かむばっくうぐぅ!


2001/01/23



「ゆういちくぅぅぅーーーーーん!!」

 あゆだ。
 あゆが水瀬家の前から駆けて来た。

 今までそうして待っていたのだろうか、家の前にはあゆが座っていたところだ 
け、雪が積もらずにぽっかりと空いている。

 そのあゆも目には涙。
 そう、涙が浮かんでいた。

「あゆ……どうしたんだ、お前?」
「ゆういちくぅぅぅーーーーーん!!」

 あゆが雪を舞い散らせながら俺に抱きつこうする。

 さっ。

 とりあえず身をかわす。
 コートに鼻水とかつけられたら厭だもんな。

 見事に道端の雪山にダイビング。
 ちょうど雪が積もったあとだから、そこには見事なうぐぅ型の穴が空いている 
に違いない。

「ぬぶぅ……祐一君、ひどいよー」

 あゆが顔に雪を張り付かせて起き上がる。

 ……ぬぶぅ?

 今、奇妙な鳴き声を発さなかったか、このうぐぅ型生命体は。

「あゆ、お前今なんて言った?」
「えっ? ボク、今なんて言ったっけ?」
「いや……『ぬぶぅ』って奇妙な鳴き声を……」
「あああ!」

 あゆはぽんと手を叩いた。

「そうだよ! 実はボク、う……う…うう……ぬぶぅ……言えないよぉ」
「ひょっとしてお前……『うぐぅ』が言えなくなったのか?」
「ぬぶぅ……そうなんだよ」
「その代わりに『ぬぶぅ』か?」
「うん」

 なんとも厭な代用品というか代用間投詞だな。

「お前……本当にうぐぅが言えなくなったのかっ!!」
「だからそう言ってるんだよぉっ」
「ホントのホントにホントかっ!?」
「だから、ホントのホントにホントなんだよっ!」
「帰れっ!!」
「えっ?」

 あゆがこてっと首を傾げる。

「ああもうお前なんか帰るがいいさ何どこにでも! 月宮あゆとうぐぅは切って 
も切れない関係だろ? 算術式で言うと『=』! つまりあゆはうぐぅでうぐぅ 
はあゆだ!! うぐぅと対になる同時存在こそ月宮あゆ!! 故にうぐぅと言わ 
ないお前はもはや月宮あゆに非ず! そうさ名無しだ! お前は名無しのぬぶぅ 
さんさっ! ていうかお前実は偽者だろ? 黒とか裏とか2号とか弐式とかダッ 
シュとかZとかGTとかそんなのがつくの! そうだなそうなんだな! ……あ 
ゆを……本物のあゆをどこにやったぁぁぁ!? うぐぅを返せ! リターン・ト 
ゥ・ザ・うぐぅぅぅぅぅぅ!」

「ぬぶぅ……ひどいよ、それは言いすぎだよぉっ」

 腐れ縁の食い逃げ少女が半泣きになる。
 確かに今のはちょっとノリすぎた。
 全部本音だけどな。

「わりい。で、そんな名無しのぬぶぅさんが俺になんの用だ」
「だから名無しじゃないもん! あのね、それでね、祐一君に相談しにきたんだ 
けど……」
「んなワケのわからん事に、いちいち付き合ってられるか!」
「ぬぶぅ……そんなこと言わないでよ、祐一君だけが頼りなんだよぉ」
「俺にどうしろと?」
「ぬぶぅ……どうしろっていわれても……ぬぶぅ……」

 ぽかん。

「あっ! 祐一君が! 祐一君がボクの頭をぐーでなぐったぁ!!」

 えっ?

 俺は自分の右手を見つめた。
 本当だ。
 確かに拳を握っていて、殴った感触がある。

「ぬぶぅ……ひどいよお、祐一君……ぬぶぅ」

 ぽかん。

「あああ! またなぐったあ! 祐一君のばかぁ!」

 いや、なんというか。
 その奇妙な間投詞を聞いているとつい。
 こう、心の中に変な感情が湧いてきて。

「すまん。『ぬぶぅぬぶぅ』言われると、どうもムカつくみたいだ」

 『うぐぅ』はいい。
 あゆらしい可愛らしさがあるからな。

 だが――

「ぬぶぅ……ボクだって言いたくって言ってるんじゃないのに」

 あっ、ほら。
 なんかこう腹の底から、怒りがきて、右手が――

 ひゅ。
 さっ。

 ちっ、避けやがった。

「ふふふ、祐一君の攻撃はもうみきったよ」

 なんとなく不敵な笑いを漏らすあゆ。
 うぐぅ改めぬぶぅのくせに。

「ああ、もう分かった。とりあえず家に入れ。あとお前は口を開くな」
「ぬぶぅ……なんでだよぅ」
「その間投詞を使われると殴りたくなるからだ」

 俺は必死に攻撃衝動を抑える。

「それって酷いよ……ぬぶ……むぐぐぐぐ」

 俺はあゆの口を抑えた。
 これ以上聞くと、なんとなく色々とイワしてしまいそうだ。

「むぐぐぐぐ……ぐるひい……」
「すまない、あゆ。これもお前を俺から守るためなんだ。だが安心しろ。俺から 
は俺が守ってやる」

 よく分からん言い方だが、これ以外に言い様がないのだからしょうがない。

「いぎが……でぎ……な…………………」
「確かに、喋れないのはちょっぴり厭かもしれない。だが、分かってくれるよな 
、俺だってつらいんだ! だがお前がうぐぅを取り戻すまでは俺はあえて鬼にな 
るっ!」

 俺の手の中で暴れていたあゆが段々大人しくなってくる。
 そうか、あゆ。
 やっと分かってくれたのか。
 この俺のまごころを。
 うぐぅに対するこのまごころを!

 まごころをうぐぅに。

 なんていいフレーズだ。
 あとであゆにメモらせよう。

「ぶうい…………ぢ…………ぐ…………………………」

 あゆが完全におとなしくなる。
 どうやら本当に俺の気持ちをわかってくれたらしい。

「あゆ! やっとわかってくれたの……あっ」

 あゆは顔面を割と死人っぽい色にしてぐったりしていた。

 わり。

 鼻もついでに抑えていたみたいだな。






「わ、『クイズ! ドレミファドン♪』?」

 リビングに入ってきた名雪の第一声はそれだった。
 そして俺の隣には赤いバッテンマークの付いたマスクを付けたあゆ。

 明確に、喋れませんという意思が伝わってきてかっこいいぞ、あゆ。

「かっこよくないもん」

 ジト目で俺を睨んでくる。
 さっき窒息させかけた事、まだ根に持ってるのか?
 狭量なやつめ。

 あと、そのマスクをつけている人に回答権はないんだぞ。
 高島忠夫さんも『イエー!』ってお怒りだぞ。

「祐一、あゆちゃんどうかしたの?」

 鞄をソファーの脇に置きながら、名雪が向かいがわにぽすんと座る。

「ああ、実はあゆの『うぐぅ』が『ぬぶぅ』になった」
「わ、あゆちゃん大変だね」

 分かったのか!?
 今の説明で分かったのかっ!?

「自分の言葉が言えない辛さは良く分かるよ、あゆちゃん。わたしも『だおー』 
が言えなくなったら……」

 名雪は少し哀しそうな表情になった。
 分かってるぽいな。

「それで祐一、なにかしてあげたの?」

 その問いに俺は両手を上げた。
 お手上げ――というゼスチャーだ。

「万歳? 喜ぶのはいけないと思うよ?」

 名雪はちょっと眉をしかめて言う。

「って、さっきの説明が分かって、なんでこのゼスチャーが分からんかお前は! 
? お手上げだ! お・手・上・げ!!」
「それならそう言えばいいんだよ」
「それはともかく、何をしていいのかさっぱり――だ。名雪は何かあるか?」

 俺は正直な感想を言った後、名雪に聞いてみた。
 あんまり期待はしてないけど。

「うーん……、とりあえずしゃっくりの治し方でも試してみようか?」
「まあ、ぬぶぅも突発的なもんだと考えれば、似てるかもな。名雪はしゃっくり 
の止め方知ってるか?」
「ええと、冷たい水を飲むとか息を止めるとか……あとコップに注いだ水を向こ 
う側から飲むとか」
「俺の知ってるのと大して変わらんな」

 まあいとこだから、親から教えてもらえる治療法ってのは似通うはずだ。
 だが、そんなもんで治るくらいだったらあゆも俺に相談なんてしにこないだろ 
う。

「そういえばあゆ、お前『う』って言えるか」
「祐一君、ボクの事馬鹿にしてるね。『う』ぐらい言えるもん」
「じゃあ『ぐ』は」
「ぐ」
「最後に『ぅ』」
「ぅ」

 なんか閃いた。

「祐一、これって……」
「ああ、『うぐぅ』って単語で考えるからいけなかったんだな。一文字づつ分け 
れば言えるんだ。まず『うぐ』って言えるようにして『ぐぅ』も言えるようにす 
る。それで二つをくっつければ……」
「ボク、言えるようになるんだね!」

 事が単純に運べばだけどな。

「じゃあ『うぐ』って言えるか?」
「うん……いくよ……う……ぐ……。うぐ。……言えた! 言えたよ!!」
「じゃあ『ぐぅ』だっ!」
「……ぐぅ。……言え……る。ボク言えるよ!」
「なんだ、じゃあ後はくっつけるだけだ! 気合だ、根性だ!! 精神的なイイ 
パワーで『うぐぅ』って言ってみろ!」
「うん! ボクやるよっ!」

 あゆがぐっと握りこぶしを作る。
 その目には珍しく炎が宿っていた。

 燃えてるな、あゆ!

「よしあゆ! 『うぐぅ』って言ってみるんだ!!」
「う……う……」

 あゆが顔を真っ赤にして、必死にうぐぅを搾り出そうとする。

「あゆちゃん。ふぁいとだよ!」
「う……ぐ……うぐ」
「おおっ! あと一歩だあゆ!!」
「ふぁいと!!」
「うぐ……う……ぐ……ぐぅ……」

 あゆの顔の色がどんどん赤くなってくる。
 額からは汗も流れている。
 あゆも必死なんだ。

 そうか、お前にとってうぐぅとはそんなに大切なものだったんだな。
 もう馬鹿にしないぞ。今日だけな。

「うぐ…ぐぅ……」

 そんな考えはよそに、どんどんとあゆの言葉はうぐぅに近くなっていく。

「あと少しだ! もうちょっとだあゆ!!」
「うぐぅだよ! うぐぅふぁいとだよ!!」

 俺と名雪の応援に押され、あゆは頑張る。
 そう、あゆは頑張っている。
 こいつが食い逃げ以外で頑張るなんて、感動的な光景だ。

「うぐ…………ぅ」

 おお!
 なんか次あたり来そうだ!

「うぐ……う…ぐ…ぬびゃぁ」

 ぬびゃぁ?

「あゆちゃん?」

 名雪が不思議そうな顔をする。

「ぬびゃぁ……やっぱり言えないよう……」

 息を切らせたあゆがそう言う。
 ていうか悪化してないか、おい?
 もはや後ろの2文字は母音すら合ってねえし。

「……ぬびゃぁ、やっぱり治らないんだよぉ! ボクはもうぬびゃぁしか言えな 
いん……」

 ごっ!

 そんなあゆの頭の上を、名雪の音速の蹴りが通り過ぎていった。
 風圧であゆの髪がばたばたと乱れる。

「あの、名雪さん?」

 青ざめた顔のあゆ。
 赤くなったり青くなったり忙しいやつだ。

「あれ? えっ? わっ!? わたしの足どうしたんだろ」

 名雪が自分の足を見る。
 今のは外れたが、当たってたらリビングが紅く染まった光景が見れそうな蹴り 
だ。
 さすが陸上部部長。脚力は殺人クラス。
 チビでよかったな、あゆ。

 しかし名雪もやはり今の間投詞にはヤられたか。
 名雪が蹴らなかったら、俺が殴ってたかもしれないけどな。

「二人ともなんか今日はひどいよ!!」

 あゆがガン泣き寸前の顔になる。

「あらあら、何の騒ぎです?」

 玄関の方向から聞こえた声。
 こののほほん声は秋子さんだっ!

 そしていつもどおりの手を頬に当てるポーズで入ってくる。

「あら、あゆちゃんいらっしゃい」

 おっとりと挨拶する。
 しかし――だ。
 今、俺の中ではそのおっとりぷりが救いのようであった。

 そう、秋子さんなら何とかしてくれる!

 そんな期待感が満ち溢れてくる。

「あの……」
「まあ……あゆちゃんの間投詞が大変な事になってるのね」

 俺、まだ何にも言ってないんスけど。

「何で分かったんですか?」
「企業秘密です」

 ああ、きっとそう言うと思ったさ!

「あゆちゃん、可哀想にね。私が何とかしてあげるからね」
「ぬびゃぁ……秋子さん……秋子さぁぁぁーーーん!」

 秋子さんの胸にあゆが飛び込む。
 その頭を秋子さんが優しくなでる。

 そうか、あゆが今欲しかったのは温もりだったんだな。

 にしても『ぬびゃぁ』すら笑って受け止める秋子さんはやっぱり凄いよ。

「ぬびゃぁ……ボク……ボク、心細かったんだよぉ……ぬびゃぁぁぁぁぁ……」

 ぺちん。

 そんな音がしたと思うと、頬を抑えたあゆが床にへたりと座り込んだ。
 あゆが呆然と秋子さんを見上げる。

 秋子さんが自分の右手を不思議そうに見ている。

「わ、お母さんが人をぶったの、初めてみたよ」
「秋子さんが……秋子さんまでボクをぶったぁぁーーー!」
「あの……ええと、私どうしたのかしら?」

 ちょっと驚いた、とはいってもこの人にとっては相当な驚きを表して秋子さん 
は言う。秋子さんでも堪えられないのか。ある意味凄いっちゃあ凄いな『ぬびゃ 
ぁ』は。

「だからお前はもう喋るな!」

 俺はまだえぐえぐ言っているあゆの口にマスクを被せる。

「とまあ、秋子さんでもそうなってしまうくらい症状は深刻なんですけど、どう 
しましょうか?」

 俺は秋子さんに問い掛けるが、もう答えは分かっていた。
 名雪も分かっているはずだ。

 目には目を。歯には歯を。
 そして――異常現象には異常物体!

「そうですねえ……美味しいものを食べたら、びっくりして治るかしら?」

 秋子さんはぱたぱたとスリッパを鳴らしてキッチンへと入り、アレを持ってく 
る。しかも今日は大瓶という大盤振る舞い。

 きたっ!
 きたきたきたきたきたっ!!

 ジャムだっ!!

 あの、77匹のソロモンの悪魔が住まうと伝えられる、オレンジ色した流動食 
っぽいジェノサイドマター! ビンに詰まったチェルノブイリ!!

 秋子さん特製ジャム。
 通称『謎ジャム』!

「これにはですね、実はびっくりするようなお話があるんですよ」

 秋子さんがほわんと微笑む。

 俺たちはそのジャムがこの家に存在するって事実だけで、毎日がスリリングに 
びっくりですけどね。

「三軒隣の山際のおじいちゃんがいるでしょ?」
「山際って、あの名物じいさんですか?」
「わ、物忘れの激しい祐一が知ってるよ」

 名雪が大変失礼な事を言った気がするが無視だ。

 山際のおじいちゃんとは今年97歳になるじいさんなんだけど、そのカクシャ 
クっぷりで近所の名物になっているじいさんだ。なんでも毎朝10キロのジョギ 
ングをするという化け物らしい。化け物っていうよりもはや妖怪か。

「ええ、その山際のおじいちゃん、実は3年前に一度お亡くなりになったのよ」
「えっ? それじゃあ今なんで生きてるんですか?」
「それがですね祐一さん、お葬式の時に、この世での最後のお食事にと、美味し 
いものを食べて欲しくて、このジャムをひとすくいおじいちゃんの口に入れてあ 
げたんです」
「……なんか読めてきました」
「そうですか? そうしたらおじいちゃんたらあまりの美味しさにびっくりして 
、なんと生き返っちゃったんです」

 秋子さんは嬉しそうに笑う。

 けれど死人を涅槃から呼び戻さないで下さい、ジャムで。
 反魂香ですか?

「あの、ところで山際のじいさんは、その後ジャムを食べたことは?」
「お誘いしてるんですけど、何故か来てくれないんですよね。美味しすぎてこの 
世に執着しちゃうと思ってるのかしら?」

 アレだ。
 多分じいさんが毎朝走ってるのも、いざという時に秋子さんから逃げるためだ 
な。
 次は確実に死ぬだろうから。
 ああ、でもまたジャムで生き返らせてもらえば――ってどっちだ!?

 とりあえず、ジャムの生成にネクロマンシーっぽい術も使われている可能性が 
高くなってきた。今度、ブードゥー教関連の書籍をあたってみるか。

「そんな訳で、あゆちゃんもこれを食べれば、びっくりして治るんじゃないかと 
思うんですけど」
「まあそうでしょうね」
「うん。これで治らなかったらどうしようもないよ」
「それじゃあ……」

 俺は名雪を見た。
 名雪はこくんと頷いた。

 二人で同時にあゆに飛び掛ると、その腕を押さえつけて床に組み伏す。

「ぬびゃぁ! なにするんだよぅっ!!」
「あゆを『うぐぅ』に戻すための儀式だっ! 堪えろ!」
「そうだよ、あゆちゃんがあゆちゃんに戻るためなんだよ」
「ぬびゃぁ……わかんないよぅ」
「お前は一生『ぬびゃぁ』でいいのかっ!?」
「それはいやだけど……」
「じゃあ堪えろ。秋子さん、どかんとお願いします」
「それじゃあ早速……あら、そう言えば今日はいいものを買ってきたんでした」

 秋子さんは買い物袋から、大き目の漏斗のような器具を持ってきた。
 ちょうど人の口に嵌めるといい感じになりそうな器具だ。

 ……って、ひょっとして今日あゆがこなかったら、その器具は俺か名雪に使う 
つもりだったんですか!?

「はい、あゆちゃんあーん」

 あゆからマスクを取り外すと、秋子さんは微笑む。
 何人たりとも犯せない神聖不可侵な微笑で。

「ぬびゃ! やだ秋子さんなんか怖いよそれ絶対だめだよあ」

 ごが。

 口が開いた瞬間を狙って、その漏斗が差し込まれる。

「ぬびゃぁ! ぬびゃぁぬびゃぁぁぁぁぁ……」

 漏斗からあゆの叫びが漏れる。

 しかしなんだな。
 こうぬびゃぬびゃ叫ぶ物体を取り押さえて、これからジャムを注ぐことを考え 
ると悪魔払いをしているような感じだな。B級ホラーまがいの。

『恐怖のぬびゃぬびゃモンスター 〜うぐぅを取り戻せ〜』

 タイトルはこんな感じだろうか。
 なんともB級っぽいような気がする。

「それじゃあ、あゆちゃん。入れますよ。美味しさ大爆発でびっくりしないで下 
さいね」

 爆発はするだろう。
 精神が。

「あゆちゃん、ふぁいとだよ!!」

 あゆに馬乗りになった秋子さんが、大瓶から直接ジャムを漏斗に注ぎ込む。

 どぽり。
 どぽりどぽりどぽり……。

 どろり超絶濃厚な感じの味のある音を出しながら、ジャムがあゆの口へと大量 
に注がれていく。

「ぬっ……ぬびゃぁ! ぬびゅるぬびゃぶぬぶるりびゃぁぁぁぁ!!」

 あゆが奇声を上げながら、その体内へとジャムを飲み込まされていく。
 ぐりんと白目を剥いたと思うと、拒否反応なのかびっくんびっくん身体を跳ね 
させる。

 凄いぞあゆ!
 エクソシストみたいだっ!!

 そんな跳ねるあゆの上でも一滴もジャムを零さずに注ぎ続ける秋子さん。

 その顔は――笑っていた。

 上下に揺れながら微笑む秋子さん。

 それはまるでメリーゴーラウンドではしゃぐ少女の様に清廉な光景だった。

 秋子さん、アンタ今、最高に輝いているよ。







「う……ん……」

 秋子さんの膝枕の上で、苦しげにあゆがうめく。
 そりゃそうだ。

 ジャム一瓶(大)を体内に注ぎ込まれて生きてるってだけで奇跡なんだからな 。

 しかし、今ごろはプログラム処理の雪が降っているような場所で


    夢。

    夢を見ている。

    毎日見る夢。

    終わらない夢。


 なんていうモノローグが出てきては消えるっぽい夢を見てるんだろうな。
 夢見がちなやつめ。

「う……あれ……」

 ニ三度まばたきをしたかと思うと、あゆがゆっくりと目を開いた。

「あら、起きたみたいね。あゆちゃん、気分はどう?」
「うぐぅ……最悪だよぉ……みんなひど……あれ?」
「あゆ……お前今『うぐぅ』って言ったよな?」
「うぐぅ……言える! 言えるよ祐一君!! うぐぅって言えるよ!!」
「あゆちゃん、よかったね。うぐぅになったんだね……よかった……ね」

 名雪が少し涙ぐむ。

「あらあら大変。お祝いしなくちゃね、あゆちゃん」

 秋子さんがあゆの頭を慈しみのこもった手で撫でる。

「うぐぅ……秋子さん、名雪ちゃん……祐一くん……ありがとうだよぉ」
「やったなあゆ! うぐぅだっ! うぐぅが戻ってきたんだっ!!」

 俺はあゆの身体を持ち上げると、そのままぐるぐると廻した。

「やだ! 祐一君目が回るよぉっ!」

 そうは言ってるが、あゆは笑顔だった。

「ははは、今日は沢山うぐぅって言っていいからな、ほーら!」

 さらにくるくると回る。

「うぐぅ! うぐぅって言えるんだよぉっ!!」

 リュックの羽をはたはたとはためかせて、うぐうぐ言うあゆはまるで天使のよ 
うだった。

 そうさ!
 今ここにいるのはうぐぅの天使なんだっ!!

 うぐぅばんざーーーい!!

「うるさくて漫画読めないよーー」

 とたとたとリビングに入ってきたのは真琴だった。

「ああっ! 今感動のシーンの真っ最中なんだ後にしろ後に!!」

「だぅぅーーー……あれ?」

「「「「あっ!」」」」



追記:
 今日はジャムの大瓶を二つも消費できて、秋子さんは大変満足そうだった。





「……ぬぶぅ」

 右拳が持ち上がった貴方!!
 貴方は右手で彼女を殴ることが出来る人です!!
 さぁ、レッツトライ!!
 私は紳士なのでそんな右拳を振り上げるような真似は……
 え? その左手は何だ?
 ああ、私、左利きですから♪
 さぁ、皆さんご一緒に!


 当HPの4万Hitと相互リンク記念として犬丸改め乾犬丸様より拝領致しました。
 犬丸様が書かれたKanonSSを読む機会は私は初めてでしたー。
 悪いのは祐一でも名雪でも勿論秋子さんでもない。
 ぬぷぅあゆこそが悪! うぐぅ抜きのあゆこそが過ちだということをこのSSで教えて下さいました。
 乾犬丸様、本当にありがとうございました。



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