古い風のバトン


2001/03/17


梅の木には、雪のように白い花が咲き、少し早い春の訪れを感じさせていた。

老人―真辺辰蔵は、自分が植え育ててきた、可愛い子供のようなその木を見つめながら、遠い昔を懐かしんでいた。そして、娘の命日が近いことも思いだし、憂鬱になる。

「−綺麗ですね・・」

老人の後ろでずっと、黙って花を見上げていた少女が、口を開いた。

「・・・・忍の木じゃからな・・・」

苔がびっしりと生えた幹を、愛おしそうにさすりながら、老人は言う。

その瞳は、懐かしさと悲しさに覆われていた。

「−そうですか・・」

忍という人が誰なのかわからないが、本当にこの花は綺麗だと少女は思った。

でも、何故、辰蔵がそんな悲しそうな目で、この木を見るのかが、メイドロボットである少女にはいくら考えても分からなかった。

そんな二人の様子を、風に舞う白い花びらだけが見ていた。


 


          古い風のバトン



「セリオさん」

辰蔵は、夕食後、大好物のビールを飲むと決まって、少女―セリオを呼び、昔話をしだす。

最初、余り興味のなかったセリオも、老人の色々な話を聞いていくうちに、面白いと感じだし今では彼女の唯一の楽しみとなっていた。

「今日は、何の話をしようかのぅ」

辰蔵がアルコールのせいで真っ赤になった顔で考え出すと、待ちきれないのかセリオはじーっと辰蔵の顔をみつめ、無言の催促をする。

「じゃあ、ワシの生まれた村に伝わる昔話をするかのぅ」

セリオの催促に負け、辰蔵は自分の小さい頃に聞いた話を話し出した。

「一人の娘が、一人の男を殺め、山の中に逃げた。男には、一人息子がいて、その息子も仇を討つために娘を追って山へ入った。娘は逃げながら思った・・わたしはいままでに人のためになることを、しなかった。だから、息子に殺される前に、人のためになることをしようと・・・・・・」

セリオは、辰蔵の話を聞きながら考えていた。



辰蔵さんは、私に色々なことを聞かせてくれた・・そして、1年近くしか生きていない私に昔話の中で、色々なことを教えてくれた。

そして、いつの間にかセリオも老人の様に色々な思い出が欲しい・・色々な体験をしたいと思うようになっていた。でも、彼女はロボットである自分に自信を持てないでいた。

「・・・どうした?」

自分の話を聞きながら、珍しく考え事をしているようなセリオを心配して、辰蔵が声をかけた。

「−あの、私にも・・辰蔵さんのように思い出を作ることができますか?」

少し悩んだ後、セリオは思い切って自分の疑問をぶつけた。しばらくして、辰蔵は人の良さそうな笑みをつくって答える。

「思いでは作るものじゃないんじゃ・・勝手にできるものなんじゃよ。」

「−えっ?」

「ワシの家に来て1年、お前さんは色々なモノを、見たり・聞いたり・感じたりしたじゃろ?・・それがお前さんだけの思い出じゃ。そして、思い出は人も・機械も・植物も関係なく生きているすべての者がもっているはずじゃ。」

「−私は色々な思い出をもっていたのですね・・・ありがとうございます。」

セリオはそう言って、かすかに微笑んだ。そして、自分の中に、不思議な暖かいモノが生まれたのを感じた。

「ところで・・・」

「−なんですか?」

「夕飯はまだかのぅ〜」

「−30分ほど前に食べたではないですか。」


・・そして、二人は声を出して笑った。

この時がいつまでも続けばいいな・・セリオはそう願った。





翌朝、珍しく起きてこない辰蔵を起こすため、セリオは辰蔵の寝室へと向かった。

「−起きてください・・」

声をかけてもベッドで寝ている辰蔵は、起きようとしない・・しょうがない人だと思いながら、老人に近づき、手をつかむ。・・・手は氷のように冷たかった。

「−・・・・そんな・・・」

セリオの瞳から、一粒の雫が流れる。そして、信じられぬように辰蔵の体をつかみ揺さぶった。

「−・・起きて!!起きてください!!」


いくら叫んでも、いくら揺さぶっても辰蔵は目覚めない・・そして、セリオは、辰蔵の体にすがりつき、泣くことしかできなかった。





「今日の朝、ワシが梅の木を・・忍の木と言ったのを覚えておるか?」

「−はい。メモリー内に残っています。」

二人で笑った後、辰蔵は急に真面目な顔になって、話し出した。

「・・あの木は、娘―忍が事故で亡くなったときにあいつの好きだった梅を、うえてやったもんなんじゃ・・」

背が低いのをいつも気にしていた娘のことを思いだし、つらそうな顔をする辰蔵を見て、セリオも何故か、つらい気持ちになっていた。

「−何故・・私にそんな話を?」

「・・お前さんにワシの娘になってほしいからじゃ」

「−私は・・ロボットなんですよ?娘になることなんてできません・・」

「お前さんは何故、自分がロボットということを気にするんじゃ?ワシは、お前さんが・・ロボットということも含めて気に入ったから、娘になってほしいんじゃ・・」

自分が人でないことを気にするセリオに、辰蔵は優しく諭すように言った。

「−・・・はい。これからもよろしくお願いします」

セリオは、辰蔵の娘になることを望んだ。それは、メイドロボットとしてはいけないことだったが、自分をいつも優しく助けてくれている老人のために、何かしてあげたかった。

「じゃあ、お前さんに名前をやろう!・・・真辺春香・・それがお前さんの新しい名前じゃ」

「−・・真辺春香・・いい名前です・・」

セリオは、新しい名前をうれしそうにゆっくりと何度もつぶやいた。

その姿を、辰蔵も嬉しそうに眺めながら思った。

この可愛い娘を大切にしよう・・この娘を必ず幸せにしてやろうと・・・





辰蔵が亡くなってから、数年流れたある日、一人の女性が彼の墓へと来ていた。

「―ひさしぶりですね・・お父さん・・」

セリオー春香は、綺麗に掃除された墓に向かって、最後まで言えなかった「おとうさん」という言葉を言った。

その顔は、とても穏やかで美しいものへと変わっていた。



「−最近、何故お父さんが私に、昔話をしていてくれたか分かるようになりました。」

彼女は、あの懐かしい微笑みを浮かべた老人が、すぐ近くにいるように感じた。

「−あれは・・バトンだったのですね・・」

リレーで走り終わる者が、今から走る者にバトンを渡すように、老人も春香に、自分が人から伝えられたことや自分が伝えたいことを、昔話として渡していたのだ。いつまでも、一生懸命生きてきた人々の想いを伝えていくために・・・

ふいに、春香の目から涙が流れた。それは、父への感謝と決意の涙だった。

「―私も、伝えていきます。お父さんのことを忘れないように・・私が生きた証を残すために・・」

自分を娘と呼んでくれた人のために、精一杯生きよう。そして、いつか・・・

その時、どこからか春香を呼ぶ声が聞こえた。そして、自分を好きだと言ってくれた人の姿が見える。

「−また来ます。」

春香はそう言って立ち上がり、彼の方へと走っていった。

その様子を、墓の横で見事に咲いている2本の梅の木がみつめ、花を散らし祝福した。

――――幸せになりなさい

風に乗って、老人の嬉しそうな声が聞こえたような気がした。








 女性型メイドロボットの姿に亡き娘の面影を見る老人と、その老人に人間社会の中で過ごす知識以外の大事なものを多く教わったセリオ。
「真辺春香」という一人の人間として生き、過ごすことの意味を最後に知ったセリオはその思いを彼女が出会う全ての人に伝えていくことでしょう。
 そしてそれができることができる今の彼女はきっと、メイドロボットとして生きるのとはまた違った「幸せ」を掴んだものと思われます。
 親が子に、大人たちが子供たちに伝えていくもの、彼らが生きていた証を「思い出」という形で残し、渡していくバトンというものを読ませて戴ける作品でした。
 思い出はどんな風化しても、その人がそのことを大事に思えればきっと色褪せることなく、朽ちることなく続いていくことでしょうから。
 辰蔵さんが梅の木に込めた思いを、セリオがこれからも引き付いていくことを思うと本当に幸せになるということの意味を考えさせて戴きました。


 以前よりどう天シリーズなどの感想を幾度かメールで書いて下さったしめさば様より拝領致しました。
 一気に読ませる勢いと、情景を思わせる情緒を感じるお話です。
 ご感想などありましたら、ぜひしめさば様までお願い致します。
 私宛てでもBBSでも構いませんが、その時はこちらからしめさば様に転送されて戴きます。
 しめさば様、本当にありがとうございました。



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