キャッチ・ザ・千堂


2000/11/28



「もおーう、ちょうちょうむかつくぅ、せんどーかずき!」

 いきり立つこみパの女帝、大庭詠美。

「……町長むかつく?」

 それをサークルスペース以内からいぶかしげに眺める、もの静かな影がひとつ。
 今まで空席だったその位置に新しく座ることになった、キャッタフィッシュ新メンバー。
その名を長谷部彩。
 すっと指を立て、詠美を指して、

「町長さん?」

 ゆるゆると口もとに手を当てて、すこし考えるように。

「……どこの?」

 詠美のようなあれな人には、住人をカウントするのに五本の指でも余るような町でも治
めきれないのでは?
 でも、言わずに……おいた。
 だって、たいせつなユニット相手。
 そう、今の彩はキャッタフィッシュの若きホープ。希望の星……なの……。
 だから……詠美ちゃんさまに滅多なことは……言えません。
 今のうちは。

「ああんっもう、せんどーかずき! この詠美ちゃんさまを敵にまわしてこみパから生き
て帰れると思ったらおー間違いだからねっ!
 ちょっと彩、聞いた? あのいーぐさ!」
「はい……一応……」
「彩のことも言ってたわよ。それが聞ーてよぉ! 『出来の悪い詠美の同人誌みたいだ』
って! あいつー! この超詠美ちゃんさまのどこが出来が悪いってのよ! うっきー、
ちょうむかつくぅ!」

 詠美ちゃんさま……? きっと……切るところが違うから……。
 出来の悪い詠美ちゃんさま……ではなく……。

 出来の悪い(述語)、

	 詠美の(『同人誌』にかかる形容)、

 同人誌。(主語)

 なんじゃ……ない、でしょうか……?

 でも、言わずにおいた。
 『出来の悪い詠美の』でも、事実関係とひきくらべればけして間違ってはいない。
 さすがのダブルミーニング……です、和樹さん……。

「おぼえてなさいよせんどーかずき! 次に会った時は『すみませんでした詠美ちゃんさ
ま、どうかユニットを組ませてください』と言わせてやるんだからぁ!
彩も何かいいアイデアない? あのかずきをギャフン! といわせてやるよーな!」
「では……」

 ごそごそとかばんを探る。
 ごとん、と重々しい音を立てておかれる薬瓶。なにやら透明な液体が入っている。
 それをひょいともちあげる詠美。

「……あの、気を付けてください……」
「ふうん? 何よこれ」


「……濃硫酸……」


「ふみゅ?!」

 ごとんっっと音がして蓋がはずれ、中身がすこしこぼれる。

 じゅっ。
 しゅわしゅわしゅわ……。

 ビニールの焼けるようなにおいとともに、長テーブルの表面がしゅわしゅわと泡を立て
て融ける。

「なっ……あ、危ないじゃないのよ! あんたこんなの何につかおーってのよ!」
「少女漫画に……よくあると……思い、ます……」
「何が!?」
「実演、しますから……」
「はぁ?」

 とたん、詠美はびくっと悪寒を感じた。
 無表情のままふるふると震えだす彩。怒りとかそれらしい感情の感じられない、マッサ
ージ椅子に座っているかのような震え。
 思わずちゃん様後ずさり。
 本能的な危険を感じた模様。

「可愛いあの子のきれいな顔が……憎い、です。あの顔を、潰してやれたら……」

 彩はうつろにつぶやいて、どこからかグラサンとマスクを取り出し、装着。
 そうっと瓶を持ち、物陰に立つ。

「……そうれ……」

 ぴしゃっ……とビンの中身を振り掛け……。

「いやあああ! ……って、ふみゅ?」
「フリだけです……本番じゃないから……本番はもっと上手くやるから……」

 こうやって振り掛ける……と、彩は親切丁寧に指導する。
 腕の振りはアンダースロー目に、手首のスナップを利かせ、相手にかけたら、自分が硫
酸の飛沫でやけどしないようすばやく手を引くべし。
 あたかも過去2〜3度やったことがあるかのような手馴れた気配。

「上手くかかれば、相手は……見る見るうちに化け物のようなおそろしい顔に……」
「とても……いい気味……」

 楽しそうな声だった。
 こんこんと説明する彩の口ぶりは、まるで彼女の好きな画材を説明するかのよう。
 くすくすと不気味に笑ってくれでもすればればまだギャグに見えるだろう。
 でも、彩の表情なんら変わらず。
 本物の猟奇殺人犯はいたって冷静に死体の始末をするという。
 そんな話を思い出させる平常心ぶりだった。

「ななな、何でそんな危険なもんもってんのよお!」
「資料……です……」

 大きなかばんを指さした。
 いろいろと持ってきたらしい。

「硫酸……少女漫画には、必須のアイテムです……」
「あんた普段どんなマンガ読んでんのよ!? ってーか、どうしてせんどーかずきをギャ
フンと言わそうってだけの話が硫酸に?」
「かなり……ギャフン、と言うと……思います……」

 ギャフンではすまない気がする。

「いいからしまいなさいそれ! 危ないでしょお?!」
「……濃硫酸……嫌い、ですか……」
「そんなん好くやつがどこにいるのよぉ!」

 ……はーい、とゆるゆる挙手する彩。

「しまえったらしまえーーーーーー!!」

 そそくさと瓶をしまう彩。心もち不満げ。

「うう……わかったわよ! ギャフンと言わすのやめ!
 そうだ! 逆にかずきを怪獣するのよ! あんな庶民、詠美ちゃんさまの力で何でも欲
しいものくれてやればたちどころにひれ伏すのよ! 
 そうよ! 怪獣しかないわ! やっぱり詠美ちゃんさまってばちょー天才!」
「それは……多分、懐柔……」
「……でも、せんどーかずきの欲しがるものってなんだろう?」

 無視くらった彩。
 沈黙。
 どこか不服そうな気配が漂うのは、多分気のせい。

「あの……」
「ひゃ! あ、あんたどうしてそう気配を感じさせないのよ!」
「ふしぎ……です……」
「不思議がってないでかずきのハートをゲットするようなもの、なにかないの?」
「これを……」
「ま、また瓶?」
「今度は、あぶなく……ないです」

 おそるおそる近づいてみる。
 また透明な液体の中に、今度はうっすら茶色い布の切れ端のようなものが浮かんでいる。
 ふみゅ? と不思議そうに首をこくんとかたむける詠美。

「何よこれ」
「……人面疽」

 ひきっと凍りつく詠美。

「……の、標本。……ホルマリン液浸……」
「ひぃやあああああああ!??」

 すざざざざっと水平方向に瞬速移動。

「なっなっなっななななな」
「資料です……貴重な……」

 次々にごとんごとんと瓶を並べる、彩。
 ケロイド状に引きつれた、ゆがんだ表情の人面疽の数々が、こみパ会場で文字通り豪華
顔合わせ。

「いやあああああ! 気持ちわるぅぅぅぅい」

 頭抱えてぶんぶんふりまくり。
 軽く一週間はうなされるに違いない眺めを、彩は心静かに、まるで盆栽を愛でる老人の
ような視線で眺める。

「この子なんか……傑作……」
「なによなんなのよぉ!?」
「切開したところ……なんとびっくり、中から血まみれの観音像が……」
「ぎいやあああああああああ」

 もはや詠美の精神力は限界まで来ていた。
 俗に言うSAN値チェック失敗。

「みゅぐうううううう」

 スペースのはしでガタガタ震えて命乞いモードな詠美。
 キャッタはじまって以来の大型新人は、ショック度の点でも大型だった。
 ふう、とため息をつく彩。

「でも、詠美さんには必要ありませんでした……」
「ふみゅうううう、なんでよお」
「だって頭の正面に、こんなに……立派な、人面疽……」

 詠美の頬に手を伸ばす彩。

 ――ふみゅうううう……なななによっ、冗談なんでしょ? ギャグなんでしょ?

 うっとりとでもしてくれてればまだギャグですむのに。
 彩はなにか関心なさげな無表情。
 冷静に品定めをしているようにも見える。『いい仕事してますねえ』とか言うときの古
美術鑑定人のように。
 詠美の顔面、人面疽としてただいま鑑定中。

「ふみゅううううう! お助けええええええ!」

 ふらりっ……。
 詠美即失神か?

「ふみゅ!」

 こらえた!
 意外にしぶとい。

「みゅぐぅぅぅぅぅぅぅ」

 ひるがえって明日への大脱走!
 ここで倒れでもしたら、翌日からめでたく長谷部コレクションの仲間入り。
 そんな思いが詠美の逃走力の元となっている。
 並み居るオタクをかき分けて、超帝詠美ちゃんさまがゆく。

「ふみゅううううう! もうユニットなんかいらなーーーーーい!!」

 めずらしく天邪鬼なところのない正直な感想だった。

「……行って、しまいました……」

 ぽつんと取り残される、彩。
 どうしたものか。本はとっくに完売してしまったし、こみパ修了まではまだ時間が。

「じゃあ、ちょっと私に付き合ってもらえますか?」

 ぴくん、と肩が震える。
 やさしげな声が彩のハートを稲妻のようにつらぬいた。

「いけませんね彩ちゃん? 会場に、危険物や、硫酸や、人面疽を持ち込んでは……」

 ふるふる……。





「これに懲りたら、もうおかしなものを持ってきてはいけませんよ?」

 医務室の片隅。
 鼻歌混じりに、すっ……とブラウスにそでを通す、こみパスタッフ牧村南。
 張りのあるつやつやお肌は、肌年齢から若返った気配すらある。

「……ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……」

 そして、部屋の片隅でシーツにくるまって壊れたレコードのように繰り返す、彩。
 すごいことをされたらしい。

「これというのも……和樹さんのせいでは……」

 ――そもそもキャッタに移籍したのは和樹さんの邪魔になりたくなかったからであって
そんなわたしのけなげさをわかってくれもせず『これでいいのか?』とバカボンパパのよ
うな問いを投げかける和樹さんこそ諸悪の根源ではないでしょうか?

 句読点もどもりもなく、流れるように思考する彩。
 口に出しさえしなければ、彼女の言葉はわりあいなめらか。





 雨のそぼ降る中、捨てられた子犬のように和樹を待つ彩。
 手にはハンディサイズの濃硫酸ビン。
 口をあけて物陰で待っていたのに、和樹は一向に出てこない。
 
「……せっかくの濃硫酸、雨で薄まってしまいました……」

 希硫酸では効果が薄いのだ。
 もっとこう、ひとふりで『じゅっ』という感じにならなければ、いやです……。
 今日は実行……あきらめましょう。
 帰ろうかな……
 彩がそう思ったそのとき。

「なんで――」

 あ……和樹、さん……。
 いまさら……出て、来られても……。

「帰ろう――」

 手を差し伸べてくる。
 それは……れっつごー既成事実、ということですか、和樹さん……?

 ほんの一瞬、思案投げ首。

 ……パターン的には、泣き落としで行きましょう……。


	『お願い……嫌いにならないで……』
	『何でも言うこと……聞きます……』
	『どんな事しても……いいですから……』


 あたりのセリフを、三連コンボで。
 わかりました……。今日はダメな日ですが、むしろ既成事実的には好都合です……。



 一年後、新進童話作家と人気マンガ家の結婚式が華々しくとりおこなわれた。
 出来ちゃった婚で。




 こんにちは、takatakaです。  HP二周年記念の特別企画拝見しているうちに彩SS一つ出来たので、よろしけれ ば受け取っていただけると幸いです。  HPジャック終了までに間に合わなくてごめんなさい。間に合わせる努力はしたん ですがー。  微妙にえぐい内容ですが、大目に見てください(笑) それではー。


 あの濡れ鼠シーンの裏側がここにっ!!
 あのカートに積まれた鞄の中身の謎がここにっ!!
 あのエンディングの真実がここにっ!!
 そして、そして南さんの若さの正体が赤裸々にっ!!
 僕等の心のモヤモヤもこれで一掃!!
 流石は身も心もサイボーグ戦士takataka様だぁ♪


 当HPの二周年&3万Hit記念企画の長谷部彩HP掲載記念でtakataka様より拝領致しました。
 まさか、あのtakataka様からSSを戴ける日が来ようとは……感激です。
 我らがプリティ彩ちゃんのおトモダチになったと思われる詠美との楽しいトーク、まるで彼女を手玉にとるかのようににこやかに朗らかに楽しく喋っている彼女が眩しいです。
 詠美とのやりとりで、彩が普段どんな漫画を読んでいるのかが良く判る内容です。
 何か「南>彩>その他大勢」という、こみパの力関係をそのまま具現化されたSSでした。
 takataka様、本当にありがとうございました。



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