったという理由で、ショーウィンドのガラスを蹴り破る。
派手な音を立てるが、それに反応するものはまるでない。
「フン」
飾ってあったマネキンを敵に見立てて、斬撃を振るう。
バラバラになった人形を蹴り飛ばす。
何もおきない。
無意味な破壊活動にケチをつける者も、顔を顰める者の、恐れおののく者すら一人もいない。
「だーれも、いねーのか……っ!」
苛立たしく、忌々しい。
街を歩く。道に沿って歩く。
目に付いた家屋のドアを蹴破っては、生きる者の姿を探す。
死体一つ、虫けら一匹見つからない。
「おいおい、なんなんだ、この街は」
ただただ不気味である。
だが怖さは感じない。
気味の悪さを惧れに繋げる筈の事態であるのにも関わらず、彼は首を傾げる程度でうろつく事を続けていた。
いつしか景色が彼の知らない世界に移っている。それでも彼は生き物の気配を探る程度で、有り得ない視界に気を留めることが無い。怪しげな機械に見たこともない舗装、想像もつかない造形の一つ一つも無視したり、破壊したりするだけで、それが何なのか、どうしてこんなものがあるのか、そしてここがどこなのかという疑問も左程大事にしないまま、ただ人を探していた。それさえ達すれば、全てが解決するかのように。
だが、実はこの行動にはそんな意味すらない。人を探すと決めたから探しているだけで、他の事を考えていないだけ。思考が弱いのは彼本来の性格であり、そうならなければいけない理由がある。
「ちっ……面倒になってきたな」
暴れるのも飽き、歩くのも面倒になってきていた。
「少し休むか」
いつの間にか見覚えのある町並みを見渡して、適当な家屋を探す。そして、やっぱり碌に考えもせず手当たり次第に押し入った。
「んー、なんだこれ?」
適当に押し入った家の中で家捜しを終えて、見つけたバナナを皮のまま齧っていると手首に数字が刻まれているのに気づいた。
「こんな刺青入れた覚えもねえ」
呟いてから皮だけ吐き出す。無論綺麗に中身だけ食べられたわけじゃないので、ぐちゃぐちゃになったそれが汚らしく地面に落ちる。
いつの間にこんなことをしたのか記憶に無い。僅かで乏しい記憶にも残っていないのなら、本当に大したことではない。そう結論づけて、考えるのをやめた。いつも通りに。そもそも毛むくじゃら基本の自分に刻印など、あまり意味がない。
「しっかし666たぁ、何か強そうだな」
縁起の良さそうな数だと気を良くしかかった瞬間、
「うおぁぁっと!?」
自分が吐き出したバナナの皮を踏みつけ、
「うごがぁぁぁぁぁぁ――――っっ」
何故か前方の蓋が開いていたマンホールに落ち、
「ぐぼべがばぶっ……がぼぼぼぼぼぼ」
濁流に飲み込まれていった。
「しっかし667たぁ、キリが悪い数字だな」
十数時間前、もしくは一日前と微妙に異なった状態と感想を持った彼は、
「うおぁぁっと!?」
自分が吐き出したバナナの皮を踏みつけるが、
「ごがっ」
股が裂けそうになりつつも何とか踏みとどまる。
すぐ前方にはぽっかりと黒い穴が開いている。マンホールの蓋が存在しない下水道への入り口だった。無論、彼にそんな冒険をするつもりは全くない。
危機一髪と感じた瞬間、ズボンが破ける音がする。
「……くそっ!」
再び、機嫌を悪くしていた。
「誰もいねえのか、畜生!」
どうしようもないのでまた適当にふらついてみる。体力には自信がある。ダラダラ歩くのは苦手ではない。疲れるのが嫌いなだけで。
見覚えのある景色があったかと思えば、知らないどころか想像すらしかねる作りの風景が広がっていた。
ここは死んだ街なのか、自分ひとりしか存在していないのか。そこまで思った時、彼の中で何かが弾けた。
「うおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっっっっっっっっ!!」
暴れる。
暴れる。
暴れ尽くす。
全身全霊、死力の限り、これまで身につけた全ての暴力を周囲に撒き散らす。
植物が、無機物が、理解不能な造形物が、見覚えのあるだけの有象無象が、彼の手によって破壊尽くされる。
それでも、何も起きず、何も現れない。
「うがぁぁぁぁぁ、誰かいねーのかっ! どーなんだ、いったい。なんだってんだ、ここは! 畜生! 畜生! 皆死んだのか、寧ろ死ね! 殺されろ!」
彼の苛立ちのみの絶叫すら、静寂が飲み干し尽くす。
「畜生……」
荒い息と共に、その場に座り込む。
「……チッ!」
右手で頭を掻こうとして、その手を止める。
「こんな時には役に立たねえな、てめぇは!」
語りかける。
「この事態を何とかできねえのか、ええっ!」
彼はソレと会話を交わしたことなど当然ない。交わせるとも思っていなかった。だからそれは本当にたまたまで、今この状況では最早、ソレぐらいしか語りかける相手などいないから、してみただけだった。
だから、
「いやぁ、それ難癖もいいところですよ、ダンナ」
「っ!?」
「あたしゃ、所詮は兵器でしかないんですから、壊すしか脳がないんです。ダンナと一緒で」
「な、ななな……」
ソレが喋り掛けてきた時は、いよいよ自分は脳がイッてしまったのだと彼にしては珍しく衝撃によろめき、その際己が破壊した電柱から千切れて垂れ下がっていた電線を踏んで、
「んぎゃらりばりばりぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ――――っ!!」
あっさりと感電死した。
「788……なんかこの数字には意味を感じるぜ、ファック!」
幾多数多もの声なき声に支えられたかのような感覚がしていた。
もちろん気のせいに違いないのだが。
「ダンナ、自分の手首見てニヤニヤすんのキモいっす」
「うるせぇ! このボンクラ!」
「モノに喋りかけるのも十分キモいっす」
メルヘンが許されるのは中二までだよねー、と彼の右手で喋りだしたモノ。
それはかの偉大なる不死の王の躰から創造された窮極兵装。
“朽ち果てし神の戦器”の一つ、
“八つ裂き喰らい狂う牙”。
禍々しい妖気を帯びたその赤黒い篭手は毛むくじゃらな腕に填まったまま不気味な光沢を放っている。
「茹で上がったカブトガニとか、赤い三葉虫とか言われ続けて幾年月、漸くあたしの名誉挽回が図られる時が来ましたよ。ダンナ、しっかり頼みますぜ!」
そんな大層なモノのわりには気軽に喋っていた。
「……なんだってんだ、ったく」
「しっかしダンナ、ずっと思ってたんですが顔や図体の割りに声が軽ぃっすよねー」
「うっせぇ!」
「えー、話しかけられたから答えたと言うのにどうして怒られるんですかー。理不尽ですよ、ぶうぶう」
「てめぇ、今まで何の意志の疎通もしてこなかったじゃねえか!」
「がなるしか能がないっての、問題ですよー」
「ファァァァック、ファァッァァック、ファァァァァック!」
はたから見て一人騒ぎながら歩く彼は、ダメ臭が漂っていた。
この彼が聖導評議会でも指折りの狂戦士だと誰が信じるだろう。
彼は一介の兵士でありながら、その暴力性を高く評価され、エメス・トラブラムという凶悪兵装を預けられるまでになった。
そしてその蛮勇は
古の
竜を仕留めたことで、決定的なものになる。自らを
巨竜殺戮者と名乗った彼を、侮るものはいない。だが、その粗暴な態度と粗野な性格は、人を惹きつけることも無かった。だからこそ彼は未だに一人の部下も持たず、ただ一人でその暴力を振るうだけの存在でしかない。そしてそれに不満をもっていない。彼は荒れ狂うまま、己の暴力をぶつけることができればそれでよい。そして聖導評議会とはその欲望がどこよりも存分に発揮できる場所であった。
「いや、実際は違うじゃないですかー。部下を持たないじゃなくて、持たせてくれないでしょ? 一度皆殺しにしちゃったから」
「はっ、覚えてねえよ」
「あと
古竜のことだって、息をするのも億劫そうな見るからにヨボヨボの爺さん竜をあたしで突っつき廻してただけじゃないですか。かったるそうに尻尾で追い払いかけたところでぽっくり逝っちゃっただけで、それを退治だなんてあたしに言わせれば失笑も……」
「うがぁぁぁぁぁ、がっがっがっ!」
「痛い!痛い!痛い!痛い! アスファルト痛いですよっ!」
「黙れ!黙れ!黙れ! 勝手なこと抜かすんじゃねぇ!」
物凄い勢いで、右手の赤黒い篭手を地面に叩き付ける。
「でも今のダンナ、何か壷の中の餌を握り締めたら抜けなくなった猿っぽいですね」
「ファァァァァァァァァァァァァァァァッック!!!!!」
「ギニャーっ」
全身全霊で地面に叩きつけられる。無論、粉々になったのは地面の方だった。
「爆砕点穴やめてー」
「ったく、口の利き方には気をつけやがれファック!」
「窮極兵器をもっと大切に扱いましょうよぅ!」
「こんぐらいで壊れるんなら、要らねえんだよ!」
「壊れないけど、痛いんですっ。やーめーてー」
「いい加減、黙らねえと……」
「ああぁ、あたしを投げないでー」
そんな果ての無い漫談を続けていると、
「ダメだよ、狼さん。一応、その仔はウチの備品なんだから乱雑に扱わないで欲しいな」
彼が覚醒してから恐らく初めての他者の声がかかる。
「ああん?」
その声に顔を上げると、そこに黒くて小さな少女が立っていた。ずっとそこにいたかのように。
「おめ……いや、アンタは……」
狂牛病の牛のようにスカスカになった記憶の中でもその少女のことは残っていたらしく、慌てて言い直した。
「うんうん。ボクこれでも幹部なんだから、もっと畏まってくれなくちゃ。縦社会として上下関係は大事だよー」
「くっ……」
彼が覚えていたのは彼女が偉いからではなく、単純な恐怖からだった。初めて彼女を知った時に同時に植えつけられた恐怖が、記憶の糸に引っかかっていたようだった。一瞬で恐怖と不快感に覆われた彼は内心で最低最悪だファック!と罵るが、それを聞いたグリーグ・ドゥーリ・ジャルガが目の前の彼女に言いつけることは無かった。彼女も同感だったからだ。
目の前の少女は、不死の王の一部にして“無言の発狂者”と呼ばれていたグリーグ・ドゥーリ・ジャルガにとっても最低最悪の存在と認識していた。
この場の全てのもの――と言ってもたったの一人と一手甲だけだが、でさえも心からの忌避と嫌悪によって迎えられた少女は、気にした素振りも見せず、馴れ馴れしく近寄ってきた。
「でも君は意思こそ存在するが、喋ることができないって聞いてたんだけどな? どういうこと?」
その少女――マグダラは篭手の所有者を無視して、
篭手そのものに話しかける。
「ア、アンタもコイツの声聞こえるのか……」
「後、君の性別は男だって報告入ってたんだけど、違ったの。ボク的には筋骨隆々の大男っぽいイメージがあったんだけどな。ああ、ボディビルダー系オカマだとその喋り方もありかな?」
キモいけどねー、と笑うマグダラに、
「いちおー、本人としてはショタか男装美少女で売るつもりなんで、サービスって奴ですよ。女っ気ないじゃないですか、いやこの場合牝っ気? まあそんなわけでして、自称もあたしじゃなくてボクの方がいいですかねー」
「あっはっは。キャラ被りは困るなぁ」
二人して笑う。
「じゃあ今のままでいいっす。で、喋るのもここの空気が良かったんじゃないですか」
「……ふーん。じゃあボクの
惨劇の水晶体も喋りだしたりするかなぁ?」
「
本物なら、本来喋るのなら喋るんじゃないですか? あたしゃ、知りませんね」
「ふーん、君は気づいてたんだ」
この会話を彼は一人、全身を怒りに震わせながら聞いている。「おい、いい加減にしろ!」と怒鳴って襟首を掴みたい感情を必死で抑えていた。抑えていたという言い方は語弊があるかもしれない。したくても躰が動かなかったのだ。彼自身の恐怖が、彼を動かせなかった。
「まあ、じゃあそこまで気づいているのなら、このからくりも気づいていたりする?」
「あたしはただの破壊兵装っすよ。ただここがあたしやダンナのいた世界じゃないし、あたしもあたしじゃなく、ダンナもダンナじゃないぐらいにしかわかりませんね」
「すっごい、すごいよ、君。何の手掛かりも無くて自力でそこまで解いちゃうなんて、狼くんには勿体ないよ! ああ、今はもういないからいいのか。うん、戻ったら探してみるのもいいかも知れないね」
FBIに回収でもされてたんだっけと呟いている彼女に対して、ギリギリギリと歯を噛みしめるしかないでいる彼に、どうどうと窘めるかのような心遣いが伝わってくる。それが誰によるものなのかに気づくことはなかったので、微かに牙を鳴らすような音を出しただけで済んだ。
「じゃあ教えようか、君達がどうしてここにいるのか」
そう言ってマグダラは、愉快満面の表情で話し始めた。
「今、ゲームの真っ最中なんだ。殺し合いというゲームの。普段ボク達のやってることと違う点は、ゲームだから生き返ることもできたりするんだ。一日が終われば全てリセットで、今日斃れた旅人たちも生まれ変わって歩き出すとばかりに、全員生き返ってまた殺し合う。すごいでしょ、素敵でしょ」
「つまり、あたしたちもそのゲームの駒の一つ?」
「いやいやいや、それがちょっと違うんだな。ボク達の世界じゃ殺し合いなんか珍しいことじゃないけど、このゲームの参加者の一部はそういうのに無縁の世界の住人なんだ……殺す力は持っているのにそれに踏み切れるかどうか不安でね、だったら殺す行為に慣れさせないといけないと思って君を用意したんだ」
「用意?」
「うん。えっとねえRPGとかそういうゲームでスライムとかゴブリンとか、町を出て最初の敵っていうの? ああいうザコモンスターの配置が必要かなって、そこで選ばれたのが君達と言うわけさ」
殺し合いのシステムを確立させる為にとりあえずって出してみたんだー。今の今まで忘れてたけどと付け加えるマグダラに、
「て、て、てめぇ……っ!」
その言葉に、流石に恐怖よりも怒りが上回って彼は咆哮する。が、全く気にした様子も無く、更に続ける。
「だから他の面子と違って死んで順繰りにカウントされることがなく、複数同時、至る所に配置されるように生み出した。今の君の数字は幾つ? 確か500体ぐらいこの世界の至る所にバラまいてて、一体死んだらまた一体増やすようにして、1000ぐらいで止めちゃったんだ。いや、それが実に期待外れな話でさあ、聞いてくれる?」
「さっすがダンナの上司。最高にファッキンマイマザーな方ですねー」
ボソリと彼にだけ囁く、グリーグ・ドゥーリ・ジャルガ。
だが怒り狂う彼にはその声は届かないようで、その血走った目をマグダラだけに向けていた。
「同時にいっぱい同じ頭の人出しちゃうと、同じ行動で同じ場所に溜まったりして一箇所に集まったら大変じゃん。自分だらけの場所で君が壊れちゃうのも困るし、そもそも雑魚モンスターが大量に同じ場所にいるのもゲームとして宜しくないし。だから予め君同士が見つからないようにって弄ったんだけど、これがまあ大失敗。磁石の反発みたいに全員が全員それぞれ違う方向で二つの街の中心部から出て行っちゃうんだもん。他のゲームの駒と戦わせるどころか、舞台から出て行っちゃどうしようもないよ。一人としてじっとしている子がいないんだもんな、お母さん悲しかったよ」
「……ファック」
「仕方が無いから、レギオン使って味方殺しの裏切り者作戦とか色々やってたらそっちが上手くいったんで、拡散して家出した君達のことすっかり忘れてたんだ。いやー、ゴメンね」
全く申し訳なさそうな顔をせずに、謝った。
「まあ地の果てまで行っちゃえば自然消滅するし、そもそも初期の状態の皆の為に用意しただけだから寿命もそんなないから。好き勝手してればそのうちに―――っと、癇癪おこしちゃったかな? それとも絶望した?」
風を引き裂くような、轟音。
「やっと……やっと動けたぜ、ファァァァァァァァァァック!」
そう言ってマグダラのいた場所に、赤黒い手甲の拳を突き出していた。
「そう言えばずっと震えていたもんね。寒かったかなぁ?」
「言ってやがれ、この糞ビッチが! これで貴様をブッツ殺せるってわけだ」
「まあ、できればの話だけどね……」
マグダラが全く警戒せず、頭を掻く。
「くたばれ、このガキキャァァァァァァァァァァ!」
「ダンナ、台詞が物凄く雑魚っぽくてダメそうっス……」
「死ねっ死ねっ死ねっ」
拳を振るい、爪を立てるが、マグダラは殆ど警戒した素振りも見せずに交わしていく。
「チィィィィィっ!」
「君は人殺しの訓練の為の人形だから、誰からも狙われて殺されるようにしてある。同時に、君は参加者の中の誰一人として殺せないように―――なっている」
「くそぉぉぉぉぉぉぉ、当たれぇぇぇぇぇぇぇ」
「ほら雑魚が活躍されちゃ困るし、君の目的は導火線でしかないから。君を殺すことで人殺しに慣れてもらい、躊躇いをなくさせる。まあそれほど必要なかったみたいだけどね、結果を見ていると」
「うがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! このっ、くそっ」
「あと言うまでも無いけど、その
“八つ裂き喰らい狂う牙”は
“不死の王”の
“朽ち果てし神の戦器”を模しただけのただの重い篭手に過ぎない。だから身体能力全般から、その所有者の着用する衣服、手にした武装、放った銃弾まで補強する極度の能力増幅機能も、新陳代謝を増強することで起きる異常回復も起きない」
「ぜえっ、ぜえっ、ぜえっ……」
「……だから、うん、あった」
「ダンナ、伏せて!」
マグダラが空間を手で探って、取り出したのが一丁の汎用魔銃だと気づいたグリーグ・ドゥーリ・ジャルガは素早く警告を発するが、
「遅っそーい」
閃光と共に、銃弾が彼の体を貫いた。
「ぐがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
「
“銃領支配”も発動しない。あ、元々君はできなかったんだっけ? ごめんごめん、どうでもいいから忘れてたよ」
「くっ……」
「痛ぇ!、痛ぇ、痛ぇ、痛ぇよ、畜生! 畜生! 畜生! 畜生!」
「いやぁ、ごめんねぇ。色々迷惑かけて」
痛みでのたうち回る彼ではなく、彼の腕に填まったままのソレに謝るマグダラ。
「ファック、ファック、ファァァァァァァァック……畜生! 畜生!」
「ソレはいらないけど、君はちょっと興味あるな。元の世界のは当然探すとして、君はボクんトコ戻って来ない? 今、ちょうど盛り上がってるところでね。まあ短い付き合いになるだろうけど、楽しませてあげられるよ、きっと」
「……」
「能力だって全然使いこなせてなかったし、退屈だったでしょ? 君本来の破壊と殺戮を味あわせてあげられるよ」
魔銃を投げ捨ててにこやかな笑みを浮かべて手を伸ばすマグダラに、グリーグ・ドゥーリ・ジャルガは、呟くような声で喋り出す。
「実を言うと……」
「うん?」
「あたしが喋らなかったのは、喋らないんじゃなくて喋りたくなかったんだ」
見苦しく地面を転がる彼を他所に、篭手が話し続ける。
「あたしは他者を殺し、血を見ないことには収まらない殺戮兵装だから。そう作られていたし、それに疑問も不満を持ったことも無い。この意志だって、それをスムーズに行う為のものであって、その衝動が最優先だった。だからマスターに対する会話の必要性なんか全く無かった。そもそも、あたしを使うような
存在が長生きなんかする筈ないしね」
「ほうほう」
「なりゆきでダンナのものになったけど、見ての通りダンナはコレだし。当然長生きなんか出来る筈がない。仮に出来たとしても、生贄になるだけの空っぽになる。だから適当に見ているだけのつもりだった」
「やかましいぃ! 喋るんじゃねぇ! ぐぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」
地面を引っかくようにして痛みをこらえている彼に構わず、続ける。
「でもダンナ、意外と面白かった」
笑うような声。
「だって、どんなに大事なことを忘れても、どんなに何もかも無くしていっても――ちっとも気にしないんだもの。忘れることを怖がらないのって実は今までにそんなにいなかった。だからかな、あたしの力を頼ってるくせに、使いこなそうとしないところも、初めは嘲ってたけど今となっては悪い気分じゃなかった」
悲鳴と怒号をBGMにしながらも、話し続ける。
「ウチのダンナは屑の中の屑。莫迦の中のとびっきりの莫迦なんだ。それってちょっと面白いじゃない」
「あ――い、いやあ、それって痘痕も笑窪って奴じゃないかなぁ」
「そうだね。だからあたしはこのままダンナの死体を眺めるだけでいい」
「……つまり、今の状況じゃその狼くんを見捨てられないってこと?」
「そう、かすり傷程度なのに、久しぶりに負った傷に動揺してのた打ち回ってる無様で間抜けで救いようの無い馬鹿なダンナが今は可愛くて仕方が無いんですよ」
「ふぅん。趣味悪いねぇ」
「あたし達が趣味良いわけないじゃない、ねえ。
惨劇の水晶体」
「――っ!」
マグダラが呼びかけられた自分の朽ち果てし神の戦器に警戒するが、何の反応も見せなかった。
「あらら、参りましたねー、偽者なんて相手にしないって感じでした」
最初からそれがわかっていたように、グリーグ・ドゥーリ・ジャルガが笑って締めくくる。マグダラは一瞬だけ気分を害した表情をしたが、すぐにそれを引っ込めて、無邪気な笑顔を作る。
「ま、そういうことなら仕方ないか。でもこの世界の君らは誰からも意識はされない。ただ目に入ったら殺される為だけの存在さ。差し詰め羽音が気になる虻蚊とかかな。仮に誰に関わってもすぐに忘れられる」
彼らは誰からも覚えられることなんか決して無い、誰に対しても殺される為にだけ存在する。
悪意だけで、彼女はわざわざそう念を押した。
「だから好きにするといいよ。じゃあねぇん♪」
言いたいだけ言うと黒き少女は去り、痛さでのた打ち回る彼と、彼の篭手だけがその場に残された。
彼女の残した言葉よりも、彼女がいなくなった事の方が大きくて、嬉しい。
だから気が軽くなって、いつもの軽口に戻る。
「ダンナ、いつまで痛がってるんですか。正直、みっともなさ過ぎますよ」
「うるせぇ! ドテっ腹抉られて、平気な奴がどこにいるっ!」
「抉られたら生きてませんよ。ほら、脇腹掠っただけじゃないですか」
「んなわけねぇだろが! ホラ、見てみろ……」
落ち着いて見るが、脇腹が少し抉れているだけだった。
「おおっ、かわしてたとはやっぱり俺様はすごいな!」
「イヤー、ソウデスネー」
その都合よい解釈に冷ややかに応じる。
そう言いつつも、気分が良かった。
「となれば反撃といくかっ……糞ジャリがぁ、仕置きしてやるぜ!」
「いや、もうとっくにいませんから」
赤黒い篭手の言う通り、さっき颯爽と去っていったマグダラの姿は無い。
「あの……もしかして、ダンナ。さっきの会話全て聞いてて、言ってます?」
「はぁ? 会話? ああ、さっきお前がブツブツ言ってたことか」
彼が胡散臭そうな顔をして唸る。
「そうです……っ! あ、あの、ど、どこまで聞いてました、か?」
「人が痛みに苦しんでいる間にゴチャゴチャ言ってんじゃねぇ! ウザかっただろーがっ!」
「いやんいやんいやん!」
自分で自分の手の甲を踏みつけるかのように、グリーグ・ドゥーリ・ジャルガを踏みつける彼。
「くそっ、このままじゃ済ませねえ……しかし、どうしたらいいんだ」
仕置きと称した間抜け行為に一息ついた彼――我が主は忌々しそうに渦巻く混沌の空を睨み付ける。
「まあ、腹が減った。何か食い物と酒を探して、話はそれからだ」
それも飽きたらしく、大きく舌打ちをすると再び野良犬のように家捜しを始めた。
―――本当にうろつくことと、腹立ち紛れに暴れ、わめくことと、暴飲暴食しかしないんですね。
普段もこれに殺戮行為が加わる程度で、左程代わりが無い。
彼は、どんな状況でも見事なまでに彼のままだった。
飲み食いして、酔って暴れて、高いびきかいて、ふらふらと起き出した彼にグリーグ・ドゥーリ・ジャルガは慈愛すら覚えている。
それは目の前の彼だけではない、この世界全ての彼が生き残っている数だけ、ありとあらゆる場所で似たような行為を続けている。そしてちょっとブレただけで死に、数を減らしている。自分は彼と共に消滅するらしく、死んだ自分からは連絡が取れないが、生き残っている彼の元にいる自分は、今の自分と同じように過ごしていた。これは能力ではなく、きっとバグの類なのだろう。唯一である筈の己が複数存在するということで発生した類の。
「うぅ……よく寝た。さて、どうすっか……」
酒臭い息を吐いて、ふらふらと動く彼の手の中で、グリーグ・ドゥーリ・ジャルガは考える。自分が生ハムの油で汚れていることに対して彼に一度抗議をしたが、壁に叩きつけられて埃まみれにさせられただけだった。二日酔い中の彼は大概こんなだ。だから話しかけずに時間の経過を待つ。そう言えば、今日は一日が長い気がする。リセットさせててもおかしくない時間が過ぎているような、そんな違和感。
「さて……」
心の中で舌なめずり。
この小物中の小物である我が主と自分は、この世界でどう締めくくられるのだろうか。
状況は最初っから終わっている。
そこにいる彼も、ありとあらゆる場所にいる彼も、終わりが近い。
ここで何を得ることも、何を奪うことも出来ない。
そもそも、ここは彼から奪うだけの場所でしかない。
何もかも無くしていた彼から、全てを絞りつくす為の場所。
なのに、彼は絶望しない。
莫迦だから。
どうしようもない莫迦だから。
気づこうともしない。
考えようともしない。
ただ破壊と殺戮と暴力を愛し、それだけを求め続けていた。
この状況に陥ってもさえ、それだけにしか興味を示さない。
なんという主。
間抜けにも程がある。
だからこそ、
だからこそだ。
自分は、
あたしは、
グリーグ・ドゥーリ・ジャルガは彼を同志と位置づけたい。
聖導評議会なんかよりもずっと、
“不死の王”そのものの僕として。
天空からの声。
直接脳に飛び込む強い意志。
――我らはレギオン―― 全であり―、―であり全、この世の支配者であり、所有者であり、破壊者であり、創造主である――。
どうやら、世界も終わろうとしていた。
「はぁ? あれは何を言っているんだ?」
不快そうに眉を顰めただけで、我が主は衝撃を受けていないようだった。鈍過ぎるにも程がある。そしてこの世界に存在する全ての自分、グリーグ・ドゥーリ・ジャルガを模した全ての自分から連絡が入る。早くも死んでいるものも出ているようで、情報が錯綜している。
「頭がガンガンしやがる……殺すか? 殺していいか?」
「それはただの飲み過ぎっす。で、声についてですがダンナ。いい話がありますぜ」
「はぁん、てめぇ如きが……まあいい、言ってみろ!」
何の策も無いくせに、何も思いつかないくせに偉そうに言う主。
その様、可笑しくて、少し愛おしい。
「裏技的伝手でわかったんですが……」
「前ふりはいい。さっさと言えファック!」
細かい説明はしない。理解されないし、そもそも必要ない。
流石です主。軽薄で低脳で愚物な我が主。
「あのレギオン、あれを倒せば全て解決です」
「はぁ、お前は何を言ってるんだ?」
レギオンとは何なのかと聞かないのは、別に知っているからではないのは容易に想像がつく。だから適当に話を合わせるだけでいい。
「あのマグダラの手兵、みたいなもんですね」
「なるほど……」
なにが、なるほど、だか。全くわかってないだろうに。それでも、構わない。それこそが我が主。殺戮と破壊と暴力のみに興味を持てればそれでいい。
「ですから、あれだけがダンナが殺せる存在だってことです」
「なんだと?」
「他の生き物は生かしてやればいいんです。後で役に立ちます」
主はこの世界の住人を殺すことが出来ない。
だが、この世界の住人でない者ならば別だ。
主が主らしく過ごすことが出来る。
「あーはっはっは。そうかそうか、オーケイオーケイ。まあブッ殺せばいいんだな。いつも通り」
「はい、いつも通り。殺せばいいんです。あのオレンジ色の肉塊を」
そしてそれが終わる頃には全てが尽きるだろう。主も、自身も。
「でかかったな」
「小さいのもいます」
「空に浮かんでだぞ」
「地べたを這い蹲っているのもいます」
「マグダラが出てきたらどうする?」
「ちょうど良いじゃないですか、纏めて斃せば」
「フ、フフフフフフフ、ファァァァァッック!」
豪快に笑う。
もう何も余計なものは要らない。
我と我が主は、それだけでいい。
「
“八つ裂き喰らい狂う牙”!」
「はい」
さあ、始めましょう。
最後の殺戮を。
あたし達二人だけの、殺戮を。
「寄越せ! てめぇの力を! 全てを出して俺様の役に立ってみやがれ!」
「―――Yes my master.」
その声と共に、二人の周囲が赤黒く血のように染まっていく。
発生した赤の領域が彼と彼の持つ
篭手を包み、彼が巨竜殺戮者で窮極兵器
“朽ち果てし神の戦器”の所有者たる証を立てていた。
「ぎゃーははははははは。畜生、皆死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ねっ、死ねっ! 死に腐れぇぇぇぇ!」
彼はその粗暴な態度と粗野な性格で、一人の仲間も持たず、同志すらも疎外して、ただ一人で生きてきた。
彼はそれを気にすることはただの一度もなく、ただ思うが侭に荒れ狂い、湧き上がる暴力性を周りにぶつけることができればそれで良かった。
そこにいるのは生粋の狂戦士。
「ダンナは生まれ出でたその日その時から天を憎み神を憎み世界を憎んだ憎しみの権化っすね!」
「んなわけねーだろがボケッ!」
騒いでいると、芋虫のように何かが群がってくる。レギオンだ。
「ファック、ファック、ファック……行くぞ、豚狩りだ!」
「行きましょう、ダンナ」
彼は駆ける。
ただ、殺すために。
あたしを、振るう。
ただ、殺すために。
「ひゃー、はっはっはっ」
殺す。
殺す。
目に付いた先から、殺していく。
数に困ることはない。
道に迷うこともない。
目に付いた先から片っ端から殺していく。
弱点も糞もない。
力任せに、暴力をぶつけて殺していく。
斃れる者は消え、消えないものは殺しを続ける。
互いに互いを認識することなく、彼は数を減らし続けていた。
それは彼が殺すレギオンよりも多くの数、レギオンに殺される者もいれば、レギオンと戦っている彼以外の者に殺されるものもいた。
“朽ち果てし神の戦器”に耐え切れず飲み込まれる者も、ドジで勝手にくたばる者もいた。だが、彼は殺しを行っていた。殺すことで、彼は紛れもなくこの世界を生きていた。
「……ん? おい、貴様」
「どうしました、ダンナ」
周囲のレギオンを殺しきったらしく、一息ついている彼は柄にも無く何か考えついたようだ。
「ふと思ったんだが……」
「はいはい、何ですか」
「お前……俺の名前、覚えているか」
「……っ」
ふと思い出したように尋ねてきた。
その言葉に、あたし―――グリーグ・ドゥーリ・ジャルガは胸が詰まるような感覚に陥る。
「どうして気になったんです?」
そんなもはや、意味の無いものに。
「覚えてねえ、覚えてねぇんだ、畜生!」
「ダンナはダンナでいいじゃないですか」
そう返しながらも、悟った。
嗚呼、ダンナは長くない。本当に、長くない。
もうちょっとで、終わる。
本当に終わってしまう。
この楽しい時間が、終わってしまう。
「俺は……誰だ!」
嗅ぎ付けてきていたらしいレギオンに向かって跳躍、その爪で一閃する。
灼熱に包まれる。赤銅色に染め上がる。
「殺せば、全て―――」
殺せばいい。
「殺すことが、全て――」
殺し尽くせばいい。斃れるその瞬間まで。
「それがあたしとダンナの―――ダンナ?」
「うごがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――――っ!」
全身を赤く染めた主がレギオンの群れに飛び掛る。手にした己も振るわず、まるで遊戯を始めるかのように、両手を広げて突っ込んでいく。
―――嗚呼、
終わりなのだ。
終わってしまうのだ。
全身を貫かれ、四肢を千切られていく。
真っ二つに切り裂かれた半身が、上空を舞う。
塵のように、屑となって地に転がる。
視界が白く染まる。
我が主がもう見えない。
自分のようなものに死などあるのか。
本物の自分には絶対にない死。
それが本来の自分たちには有り得ないことが起きようとしている。
主と共に、
主と共に殺した。
主と共に壊した。
主と共に暴れた。
主と共に、主と共に、主と共に、主と共に、主と共に、主と共に、主と共に、主と共に、主と共に、主と共に、主と共に、主と共に、主と共に、主と共に、主と共に、主と共に、主と共に、主と共に、主と共に、主と共に、主と共に、主と共に、主と共に、主と共に、主と共に、主と共に、主と共に、主と共に、主と共に、主と共に、主と共に、主と共に、主と共に、主と共に、主と共に、主と共に、主と共に、主と共に、主と共に、主と共に、主と共に、主と共に、主と共に、主と共に、主と共に、主と共に、主と共に、主と共に、主と共に、
たった一つ、今までどの主ともできなかったこと。
主と共に、死ぬ。
自分は、死ぬ。
こんなことがあるのかと、こんなことができるのかと、そんな恍惚感を持ちながら、半端な奇跡のお零れに預かったソレは、この世界に感謝をしつつ全てを手放した。
これは莫迦で無能で何の存在意義も持たない主と、
とある無機物との、
無茶と無謀と無節操の物語。
これにて、閉幕。
<完>
突発的に思いついた10KB前後のネタギャグを書く予定だったのですが、作業BGMをButlerにしていたら物凄く登場人物が頑張らないといけない気がしてしまいまして、最終的に引っ張るだけ引っ張って笑えない話にしてしまいました。正直もっと長くなりそうだったのですが、書いてて持たなくなったので何とかキリ良く終わらせました。
あと某人気投票支援として一度SSを考えいていたことがありまして、その名残も混ぜてあります。
グリーグ・ドゥーリ・ジャルガって名前にするとジャルガでいいんでしょうか。ただベイルやルダ的にはグリーグになってしまうのですが。性別は寡黙な男らしいのですが、趣味と掛け合い台詞を考えて女にしました。口調イメージとしては恋姫†無双の文醜で。
感想は
かなんかで下さると感激します。