『愛の重圧』
鼓動。 これからすることへの感情。 どきどきする。 わくわくする。 ついに、ついにこの時が来た。 真雪さんに勝った。 剣で、勝った。 「くそ・・・負けたよ耕介」 稽古してくれた薫や皆の協力のお陰で、ついに掴んだ。 あと三日遅かったら料理に細工しようかと思ったがそこまでいかないで本当によ かった。 正々堂々と正面からぶつかり、そして勝てた。 そう、俺はこれで堂々と知佳と付き合える! 「おめでとうお兄ちゃん・・・それと、ありがと」 「・・・知佳のお陰だよ」 知佳が応援してくれたから、知佳がいてくれたから、頑張れたんだから。 「・・・・えへへへ」 やっと晴れて堂々とべたべたできる。 この笑顔を、全てを独り占めできるんだな。 そして・・・・ずっと我慢していた行為も・・・ 「・・・お兄ちゃん、来週の土曜の夜・・・部屋に行っても・・・いい、かな」 きた。 来た! 来たあっ! 一日千秋の思いで待ち続けてきたこの時が! 知佳と、結ばれるこの時を! 『真雪さんに勝つまでは絶対にしない』 と俺たちは誓いを立てたんだ。 そうすることでより必死になれると思ってのことだった。 効果絶大だったと思う。 負け続けた日々の間にぎゅっと知佳を抱きしめる度に湧き上がる感情を必死で押さえ 込んでいた。 それは渇きの限界にきた吸血鬼の目の前に最愛の人物が笑顔で喉を差し出されている ような状態。 我慢しすぎて死にそうに何度なったことか。 本当は今夜にでもしたいぐらいなんだけど、それは無理だ。 知佳が来週にしたのは理由がある。 愛さんが美緒とリスティを連れて旅行に行くから。 この階に俺だけしかいない来週の土曜に、ということだ。 『初めてのときは・・・好きな人の部屋で・・・・と思っていたから』 だから密かに用意していた「温泉旅行三名ご招待券」を今の今まで持ち続けていた。 この日のために。 しかもその来週の夜にしたのも理由がある。 真雪さんの締め切りがその日の夕方までらしいんだ。 終われば寝てしまうはず。 毎回ぎりぎりだから今回もきっとそうだろう、さっきの勝負も「原稿が進まないスト レス発散させるため」に受けてくれたんだから。 ひとつふたつ不安があったが、それはその時考えよう。 とにもかくにも、俺は今から念入りに部屋掃除と俺自身を磨いておかないと。 ====1週間後==== 「いってくるのだー!」 「行ってきます」 「おみやげ、買ってきますからねー」 首尾よく三人は出かけていった。 「おおおおおおおわたあああああああああっっ!」 「先生!ありがとうございますううううっっ!」 感涙にむせいで編集さんを見送る真雪さん。 これで後は夜を待つだけ。 みなみちゃんや薫は気にしないでいい。 問題はゆうひだ。 あいつはバイトで帰りが遅いから、料理に細工することも出来ない(地佳に滅茶苦茶 怒られたから本当にやることはないけど)。 それが唯一の不安材料。 まあなるようになるだろう! とにかく今はやれることをやっておこう。 そういうわけで今日6回目の入浴タイムを取ることにした(笑) 「よっしゃ盛り上がるぜええええ!」 「おーっ!」 「駄目ですっ!」 「ほええええ・・・・」 「あらあらまあまあ」 「・・・・・・・・なんでこうなるんだ?」 「あははははー・・・・・・・・・」 リビングは宴会会場になっていた。 居残りの真雪さん、ゆうひ、薫、みなみちゃん、十六夜さん勢ぞろいの。 「甘いよ耕介。お前たちの魂胆なんか見え見えなんだよ。あたしの知佳に出来る残さ れた任務は「綺麗な身体で嫁に出す」ことだけだからな。貞操は絶対に死守するぞ」 この人が首謀者か。 「うちらが寝ている下でべたべたなんかさせへんでー。今夜は朝までてってーてきに 飲んで邪魔したるんやー」 既に出来上がっているらしいから余計にたちが悪い。 「祝福はしますが、過度の交際は認めるわけには行きません」 薫らしい判断だと思う。 「あはははー・・・ついなんとなくー・・・」 実にみなみちゃんらしい。 「私は薫の監視役ですから、気になさらないで大丈夫ですよ」 そうは言ってくれるけど、ここにいられること自体があれなんですが十六夜さん。 「おーい耕介!酒出してくれー!」 「お酒足らんで耕介くーん」 ・・・・・・こいつら・・・・ 「あーわかったわかった!」 キッチンに移動する。 「・・・・お兄ちゃあん・・・・」 そこには悲しそうな顔した知佳。 「今夜は・・・駄目みたいだね・・・・」 そんな顔するな。 俺だって辛いんだから。 「お風呂に何回も入ったのに」 俺なんか8回入った。 「本読んで色々勉強したのに」 俺もビデオで勉強した。 「ちゃんと大丈夫な日だって計算もしているのに」 ・・・・そこまで計算していたとは・・・ 「俺の負けだ・・・」 「え?」 「あ、いや、何でもない」 「・・・・でも、全部無駄になっちゃったね・・・・」 ・・・・・・・・・・・・・・・いや。 「無駄にはさせない!」 「え?お兄ちゃん?」 ある、まだ手が! 酒を掴む。 「酔い潰す。あいつら全員」 それからゆっくりとべたべたすればいいんだ。 「だ、駄目だよ!みなみちゃんだって薫さんだって未成年なんだよ?」 「花見のときを忘れたのか?」 花見の時は美緒を除いて全員飲んでいた。 「で、でも・・・」 「大丈夫だよ。みなみちゃんも薫も弱いし、真雪さんは疲れ溜まっているはずだ」 十六夜さんは薫の監視役らしいから薫が戻れば一緒に戻ってくれるだろう。 ・・・・・問題はゆうひだが・・・・なるようになる! 「ただあいつら結構鋭いからな、カムフラージュするためにも俺たちも飲もう」 「・・・・あたしはいいけど・・・・」 ならそれでいくしかない! 「・・・・・・・・・・・・・・・くー」 みなみちゃん、あっさり陥落。 「・・・・・・・・・・・・・・ちかぁ・・・むにゃむにゃ」 難敵真雪さん、結構簡単に沈没。 「・・・・・・・すー、すー・・・」 「あらあらまあまあ」 薫も予想通りすぐに寝落ちしてくれた。 「・・・・・・・すー・・すー・・・」 最大の敵、ゆうひまでもがノックダウン。 まさかここまで簡単に片付くとは思いも寄らなかった。 「・・・・・・おにいちゃん・・・・くふふふ・・・・」 知佳まで寝るほどに。 「・・・・・意味ないじゃん・・・・」 呟かずにいられない。 落胆する俺の前で予想外の展開が待っていた。 「・・・・・もう、お芝居はいいよね」 「え?」 すっくと知佳は立ち上がる。 「えへへー、騙してました」 「・・・・おお!」 すごいぞ知佳!あんなに浴びるように飲んでいたのに! 「よし!なら早速!・・・・と、その前に」 ここにいる連中をどうにかしないとな。 「知佳は部屋で待っててくれ。俺は彼女たちを部屋に運ぶから」 十六夜さんは「夜風に当たってきます」と言って今外にいるからこの会話は聞かれて いないだろう。 「え?手伝うよあたしも」 「いいって」 テレビに話しかけている子にさせても無理だろう(やっぱり酔ってたらしい)。 「まずは・・・薫から・・・」 抱き上げる。結構軽いんだな。 「・・・・む」 知佳が呟いたような気がしたが、とりあえず気にしないでおこう。 そのまま部屋へ。 ふんわりと香る匂いが鼻をくすぐる。 「・・・・・・・・・いい匂いだな・・・」 「さて、どうしようか」 と、困っているところ 「あらあらまあまあ、すみません耕介様」 十六夜さんが上がってきた。 「知佳様に教えていただきました。耕介様が薫を運んでくださったと。後は私にお任 せくださいませ」 「あ、はい。ではお願いします」 よし、一人終了。 しかしえらくいいタイミングできたな十六夜さん。 「うう・・・重てえ・・・・」 次は真雪さんだが、今度は結構重い。 こりゃ「お姫様抱っこ」じゃ無理だ。背負うことにしよう。 むに むうっ!? 背に当たる感触は! いいいいいいかん!おかしくなりそうだ。急ごう! 早足で部屋に運ぶ。 「あれ?」 真雪さんのベッドまでのドアが全て開いている。 「・・・・・・・・・まあいいか・・・」 静かに下ろす。 次次っと。 「うふふふふー・・・・・」 幸せそうな夢だなおい。 ゆうひは夢でかなりハッピー気分を満喫しているようだ。 さて、と。あとはベッドの横たえればよし。 「・・・・・愛してるでー」 「お・・・・おい」 ゆうひをベッドに下ろそうとして腰を落としたとき、首を抱えられた。 「な・・・・ちゅーしよ」 「いいっ?」 よ・・・・酔ってるんだよな、ゆうひは。 「なー、早くー」 「いやそれはまずいって」 思わずきょろきょろと見回してしまう。 なぜか誰もいなくとほっとする。 「なー・・・・はーやーくー・・・」 もう一度見回す。 誰もいない。正面にいるのは唇を少しだけ突き出しているゆうひ。 ・・・・・・・・・・・・・・ごくり。 据え膳食わずは男の恥。 女の子に恥をかかせるわけにはいかない。 すまん知佳。これも俺の仕事なんだ!(強引な解釈) ・・・・・・では・・・・・ ぶむ 「おわっ!?」 いきなり目の前にカメのぬいぐるみが! 「・・・・・んー・・・うち、しあわせやー・・・・」 満足そうにカメのぬいぐるみを抱きしめちゅーちゅーしまくっているゆうひ。 「・・・・・・まあいいけど」 正直ちょっと残念な気もするけど、知佳に顔向けできるからよしとしよう。 あと一人・・・・みなみちゃんだけだ。 「・・・・・・・・・・・・・・・・・あれ?」 みなみちゃんがいない? ど、どこに行ったんだ? 探さないと! まずはみなみちゃんの部屋に! 自力で帰れるような状態じゃなかったけど、とりあえず。 「すー・・・・・すー・・・・・・・・」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・いるし」 ちゃんとベッドで。ちゃんと布団までかけてある。 「・・・・・・・くー・・・・・・・・・・」 謎だ。 だがまあいいや。ちゃんと部屋で寝ていてくれてるわけだし。 ・・・・・・・・・・・・・待たせたね、知佳。 今すぐ行くからな! 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・くー」 あら? 確か俺、「部屋で待っててくれ」って言わなかったか? しかも皆を運ぶときには知佳はいなかったんじゃなかったか? どうしてここで寝てるんだ? 知佳はリビングで横になっていた。 狸根入りであることはわかっている。 見開いた目を俺に向けているからだ。 「知佳?どうしてここに?俺部屋で待っててって言ったよな?」 「・・・・・・・・あたしも運んで欲しい」 「はい?」 「あたしも皆みたいに抱っこして運んで欲しいの!」 なるほど、そういうことか。 それでわざわざここに戻ってきたんだな、かわいーやつ。 「だからお手伝いしたんだよ全部」 一瞬知佳が何を言っているのか分からなかった。 「え?それはどういう意味?」 知佳の顔、ちょっと怒っているように見える。 「十六夜さんに教えてあげて、まゆお姉ちゃんの部屋のドアあけてあげて、ゆうひ ちゃんにカメさん抱かせてあげて、みなみちゃん運んで布団かけてあげたんだよ」 ・・・・・・・・・なるほど。 知佳が手伝ってくれたのか、納得。 だから十六夜さんはすぐきてくれて真雪さんの部屋のドアあいてて、ゆうひと俺の前 にカメが出現してみなみちゃんが布団かけて寝てたのか・・・・・っておい! 「・・・・・・・・・・・・・・・知佳さん?まさか・・・・見てた?」 「見てた」 すさまじいまでの重低音な声。 「うわあああ!ごめん!ごめんなさいいいい!」 俺の必死さに呆れたのか、知佳がうってかわっていつもの口調でやわらかく微笑む。 「・・・・・お兄ちゃん優しいから仕方がないよ」 ・・・・・・・じーん・・・・ 「うう・・・・知佳は天使のようだ」 って、演出のつもりか本当に羽根出してるし。 「よし!こうなったら思いっきり優しくしてやるぞ!」 「・・・・・・・・・・・・・・・うん・・・・楽しみ」 俄然萌えてきたもとい燃えてきた! あっという間に部屋に運んでやる・・・・・! 「・・・・・・・・・・あのー・・・・」 「・・・・早く運んでー」 いや、そうしたいのはやまやまなんだけど・・・ 「重いんですけど」 動かない。 「あーお兄ちゃんひどーい!女の子に言ってはいけない台詞ベスト3に入る言葉だよ それ。でもあたしは許してあげるけど」 「ああ、ごめん!・・・・じゃなくって、・・・・ひょっとして・・・フィールド カットしてないか?」 つーかどう考えてもそうとしか思えん。 「してるよー」 あっさりと答える。 「・・・・・運べないって」 「愛があるから大丈夫だよ、愛は無敵!」そう言ってけらけらと笑う。 どうにも様子がおかしい。 そういえば知佳も酔っていたんだよな。 「おにーちゃん・・・早くぅ・・・・」 「いやだから無理」 本来の知佳の体重は150キロ近い。 絶対無理。 「・・・・じゃあここでしようか」 言って服を脱ぎだす。 「うわ!やめろって!」 にこ、と笑って服を着る(まあ実際のところ脱ごうとしただけなんだけど)。 「はい。連れて行って・・・・これはゆうひちゃんに浮気しようとした罰なんだから ・・・しっかりとこなしてね」 ・・・・・・・・保ってくれ、俺の腰! 任務完了の代償は全治三ヶ月の腰痛となった。 おしまい。