『野望のルーツ』


2003/08/27


「おっす、真一郎」
教室に着いて、教科書を机に突っ込んでいる最中に大輔が寄ってきた。
「ああ、大輔。おはよ」
挨拶して作業続行。おし、おしまいっと。
「勉強熱心だねえ、真一郎くんは」
やや呆れ口調で言う大輔。
「教科書を机に入れるだけで、勉強熱心ってのはいいね」
それなら、授業中教科書を見ている人は、研究家になるだろうな。
「で、何か用?」
「ああ…………ちょっといいか?」
廊下を指差す。ここじゃ、話がしにくいことか。
「いいよ」言って大輔についていく。



「んで?」
きょろきょろと辺りを見回している挙動不審な大輔の発言を促す。周囲に人は、いないこともないけど俺たちを意識している人という意味ではいないと思う。
「ああ、それがな……」
怪しいなあ。
「なにきょろきょろしてるんだよ」
不気味もいいところだ。右左きょろきょろきょろきょろと。
「……よし。あのな真一郎」
「な、何だよ……」
意を決した、そんな感じでずいっと詰め寄ってくる大輔。思わずたじろぐ。
「…………何故逃げる」
さらにずいっと、詰め寄ってくる。
「そっちがアップで迫ってくるからだろ!」負けじとたじろぐ。
「お前が逃げるからだろうが」さらにずいっと追って来る。
「追ってこなければ逃げたりなんかしない!」さらに逃げる。
「逃げたりしなけりゃ、俺だって追わん!」また近付いてくる。唇突き出したら世にもおぞましいことになりそうだ、うう、嫌だなあ。
そう思うからなおのこと逃げてしまう。


逃げる、追って来る。
逃げる、追って来る。
逃げる、追って来る。
逃げる、追って来る。
逃げる、追って来る。
逃げる、追って来る。
逃げる、追って来る。
逃げる、追って来る。
逃げる、追って来る。
逃げる、追って来る。




「なーにやってるんですか―――――――――――――――――――――――っっ!」
ごきり!
鈍い音。と、同時に、大輔がゆっくりと倒れていった。
「あ、あれ?」
何が何やら。
「大丈夫ですか?相川先輩……」と、大輔が倒れた後ろには、痛そうに拳を押さえている見慣れた後輩の姿が。
「ななかちゃん?」
個人的にはやや苦手、元気少女の井上ななかちゃんだ。
如何して苦手かと言うと、実はこの子のせいで、俺はえらい迷惑を蒙っているのだが、まあいいや。
「はい!頼れる後輩の井上ななかですっっ!」やれやれ、あてられて疲れるぐらいに元気だこと。
しかしその「溜め」を作って言うのは勘弁して欲しい。今の誰かさんを思い出してしまって憂鬱になる。
そして、その憂鬱な原因を作ったのが、他ならぬ目の前の元気少女なんだ。自然と溜息。
「あら?どうしたんですか?元気ありませんねえ」
なんというか、その………本人に悪気はないと、十分理解しているんだけど、どうにもこうにも疲れる。
「ななかちゃんが元気すぎるだけだよ」呟くように言う。
「ほらほら!そんなんだから男に襲われちゃうんです!もっと毅然としていないと、夜の公園で貞操の危機、なんてことになっちゃいますよ?しっかりしてください相川先輩!」
何だその例えは。
「は、はぁ」と答えるのが精一杯だった。
「とにかく!もっとしゃきっとしてください!」
ななかちゃんは押しが強い。ぐいぐい押してくる。気圧される。
「あ、うん」
「そんな間の抜けた返事は駄目です!もっと体育会系で!」さらに押してくる。
「は、はいっっ!」
「うん!いい返事です!」やっと満足してくれたらしい、にこーと笑った。
はぁ、疲れる…………
「ところでななかちゃん、何か用?」
この子がここまで来るなんてことは、用事でもない限り考えられない。
「あ!そうですそうです!大事な用があったんです!
もう、何やってるんですか相川先輩!」
いきなり怒られた。相変らずマイペースというかなんというか。俺には何で怒られるのかさっぱりわからない。
「せっかく千堂部長がお姉ちゃんやっているんですから、相川先輩もちゃんと甘えないと不公平です!」
そのことか……ったくもう、この子は……
言われることについてはわかる気もするけど。何しろ彼女元凶だし。でもなあ、
「あのねえ…………俺は別にあれの主人公になりきるつもりはこれっぽっちも」
「いけませんいけません!もっと甘えないといけないんです!部長がどれだけ照れを隠しながらお姉ちゃんになりきっているのか、先輩にはわからないんですか!」
ちょっと待て。
照れ?
照れ?あれで?
あれで照れ隠し?
確かに最初の頃は相当照れていたけど、今じゃ完全にノリノリだぞあの人。
どう考えても今のお姉ちゃんに照れは感じられない。素でやっている、間違いなく。
「健気じゃないですか!可愛い義理の弟のために一生懸命頼れる姉になりきろうと努力しているんですから!くううううっっ!泣けてきますよ、ねえ?」
だから、「ねえ」じゃなく。
「でも俺は」
「そんな健気な義姉に義弟としては応えてあげなきゃいけないのが人の道じゃないでしょうか。私はそう思います、ええ間違いなくそうですそうじゃないと世の中おかしいんです!」
…………こういう場合でも「お姉ちゃん助けてえ!」と喚けばお姉ちゃんは来てくれるんだろうか、気になる。実際に呼ぶつもりはさすがにこれっぽっちもないけど。
ないけど、誰か助けてくれ……
「あ、せんぱい」
そこに来た!天の助け!
「ああ!さくら!実はちょっと用事があったんだ!悪いけどななかちゃん、その話はまた後で!じゃ!さくら、おいで!」全力ダッシュ!
「え?え?え?」
「え?え?ちょ、ちょっと……」
とにかく遠くへ!ななかちゃんの届かない遠くへ!





さくらの手を引いてひたすら走り続けて、気付いた時には体育館前に来ていた。
外がいい天気だったから、気分的に外に逃げたんだと思う。空気が気持ちよかった。
横ではさくらが眩しそうに目を細めていた。
「ごめんねさくら。急に走ったりして」
さくらの前で手を合わせた。結構走らせちゃったからな。
「少し、驚きましたけど、大丈夫ですよ。せんぱいの苦労、わかりますから」言ってにっこりとさくらが笑う。若干同情が込められていたような。
「ううっ、持つべきは理解ある後輩だよ………」もう一人の後輩は暴走が過ぎる。
「うふふふ。井上さんは興奮すると少し目の前しか見えなくなるところがありますから」
少しどころの騒ぎじゃないって、あれは。
とにかく、落ち着くまで少しここでじっとしていよう。このまままたのこのこと出て行ったらまた同じことの繰り返しだ。
「少しここにいることにするよ」
「くす。わかりました。お付き合いさせていただきます。せんぱい」
うう、いい子だよさくらは本当に……
恋人にするなら、こんな子を恋人にしたいもんだ。




「じゃあ、ここでいいから俺の話も聞いてくれ真一郎」




「うわあああああっっ!」
「きゃあっ!」
「……おいおい、二人して何で叫び声なんだよ。俺傷つくぞ」
知るか。
「な、なんでこんなところにいるんだ大輔!さっきななかちゃんが止めを刺したはずだぞ!」
「せ、せんぱい、落ち着いて……」
さくらに言われて少し落ち着かせた。でも、どうしてここに大輔がいる?そう思うと冷静になろうと思うことが無理な話だ。
「甘いな真一郎。ななかの目は誤魔化せてもこの大輔様の目は誤魔化せないぜ。相川真一郎がどこに隠れるかなんて、お見通しなんだよ!」
……くそ、ものすごく口惜しい。
「そんなわけで、お前がななかに気圧されている間に先回りして待っていたんだ」
な……
「恐れ入って声も出ないか真一郎」
「気圧されてるのを見てたんなら止めろよ!ななかちゃんはお前の恋人だろうが!」
「何を言う真一郎、俺とななかは恋人というよりも好敵手に近い関係だ。しかも俺がやや分が悪いんだぞ?」
「威張って言う事か!」みっともねえったらありゃしない。
「はっはっは」笑ってるよ、こいつ。
「……瑞島せんぱい、キャラ変わってませんか?」
さくらが不安げに俺のシャツをぎゅっと握り締めていた。気持ちはわかる。確かに大輔のやつキャラが違う。
「で、何の用なんだよ一体」
いちいち相手をするのが面倒臭い。ここは大輔が言いたい事をとっとと言わせて閉まった方が良さそうだと判断。
「ああ、実は……」
「実は?」
「お前に謝らないといけないなと思ってな」
急に神妙な顔になったと思ったら、予想もつかなかったことを大輔は言い出した。さらに意外な行動、頭を下げられる。
「すまんな真一郎」
「な、何だよいきなり!」
そりゃあ、大輔に頭を下げられる心当りはいくつもあるけど、俺の記憶ではそれほど新しいものはあないぞ?
それに今更頭下げなくても許してやったことばかりだし、逆に頭下げないといけないような仕返しだってやっているんだ。だから戸惑ってしまう。
「いや、実はな……今ななかがお前や千堂先輩にやっていることがあるだろう?」
「あ、ああ」
厳密に言えばおねえちゃんだけじゃない。小鳥もだ。
「それがどうかしたのか?」
「遡れば長くなる話なんだが」
「手短にしてくれ」もうすぐ予鈴だ、時間がない。
「わかったよ、じゃあ手短に」
「…せんぱい。大丈夫なんですか?」
さくらは相変らず不安げな表情で俺のシャツをぎゅっと掴んでいた。
「大丈夫だって」さくらの目を見て笑ってあげる。まだ不安そうだな、よし、それならぎゅっと握ったさくらの手、その上に俺の手を重ねてあげよう。
「……せんぱい……」よし、顔が和らいだぞ。
「で、続きいいか?」
……余計な気を使ってないでとっとと続けろよ。




「あれ、実は俺がやらせたんだ。いや、ほら何となく千堂先輩とお前の関係に近いものがあるんじゃないかなって思ってさ。それでななかをけしかけたんだけど、まさかここまでぴったりだとは思わなかった。正直予想以上だったぜ。でもまあ、俺も少しだけ悪いかなと思えてきてさ、反省の意味も込めて一応あやまっとこうかなと」




瞬間、俺の中のスイッチが入った。





「お姉ちゃん助けてええええええええええっっっっっっっっっっっっ!!!」





「お姉ちゃんぱんっっっっっっっっっっっっっっっっちっっっっっっっっっっっっっっっっ!」
「がはあああああああああっっ!」





さらば大輔、星になっても俺たちのことを見守っていてくれよな――――――――
ってんぎゅうっっ!?
「真くんっ!お姉ちゃんが来たからもう大丈夫だからね!?恐くなかった?一人で我慢できた?よしよし、えらいぞ〜〜〜〜〜〜〜〜〜なでなで
落ち着いたら教室に戻らないとね、授業が始まっちゃうぞ。お姉ちゃんが教室までついていってあげるから、ちゃんとお姉ちゃんのあとについてくるのよ?
あ、そうだ!お姉ちゃん真くんの手、ぎゅっと握っててあげるね!これで安心してついてこられるぞ〜〜〜〜〜〜」
お姉ちゃんの胸に押し潰されている脇で、寂しそうにさくらが微笑んでいた。
ああ、今度お詫びしなくっちゃ…………




こうして諸悪の根源は星になり、俺にようやく平和が訪れ………




るなんて夢のまた夢だった。


「相川先輩に心強い相棒を用意しました!どうですか!」
「わっ!だ、大輔くんが白衣着てるんじゃないカナ着てるんじゃないカナ!」
「な、何だ大輔!その姿は!」
「はっはっは真一郎。これからは僕のことは大輔ではなく「忠介」と呼んでくれたまえ。やっぱり俺も踏み込まないといけないと思ってな。陰ながら力になってやるぞ」




俺の学生生活が平穏に戻るのはいつのことなんだろう…………



おしまい


 全てのルーツ改め元凶コンビ到来です。
 大輔まで忠介にしておいて、ななか自身はなりきらないのでしょうか(笑)。
 一方、この連鎖現象は一体何処まで続くのでしょうか。
 とらハは和気藹々が伝統ですので主人公争奪戦がおきないだけに真一郎の毅然とした態度が望まれます(爆)。
 それでも今回、いい雰囲気になりながらも最後で掻っ攫われたさくらに個人的には次回以降、注目です。

 もりたとおる様、本当にありがとうございました。


もりたとおる様のHP 



BACK