愛兄妹:理奈メモリアル


2001/01/23


 こんこんここん、とリズミカルなノックがし、ノブが回った。

「兄さん、お茶入ったわよ」

 トレースにティーカップとティーサーバを載せた理奈ちゃんが、ひょっこりと 
顔を出して、そのまま入ってきた。

「ああ、サンキュー」

 英二さんがチラッとだけ見て返事をする。

「ありがとう、理奈ちゃん」
「どうもね、冬弥君。でも、冬弥君も災難よね。折角のお休みなのに、兄さんの 
書斎の整理を手伝わされるなんて」
「なに、青年の仕事振りはいつも見ていて、実に要領がいいと感心していたから 
な。やはり手伝ってもらって正解だったよ。見ろ。もう半分以上片付いた」

 英二さんはそう言うと、軽く笑った。

「確かに、兄さんは整理整頓の能力が欠如してるからね。大体、さっきから手を 
動かしている冬弥君だけじゃない?」

 理奈ちゃんはそう言うと、軽く肩を竦めた。

 そう、俺は今英二さんと理奈ちゃんのマンションに来ていた。
 理由は大体今みたいな感じだが、別に理由がなんだろうと、理奈ちゃん(と英 
二さん)の住んでいる家に行けると言うのは、ちょっと特別な事のように感じる 。

 二人のファンとか芸能レポーターとかから見れば、俺は羨ましすぎる状況かも 
しれない。

 しかしながら、英二さんの書斎、というより書庫の量は膨大で、音楽雑誌はも 
とより、音楽理論の本から日本海外を問わない古今東西の小説、人文科学に生物 
学とありとあらゆる学術書、はては『サイエンス』誌10年分まで至る所に雑然 
と置いてある。

 このおっさんも、とぼけているようで、やっぱり頭はいいらしい。
 まあ、当然と言えば当然という感じがするけど。

「はい、冬弥君」

 理奈ちゃんが、ティーカップを渡してくれる。
 そんな時、奥の棚から出したダンボールの陰から見える、一つのダンボールが 
目に入った。

 目に入った理由はその側面に『理奈 〜Your my only shaining ster〜』と書 
かれてあったからだ。しかし、なんつーネーミングだ。

「英二さん、あれ、何ですか?」

 俺がそのダンボールに目配せをすると、英二さんは「おおっ」と感嘆の声を上 
げる。

「何だ、こんなところにあったのか。いや随分見かけないとは思っていたけど」

 懐かしそうな感じで、細い目をさらに目を細めて、そのダンボールを持ってく 
た。

「私の全て――ってあるけど、何?」
「んっ? 理奈の子供の頃からの写真とかそういった思い出。メモリアルだよ」
「へえ、アルバムとかですか?」
「ああ、アルバムもあるぞ。と……これかな?」

 ダンボールを開いてごそごそと中を探ると、一冊の古いアルバムを取り出した。

「そういえば、私って自分の子供の頃の写真って、あんまり見た記憶が無いわね」
「俺が大切にしまってたからね。特に理奈も見たいとは言ってこなかったし。ち 
なみにこれは理奈が0歳から2歳までの写真だ。他にはあとこれくらいかな」

 そう言うと、次々とアルバムを積み上げる。
 軽く20冊くらい。

「……これ全部私の? 父さんと母さんって、昔っから全然写真撮らなかったっ 
て言ってなかったけ?」
「俺が撮ったのさ。もちろん」
「これ全部ですか?」
「ああ、でなきゃ誰が撮るんだい青年? これでもまだ4分の1くらいだけどね 」

 英二さんが不思議な顔をする。
 確か英二さんと理奈ちゃんが10歳離れているから……。
 英二さんは10歳から妹マニアだったのか。
 さすがだ。
 尊敬には値しないけど。

「ねえ、さっさと見せてよ!」

 理奈ちゃんがじれったそうに言う。
 俺も早く見たい。

「じゃあ、順に追っていこうか?」

 英二さんは、その一冊目から順にページを開いていく。
 そこには、正に玉のような赤ん坊が写っていた。
 赤ん坊なんて、わりとみんな同じような気がしていたけど、理奈ちゃんは違っ 
た。

 赤ん坊の時から違っていた。

 なんたって全部カメラ目線。

 んでもって、泣いている時の写真とかも、まるで計算したかのようにいい感じ 
で写っている。この頃からもはや目覚めていたのか、自分の才能に?

「ははは。理奈は子供の頃からアクトレスだったからねえ」
「でも、この写真、ちょっとおかしくない? 私じゃなくてカメラマンの腕が悪 
いのね」
「おや、それは俺にけちをつけているのかい?」
「だって、これはもっと可愛く写ってもいい顔よ。これはカメラマンの責任ね」

 いくら天才の卵だったとはいえ、小学生の撮った写真にいちゃもんをつけるの 
はどーかと思うぞ。俺は。

 しかし、そんな事を言いながらも、写真どんどんとめくられていく。
 0歳から始まって、4歳くらいの時になった時だった、初めて理奈ちゃん以外 
の人間が写っていた。

 4歳の理奈ちゃんを膝にだっこして笑っている、ちょっと目の細い美少年。
 それはきっと英二さんだろう。髪が白いし。

 ん?

 髪が白い?
 なんで?
 14歳なのに。

「ほら、これは親父が撮った写真だな。俺が写ってる」
「やだ、兄さんわかーい!」
「当たり前だろ、まだ14歳くらいなんだから。今の俺の半分だぜ」

 くすくす笑う理奈ちゃんに、英二さんがちょっと拗ねたように言う。
 二人――少なくとも理奈ちゃんは変に思わないのか?

「あの、英二さんのこの髪って……」
「ああ、髪の色か、俺は6歳のころからこうだからね」
「それって、親とかに色を?」
「いや、自由意志。ポリシーかな」

 ポリシーって……。
 6歳から髪の色抜くガキが何処にいるんだ?
 どんな馬鹿だ?
 居るのか、そんなヤツ?

 ……。

 居た。
 目の前に。

「それはそうと、ちょっと次のには刺激的な写真があるぜ、青年」

 悪戯っぽい微笑み。

「刺激的?」
「ああ、なんと理奈の桜色のち……」
「ちょっと兄さん何! 変な写真見せないでよ!!」

 ああ、桜色の先が気になる!

「理奈のファーストヌードなのかな? いやあ青年これを見たらどうなることや 
ら」
「ちょっとダメ! それはダメだってば!! 兄さんいつのまにそんな写真撮っ 
たの!!」
「理奈のおしめを換えたり、ミルクを飲ませてやったのは俺だぜ。理奈のことな 
ら何でも知ってるさ」
「知ってる知ってないは関係ないの! とにかくその写真は没収だからね!」
「まあいいじゃないか。青年も見たいだろ?」

 こくこくと俺は条件反射的に頷く。
 いや、これは男として見逃すわけには……。

「冬弥君も頷かないのっ!」
「いいじゃないか理奈。青年に全てを知って貰うってのも」
「よぉぉ〜くぅぅ〜なぁぁ〜いぃぃ〜!」
「ほら青年見たまえ」
「ちょっと兄さん頭を……ヘッドロックはしないで……」

 英二さんが、右腕で理奈ちゃんをへッドロックして、左手で一枚の写真を俺に 
手渡してくれた。

 俺はそれを見た。

 うん。
 確かに桜色ちゃあ桜色。

 そこには、6歳くらいの理奈ちゃんが、ビニールプールで遊んでいる写真があ 
った。
 理奈ちゃんの名誉の為に言っておくけど、ちゃんとパンツは履いている。

「もうっ! 冬弥君たら何まじまじと見てるのよ!」

 英二さんの束縛から逃れた理奈ちゃんが俺の手から写真を引っ手繰り、それを 
見る。

「……って、なんだ子供の頃の写真じゃない。慌てて損したわ」

 ちょっと安堵したような顔つきになると、理奈ちゃんはまた俺に写真を手渡し 
た。

「青年」
「何ですか?」
「欲しかったらやるぜ」
「ごっつぁんです」

 俺はありがたく頂くことにして、その写真をシャツの胸ポケットに入れる。

「ごっつぁんじゃなーーーい!! 何!? 冬弥君そういう趣味の人だったの! 
?」

 理奈ちゃんが俺のシャツのポケットからまた抜き出した。

「馬鹿な! 俺がそんな趣味からこの写真を貰ったとでも思っているのかい、理 
奈ちゃん?」

 俺は久しぶりに真剣な表情を作る。

「……じゃ、じゃあ何よ」
「好きな人の事、全部知りたいと思うのは当然の欲求だろ?」
「ちょっと、冬弥君。に、兄さんが居るのに突然何よ……」
「いいや英二さんは関係ない。そんな好きな人の写真だったら、どんな写真でも 
欲しいと思ってしまうのが、好きになった人間の哀しさなんだ。いつの年齢の写 
真でも、好きな人間から見たら、それは掛け替えのない宝物なんだ! しかも子 
供の頃の理奈ちゃんすごく可愛いだろ?」
「まあ……私だし」
「それを欲しがるはいけないことなのかい?」

 止めとばかりに俺は理奈ちゃんの目を見つめる。

「そんな……そんなに冬弥君が欲しいのなら……いい……かな」

 頬を染めた理奈ちゃんの手が緩む。
 俺はその手からそっと写真を抜き取ると、またポケットに入れた。

 そんな俺たちの姿を傍目で見ていた英二さんが、俺を見つめると親指をぐっと 
突き出してアイコンタクトを送ってくる。

(理奈を丸め込むとは成長したな、青年)
(英二さんには、まだまだ負けますけどね)

 俺も親指ぐっして、アイコンタクト。
 最近の俺たちは仲がいい。

「やっぱり謀ってたんかーーーーい!!」

 ぱかぁぁぁぁん!!

 俺の頭にダイダルウェーブまっつぁおな衝撃が起こったかと思うと、お盆を手 
にした理奈ちゃんがいた。突っ込みに鈍器を使うのは、死ぬかもしれないので反 
則だと思うが如何?

「もう! やっぱり没収! 兄さん、ネガもあとで没収だからね!!」
「おや、残念だったね青年」
「あと一歩だったのに……」
「冬弥君」
「何?」
「最近、兄さんに似てきたわね」

 あっ、それちょっとショックな一言。

「はいはいはい! もう休憩はいいから片付け始めるの!!」

 理奈ちゃんが手をぱんぱんと叩いて、掃除を促そうとする。

「なんだい、折角これからメインディッシュに入ろうというのに」
「アルバムが十分メインディッシュでしょ? まだ何かあるの?」
「そりゃあもう。何たって『理奈のすべて』はまだまだあるからね」
「まだまだ……って、アルバム以外に一体何が入っているのよ?」
「んー? まあこれは目に見せた方が早いかな。こんなのだ」

 英二さんは、ダンボールから木製の名刺入れを取り出した。
 これも随分古ぼけている。

「これは何だと思うかね、青年?」
「……さあ?」
「ちょっと何よ、それ?」
「まあ、見てみな」

 英二さんは、名刺入れからちょうど名刺サイズの厚紙を、一枚取り出すと俺に 
渡す。その厚紙にはクレヨンで色彩も鮮やかに、幼い字でこう書いてあって。

【りないちにちじゆうけん ゆうこうきげん:ずっと】

「理奈が5歳の時だったな、俺の15歳の誕生日にくれたヤツだ。名前の通り、 
それ一枚で一日理奈を自由に出来るという理奈限定万能フリーパスだ。これが5 
0枚ある」
「へえ、理奈ちゃんでも可愛いことするんだね」
「『でも』って何よ? 『でも』って?」
「ちなみにこれは今でも使えるからな」

「「えっ?」」

「ちょっと兄さん、子供の頃の他愛ない自作プレゼントでしょ? 大体、子供の 
頃ならともかく、今更そんな券渡されて『一日自由になってください』って言わ 
れても、はいわかりましたって言うはず」
「あるんだな、これが」
「何でですか?」
「うん、きっと大人になったらこんな事もあるかと思ってね、このパスを見せた 
人間には無条件に従うように洗脳……じゃなくて調教……でもなくて、そう教育 
、教育しておいたんだよ」

 絶対前の二つだろ。
 5歳の理奈ちゃんにしたの。

「何を馬鹿な……そんなワケあるはずが」
「わんと鳴いてお座り」
「わん」

 英二さんがパスを理奈ちゃんに見せて言うと、理奈ちゃんは本当にそうした。

「……えっ!? えっ何? ええと、そうよ、今のはちょっと不意をくらって驚 
いちゃっただけ……」
「にゃんと言ってお手」
「にゃん」

 はし!

 英二さんの差し出した手に、理奈ちゃんの手が乗る。

 マジだ!
 凄いよ英二さん! サルティンバンコもビックリの猛獣調教ぶりだっ!!
 英二さん、からくりなサーカス団のリーゼロッテさんみたいだっ!

 ブラボーー!!

「ブラボーじゃないわよ! それに冬弥君、猛獣って誰のこと?」

 理奈ちゃんが、怖い顔で俺を睨む。
 あと心の声を聞くな。

「思いっきり声に出してたんだけど……」

 理奈ちゃんがそのまま俺ににじり寄ってくる。
 英二さんには勝てないと判断したのだろうか?

 だが、理奈ちゃんは一つ忘れていた。

 俺がそのパスを先ほど受け取っていたという事を。

「肉メンな人の真似!」
「屁のツッパリはいらんですよ!」(低く渋い声)

 ナイスレスポンス。

「おお、肉メンな人だ! 肉メンな人だっ!! 青年やるなあ。理奈も今の声、 
神谷明そっくりだったぞ。あはははは!」

 普段は薄笑いぐらい浮かべない英二さんが、珍しく腹を抱えて笑い出す。
 よほどツボにはまったらしい。

「いやぁぁ……何……私そんな漫画知らないのに……何でこんな低くて渋い声が 
……」
「ほら、脳は普段は30%しか働いていないと言うじゃないか」
「それがどうしたのよ!」
「それが暗示によって残りの70%が開放されて、宇宙的意思とかアカイックレ 
コードとかのよさげな次元とチャネリングをしてそうなったんじゃないか?」
「それって電波系じゃない!!」
「そうとも言うな。まあ怒るな理奈。これは新しい才能だぞ。いくぞ、ぎゅーう 
どんひっとすじ?」
「さんびゃくねーん はやいぞー うまいぞー やすいぞーーー だ!!」(軽 
飄かつ愉快な声)
「はははは! そっくりだ! そっくりだぞ!! いいぞ理奈! 額に『肉』マ 
ークを書いてやろう」
「なんでこんな愉快な声がぁぁ!! やだぁぁ……止めてぇぇぇ!」
「動くなよ」
「ちょっと冬弥君、兄さんを止めて……って何でデジカメ用意してるのっ!」
「理奈ちゃんのアルバムに、一枚の素敵なメモリアルを追加してあげようと思っ 
て……」
「いやぁぁぁ! こんな恥辱に塗れた暗黒メモリアルはいやぁぁぁ! それに冬 
弥君、私の味方でしょ! 私のこと助けてくれたっていいじゃない!」
「ごめん! 今現在、俺、英二さん派」

 だって面白いし。
 本当に。

「しかしだね青年」

 理奈ちゃんの額に『肉』を書き終えた英二さんが、ごっつ男前ないい笑顔で俺 
に笑いかけてくる。

「何ですか?」
「うむ、『肉』だけでは何か物足りないような気がしてね。ほら、俺、完璧主義 
者だし」

 その笑顔が少し曇る。
 さすが芸術家。一つの欠点も許せないらしい。

 確かに、額に『肉』マークの入ったトップアイドルと言うのも、喩え難い程に 
面白いのだが、なんというのかジグソーパズルが1ピース欠けたような感じがす る。

「ああ!」

 俺はそれに気がついた。

「おっ、青年、閃いたか?」
「鼻の穴ですよ! 肉メン特有のあの鼻の穴!!」
「ほお……さすがは青年だ。いい着眼点をしている。やはり俺の見込んだ男だ」
「いやあ……」
「ははは、照れることはないそ。今の着眼は誇るべきだ。さて、どうれ……」

 英二さんが、理奈ちゃんの鼻の穴をマジックで拡大していく。
 理奈ちゃん、バラエティ番組とか絶対に出ないからな。

 貴重な絵だ。

「やぁぁ……兄さん……あの優しい兄さんは何処ぉぉぉ!!」
「多分それ、理奈の脳内にしかいない俺だぜ」

 英二さんは、ぐりぐりと鼻の穴を描いていく。

 ……うわ。

 これはなんとも……。

 ていうか……。

「ぶわははははは!」

 俺は笑い出した。
 思いっきり。

 ごめん理奈ちゃん。
 でも、多分理奈ちゃんじゃなかったら、もうちょっと笑いも少なかったと思う 。

 理奈ちゃんの綺麗な顔。
 その額に燦然と輝く『肉』マーク。
 それプラス、鼻の穴。

 これヤバイって。

「やだっ! 冬弥君笑わないでよ!! なに今まで見たこともないようないい笑 
顔で笑ってるのよ!! 兄さんも!!」
「だって……だって理奈……お前の顔……それは……反則だよ……」

 英二さんは苦しそうに腹を抑えて笑いながら、それでもDVで理奈ちゃんの姿 
を撮りながら言う。プロ根性だ。

「あんたらがそうしたんでしょうがぁぁぁ!! 絶対に許さないか」
「屁のツッパリは?」
「いらんですよ」(低く渋い声)
「あははは! 青年……青年……もうやめてくれ……笑い死んでしまう……」
「では、きょうも?」
「牛丼愛好会の神聖なる活動をおこないましょう!」(愉快な声)

 こうして俺たちの肉メンな宴は、超人オリンピックから始まって、王位争奪戦 
のマリポーサチームまで盛り上がった。

 そしてミスターVTRの試合の時だった。
 古めかしい柱時計が、夜の12時になった事を告げる。

「ああっ!」

 英二さんが声を上げる。

「どうしたんですか? 次はミキサー大帝ですよ?」
「いや……実はだね青年。このパスの効力は、1日、正確に言うと夜の12時に 
なると消えるように理奈に暗示をかけたんだが……」
「つまり?」
「このパスはもはや無効という事だ。新しいのにしないとな」
「なんでそんな律儀な洗脳するんです! 大体こんなパスみんな一緒じゃないで 
すか?」
「いや、色でちゃんと全部識別できるようになってるんだよ。俺、完璧主義者だ 
し」
「そういう時はもうちょっと手を抜いて……」
「あのだね、この緒方英二、今まで一度たりとも仕事じゃ手を抜いた事がないの 
が自慢でね」

「お話はそのへんでいいかしら?」

 手に、パスの入った名刺入れを持った理奈ちゃんが俺たちの前に立つ。
 あたりの空気を赤く染め上げるような殺気を纏って。

 額に書かれた肉の字が、今になって目にギラギラと痛い。

 殺される。

 俺がその時感じた感情はそれだけだった。

「次はミキサー大帝だっけ? よくわからないけどミキサーっぽいのがいいのね 
? 『ぐちゃぐちゃっ』て感じかしら?」

 理奈ちゃんは、そう微笑むと、テーブルの上においてあったボヘミアングラス 
の重厚そうな灰皿を手に取った。

「ちょっと待て理奈! 違うぞ、ミキサー大帝はだな、ぐちゃぐちゃとかホラー 
っぽいのじゃなくてな、パワー分離機という……」
「黙らっしゃい」
「いやしかし、その鈍器は兄さん納得しかねるな。殴られたら痛いじゃないか。 
大体俺たちは遊んでいたのではなく、理奈のアイドルとしての可能性をだね……」
「そうだよ理奈ちゃん! 俺たちは純粋に理奈ちゃんの新しい顔を発見しようと 
……」

「さようなら」

 俺の意識はそこで無くなった。
 最後に見た、菩薩のような理奈ちゃんの微笑だけが脳裏に焼きついた。



 俺たちの意識が回復したのは一週間後だった。
 病院の医者の言うことには、目覚めたのは奇跡に近い事だったらしい。

「ねえ、英二さん……」

 俺の隣のベッドで寝ている、包帯だらけの英二さんに話し掛ける。

「なんだい……青年」

 流動食のチューブの入った口をもごもごと動かして、英二さんは答えた。
 随分と酷い有様だけど、俺も似たような感じだ。

「次……胸に7つのキズのある男を……やりたいですね」

「ああ……声……一緒だしな」

 それでもまだ懲りてなかったりして。




 英二さんならきっとアメリカ版もイタリア版も中国版も持っている筈さ♪
 勿論、○ロッケンJrの存在しないフォルムを沢山!!
 そして知らないキャラのモノマネも出来る理奈!!
 キミは永遠に輝いているよ、九品仏大志率いるタッキーの心の中で。
 不景気になってもきっと君は大女優間違い無しっ!!


 私認定(爆)緒方兄妹SS書きランキング初登場一位からその座を私の中で今まで死守している(爆)、乾犬丸様より待望のものを戴きました。
 普通のこの兄妹SSだと兄のキャラに妹が掻き消えてしまうのが常ですが、このSSでは立派に理奈が個性を発揮しているのがテキストに滲み出ていて「違い」を感じさせます。
 これでまた私の緒方兄妹SSコレクション(爆)に名作が加わりました。
 乾犬丸様、本当にありがとうございました。



BACK