『こすもすとらいあんぐる2「平穏じゃないけど平穏な日」』


2002/11/10


「ことりー」
一日の学校のお勤めも終わり、今日はもう帰るだけ。
一人で帰るのも寂しいものがあるので、小鳥を誘って帰ることにする。
「あ、真くん。もう帰るのカナ?」
…………相変らずか、お前は。
「それはもういいというのに」
小鳥とお姉ちゃんは、後輩の井上ななかちゃんに洗脳されてしまった。
とあるえっちなゲームを(途中までだけど)やらされて、そのキャラクターになりきってしまったんだ。
この際俺自身も開き直って、役になりきれたらいいんだろうけど、さすがにそこまで堕ちたくはない。
でも、強く言った所で聞いちゃいないんだよな、小鳥。結構気に入っているらしい。
まあ小鳥なら多少強引に止めさせても、聞いてくれるだろうけど、問題は瞳お姉ちゃんの方で。
あの人、完全になりきっちゃってて、朝は俺を起こしに来るし、ご飯も作ってくれるし(まあ、これについてはありがたいことなんだけど)………よく考えてみたら、悪いことばかりじゃないのか。
でもなあ……
「真くん、今日は帰りに翠屋さんに寄ろうよ寄ろうよ」
「……2回言うな」
「えへへ」
「な、何だよ」
「真くんまるで靖臣くんみたいだよみたいだよ」
ちなみに「靖臣」というのは小鳥やお姉ちゃんがなりきっている作品の主人公の名前だ。
「……語尾を2回繰り返されたら、普通は言うだろ」
普通に返しただけだぞ。
「そんなことないよ。ゆいちゃんは何も言わなかったもん」
「ゆいちゃん言うな」
びし、と頭にチョップ。
「痛いっ!真くん乱暴なんじゃないカナ…………」
「小鳥が悪い」
ただでさえおかしくなりそうなのに、唯子まで巻き込まれたらたまったもんじゃない。
これもゲームの影響、前はずっと「唯子」と呼んでいたのに、ゲームに出てくるキャラクターが「初子」という名前で、小鳥が影響を受けたキャラクターがその「初子」を「ういちゃん」と呼んでいたもんだから、唯子もすっかり「ゆいちゃん」と呼ばれるようになってしまった。
また唯子自身が満更でもないみたいで、嬉しそうに答えるもんだからすっかり「ゆいちゃん」になってしまったんだよなー。
「うー…………」
恨めしそうな目で俺を見る小鳥。でも俺は悪くないぞ、絶対。
とはいえ、このまま放置していると後々面倒なことになる。
小鳥はお姉ちゃんに、俺の行動を報告する役割を担っているから。

「お姉ちゃんだって本当は真くんにこんなことしたくないのよ?真くんが心配だから仕方なくしているんだぞっっっっ!」

どこまで信じていいのやら。
とはいえ、逆らえば問答無用の「お姉ちゃんぱんち」が炸裂してしまう。それは嫌だ。
仕方がない、ご機嫌とっておくか…………
「そんなにむくれるなって」
「うー」
「こーとーりー」
「う―――」
やれやれ。
「わかったよ。モンブラン一つ奢るから」
「真くん話せるよね話せるよね!」
………………すげえ疲れる。


「あ」
「あ」
「あ、小鳥と真一郎!」
「あ、ゆいちゃん!」
俺たち馴染みの店「翠屋」、いつも満席のこの時間。
少し待つのを覚悟して店に入ってみたところ、見知った顔ふたつ発見。
クラスメートの御剣いづみと、俺と小鳥の幼馴染の鷹城唯子がそこにいた。
「なんだ相川、野々村と帰り道デートか?」
御剣が含みのある顔で俺を見る。
「あ、あややや。そんなんじゃないよそんなんじゃないよ」
小鳥が真っ赤になってわたわたする。それじゃあ小鳥はそう思っているって認めているようなもんじゃないか。俺にはそういう意識は……あるのかないのかわからない。
「うんうん。せーしゅんだねえ」
にこにこと唯子が笑う。多分こいつは何も考えていない。
「ゆ、ゆいちゃん。ちがうよちがうよ」
………………2回言うなっての。

「2人とも食べに来たんでしょ?ならいーよ、ここ来て。相席しようよ」
唯子が4人掛けのテーブルの空いている隣の椅子をばしばし叩く。
「真くん、どうしようカナ」
小鳥が困った顔して俺を見る。
「いやあ、遠慮しておくよ。気持ちはありがたいけど。「折角2人きりに」なったのに、俺と小鳥が邪魔しちゃったら、悪いからなあ「御剣」に」
部分誇張で言ってやる。
「…………相川、それはあたしへの挑戦状と受け取っていいのか?」
すぐ噛みついてくる御剣。この2人、女の子同志ではあるがお付き合いしている関係なのだ。
「べつにー?」
本当のことを言っただけだ。
「あはん。気にしないでいーよー」
唯子が赤くなってもじもじしだす。
「そうだ野々村気にするな。一緒にここでケーキ食おうぜ」
俺を無視して小鳥を懐柔に回る御剣。
相席自体には2人とも抵抗がないらしい。御剣のは俺への嫌がらせか。
「えっと、えっと…………真くんが一緒なら、いいよいいよ」
この場でなおも二回言うか小鳥。同化率高まりすぎ。
「しんいちろ、一緒しよ!」
唯子が俺の腕を取る。
「あ、こらやめとけ唯子。御剣の目が「じぇらしい」に燃えているぞ」
「…………そんなこと全然ないぞ。それより野々村、遠慮なく座っていいんだぞ」
「はわわわっっ」
み、御剣の奴……小鳥を抱きかかえたまま、座りやがった!
ちくしょー………
「しんいちろも唯子の膝に乗る?」
……………………言うに事欠いて何を言い出すか。唯子のくせに。
「ていっ!」額にチョップ!
「あいたっっ!」
「…………ふん」
むっとして唯子の隣の席に腰をおろす。
「いたたた。もう、ひどいなあしんいちろーは」
文句を言いながら唯子も座る。
「相川は嬉しいのを我慢しているだけだよ。可愛いじゃないか」
御剣がとんでもないことを言い出した。
「なんだー、そかそかー。かわいいねえしんいちろーは、なでなで」
唯子は俺より背が大きい。時々こうやって俺のことを子供扱いする。むかつく。
「うー…………」
「ほらほら、そうやって威嚇をしない威嚇をしない」
「…………ならいい加減小鳥も解放しろ」いつまで小鳥を抱いているつもりなんだよっ!
「ああ、そうだった。すまん野々村。あまりにも抱きごこちがよかったんで、つい独占してしまった」
「あや、あややややや」
小鳥は真っ赤。
「いらっしゃいませー」
その時、ウエイトレスさんが俺と小鳥の水とお手拭きを持ってきた。
「ご注文決まりましたらお呼びくださいね」
「モンブラン!」
即答だった。まるで迷うことのない力強いオーダー。目が恐いです、小鳥さん。
「は、はははははいっっ!」
あ、ウエイトレスさんまで気圧されてるし。
「え、ええっと……そちらのお客様は……」
あ、そうか。俺も頼まないと。
「ただいま当店では新作試食キャンペーンをやっております。そちらは割安でサービスしていますので、よろしければお試しください」
新作の試食かあ……翠屋さんのだったら外れはないだろう。それにするか。
「じゃあ、それとコーヒーを」
「はい、かしこまりました」


高校生、女子が三人は実に姦しい。
あれやこれやと賑やかに盛り上がる。
見ていて実に微笑ましい。
「相川」
少し引いた位置で三人の会話を聞いていた俺に、御剣が呼ぶ。
「何だよ」
「会話に入ってきなよ。大丈夫だから」
顔に悪戯っぽいものが浮かぶ。何か含みがある言い方だ。
「どういう意味だよ」
「周囲から見れば、立派な女子高生4人組に見えるってこと」
「…………御剣。俺が着ているのは男子の制服」
湧いた怒りを押し殺す。
「大丈夫大丈夫」
「御剣。やはり俺たちはいつか、決着を付けねばならん関係のようだな…………」
「あわわわ、しんいちろー、冷静に冷静に」
止めに入る唯子まで2回言うようになってきた。軽く眩暈がする。いや、この場合は2回でもいいのか。もうなんだかわけわからなくなってきたぞ。
「…………真くん、ごめんなさい……」
いきなり小鳥が謝ってくる。
「どうかしたのか?」
「最近わたし、食べものに栗が入っていると見境なく食べるようになっちゃって……」
その一言でぴんと来た。慌ててテーブルを見る。
「ああああっっ!俺のマロントルテがっっ!」
皿を残して見事に空。まだ2口しか食べてなかったのに…………
「一口食べてみたらすっごく美味しくって……ごめんなさい。わたし意地汚いんじゃないカナ……」



本格的に眩暈が強くなってきたので、俺だけ帰ることになった。
あああ、最悪な一日…………


「お帰りなさい真くん」
「あれ?」
鍵が開いてたからそうだろうと思ってたら、やっぱりお姉ちゃんが家にいた。
テーブルの上のカップには、煎立てのお茶が湯気を立てていた。
「お姉ちゃん、どうしたの?」
「野々村さんから連絡を受けたのよ。真くんが心配だから、って」
…………小鳥もそれなりに気を使ってはいるらしい。
でも、あいつにだって責任はある。これぐらいやってくれて当たり前だ。
明日はしかるべき罰を与えてやらないと。
まあそれはそれ。お姉ちゃんが来てくれたことには感謝。
「ありがとお姉ちゃん」礼を言ってお茶を飲む。美味い。
「いいのよ真くん」
ん?
いま、ぞく、となったぞ?
風邪、かな?
「それよりもお姉ちゃん、真くんに聞きたいことがあるんだけど、聞いてくれる?」
ぞく、ぞく、と。背筋が凍る。
お姉ちゃんの言葉に反応するように。
なんだろう、すごく恐い。
「聞いてくれるわよね」
「は、はいっ!なんでしょうっ!」
恐い。
「どうして翠屋さんに行く前に、お姉ちゃんに声をかけてくれなかったのかしら」
!!!
うわ、うわ、うわああああっっ!
そ、そうだ!お姉ちゃんは、ケーキが関わると人格変わる人だったんだ!
「まさか忘れるわけないわよね?「いつも」言っているもの」

「真くん。ケーキ屋さんに入る時は、必ずお姉ちゃんと一緒に入るのよ。約束だからね。もし約束を破ったらその時は…………」









泣きながら土下座して、機嫌が直るまでの1週間、毎日翠屋に付きあわされたのは言うまでもないことだ。
そして、小鳥だけとは絶対に、2人だけでケーキ屋に入るのはやめようと強く誓った秋の夕暮れ。
めでたく新メニューに追加されたマロントルテは、甘く、そしてほろ苦かった。





おしまい


 すっかりキャラの性格とか話の流れとか、あと書き手の趣向とかで(爆)染まってしまっている小鳥。
 自分でも気付かずに徐々に侵食されていく真一郎。
 最早留めない勢いの瞳様。
 そんな三人のトライアングルハートが(あれ?)醸し出す秋桜ワールドの行き着く果ては一体!?

 もりたとおる様、本当にありがとうございました。


もりたとおる様のHP 



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