舞の愛称
作:柴レイ
今日も俺と舞と佐祐理さんは階段の上の踊り場で楽しい昼食を取っていた。
しかし舞がどこか元気が無い。好物の筈のタコさんウインナーをみまみまと食べないで、はーと物憂げに溜息をつく。これには俺も心配になって思わず声をかけようとしたが、その前に佐祐理さんが
「舞ー、どうしたんですか?そんな溜息をつかれると佐祐理は悲しくなります」
すると舞は佐祐理さんと俺を交互に見て、そしてポツリと呟いた。
「愛称が欲しい・・・」
「はえー、愛称ですか?」
「なるほどな、舞の気持ちもわかるよ。俺も迂闊だった」
うんうんと頷く俺に佐祐理さんが聞いてきた。
「祐一さん、佐祐理には意味がわかりません。どういうことでしょう」
「つまりだ、カノンヒロインズにはメイン・サブに関わらず可愛らしい愛称というのがある」
舞が我が意を得たりとばかりこくこくと頷いた。
「例えばだ、うぐぅには“あゆあゆ”。名雪には“なゆなゆ”。真琴には“まこぴー”。美坂姉妹には“かおりん”&“しおりん”。天野には“みっしー”。そして佐祐理さんにも“さゆりん”という愛称があるだろ」
「ふえー、佐祐理は“さゆりん”ですかー」
「でも私には無い・・・」
舞が寂しそうに呟く。かわいそうに。それじゃあこの俺様相沢祐一が、舞のためにとびきり可愛い愛称をつけてあげよう。
「佐祐理も考えます」
佐祐理さんも舞のためならと一緒に考えてくれた。
「先ずは、うぐぅや名雪のパターンで、“まいまい”」
「・・・・・・」
「あははー、舞はかたつむりさんじゃありませんよ」
うっ舞がにらんでいる、佐祐理さんのつっこみを聞いてからだな。それまではまんざらでもない顔をしていたのに。
「でも、エスカルゴさんは嫌いじゃない」
「今度、佐祐理のお家で二人で食べましょうね」
何故にそこで二人なんだ??釈然としないが俺は更に考えてみた。
「それじゃあ、“まいっしー”・・・いや、それだと語呂が悪いから、“まーしー”はどうだろう」
「・・・・・・」
おっ、今度はさっきよりも嬉しそうだ。
「あははー、舞は他所様のお風呂を覗いたり、いけない薬を常用したりしませんよ」
キラーン
おい、舞が刀を抜いたぞ。佐祐理さん、よけいなつっこみをしないでくださいよ。
「あああ、そうだこれならどうだ。舞がだめなら川澄という苗字からとって“かわっしー”・・・いや、いっそ“かっしー”はどうだ」
「あははー、舞はUMA(=アンアイデンティファイド・ミステリアス・アニマル)ではないですよ」
だから佐祐理さん、つっこみは。
「斬る・・・祐一を・・・」
やばい!舞が切れた。
「勘弁してください。佐祐理さんも止めてくださいよ。わー、舞。ストップストップ」
それなのに佐祐理さんはにこにこ笑って状況を見守るばかり。そりゃないぜ。舞のやつも魔物と戦っている時みたいな眼光で、うわぁ上段に振りかぶった。
「今宵のノサダは血に飢えている」
何を言ってるんだ!!うわぁーもうダメだ。
舞の刀が俺の眉間にむかってまっさかさまに振り下ろされて・・・俺は目をつむるしかなかったが・・・
衝撃が無い。それともあまりの切れ味に衝撃もなく魂を絶たれたのかと思いきや。
「あらあら、それくらいで勘弁してあげてくださいな」
「秋子さん!!」
秋子さんが俺の前に立っていて、舞の刀を受け止めてくれたみたいだ。でもどうやって・・・いつの間に・・・
「・・・・・・」
「ふえー、舞の刀を人差し指と中指の間でぇー」
真剣白刃取りですか!!助かったのはいいけど、秋子さん、あなた本当に人間ですか?
舞もあまりに当然な秋子さんの登場の仕方と非常識な防御に顔面蒼白だ。そりゃそうだろう。佐祐理さんもどこか笑顔が引きつっている。この俺ですら腰が抜けて動けそうに無い。
しかし秋子さんは普段通りの余裕の笑みで右手の指二本で刀を固定しつつ、左手のひらを顎に当てながら
「話は聞きました。いいじゃないですか、舞さんに可愛らしい愛称がなくたって。無理につける必要はないです」
「でも・・・私だけ仲間外れ・・・ぐしっ」
秋子さんがなだめようとしたが舞いは納得できないのか、とうとう泣き出した。
「はえー、泣かないでください、舞。泣かれると佐祐理も悲しいです」
刀を取り落とし、うずくまった舞を佐祐理さんが抱かかえるかえる。なんか本気でかわいそうになってきたな。でもどうしても俺には舞が喜ぶような愛称が思い浮かばない。
「舞さんには愛称は必要ありません、何故なら」
秋子さん、またそんな極端な発言を・・・舞も真っ赤な瞳で秋子さんを見上げた。
「大人の女性には、可愛らしい愛称なんていらないのですよ。必要なのはお子ちゃまだけです。舞さんは素敵なレディです。子供っぽい愛称ではなく、“舞”・・・その素敵な響きの名前だけで充分じゃないですか」
おお、そうきたか・・・さすが秋子さん。しかしその論法で行くと愛称があるのはみんなお子ちゃまだと。あのーあなたの娘さんにも愛称があるんですが。
「たいやきうぐぅ、肉まんあうー、けろぴー娘、自称魔法少女には愛称が不可欠でしょうけど、舞さんには必要ありません。そう、私にもないでしょ。言わせてもらうなら、愛称で呼ばれて喜んでいるうちはガキということですよ」
そこまで言う。でも舞の表情は満面の笑みだ。よかったよかった。しかし逆に、佐祐理さんはどこか不機嫌そうだな。
「よかったねー、舞。舞は大人の女性なんだね、だから愛称がないんだー。佐祐理は子供だから“さゆりん”なんですよ、あははっ!」
「はちみつくまさん」
佐祐理さんの、「あははー」が「あははっ!」と切られている。しかもどこか声が両儀式みたいに冷たい。これはかなりむかついているな。舞はそうとも知らず笑顔全開。現金なやつだぜ。
「お二人さん、せっかくだから今晩は、私のお家にいらっしゃいな。美味しいお食事を振舞いたいんですけど、ねー祐一さん」
綺麗にまとめますね、秋子さん。まっいいでしょう。舞と佐祐理さんも頷いているし。
「舞さんと佐祐理さんは口が肥えていらっしゃるようですから、それだけが心配ですが」
まーたまたぁ、秋子さん。本音は自信満々の癖に。
「ジャムおばさんの謎ジャム以外ならなんでもOKだよね、佐祐理さん、舞」
「あははー、祐一さん。それはNGワードですよー」
「・・・・・・」
佐祐理さんがけたけた笑う。逆に舞はポカーンとして黙ったままだ。
「おいおい、舞。ここは俺がボケをかましたんだから、つっこんでくれないと秋子さんに悪いだろ」
「そうですよー、どうせお子ちゃまな佐祐理には祐一さんのボケにつっこみが出来ないんだから、ここは大人の舞がお得意のチョッープをかましてくれないと、ジャムばーさんの立場がないでしょう」
ば、ばーさん。佐祐理さん、そうとうさっきのがトサカにきてたんですね。毒吐きまくり。この俺でも・・・って、何?舞が佐祐理さんを弾き飛ばした。
「はえー、何をするんですか舞ー。きゃっ」
あっ、佐祐理さんが胴体を秋子さんの左手の脇に抱え込まれた。あー佐祐理さんがばたばたしてるけど、秋子さんの左手が締まる。うわっ佐祐理さんがぐったりして動かなくなった。これって・・・
「舞さん」
げっ、秋子さんが怒ってる!!だから舞がとっととつっこんでくれないから・・・うっ俺の喉笛に刀の刃が
「祐一さんと佐祐理さんには、失敗作のジャムを一瓶処分してもらいましょうね。さっ行きましょう」
失敗作って何ですか!!いつも自慢の新作とか言って変なジャムを食べさせようとするけど、ご本人が自ら失敗というジャムって!?
「昔ね、私の亭主が私のことをばーさんと言ったことがあるのよ。それから今お二人が言うまで誰もそう言った人はいなかったの。名雪ともあーみえて実は散々親子喧嘩したのものだけど、その台詞だけは決して言わないのよ」
助けてくれ・・・
「何故だかわかる。私をばーさんと言った人は例外無く私の失敗作ジャムを食べることになるからよ」
「ふえー・・・舞。佐祐理を助けてください」
あまりの恐怖に意識を取り戻した佐祐理さんが舞いに助けを求めた。親友の懇願だ、いくら舞いでも。
「ぽんぽこたぬきさん」
こらっ!!舞。親友を見捨てるのか。うわっ俺の制服の襟が引き上げられた。げっ・・・さっきの白刃取りの握力いや指力で。舞、お前はどうやっても勝てそうもない相手にはあっさり兜を脱ぐとそう言いたいのか。
「しくしく・・・一弥。最後まで頭の悪いお姉ちゃんはもうすぐあなたの側に謝りにいけそうです」
佐祐理さーん、俺はまだ死にたくないよー。
秋子さんは左手の脇で佐祐理さんをがしっと抱え、俺を指二本で摘み上げながら、いつも通りの口調で
「瓶の途中でじたばた悶え苦しむのが予想されるの。それはとても見ていられないから」
秋子さん、あなたは本当に鬼ですか。
「私のこの一振りで楽に・・・」
・・・・・・
「しくしく」
「介錯・・・お願いしますね、舞さん」
もはやこれまでか・・・
そうだ、思いついたよ。お前に相応しい愛称がな。俺は舞に言ってやった。
「楽に逝かせてくれな・・・“まっぴー”」
「あははー、舞はネズミさんですね。危険を察知するとぴょんぴょんと直ぐ逃げる」
「・・・・・・??」
わからないか。舞はナ○コのアーケードゲームはやらなかったんだなー
終わり
オチは年代を選ぶのかなー。舞とマッピーを最初に思いついて書き出したんですけどねー。舞がうさ耳をつけて、ぴょんぴょんとボーナスの風船を捕まえるシーンが浮かんだんですが・・・・・・あの軽快な音楽と一緒に。さあ、プレステのナム○ミュージアムをやろうっと。 柴レイ