恥ずかしい予感
「──おはようございます、綾香さま」 相棒の声がした。 目を閉じたまま目の覚めた来栖川綾香は、そのままの体勢で、まず格闘する相手に気づく。 頭痛 = 二日酔い。 これは強敵だった。 師匠(=セバスチャン)にイイのを一発頂いた時よりも、効く。 たしか昨夜は大学の飲み会だった・・・はずだ。 気の合う女友達と飲んだ。それはもう、浴びるほど。 実際、四件目では頭から浴びていたような気がする。 何度か言い寄ってきた男連中もいたが、綾香が手刀によるビール瓶切りを披露したら逃げていった。 このままでは「たれ綾香」になる・・・そう思った時に、セリオに電話をした、と思う。 あとの記憶は、無い。 きっと違法ながらもセリオが車を運転して運んでくれたのだろう・・・そう、綾香は思った。 思いながらも、頭痛はひどくなる一方だった。 このまま眠っていても仕方がない。 意を決して、瞼を開く。 白いカーテン越しの太陽が網膜に焼き付いた。 その真っ白に染まったステージの中、じっとたたずんでいる人影。 「おはよう、セリ・・・おおぉおぉぉぅーーーっ?!」 そこに立っていたのは、一人の天使。 均衡のとれた美しい全裸にシーツのみを纏い、こちらを見つめている赤毛のビーナス。 少し桜色の頬を、午前の日差しがさらに美しく染めて。 はにかんだ表情のHMX−13が、その主人をじぃっと見つめている。 クスッと笑う、という最近覚えた必殺技の後、その桃色の唇が開いた。 「──改めておはようございます、綾香さま」 「あああああんた、なんて格好してるのよ?!」 「全身の洗浄を終えたばかりですので」 人間とのバッティングを避けるため、メイドロボは昼前にシャワーを浴びる。 ああ、そうか、と安堵の溜息をついた綾香の耳元に。 ささやくようなセリオの声が聞こえてきた。 「───夕べは興奮したので発汗量が激しくて・・・」 なに?! 「あんた・・・あたしに何か、した?」 「──────いえ、べつに」 「目をそらすなーっ!」 「落ち着いて下さい、モーニングカフェーでもいかがですか?」 カフェー、ってなに? しかし、セリオの煎れるコーヒーはいつも通りに美味しかった。 いつもとおんなじ、休日の朝。 が、何かが違う、と綾香は直感した。 原因はセリオだ。 どこかしら浮かれているような表情と雰囲気である。 それはちょうど、長年想い続けた相手と結ばれた翌朝の少女のような・・・ なにを言ってるんだ、あたしはーーっ!! と、両側頭部をガンガンと殴り鳴らす。 で、さらに頭痛を悪化させて頭を抱え込んだりする。 落ち着きなさい、綾香。 相手はただのメイドロボなのよ。 そう、ただのメイドロボ。 親友、というのはわかってるけど、あたしは彼女がロボだということを十分理解している。 ロボが人間にヘンなコトをするわけがない。 うんうん、とうなずきながら、セリオがつけたテレビを見る。 何処かの高原の、すがすがしい風景が映っている。 陽光を反射する水辺に、白い花々が整然と揺れていた。 「──綾香さま・・・」 画面に見入っていた綾香は、セリオの台詞を夢うつつのように聞く。 聞きながら、ぐっ、とカップに残ったコーヒーを飲み干した。 セリオは続けた。 「白百合って、美しい花ですね」 綾香は吹いた。 ぶばあぁぁーっ、と吹き出す間欠泉。 せき込みながら、セリオを見る。 「──他意は、ありません」 他意って何じゃい?! 「申し上げておきますが、綾香さま。 私は、基本的に綾香さまから指示がなければ、作業を行うことはありません」 あっそうか、と綾香は大きな胸をなで下ろす。 が、はた、と思い当たる。 「・・・っていうことは、逆に言えばあたしの言う通りには何でもする、ってことね」 たらり、と背筋を汗がつたう。 「あたし・・・ゆうべ、何か命令した?」 「──いえ、べつに」 「目をそらすなーっ!」 「そんなことを私に復唱させるおつもりですか?」 そんなことって、なに?! 「久しぶりにお願いよぉ、とおっしゃられまして」 「ななななな何をよ・・・?」 「お酒が入ってグチャグチャするから、と」 「どっ、どこがーっ?!」 「とても恥ずかしい所(ポッ)をほじくって、と命令なされたのです」 なぬー? 「道具は机の引き出しにあるから、とも」 そんなの知らないー! 「──じつは告白致しますと、私は初めての経験ではありません」 げっ。 「あああ相手は誰? だれなのよ?!」 「────そのぅ・・・」 「言いなさい!」 なぜか嫉妬する、不思議の国の来栖川綾香。 「マルチさん、です」 こいつ、真性だったかーっ、と錯乱する綾香。 「許して下さい、綾香さま。 こんなことをお願いできるのは、同じ境遇のマルチさんだけだったのです」 「・・・まさか今も続いてるわけ・・・?」 「綾香さまが留守の時に、したり、されたり」 だめだ、これはーーっ! 「二人でお気に入りの道具を持ち寄ったりして」 だめだめだめだめーっ! このSSを十八禁にするつもり?! 「──私のお気に入りは『木彫り』なんです」 ぐはぁーっ、と耳を押さえながら畳を転がりまくる、キンドーさん風綾香。 「マルチさんは浩之様や神岸様にも」 なんだとーっ? 「私も学習中に神岸様にして差し上げたことがありまして・・・ 気持ち良いと、とても喜んで頂きました」 ショック。 あたしは神岸さんと姉妹になってしまったー。 「せ、セリオ!」 「はい」 「・・・過ぎたことは仕方がないわ。 でも夕べのことは他言無用。わかったわね?」 「わかりました。綾香さまと私だけの秘密、というわけですね」 「・・・もう、寝る」 「かしこまりました」 ぐすんぐすん、と泣きながら寝入った綾香を見守ってから、セリオは立ち上がった。 机の前にしゃがみ込み、引き出しからそれを取り出す。 さあ、これからが独りきりの秘め事タイム。 メイドロボにとって最も恥ずかしい行為に、少しワクワクしながら没頭するのである。 木製の、先の反ったその道具は綾香の物だった。 が、今ではその魅力に憑かれてしまったセリオ専用となっている。 「──やはり、人間のみなさんにとっても、 とても嬉し恥ずかしい行為なのですね・・・」 木彫りのその道具を見つめながら、セリオは思った。 「────耳掃除は。」 ・・・どっとはらい。 以上。
突発・発作的衝動。 TOP絵を見て深い感銘(爆)を受けましたので、書かせて頂きます。 煮るなり焼くなり好きにして下さい、山岡さん! と言いつつ、心の底にそっとしまっておいてください。