『こすもすとらいあんぐる3』


2003/04/28


不覚を取った。
「…………うー」
無念としか、言いようがない。
絶え難き。屈辱。
「くそー、しんどいー」
発熱、朝の検温が38度。
二日連続で学校を休む羽目になるとは…………健康が売りの相川真一郎にとって、ブランドイメージが失墜する出来事だ。
いつもなら、あっつーい風呂入って、布団を山ほど乗っけて、玉子酒を泥酔するぐらいに飲めば、次の日にはけろりとなれたのに。今回の風邪が性質が悪いらしい。
でも、それだけじゃない。
玉子酒用のお酒が切れていたのがまずかった。
小鳥に頼んだら怒られたし。

「お酒なんか飲んだらいけないんじゃないカナいけないんじゃないカナ」

あいつの病気はまだ抜けていないらしい。2回言うなっていうのに聞いちゃいない、と、それは置いといて。
とにかく俺の完全復活には、玉子酒が必要不可欠なのに、その素材の一部であり主要部分であるところのお酒が切れている以上、俺の復活はありえない。
この際だから無理してでも自分で買いに行こう、と言いたいところだけど…………恨めしい。
ドアを締め切っているのに聞こえる空から降る雨の音。
さすがにこんな天気の中じゃ、買物に行こうとは思えない。下手すると肺炎になりかねないし。
ここは自然治癒を待つしかないのか…………
とはいえ、明日までにはどうにか治しておかないと、また厄介なことになりかねないからなあ。
実は今、護身道部は合宿に入っていて、唯子やお姉ちゃんは近くにいない。
いたらまた余計な心配をさせてしまうから、それはそれでいいんだけど、明日になったら合宿から帰ってきてしまうんだ。
そうなったら、また厄介なことになること必至だ。
心配性の唯子を宥めるのも一苦労だけど、問題はお姉ちゃんの方で。
あの人最近本当に俺を甘やかすからなあ、俺が寝込んだなんてことを知ったら、どんなことになるのか想像もつかないぞ。
だから、少なくともお姉ちゃんの帰って来るまで、今日中に治さないとまずいんだ。
でも、玉子酒がなければ治るものも治らないんじゃないかとおもえるほどに、あれが恋しい。
うう、呑みたい…………呑んで治したい。元気になりたい。
どうしよう。何か手はないか、手は。
考えろ真一郎。一生懸命考えるんだ。何か手があるはずなんだ。絶対に何かあるはずなんだ。
さくら………………そうだ!さくらに頼めばいいんだ!
そうとわかれば早速さくらに電話だ。幸い声はどうにか出る。お酒を買って持ってきてもらおう。
携帯は電話代が恐いので、据付の電話の方でコール。数回鳴って誰かが出た。
「はい、綺堂でございます」さくらの声じゃない。この声は、確かさくらが従姉妹の忍ちゃんにあげたメイドさんの、ノエルだ。
「ノエル?」
「はい、真一郎様。お久し振りです」
それほどでもないと思うけど、まあいいや。今そんなことどうでもいいから。
「さくらは?」
「それが…………ノエル、ちょっと貸して」
電話口で別の声が電話をさらっているらしい。この小さい女の子ってすぐわかる声の主は、忍ちゃんだな。
「真一郎さん、こんにちわ」
「ああ、こんにちわ忍ちゃん」忍ちゃんが出るなんて珍しいな。
「悪いけど、さくらは電話に出せないから」ぶっきらぼうに喋る忍ちゃん、って。
へ?
「え?ど、どうしたの?さくらに何かあったの?」
「真一郎さんからもらったんだって」
へ?そ、それって…………
「ひょっとして……風邪?」
「うん」うわっちゃー、なんてこった。
「でも、俺別にさくらとキスとかしたわけじゃないよ?」残念ながら、さくらとはそこまで深い仲になっていない。
さくらに限らず、誰ともだけど。
どうにもお姉ちゃんの目が気になって、気を入れて彼女を作ろうなんてこと、思いにくいんだよなあ。


「真一郎に相応しい彼女じゃないと、お姉ちゃん認めてあげないぞっっっっっっ!」


何であんなに気合い入れてくれているんだか。


「お姉ちゃんは、真一郎には幸せになって欲しいのよ。だから、ちゃんと真一郎を任せられる女の子じゃないといけないの」


…………俺に相応しい彼女って、一体。
「真一郎さん?」おっと。
今変なこと考えている場合じゃないや。
「ご、ごめん。今ちょっと考え事してたんだ」
「どーせさくらに風邪移した時のこと、考えてたんでしょ」
「違います」最近この子、どうにもこうにも俺とさくらの関係を深く探って来たり詮索したりするんだよな。こういうことを考えるなんて、やっぱり女の子だ。
「ふふ、わかってますよー」
この子、絶対に子悪魔系になる。
「だって真一郎さんに、そんな勇気あるわけないもんねー」
「言ってなさい」切ったろか。
「えへへへへー。でも、真一郎さん大丈夫?風邪で寝込んでいるんでしょ?」
言われて、急にだるくなってきた。
「ああ、まだちょっと熱っぽいかな」
「駄目だよー。早く治さないと。さくらに会いたくても会えないよ?風邪引きさんにお見舞に来られても、会わせるわけにいかないもん」
ごもっともで。でも、風邪引き同士なら移される心配もないと思うんだけど。
あ、でも忍ちゃんにまで移す可能性があるか。
「わかりました姫。仰せの通りにいたします」
「くすくす。うんうん、わかればよろしい」
ったく、可愛いんだから。
「忍ちゃん、おやすみ」
「おやすみなさい、さくらの夢でも見て、早く治してくださいね」
がちゃん、電話が切れた。やれやれ、疲れちゃったよ。
でも、参ったなあ。これでまたお酒の調達をし損ねちゃったぞ。
どうしたらいいんだ。







一応もう一人いた。俺の頼みを聞いてくれそうな奴が。
見返りを求められそうで恐いが、この際背に腹は変えられない。あいつに頼もう。
数回のコールで、声「もしもし?」
「俺」
「はぁ?誰?」
「だから俺」
「だから誰?」
「………お前、わかってるんだろ?」
「当たり前だ。相川だろ?」
こいつは…………
「何の用だ。あたしは忙しいんだ」
「でも学校終わっただろ?」今日は土曜日、午前中で授業は終わっているはずだ。
「だから忙しいんだよ。唯子のところにいるんだから」
「はい?」
今、なんて?
「聞こえてなかったのか?唯子の所にいるんだよ。変わってやろうか?ほい唯子。相川だぞ」
「やっほー、しーんいーちろ―――――――――――――!唯子だよ――――――――――!」
み、耳、耳耳耳耳耳っっ!あ、あの馬鹿唯子っっ!でっかい声で喚きやがって。
「やっかまっし―――――――――――――――――――――――――――――――っっ!」
「わひゃああああっっ!」ふう、すっきりした。風邪引きさんに叫び声をあげさせるなっつーの。
「もう、耳がきんきんするよ。ひどいことするなあ真一郎は」お前に言われたくない。
「でも、大丈夫?いづみちゃんから聞いたよ?熱出したんだって?」
お蔭さんで、熱が上がったような気がするよ。
「あまり大丈夫じゃない」ぷんすか。
ん?
今、気付いたことがある。
とてもまずいことになるんじゃないかという、確信に近いけど考えたくない、とてつもなく嫌な予感。
でも、聞いておかないと。もっとまずいことになりそうな……
「ゆ、唯子さん?」

がちゃ。

「なに?おねーさんに何でも話してごらんなさい?」帰ってきたらちょっぷ決定。

がちゃがちゃ……かちん。

「ど、どうして俺が風邪を引いているって知っているのですか?」

がちゃ


「な、何気味の悪い喋り方してるの?」

どたどたどたどた

「いいから答えろ!何で知ってるんだよ!」

がちゃ、ばたん!

「い、いづみちゃんが教えてくれたんだよ」
あ、そ、そうだっけ。
「て、ていうことは、お姉ちゃんもこのことを…………」

どたどたどたどた


「ああそうそう。部長さん、真一郎のこと、本当に大切に思っているんだねー。いづみちゃんが真一郎の風邪のこと話したら、後のこと副部長さんに話して、荷物まとめてあっという間に帰っていったよ。
「こっちの方の地酒を買って、新鮮な卵も買って、玉子酒飲ませてあげないと」
とか、すごい真剣な顔で言ってた。真一郎玉子酒大好きだもんね、こーのしやわせものー!
 …………しんいちろー、ねえ、聞いてる?聞いてない?どっちー?これ携帯だよ?話さないと勿体ないよ?ねえ、もしもーし」


「真一郎!風邪引いているのに、何電話なんかしてるのっっっっ! 寝ていないと、治るものも治らないわよっっっっっっっっ!」
あ、熱上がる。急激に。


ばたりこ


「ああっっ!し、真くんっっっっっっ!大丈夫?お姉ちゃんがベッドに連れて行ってあげるからね!?
 横になって、ちゃんと温まって、ぐっっっっっすり眠れば、明日は治っているからね?
 恐くないのよ?お姉ちゃんずー――――――――――――――――っっっっと、一緒にいてあげるからね。ごめんね、心細かったのよね。病気の時の一人っきりは。悪いお姉ちゃんでごめんね。
 もうどこにも行かないからね。どこに行くにも一緒だから、安心していいのよ。
 お風呂は無理だから、後でタオルで身体拭いてあげるね。玉子酒造ったから、飲ませてあげるね。
 哺乳瓶に入れてあげようか?お姉ちゃんが口移して飲ませてあげようか?うん、その方がいいわね。大丈夫、お姉ちゃん馬鹿だから、風邪引かないから。とにかく、真くんは何も考えないで大人しくしているのよ?」







翌日、お姉ちゃんのお蔭で俺は治すことが出来た。
一応「安静していなさい」と言われたので、素直に言われたとおりにする(というか、断ろうとしたら涙目で怒られた)。
気持ち、本当に嬉しかった。確かに一人暮らしで寝込むとかなり心細い。
けど、ちょっと大袈裟だよ。ここまでされると、お姉ちゃんをずっと頼っちゃうって。
でも、今は心からありがとう。
俺の横で寝息を立てているお姉ちゃん(添い寝までしてくれたのだ)の髪を、そっと撫でる。さらさらとした感触が、気持ちいい。
「くすくす、真くん。大好きだぞっっっっっっ…………くー…………」

俺、この人から自立、出来るんだろうか…………



おしまい


 ここでしか読めないものの一つ、こすとらの新作で御座います。
 唯一の男友達を欠片も思い出さない真一郎萌え(違う)。
 お姉ちゃん登場までのシーンは「来た来た来た――――っ」と心躍らせていただきました。
 今回はゲストで忍&ノエルも登場していましたが、忍のキャラどころがなかなか可愛らしくてその手の趣向の方々には宜しいかと(爆)。

 余談ですが玉子酒って美味しいのに当たったことがないのですが、美味しいものなのでしょうか?

 もりたとおる様、本当にありがとうございました。


もりたとおる様のHP 



BACK