『お忍びプレゼント』


2004/02/22


「もうすぐさくらの誕生日か…」
 カレンダーをチェックして思い出した。
 別に懐が寂しいわけじゃないけど、特別意識もしてなかったから忘れていたよ。今の時期に出費となると正直頭が痛い。入金は10日以上先だし、心許ないかな… 「でも、さくらには日頃色々とお世話になってるからなあ、何かプレゼントでも買ってあげないとね」
 ここはやっぱりお礼の意味も込めて、プレゼントの一つも用意しよう。
 だけど、ここで悩むこと。それは何を買ってあげたらいいのか皆目見当がつかないところだ。
 俺の周りには不幸にもさくらのような可愛らしくも奥ゆかしい女の子がいなかったから、何を買えば喜んでくれるのかがわからない。
「唯子みたいにスポーツグッズってわけにもいかないし、小鳥みたいに料理道具ってわけにもいかないだろうなあ…」
 って、よくよく考えてみると唯子にも小鳥にも女の子向けのプレゼントじゃないような気がする。あはははは、次の時は少し考えて用意してあげないといけないな、こりゃ。まあそれは宿題として後に回そう。今考えなければならないことはそのことじゃないんだから。
「でも、さくらに合うプレゼントって、一体どんなのがいいんだろうなあ…」
 正直この相川真一郎、自慢じゃないけど女心はさっぱりわかりません。
 かといって誰かに相談、ってわけにもいかないよなあ…  変に誰かに相談でもしようものなら、また面倒なことになるのは間違いない。
「とりあえずななかちゃんだけには知られないようにしないと駄目だな」

「何をあたしに知られたくないんですか?相川先輩」


 ……こういうおやくそくは心よりご勘弁願いたいです、神様… 「ななかちゃん、どうしてここに?」
「相川先輩があたしを必要としているような気がしたもので」
 いや、そんなににこにこと満面の笑みを浮かべられても困るんだけど。
 というかこの子の企みは簡単に想像が出来る。俺としては絶対にその企みには乗りたくないし、乗ったら駄目だ。
 というわけで
「別に何もないから気にしないでいいよ。じゃあね、ななかちゃん」
 逃げの一手。
「いえいえ。そんな水臭いことは言いっこなしです相川先輩。あたしと先輩との仲じゃないですか!」
 水臭いって…俺別に頼みごとをしようなんて欠片も考えてなかったんだけど…
「遠慮なく仰ってください頼ってくださいっ!」と、妙に気合が入ったななかちゃんだ。もっとも、この子はいつも気合入っている子なんだけど。
 でも、困ったな。こりゃ聞き出すまで離れないって感じだぞ。ったく、厄介なのに引っかかっちまったなあ、近くに保護者いないかな… くそ、いないっぽい。大輔め、役に立って欲しい時には全然姿を現さないとは、使えない奴だ。
 ななかちゃんも、影響を受けているゲームのキャラぐらいに気を使ってくれればいいのに…えっと、鞠音ちゃんだったっけか。あの子は必要以上に前に出ない子なのに、ななかちゃんはぐいぐい前に出てくるからなあ。
 以前そのことに対して突っ込んだら、「真似するだけじゃ面白みがないじゃないですか、ちゃんと自分も生かすからこそ面白いってもんですよ、相川先輩!」と朗らかに言い切られてしまった。都合がいい考え方するもんだと思う。
 ええい、今はそんなことを考えている場合じゃない。とにかくななかちゃんから逃げないと…と言いたいところだけど、この子体力は矢鱈とあるからなあ、逃げ切れるかどうか微妙なところだ。いつもお姉ちゃんに鍛えられてるから、俺よりも限界先にありそうだし、いちかばちか、逃げてみるかな。
 と、そこに思わぬ形で助け舟が入った。
「あら、真くんと井上さん」
「あっ!部長っ!こんにちはっ!」
 気合いの入った声で挨拶をするななかちゃんに少し気圧されつつ、俺もお姉ちゃんに挨拶をした。
「お姉ちゃん、おはよ」
「おはよう二人とも」
 お姉ちゃんはにこにこと俺たちに笑いかける。ご機嫌みたいだな。何かいいことがあったのかもしれない。俺と同じことを考えていたななかちゃんが早速尋ねた。
「部長、ご機嫌ですねー。何かいいことでもあったんですか?」
「え?そんな風に見える?」
「ばりばり見えますよー。もううっきうきって感じですねっ」
「真くんもそう見える?」
 俺にも振ってくる。ちょうどいい、話をコントロールして話題を逸らしてしまおう。幸か不幸かお姉ちゃんもあのキャラに感化されてからは粗が目立つようになってるし、上手く持っていけるかもしれない。
「え?あ、うん。いいことあったんじゃないかなって気はするよ。弾んでるみたいだし」
「さすが姉弟ですよね!以心伝心ってやつですよ!」
 またななかちゃんが余計なことを言い出したよ。そんなこと言ったらお姉ちゃん調子に乗っちゃうじゃないか、って、それがななかちゃんの狙いだったんだっけ。くそ、油断した。狙い通りではあるけど、そのキャラを誘発させるのはご勘弁願いたいんだよ、本当。逃げるか。
「じゃ、じゃあ俺はこの辺りで失礼を…」
「さすがお姉ちゃん自慢の弟だぞっっっっっっ!」


ぎゅむ


「う、うわわわわわわっ!お姉ちゃんここ廊下!公衆の面前公衆の面前っっ!」
「えー、相川先輩、二回言うのは野々村先輩の特権で、先輩はそれを突っ込むのが役どころです。ちゃんと理解しているくせにルールを破らないでください」
「冷静に突っ込んでないでこの人どうにかしろよ!」
 いくらなんでも誰か通ったら色々と噂になっちまうじゃないか!それはあまりいいことじゃないと思うぞ。お姉ちゃん有名人なんだぞ。問題になったら困るじゃないか。
「真くん大丈夫だぞっ。お姉ちゃんは全然困ったりしないからねっっ」
 …少しは困れよ頼むから。というか俺が困るんだけど。いや体裁云々ではなく、お姉ちゃんスリムな割には出るところはしっかり出ているわけで、女性特有の部位が実に立派に自己主張してくださっているわけで。しかも匂いもとてもいい匂いだったりするもので…健全男子たる相川真一郎としては実にとっても困る次第なんですけど。ええそれはとっても困ります。
「相川先輩、顔真っ赤ですよー」
「真くんは照れ屋さんだもんねー。照れなくてもいいんだぞっ。ちゃーんとみんなわかってるから全然平気だぞっっ」
 お姉ちゃんが平気って言っても回りは絶対平気だなんて思ってないってば!
 と、抗議の声をあげるのはもっと急ぐべきだった。聞きたくない声が耳に届く。
「あー、いいねーしんいちろ。部長さんお姉ちゃんのハグだー。ね、嬉しい?嬉しいでしょ?」
「真くんと千堂先輩は相変らず仲のいい姉弟なんじゃないカナ。うらやましいようらやましいよ」
「はっはっは。僕の実験にも身が入ろうというものだよ」
 …実験ってなんだ大輔、というかこの暴走娘を何とかしろ。まがりなりにもお前の恋人だろうが!というか何でみんな当たり前の日常みたいに受け入れてるんだよ!
「いつものことだもんねー」
「いつものことだからじゃないカナ」
「いつものことじゃないか」
 あああああああああああ……
 すっかり日常の絵かこの光景は、冗談だろおい。
「おっす相川、いつものようにラブラブ姉弟だな」
 …御剣までそんなこと言うかおい。
 思いっきり反論してやりたいところだが、この状態じゃ締まるものも締まらない…泣くしかないかも。思わず涙腺緩みそうになる。


「ほらほら真くん。泣いたら駄目よ。お姉ちゃんがぎゅーっていていてあげるからね。恐いものなんかどこにもないのよ?大丈夫だぞ〜〜〜〜」
 …しいて言えばあんたが一番恐いんですけど。うう、そんな恐ろしいこととてもじゃないが言えない。仕方がないのでなすがまま。周囲の目が痛いほどに突き刺さってくるのを肌で感じるけどなすがまま。どんどん俺、駄目人間になっていくけど、やっぱりなすがまま―――――――――




 なのはやっぱりよくないと思う。
 だからこそさくらなんだ。
 こんな変な世界にあって、唯一俺を癒してくれるのがさくらだ。大切にしないと。
 幸い、さくらが就けるポジションはあのゲーム内には存在しない。あるとすればななかちゃんが居座っている鞠音のポジションぐらいだが、どう考えてもさくらとはミスマッチもいいところだ。不適格だろう。
 さくらだけは守らないと、さくらだけは大切にしないと。
 本当に俺、おかしくなっちまいそうだ…………

 誕生日には奮発して何かいいものをプレゼントあげよう…でもやっぱりぴんとくるものが浮かばないなあ。本人に何が欲しいか聞けば楽なんだけど、それはちょっと抵抗があるし。驚かせてあげたいからね。驚くさくらも可愛いだろうなあ。むふー。
 誰かに相談、と行きたい気もあるんだけど、俺の周りは口軽いのばっかりだからなあ…悩むー。
 お姉ちゃんにだけはご法度だ。あの人完全になりきっちゃってるからな

『いい真くん。お姉ちゃんは真くんに本当に幸せになって欲しいと思っているのよ。だからまず恋愛は交換日記から始めなさい。それからグループ交際を経てゆっくりと恋を育んでいくの。告白は第三段階になるまでは駄目よ。お姉ちゃんと約束だからね?』

 …ぐらい言いかねない。はぁ…
「やっぱり自分で適当に見繕うしかないかな…」
 いやいや。
 適当に見繕うなんて不誠実だ。ちゃんと心を込めてさくらに相応しいものを見つけてあげないと。
お姉ちゃんの胸の中で俺はそんなことを考えていた。





 そして放課後、俺は御剣に一言告げて速攻学校を出た。迅速に行動しないと捕まってしまう。学校を出てすぐも安心出来ない。素早い行動あるのみだ。とにかく商店街へ急げ。邪魔される前に買わないと。今ならまだ大丈夫、小鳥はともかくお姉ちゃんと唯子とななかちゃんは部活、あの二人にさえ邪魔されなければ…いや、終わらせておかないと不安でしょうがない。
 一応昼休みにさくらには「用事があって今日は先に帰るから」と伝えてある。ちょっと寂しい思いをさせるかもしれないけど、その分の埋め合わせはプレゼントで満足させてあげるということで。
「さて…と」
 何がいいだろう。さくらに相応しいものっていうと…食べ物ってわけにはいかないか。というか食べ物だったら俺が何か作ってあげた方がストレートに気持ちを伝えやすいだろう、却下。ああ、でもスイーツは不得意分野だからなあ、そういう手もあるか。
 いやいや、不得意であるからこそ燃えるわけであって、絶対美味いものを作りたいと思うのが料理人の性だ。いずれ小鳥どころか翠屋の高町さんを超えるような絶品スイーツを作ってみせる!
 …そのためにはもっと足繁く通わないといけないね。お姉ちゃんに付き合うだけじゃなく、さくらと一緒に、てへへ。
 のろけるのは後でいい。今はとにかくプレゼントだ。翠屋を頭に浮かべたと同時にお姉ちゃんの顔が目に浮かんでしまった。思わず背筋がぞくっとしたぞ。
 最近のお姉ちゃんはやたらと俺を翠屋に引っ張って、そこのケーキをばかばかと食べるようになった。それも勿論「アレ」のせいだ。「アレ」のお姉ちゃんもケーキとなると目の色変わってたから。何もそこまで律儀に真似ることはないと思うんだけど…しかもそれだけじゃない、小鳥までモンブランばかり食べるようになった。悪夢以外のなにものでもないよ、本当。
「早く元に戻ってくれないかなあ、本当」
 溜息混じりに街を歩く。うう、こんな気持ち引きずってたらさくらへのプレゼントどころじゃないよ。いかんいかん。切り替え切り替え。
 首を振って気持ちを切り替えようとしたところ、目に飛び込んできたのはアクセサリーショップ。
「アクセサリーか…」さくらに似合うものってあるかなあ。ちょっと覗いてみるか。

 中はそれほど広くはない。こじんまりとし過ぎていて数歩分見た程度でほとんど見終えてしまった。でもやっぱりぴんとくるものがない。
「指輪…はいくらなんでも早すぎるよなあ」
 早すぎるというよりも直球過ぎだ。渡す自信がない。
 かといってネックレスやブレスレットというのもあまりぴんとこなかった。
さくらを引き立てるのに相応しいものがこの店にはない。というか俺の頭の中でさくらにぴったりなアクセサリーはないんじゃないかって気がする。
「やっぱり違うのにしよう」
 結局わかったことはアクセサリーじゃ駄目だってことだ。それをわかっただけでも収穫だと思っておこう。さて次次。
「次次、はいいんだけど…」
 他に何があるんだろう…
 ぬいぐるみ、ってのはどうだろう。意外といいかもわからないな。
 さくらって可愛いからな、うん。それがいいかも。
 思った時はもう足がぬいぐるみ店に向かっていた。


「…こんなもんか」
 手には猫のぬいぐるみ。小振りな程度の大きさがさくらにぴったり…というのは冗談で、実はこれを買ったのは他にもう一つ理由がある。さて、誰かに目撃される前に、
「早く帰らないと」
「あら、真くん」


どっきいいいいいいっっ!


「おおおおおおおおねえちゃんっっ!?」
「?何をそんなに怪しげに驚いているのよ、変な子ねえ」
 そ、そりゃ驚きもしますって!というか今もどきどきしっぱなしだよっ。
 今手にしているもののことを追及されたら、俺どうしよう…と、とにかくそっち方面に話を持っていかせないようにしないと。
「お、お姉ちゃんはどうしてこんな時間に商店街なんか来ているわけ?確か今日も部活あったよね」
「ええ、そうよ。わたしは切らしていた包帯を補充に薬屋さんに行っていたのよ」
 ああ、藤田さんのところか。あそこ色々と細かいもの安いからなあ。さすがに賢いお姉ちゃんだ。
「真くんはお買物?」
「え?あ、ああ。うん、そうそう、えへへへへ…」
 あっぶな…不意打ちくらってボロを出すところだった。
 不意打ちな形でお姉ちゃんと二人っきりなんてこと、ここんとこあまりなかったからなあ。身構えるのが当たり前になっていて、気を抜いた時のことをすっかり忘れてたよ。もっとも、隠し事なんかお姉ちゃんにはあまりしていないから余計に慌てちゃってるんだな、きっと。確りと気を引き締めないと!
「そう。あまり無駄遣いしちゃ駄目だぞっっ」
 …あのねえ。子供じゃないんだからそんなことしませんって。
 と、思わず頬を膨らませてしまったのがまずかった。後悔した。
「もう、真くんったらどうしてこんなに可愛いのっ!?お姉ちゃん思わず抱きしめたくなっちゃうじゃないのっっっっ」
「お姉ちゃんお姉ちゃんっ!抱きしめてる抱きしめてるっっ!」
 天下の往来で何つーことするんですかこの人はっっ!  もがく俺を怪力で完全に自分の胸に押し付けるお姉ちゃん。苦しくも気持ちのいい快楽に溺れそうになるのを懸命に堪える…うう、さくら、俺を守ってくれ……

「…あらいけない。早く戻らないと鷹城さんに怒られちゃう。じゃあね真くん。寄り道しないで真っ直ぐお家に帰るんだぞっっっっ」
 さくらの加護が出たのか、すぐにそう言うなりお姉ちゃんは俺を解放し、スカートを翻して学校に足を向けた。背後を見上げると少し先のアーチに時計が表示されていた。どうやらこれに助けられたみたいだ。いいところに時計をつけておいてくれてありがとう商店街。
 それとお姉ちゃんにも助けられた。ああいう風に接してくれたお蔭で言い訳を考える必要がなくなったから。
 たまには素直にこう思うのもいいかな。

 さすがは、俺の自慢のお姉ちゃん。

 と、ぴたりと足を止めるお姉ちゃん。そして俺の方にもう一度振り返る。
「あ、一つ忘れてたわ。いい真くん。そのぬいぐるみ、女の子にプレゼントするのなら、まず下駄箱にさりげなく推測させる程度の手紙をつけて匿名で入れておかないと駄目よ?それからさりげなくアピールを繰り返して、少しずつ親密になっていくのよ。そしてグループ交際ね。手順を飛ばしていきなりふしだらなことをしようものなら…お姉ちゃん本気で…


殺すわよ」






 さくらは喜んで受け取ってくれた。ぬいぐるみの本来の役目であるところの、携帯のストラップを一つ俺に手渡してくれた。
「可愛いですねこれ、ストラップホルダーなんだ…ペアのストラップを両手に持っているところが可愛いです。わたしはピンクのをつけますから…せんぱいは、この青いのを受け取って…もらえますか?」
「あ、うん。喜んで」
「はいっ」

 にっこりと微笑むさくらを思わずぎゅーっとしたくなる。だけど、それは今は絶対に出来ない。


『殺すわよ』


 お姉ちゃんが正気に戻らないと、俺はすぐにはさくらと恋仲にはなれそうにない。
 俺の平穏な日々よ、早く戻ってきてくれ…………




おしまい


 見る影もなくなったのは誰よりも真一郎自身のような気がしないでもない今日この頃。
 果たして彼が男になれる日は来るのでしょうか。
 染まったとか言う以前に、変質しきった世界観の中、忽然と輝くさくらの可愛らしさが勝利の鍵だ!(爆

 もりたとおる様、本当にありがとうございました。


もりたとおる様のHP 



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