目覚まし時計


2008/11/14




ある冬の日 商店街の骨董品屋で 変わった時計を見つけた

「…冬弥くん、冬弥くん」
「ん? 今、由綺の声がしたような?」
「冬弥くん。ここだよ、ここ」
「え? どこだ? ゆ、由綺!?」

俺が見つけた由綺は 骨董品の横で手を振っている 手の平サイズの由綺だった
由綺は俺が気がついたことに とても嬉しそうに喜んでいる

「どうしたんだ、お前? こんなところで何やっているんだ?」
「実は、わたし、目覚まし時計になったの。冬弥くん、わたしを買ってくれる?」
「買うも何も。お前、売り物じゃないだろう?」

俺は由綺に手を伸ばそうとした
その時 グルーチョ眼鏡を付けたピンク色の髪の少女が 俺たちの間に割って入ってくる
そして 眼鏡ついた髭をぴょこぴょこと動かしながら 少女は俺のことをじろじろと見た

「ちょっと、お客さん。勝手に商品に触ってもらっちゃ困りますなあ」
「由綺は商品じゃないぞ。俺の恋人だ。返してくれ」
「ほうほう。あなたがそうですか。ですが、これは契約ですからお返しすること
はできませんぞ。どうしてもと言うのなら、御代を支払ってもらわないと駄目ですなあ」
「契約? 何のことを言っているんだ」

俺は少女に問い質そうとしたが そんな俺を宥めるように由綺が言う

「冬弥くん、冬弥くん。お願い。この人の言うとおりにして。お願いだから」
「由綺…」

由綺がそう言うのなら仕方が無い
俺は財布を取り出すと 少女の要求する金額を支払った

「まいどおおきにー。今後とも五月雨堂をよろしくたのもー」

手もみをしながら 由綺を購入した俺を送り出す少女
俺は由綺を胸のポケットに入れると 由綺が苦しくないように少し上着を開ける
そして 俺は人目を気にしながら 由綺を大事に抱えるようにして帰宅した



部屋に戻り 由綺をテーブルの上に乗せる
由綺はテーブルの上で 体をほぐすように背伸びをすると 俺を見上げて嬉しそうに笑った

「ねね。冬弥くん。コーヒー淹れてあげよっか。外は寒かったから、体が温まるよ」
「え? ああ。それは嬉しいけれど。淹れられるのか?」
「大丈夫。任せて」

由綺はそう言って胸をどんと叩くと テーブルの上をちょこまかと走り マグカップのところに駆け寄る
そして マグカップの中を覗き込んで 中が空だと確認すると 今度はマグカップを引き始めた
しかし 自分の身長の半分ほどのマグカップは 由綺が体重をかけてもなかなか動かない
仕方がないので 俺は手を貸す事にした

「どこに置けばいいんだ?」

俺はマグカップを持ち上げると 由綺は「わあ」と息を漏らして 宙に浮くマグカップを見上げる

「えーとね。そう。あそこ。こっちに持ってきて」

由綺はまるで工事現場の誘導員のように オーライと声をかけながら マグカップを誘導する
そして 由綺はイスの前のテーブルに置く場所を指示し 俺はその場所にマグカップを置いた

「次はどうするんだ?」
「えとね。冬弥くんは、イスに座っていて下さい。後はわたしがやるから」

由綺が微笑みながらそう言うので 俺は指示に従ってイスに腰を下ろす
すると 由綺は再びちょこまかと走り出し テーブルの端のカゴに向かう
そして カゴの中に転がり入ると スティック状の袋に入ったインスタントコーヒーを抱きかかえた
由綺はそのコーヒーをカゴから外に出すと 自分もカゴから這い出て もう一度コーヒーを抱きかかえる
そして 足元をふら付かせながら 由綺はスティックコーヒーを運んできた
それから由綺は スティックの端を上手に破ると それを持ち上げてこぼれないようにマグカップに入れる
コーヒーをマグカップに入れ終えた由綺は 額の汗をひと拭いする
すると 急に何かを思い出したのか 顔色を青くさせると 泣きそうな目で俺を見上げた

「由綺。今度はどうしたんだ?」
「…あ、あの。冬弥くん。お湯がね。お湯が無いの」

そりゃそうだよなあ

「わかった。ちょっと待っていろ」

俺はキッチンに行くと ヤカンに水を少し入れ コンロに置いて火に掛ける
その間に 俺はふと思い出して 戸棚に飾ってある玩具のミニチュアカップを取ってくる
そのカップは その昔 由綺が何かのおまけに付いてきた物を 俺の部屋に置いていったものだった
俺はそのカップを水洗いすると しばらくしてお湯が沸いたポットと一緒に テーブルに持っていく

「あっ…。このカップ。冬弥くん、まだ持っていてくれたんだ」
「由綺が置いていったんだろ? でも、まあ。本当に使う時が来るとは思わなかったけれどな」

俺がマグカップの中にお湯を注ぐと コーヒーの香りが立ち昇り鼻孔をくすぐる
手にしたヤカンをコンロに戻し 俺はミニチュアカップでコーヒーを少し掬い取り それを由綺の前に置いた

「冬弥くん。ありがとー」

俺は片手で 由綺は両手で持ったそれぞれのカップを 小さくチンと触れ合わせた
そして コーヒーを口に含む 俺と由綺

「…美味しいね。とっても、あったかいよ」
「そうだな。由綺が淹れてくれたコーヒーは美味しいよ」
「お湯は冬弥くんが入れたから、二人で淹れたコーヒーだよ」
「ああ。そうだな」


その後 俺と由綺は一緒にオセロをして遊んだ
始めはお互いに対峙していたが 由綺の低い視点からでは全体を見渡しずらい
そのため 打つたびに 俺は由綺を肩や頭の上に乗せてやった
一回ずつ上げ下ろしするのは なかなか面倒だったが 考えたり走ったりする由綺の姿は なんか愛らしい
由綺はこういうゲームは苦手なので 俺はワザと負けてやった
由綺はとても喜んでいた

夕食は外で弁当を買うことにした
由綺は自分が作ると言い出したが とても今の由綺にキッチンを任せることはできなかった
俺は胸ポケットに由綺を入れると 大きめのジャンパーを羽織り 由綺が苦しくないようにマフラーを首に巻く
こうすると由綺は マフラーの間から顔をのぞかせる格好になる



俺たちは 明かりの付いた夜の街を歩き 冬の冷たい風を感じていた
ときどきお店のウインドウの前で足を止め 店頭に飾ってある洋服や小物などを眺める
街は景色は 様々なイルミネーションと白い綿や布 そして 赤服の爺さんが溢れている
街灯に付けられたスピーカーから流れてくる軽快な曲は この頃になるといつも
出てくるお馴染みのクリスマスソング
そして そのクリスマスソングに合わせて 歌を口ずさむ由綺

こうして二人で一緒に街を歩くのも 本当に久しぶりだ

「…冬弥くん」
「ん? 何だ?」
「何か楽しいね」
「ああ。楽しいな」
「このままずっと、こうしていたいな…」

そういう由綺に 俺はどう答えようかと迷った
いろいろ聞きたいこともあるし 言いたいこともたくさんある
だけど 俺は 今の自分の気持ちを素直に言うことにした

「…ああ。俺も由綺とずっと一緒にいたい」

小さく息を呑む由綺の声が 俺の胸元でかすかに聞こえる
そして 次に聞こえてくる 由綺の嬉しそうに泣くしゃくり声
まったく 相変わらず感動しやすいヤツだな

「泣くなよ。馬鹿だなあ」
「…だって。嬉しかったんだもん。不安だったんだもん。会いたかったんだもん」
「ああ。そうだな。俺も会いたかった」

それから俺たちは しばらく街を歩いた後 部屋に戻った



翌朝 俺が起きてみると 由綺の姿は無かった
まるで夢のような一日だったが テーブルにはマグカップとミニチュアカップが 寄り添って置かれていた

あれは何だったのだろうか?

いいや そんなことはどうでもいい
今の俺には それよりも大切なことがあった


由綺に会いたい


俺はそう心の中で叫ぶと ジャンパーを着込み 部屋を飛び出した



< 終わり >




 五月雨堂謹製?の森川由綺の目覚まし時計。冬弥がそれによって目覚めるのは一体何なのか。
 ちょっぴり不思議でほんのりと暖かい、そんな冬の日の魔法は全ての人に幸せを送り届けてくれるかのようです。

 来年のWHITE ALBUMアニメ化というタイミングに合わせたかのようなこの時期に届けられた、りーふ図書館館長まさた様からの一足早いクリスマスプレゼントを皆様と共に。
 GIFT更新というものが事実上途絶えてから幾年月、本当に久しぶりで嬉しい限りです。
 まさた様、本当にありがとうございました――は、まだ早い。続けてもう一つ、是非どうぞご覧下さい。






目覚まし時計 アナザー





ある冬の日 商店街の骨董品屋で 変わった時計を見つけた

「……」
「ん? 今、誰かに見られていたような気がしたような?」
「……」
「おっ。可愛い女の子の人形だな。よく出来ているなあ」

俺が見つけたのは とんがり帽子とマントを身に着けた 手の平サイズの大人しそうな女の子だった
女の子は俺が気がついたことに気が付くと 少し恥ずかしそうに俯いてみせる

「あれ? いま動いたような…?」
「ちょっと、お客さん。勝手に商品に触ってもらっちゃ困りますなあ」
「え?」

俺は女の子に手を伸ばそうとした その時 グルーチョ眼鏡を付けたピンク色の髪の少女が声をかける
俺はその手を止めて少女を見ると 少女は眼鏡ついた髭をぴょこぴょこと動かしながら 俺のことをじろじろと見た
そして 次の瞬間 俺は指先が何かに掴まれた感覚を得た
慌てて指先を見ると そこには タキシードを着た手の平サイズの白髪の老人が 俺の指先をしっかりと押さえている

「お嬢様に手を出そうとは。不届き千万! 恥知らずな痴れ者めが!!」

老人は「喝ーーッ!!」と大声で叫ぶと 俺は気圧されてその場で尻餅をついた

「あーあ。お客さん。勝手に開封しちゃって。どうしてくれるんですかあ?」
「か、開封って。何のことを言っているんだ?」

すると 老人はピンク髪の少女に 礼儀正しく向き直る

「スフィー殿。この小僧に開封を許したのは私の不注意でもあります。これも何かの縁。
この小僧を少し教育してきたいと考えております」
「うーん。それはいいんだけど。こっちも契約だからねえ。御代を支払ってもらわないとなあー」
「そうですな。おい! 小僧! 御代をお支払しろ!!」
「ど、どうして俺が金を払わなくちゃいけないんだ。それに、小僧言うな。俺には藤井冬弥という名前があるんだ」
「貴様なんぞ小僧で十分! さあ、さっさとしないか!」
「誰が金を払うか! …あ、あれ。体が勝手に…さ、財布が…」

俺の意思とは無関係に 体が勝手に動きだす
そして 財布を取り出すと 少女の要求する金額を支払った

「まいどおおきにー。今後とも五月雨堂をよろしくたのもー」

手もみをしながら 老人を購入した俺を送り出す少女
俺は老人の入った紙袋を持て余しながら 人気の無い路地裏にやってくる
そして 俺はどこかのマンションの燃えないゴミの箱を開けると そこに紙袋ごと老人を捨てて逃げるように帰宅した



部屋に戻り 俺はテーブルの添えられたイスに 疲れたように腰掛ける
そして うな垂れた頭をもたげると テーブルの上に仁王立ちする老人の姿があった

「な、な、なんで!?」
「この愚か者! 来栖川財閥の情報網とこのセバスチャンの力を見くびるでない」
「は、はあ?」
「まあ、いい。藤井冬弥といったな。貴様のことは少々調べさせてもらった。森川由綺という幼馴染を恋人としながらも、
手短な女性にことごとく手を出し、更には自らの意思も出せずに流されるままの『ヘタレ』の代名詞だと聞く。
貴様には羞恥心と言うものが無いのか? 大人しそうな顔をしくさって、やることは極悪非道、鬼畜並だな。
それとも不倫や二股が貴様のステータスか?」
「そ、そんなの関係ないだろ。俺は女の子の傷付いた心を癒してあげているだけだ」
「貴様のやっていることが、一番女性を傷付けていることではないか。まあ、よかろう。
このセバスチャンが貴様の曲がった根性を叩きなおしてくれよう」

老人はそう言うと テーブルの上を移動して マグカップのところに近付く
そして マグカップの中を覗き込んで 中が空だと確認すると 今度はマグカップを持ち上げた
老人はそのままマグカップをイスに座っている俺の前に置き 今度はテーブルの端のカゴへと向かう
そして 今度はカゴの中に飛び入ると スティック状の袋に入ったインスタントコーヒーを持ち上げた

「ちょっと待て。おいジジイ。お前は何をやっているんだ」
「決まっておろう。コーヒーを淹れてやるのだ。このセバスチャンが淹れるのだ。ありがたく飲むが良い」
「っていうか、この展開。まさか…じゃないだろうな」
「まさかに決まっておろう。この後はオセロゲームをし、その後は街へ夕食を買いに行くのだ」
「じょ、冗談じゃない。止めろ! 止めてくれ!!」
「貴様はもうハマっているぞ」
「うわああーーーーっっ!!」



翌朝

俺は心の中で老人の名前を叫ぶと ジャンパーを着込み 部屋を飛び出した



< 終わり >




 そして謀略と陰謀渦巻く五月雨堂の子泣き爺もとい長瀬源四郎ねんど○いど時計。
 正直、目覚まし時計としてはこっちの方が目覚めには良さそうです(笑)。目覚めは悪そうですが。
 今度こそ、まさた様、本当にありがとうございました。


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